キスが出来る距離に居て

ハートリオ

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「離れろ!‥‥俺に触るなッ!
消えろッ‥‥」

「助けてあげると言ってるのよ!
あなたに飲ませた媚薬は、この国で売ってる様な子供だましの薬じゃないの!
ブルーメ王国の魔女の末裔が作った特別なクスリ‥‥
セックスしなければ治まらない様に出来てる特別な媚薬なのよ!
時間が経てば効果が無くなるなんて事も無いの!
自慰もダメ、中和剤みたいのも無い‥‥
ヤるしかないのよ!」

「うるさい!
ウッッ‥‥クッ、クソッ‥‥」

「ホラ、苦しいんでしょう?
女が欲しいんでしょう?
ヤりたくて、気が狂いそうなんでしょう?
そうよ、そういうクスリなんですもの!
すっごく高かったんだから!
ホラ、私を抱いていいのよ!」

「誰がお前なんかッ!
お前を抱くくらいなら、死んだ方がマシだっ!」



客室のドアを開けたクレオメの眼前で。


絨毯に膝をつき、ソファのひじ掛けにつかまり何とか体を支えているセロシア。

その顔色もソファに掴まる手も不自然に赤く、体は震え、呼吸は不規則に乱れて、尋常でないのは一目で分かる。

そのセロシアの腕を掴んだり、背中から覆いかぶさったりして下着姿のポーチュラカが喚き立てている。

クレオメが見た事も無い、下着というより小さい布と言った方がいいそれは、体の一部しか隠しておらず、胸も太腿も尻も殆ど露わになっており、全裸という表現の方がしっくりくる。

(そんな下着どこに売ってるの‥‥手作りかしら‥‥)

そんな姿の美少女風の女を前にすれば、媚薬など盛られなくても籠絡される男が殆どだろうに、セロシアは断固としてポーチュラカを拒否している。



「‥チッ、本当よ!?
サッサとヤらなきゃ、本当に死んじまうわよ!?
どうせヤるしかないんだから、早く抱きなさいよ!
時間が経てば経つほど、後遺症が出るらしいわよ!」

「後遺症って何?」

「不能になっちまうのよ!
逆に、一生出来なくなんの!
‥‥って、クラネじゃない!?
あんた、戻って来たの!?」



私の事は『クレオ』と呼ぶと言っていたが、『クラネ』に戻っているわね。

そんな事、どうでもいいけどッ!

私はポーチュラカの両肩を掴みセロシア様から引き剥すと‥‥



パァンッ!!



「ゥエッ!?」



思いきり彼女の頬を張った!

ほぼ全裸のオレンジ頭の女が床をゴロゴロと勢いよく転がる。



「ッたぁい!
何すんのよッ!?」

「あなたこそ、何て酷い事を!
薬で思い通りにしようなんて、人殺しと同じよ!
体の自由を奪い、人としての尊厳を奪う、最低の暴力、犯罪よ!
さぁ、早く出て行きなさい!
二度と私達の前に現れないで!」

「じゃあ、なぁに?
あんたがそのお上品な足を開いて、セロシア様を助けるの?
シラン様に夢中なあんたが?
できっこないわよね?
あんたたち、まだキスもしてないってセロシア様から聞いたわよ?」



ヨロヨロと立ち上がると、ポーチュラカはドアを指差して私に言い放つ。



「出て行くのはアンタよッ!
ヤらなきゃセロシア様は死ぬんだから!
‥‥それとも、見てる?
アタシたちがヤってるとこ。
見られてヤるのも、嫌いじゃな‥‥」


パァンッ!、パァンッ!!「ッ!、ッッ!?」

グイッ「ギャッ」

ズルズルズル「イタタタタちょっ待っ」

ドンッ「ゥオッ!?」ゴロゴロゴロ



暴力なんて、決して振るってはいけなこと。

人として、何があっても。

だけど、今、私は人じゃない!

女なの!!

大切な男の為なら、何だってする、何にだってなってやる!

それが女という生き物なのよッ!!



