1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.9.20 浅草 3

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 驚いているうちに、邪魔したな、と二人は去っていってしまった。去り際に大月が菅野に何かを言ったようだったけれど真理亜には聞き取れなかった。
 それからというものの、彼の表情は暗い。一体何を言われたのかしら、と思いつつ、踏み込むのをためらって真理亜は当たり障りのない話しかできなかった。
「でもあの先生、ずいぶんとお若くていらっしゃったわ。あれじゃあ確かにお母様と間違われるかも。いえ、きっとお母様よりお若いんじゃないかしら。英紀さんのお母様はおいくつでいらして?」
 何気ない気持ちで聞いたつもりだった。真理亜の母親は彼女を産んですぐに亡くなってしまった。父は、神様から母さんを奪ってしまったから、罰が当たったんだと嘆いていた。
爆弾を投げ込まれてしまった礼拝堂には、母の写真も飾られていた。その写真の女性と、私の力が英紀さんに必要だと言ってくれたあの人は、瞳や肌の色こそ違うものの、何となく似ているような気もした。
「別に、僕の母親のことなんて関係ないでしょう」
 けれど思いのほかつっけんどんに返されてしまって、真理亜は困ってしまった。なにかまずいことでも聞いてしまったのかしら。そう言えば私、英紀さんのことをよく知らないんだわ。電車が好きで、妹さんが亡くなったことぐらいしか知らない。
 楽しみにしていた分、些細なことで気分が下がってしまうのが自分でもわかった。こんな気分になる為に、英紀さんと出かけたわけじゃないのに。無理をして履いてきたヒールも痛くなってきてしまい、真理亜はなんだか帰りたい気持ちになってきてしまった。
 しばらく無言で二人は雷門へと向かって人の流れに逆らい進んでいく。門に着いてから大通りを左に進む菅野の後をとぼとぼと付いて行けば、ほのかに生臭い水の匂いがしてきた。墨田川だ。
「少し休みましょう。人が多くて疲れました」
 歩みの遅くなった真理亜に気が付いたのか、菅野が真理亜の手を取った。一瞬躊躇するものの、照れくささよりも足の痛みが勝った。無理して背伸びなんてするもんじゃない。
 川沿いに備え付けられたベンチに二人は腰掛けた。等間隔に備え付けられたそれには、やはり真理亜たちのようなアベックや、子供連れの家族などが思い思いに腰掛けている。時折吹く風が清々しい。水面をスイスイと飛んでいくトンボの羽が、陽を反射してキラキラと輝いていた。
「さっきはすみません。なんだか恥ずかしいところをお見せしてしまって」
「恥ずかしい?ああ、先生のことをお母さんって呼んでしまったこと?けれどそれは菅野さんじゃなくて、大月さんのことでしょう?」
「それは、そうですが……」
 返す真理亜の言葉に、菅野が歯切れ悪く答えた。「小百合さんは、僕にとっても母親のようなものなんです」
「菅野さんにとっても?」
「ええ。その、実は……」
 なにやら喉が詰まったかのような表情で、菅野が口を開いた。
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