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「社くん、遅いよ」
キッと華ちゃんが社を睨むかのように目をやると、社の衣装チェンジに気が付いたらしい。
「良く似合ってるじゃん。それよりねえ、見てこれ!」
そう騒ぐ彼女が手にしているのは、折り畳んでポケットに入れたまま洗濯してしまった紙くずのようなもの。カラフルな表紙にはなにかイラストでも描かれていたのだろう、ふやけたそれはどこかで見たことのあるようなものの気がした。
「何?それ」
「誠一さんのガウンの、襟元に折り畳まれて入ってたの」
手にしたそれを慎重に開こうとするもののどうやらうまくいかないらしい。「あっ、ちぎれちゃった」などとゴニョゴニョ言っているのを聞いていると、しばらくした後彼女は諦めたらしい。
「これ、もしかしてパンフレットじゃない?濡れててうまく開けないけど、このサイズ感といい、表紙の色といい」
「じゃあ、馬虎さんの遺体の傍に落ちていたのと同じ?」
「うん、もしかしたらこの中にも、新聞紙を切りぬいて何か貼ってあったのかも」
そう言って再度彼女は挑戦してみるものの、濡れたパンフレットは頑なに中身を見せてくれなかった。
「乾かしてからじゃないと無理そうだね」
「うん、ドライヤーが使えれば良かったんだけど」
停電のせいでドライヤーを使えなくて困るのは、佐倉さんだけだと思っていたけれど。まだ乾かないのか、彼女はさっき見た時も頭にタオルを巻いていた。
「それの内容がわかればのう。誠一君が誰かにおびき出されて殺されたのか、それともうっかり滑って湯船に落ちて亡くなってしまったかの判断にはなるんじゃが」
腕を組みながら残念そうに社長が口を開いた。
「特に目立った外傷はないようです。しいて言えば、着衣に長い髪の毛が絡まっているんですが、ここは女湯ですし、湯に浮かんでいたのが付着しただけかも」
「犯人の証拠にならない?」
「だって、ここ女湯だもん。私と佐倉さんぐらいしか利用してないと思うけど、使っただけで犯人に仕立てられちゃごめんだわ」
確かに二人とも髪が長い。付着した髪の毛は誠一さんの死の原因とは関係がなさそうだった。
「それにしても誠一さん、なんで女湯にいたんだろ」
「覗こうとしたとか……?」
「そんなことするような人には見えなかったけどな、真面目で、ちょっと気が小さそうで」
華ちゃんの誠一さんへの感想は、社のそれとも一致していた。
「そうだよね、それにこんな時間に覗いたって、温泉なんて入ってる女の人はいないでしょ」
時刻は深夜一時過ぎだ。茉緒さんも言っていたではないか。こんな状況で無防備な姿を晒せるものか、と。そんなことが出来るのは何事にも動じない犬尾さんくらいのものだったろう。
「しかしこれで二人目じゃ。事故じゃないとは言い切れんが……。湯布院君は部屋に閉じこもっておるじゃろ、やつが犯人ではないってことなんじゃろうか」
「でも、まだ他殺か事故かも判断できない状態です。これに湯布院さんが関わっているかどうかはなんとも」
「ふむ、じゃあ湯布院君が部屋を抜け出していないか確認しにいこうかの」
寿社長の一声で社たちは黄水晶の間へと向かったが、バリケードは崩された形跡がなく、あまつさえ『俺は犯人じゃない!』と怒鳴り返されてしまった。
「誠一さんの件は湯布院さん、関係なさそうですね」
「うん、外に出た形跡はなさそうだったし」
と華ちゃんがバリケード完成時の写真と、現在の状況とを比較しながら言った。
「特に変わってないみたい」
それに何より、扉を開いたらガラガラとこれが崩れるはずだし、そんな音もしなかったよね、と湯布院氏の容疑はこの件に関しては晴れたようだった。
「じゃあ、事故だったのかな?」
「わからないよ、あの時大浴場には犬尾さんがいたんだ。もしかしたら犬尾さんが誠一さんを女湯に呼び出して溺死させて、何食わぬ顔で男湯で濡れた身体を拭いていたのかもしれない」
「犬尾さんが?なんで誠一さんを?」
「わからないよ」
わからないが、現場にいた以上怪しいのはこの上ない。
「あるいは茉緒さんがあらかじめ誠一さんを殺しておいて、何食わぬ顔で死んでるって騒ぎ出したのかも」
ならば、と華ちゃんが今度は茉緒さん犯人説を挙げるものの、
「でも、もしかしたら誠一さんは大浴場にいるかも、って言ったのは僕なんだ」
と社と茉緒さんが現場に居合わせた理由を説明すると
「うーん、それだと社くんも怪しいよねぇ。自分で殺しておいて、何食わぬ顔で現場を目撃させる……」などとあろうことか自分のことさえ疑ってくるではないか。
「僕がそんなことするわけないだろ!」
「冗談だよ。でも、他の人はそう思わないかも」
不安を煽るようなことを言わないでほしい。
「やっぱりなあ、鑑識が来てくれれば、死亡推定時刻の特定も出来るだろうし、そうすれば犯人の絞り込みが出来るのに」
普段できていることが出来なくて、ひどくもどかしいのだろう。華ちゃんが長い髪をかきむしった。
「ないものねだりをしても仕方あるまい。原因が特定できない以上、警戒するには越したことがないじゃろう。湯布院君を隔離して安心してしまったが、どうやらバラバラに分かれんほうがいいかもしれんのぅ」
「やっぱり、みんなで一塊になってた方がいいってことですか?」
「そうじゃ」