ドアから私に突き飛ばされて転び、廊下をゴロゴロ転がった後顔を上げたポーチュラカは、初めて驚いた表情を見せ、それでも不敵にニヤリと笑う。



「何よ、面白いヤツだったんじゃん。
だけど、勝ったとは思わない事ね。
カトレア伯爵家を継ぐのは、この私よ!」



そう言ってヨロヨロ立ち上がり、フラフラ去って行く。



「‥‥何て恐ろしい女‥‥」



思わず呟くと、ドア付近で立ち尽くしていたメイドさん達が戸惑う様に言う。



「‥‥えぇっ!?
あ、そうでございますね?
でも、クレオメ様も恐‥‥」

「ごめんなさい、時間が無いの。
彼女の言った事が本当かどうかわからないけど‥‥
私、セロシア様を死なせたくないの」

「ハッ! あ、左様でございますね!
すぐに医師と薬師を呼‥‥」

「必要無いわ。
私がいる」

「ッ! で、でも、
(さっきの話では、二人はキスもまだだって‥‥)」

「‥あッ、そうよね‥‥
私も断られるかもしれないわね‥‥」

「「「それはありません!」」」

「どうかしら‥‥聞いてみるから取り敢えず出ていてくれる?」

「「「絶対断られませんって‥‥」」」

「クレオメ‥‥君もッ‥‥出て行ってくれ‥‥頼むッ‥‥」



私とメイドのやり取りを遮る様に、ソファに縋りつくような姿勢のまま、セロシア様が苦し気な声で告げる。



「「「「!!」」」」



私はは絶望のあまり目眩を感じる。



「‥‥やっぱり、断られたわ」



助けたいのに、

死んでほしくないのに‥‥!


私も拒絶されてしまった。


どうしたらいいの‥‥

目尻に溜まった涙が零れそうになる。



「う‥‥とにかく、説得を試みるわ。
あなたたちは、薬物に詳しい医者や薬師を手配して頂戴!」



そうメイド達に頼んだ後、私はセロシア様に近寄る。



「‥‥ッ、済まないッ、君の‥部屋に‥来てしまってッ‥‥クッ‥」

「いいのよ‥‥向かいの部屋だもの、間違えるのも無理ないわ」

「間違えたんじゃ‥‥君を‥求めてしま‥‥」

「!? セロシア様!?
私を求めて?
私が嫌なのではないのですか!?」

「聞いた‥からッ‥‥君は、シラン様を‥愛してるって‥‥
なのに‥俺はッ‥‥薬で、変になって‥‥君の事しか‥‥
考えられなくてッ、‥‥ッ、離れて‥‥俺は、もう、何をするか分からな‥‥」

「‥抱いて下さいッ」



そう言うと、私は彼の赤黒く変色してしまっている手を取り、その甲にキスを落とす。



「‥‥ッッ!
‥ア、でも、俺達はニセ恋人で、キスもまだ‥ンッ!?」



手と同じ様に赤黒く変色している顔、焦点が定まらず震える瞳、ボッテリと腫れてしまっている唇―――

その唇を貪る様に奪い、吸い、舐め。


苦しいの。

苦しんでいるあなたを見るのが苦しいの。

堪らないの。

キスの仕方なんて分からないけど、夢中で彼の唇に、頬に、額に、耳に。

拙いキスの雨を降らせる。


お願い、分かって!
あなたを失いたくないの―――


何度目のキスなのか‥‥突然彼の舌が入って来て‥‥!?



「‥ンッ、ンンッン‥‥ハァ、セロ‥ンン‥‥」



私も必死に舌を絡める。



「‥‥バカ、もう止められないぞ」



唇を離した後低い声でそう言われたけど、私は言葉を返さなかった。

今、彼の眼は焦点が合っていて、私を見ている。

だから、言葉なんて要らないはず。

ウットリと蕩ける様に彼を見つめ、微笑む。

それが返事‥‥あッ


あぁぁッ



意外にも、薬物の影響を感じさせない程やさしく、


彼は私の全てを貪った‥‥
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