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第3章 加速する執着
王子の寝室——体調を崩した王子を看病しながらの仕事 (前編)
しおりを挟むルイが体調を崩したという知らせが届いたのは、朝の執務の直前だった。
「……大事には至っていないのですね?」
カトリーナが確認すると、侍女は少し困ったように答えた。
「はい、ですが……殿下は誰も近づけようとせず、食事も取られていないようです」
「……またですか」
カトリーナは、微かにため息をついた。
ルイは病気になるとひどく気難しくなることで有名だった。
特に他人に弱った姿を見せるのを嫌い、従者や侍医すら拒むこともある。
しかし、なぜかカトリーナだけは例外だった。
(……このまま放っておくわけにもいかないわね)
カトリーナは、手に書類を抱えたまま、ルイの寝室へと向かった。
ルイの部屋の扉を軽くノックすると、
しばらくして掠れた声が返ってきた。
「……カトリーナか?」
「はい。失礼いたします」
中へ入ると、ルイはベッドに横たわっていた。
額には汗が滲み、明らかに体調が悪そうだ。
「……話は聞きました。食事も取られていないとか」
カトリーナは、慣れた手つきで窓を少し開け、部屋の空気を入れ替える。
それから水差しを手に取り、ルイの枕元に置いた。
「せめて水だけでも」
ルイは、微かに視線を向けたが、
意識がぼんやりしているのか、あまり反応しない。
「……誰も、そばに置くつもりはなかったんだけどな」
「今更ですね。あなたはいつも体調を崩すと、頑固になります」
カトリーナは淡々とそう言いながら、書類を机の上に並べた。
「私は仕事をしながら、ついでに看病します」
「……“ついで”?」
ルイは少しむっとしたような顔をしたが、
カトリーナは気にせず仕事を始めた。
机に向かい、書類を整理しながら
カトリーナは時折、ルイの様子を確認した。
熱は高いものの、意識はしっかりしている。
問題は食事と水分を取らないことだった。
カトリーナは、静かに椅子を引いて立ち上がると、
用意していたスープの器を手に取った。
「……少しでも飲んでください」
ルイは、目を細めながらカトリーナを見つめた。
「……君が飲ませてくれるなら」
「普通に自分で飲んでください」
即答すると、ルイは小さく笑う。
「意地悪だね」
「甘やかしません」
それでも、カトリーナが粘り強く促すと、
ルイは観念したようにスープを受け取った。
(……最初からそうしてくれればいいのに)
ふと、カトリーナはルイの寝室に
誰一人、従者がいないことに気づく。
「……他に身の回りの世話をする者はいないのですか?」
そう尋ねると、ルイはゆっくりと目を閉じた。
「……皆、遠ざけたよ」
「……?」
「“僕の世話をするのは、君だけでいい”と思ったからね」
カトリーナは、一瞬だけ言葉を失った。
ルイは、発熱でぼんやりしながらも、
確かな執着を滲ませた目でカトリーナを見つめていた。
(……これは、少し面倒なことになってきたわね)
しかし、それを表情に出さず、
カトリーナは静かにスープを置いた。
「……あなたの判断ですが、今後は従者も必要です」
「今は、君がそばにいるからいい」
「……わがままですね」
ルイは微かに笑い、再び目を閉じる。
——カトリーナの時間を独占するように。
カトリーナは、静かにため息をつきながら、
再び机へと戻り、仕事を続けた。
(……早く治ってください)
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