さすがに二人目の死者が出てしまった以上、そうせざるを得ないだろう。もともと集まるつもりだったのを止めてしまったから、こんなことが起こってしまったのかもしれない。
キッと華ちゃんが社を睨むかのように目をやると、社の衣装チェンジに気が付いたらしい。
「良く似合ってるじゃん。それよりねえ、見てこれ!」
そう騒ぐ彼女が手にしているのは、折り畳んでポケットに入れたまま洗濯してしまった紙くずのようなもの。カラフルな表紙にはなにかイラストでも描かれていたのだろう、ふやけたそれはどこかで見たことのあるようなものの気がした。
「何?それ」
「誠一さんのガウンの、襟元に折り畳まれて入ってたの」
手にしたそれを慎重に開こうとするもののどうやらうまくいかないらしい。「あっ、ちぎれちゃった」などとゴニョゴニョ言っているのを聞いていると、しばらくした後彼女は諦めたらしい。
「これ、もしかしてパンフレットじゃない?濡れててうまく開けないけど、このサイズ感といい、表紙の色といい」
「じゃあ、馬虎さんの遺体の傍に落ちていたのと同じ?」
「うん、もしかしたらこの中にも、新聞紙を切りぬいて何か貼ってあったのかも」
そう言って再度彼女は挑戦してみるものの、濡れたパンフレットは頑なに中身を見せてくれなかった。
「乾かしてからじゃないと無理そうだね」
「うん、ドライヤーが使えれば良かったんだけど」
停電のせいでドライヤーを使えなくて困るのは、佐倉さんだけだと思っていたけれど。まだ乾かないのか、彼女はさっき見た時も頭にタオルを巻いていた。
「それの内容がわかればのう。誠一君が誰かにおびき出されて殺されたのか、それともうっかり滑って湯船に落ちて亡くなってしまったかの判断にはなるんじゃが」
腕を組みながら残念そうに社長が口を開いた。
「特に目立った外傷はないようです。しいて言えば、着衣に長い髪の毛が絡まっているんですが、ここは女湯ですし、湯に浮かんでいたのが付着しただけかも」
「犯人の証拠にならない?」
「だって、ここ女湯だもん。私と佐倉さんぐらいしか利用してないと思うけど、使っただけで犯人に仕立てられちゃごめんだわ」
確かに二人とも髪が長い。付着した髪の毛は誠一さんの死の原因とは関係がなさそうだった。
「それにしても誠一さん、なんで女湯にいたんだろ」
「覗こうとしたとか……?」
「そんなことするような人には見えなかったけどな、真面目で、ちょっと気が小さそうで」
華ちゃんの誠一さんへの感想は、社のそれとも一致していた。
「そうだよね、それにこんな時間に覗いたって、温泉なんて入ってる女の人はいないでしょ」
時刻は深夜一時過ぎだ。茉緒さんも言っていたではないか。こんな状況で無防備な姿を晒せるものか、と。そんなことが出来るのは何事にも動じない犬尾さんくらいのものだったろう。
「しかしこれで二人目じゃ。事故じゃないとは言い切れんが……。湯布院君は部屋に閉じこもっておるじゃろ、やつが犯人ではないってことなんじゃろうか」
「でも、まだ他殺か事故かも判断できない状態です。これに湯布院さんが関わっているかどうかはなんとも」
「ふむ、じゃあ湯布院君が部屋を抜け出していないか確認しにいこうかの」
寿社長の一声で社たちは黄水晶の間へと向かったが、バリケードは崩された形跡がなく、あまつさえ『俺は犯人じゃない!』と怒鳴り返されてしまった。
「誠一さんの件は湯布院さん、関係なさそうですね」
「うん、外に出た形跡はなさそうだったし」
と華ちゃんがバリケード完成時の写真と、現在の状況とを比較しながら言った。
「特に変わってないみたい」
それに何より、扉を開いたらガラガラとこれが崩れるはずだし、そんな音もしなかったよね、と湯布院氏の容疑はこの件に関しては晴れたようだった。
「じゃあ、事故だったのかな?」
「わからないよ、あの時大浴場には犬尾さんがいたんだ。もしかしたら犬尾さんが誠一さんを女湯に呼び出して溺死させて、何食わぬ顔で男湯で濡れた身体を拭いていたのかもしれない」
「犬尾さんが?なんで誠一さんを?」
「わからないよ」
わからないが、現場にいた以上怪しいのはこの上ない。
「あるいは茉緒さんがあらかじめ誠一さんを殺しておいて、何食わぬ顔で死んでるって騒ぎ出したのかも」
ならば、と華ちゃんが今度は茉緒さん犯人説を挙げるものの、
「でも、もしかしたら誠一さんは大浴場にいるかも、って言ったのは僕なんだ」
と社と茉緒さんが現場に居合わせた理由を説明すると
「うーん、それだと社くんも怪しいよねぇ。自分で殺しておいて、何食わぬ顔で現場を目撃させる……」などとあろうことか自分のことさえ疑ってくるではないか。
「僕がそんなことするわけないだろ!」
「冗談だよ。でも、他の人はそう思わないかも」
不安を煽るようなことを言わないでほしい。
「やっぱりなあ、鑑識が来てくれれば、死亡推定時刻の特定も出来るだろうし、そうすれば犯人の絞り込みが出来るのに」
普段できていることが出来なくて、ひどくもどかしいのだろう。華ちゃんが長い髪をかきむしった。
「ないものねだりをしても仕方あるまい。原因が特定できない以上、警戒するには越したことがないじゃろう。湯布院君を隔離して安心してしまったが、どうやらバラバラに分かれんほうがいいかもしれんのぅ」
「やっぱり、みんなで一塊になってた方がいいってことですか?」
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