1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.8.9 中野 1

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 大月栄二はその日、久しぶりに中野まで足を延ばしていた。菅野と矢野に会うのもいつぶりだろう。けれど久方ぶりの邂逅は、楽しみと呼べるものでもなかった。
「しかし久しぶりだな、お前今何やってるんだ?」
「ああ、ちょっと家電の開発に関わってるんだ」
 変わらずボサボサ頭の旧友に声を掛けると、菅野はぼそっと答えた。
「家電の開発ときたか。ずいぶん偉くなったもんだな」
 大仰に栄二が菅野の肩を叩くと、彼はそれから逃げるかのように呟いた。
「別に、偉くなんか……」
 この、謙遜なのか卑屈なのか、やたらと自分を卑下する性格というのはなかなか変わらないもんなんだな。十年ぶりの再会で、昔とそっくり同じの菅野の姿を見て栄二は笑った。
「変わらないな、お前。電機メーカーなんて羽振りのいいとこ良く入れたな。その髪型をどうにかすりゃあもっとモテるだろうにな、この色男が」
「色男って言うなら、お前もずいぶん変わったじゃないか」
 栄二の全身を眺めながら、茶々を入れたのは矢野だった。栄二は、ひょろりとした菅野より背は低い。だが身体付きがいいからか、菅野よりよっぽど美丈夫に見える。髪の毛だってきれいに撫でつけてある。
「ずいぶん身ぎれいになりやがって。なんだってお前、休みなのにチョッキなんて着てるんだ」
「知らないのか?ビートルズだよ、ビートルズ。イギリスのロックバンドがこんな格好してるんだよ」
 ビートルズは最近の栄二のお気に入りだ。レコードを持っているよと言えば、流行りに敏感な女の子たちがあっという間に食いつく。
「イギリス?バグパイプでも吹くのか」
 そう首を傾げる矢野は、日焼けをした身体をタンクトップと薄汚れたジーンズに包んでいる。別れた時の記憶では、いかにも育ちの良さそうな坊ちゃんだった矢野だが、むき出しになった腕は筋肉で盛り上がり、顔つきも精悍なものだった。
「矢野は今何をしてるんだ?」
「なに、今一番人手が必要なとこでこき使われてるのさ」そう返す矢野の声は疲れていた。
「人手が必要なところ?」
「もしかして、オリンピック関連施設の建設か?」
「そうだ。お前は相変わらず鋭いな」
 感心したように矢野がうなずいた。
「鋭いも何も、地方からもひっきりなしに人をかき集めて、昼夜問わず人を働かせるところなんて、他にはそうそうないぜ」
 呆れた声で栄二は返す。「それこそ、建設現場の仕事なんて地方の田舎もんの仕事だろ。なんだってそんなとこで働いてるんだよ」
「そりゃあ俺だって好きで働いてるわけじゃない。けど俺みたいな流れもんは、金のいいとこには入れないんだ。菅野とは違ってな」
「別に、僕は運が良かっただけで」
「じゃあ俺は運もなかったんだろうな」
矢野が大きくため息をついた。「栄二はあれだろ、競馬で儲けた金で生活してるんだろ?ツイてるよな」
「一発大穴を当てたのは確かだが、今もギャンブルで稼いでるわけじゃないんだ、勘違いするなよ」
 栄二が矢野を軽く小突く。昔もよく見た光景だった。菅野がその風景に思わず唇をほころばせたところで、ようやく目的地へとたどり着く。変わらぬ、いや思い出のそれより若干古ぼけた建物。モルタルの古い学校のような作りだ。左手が女子寮、右側が男子寮になっていて、中央が管理棟。その中央棟の大きな扉を栄二が開いた。
「さて、着いたぞ。我らが懐かしの〈白百合の家〉だ」
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