1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.9.20 浅草 5

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 フラフラとしている菅野を苦労して支えながら、真理亜たちは近くの甘味屋に入った。真理亜がお茶とアイスを頼んだのに対して、菅野はメニューの片っ端から頼むものだから、テーブルの上は大変なことになってしまった。
「ああ、生き返った!」
 あっという間に容器を空にしたところで、どうやら喉の渇きも空腹も癒えたらしく、人心地ついた菅野が大きく息を吐く。
「すみません、頂いたチョコも、その……アレなんですけど、ちょっとあんまり喉が渇いてしまって」
 あんまり菅野が申し訳なさそうにしているので、もしかしたらあれを私の手作りだと思っていたらどうしよう、そう思って真理亜はネタバラシすることにした。
「思い出すだけで、胸やけのする量の砂糖を入れたって言ってたわ」
「言ってた?もしかして、これもメグさんが作ってくださったんですか?」
「ええ、うんとカロリーのあるものを作ってって、私がお願いしたの」
 まさかメグが気を利かせて用意してくれたとは言えない。じゃないと、彼女に菅野の力のことを話したのがばれてしまう。
「メグさん、不思議そうにしていませんでしたか?」
「ええと、山でも登って遭難つもりなんですかって笑われたわ」
 なので真理亜はあいまいに誤魔化しておいた。
「それにしても本当にすごい量のカロリーが必要なのね。これだったら、新しく服を買ったほうが早かったかもしれないわ」
 ここは僕が出します、と菅野は言ってくれたが、しかし服を乾かしてもらった手前、一銭も払わないというのも気が引けた。そもそもデートの軍資金は警護をしてもらっている手前、基本的にはこちら持ちだ。彼にお金を出させるわけにもいかない。お会計を済ませた真理亜はレシートの金額を見て呟いた。
「こんなに食べなきゃいけないんじゃ、あんまり力を使うのも考え物なのね」
 何かあったら菅野が守ってくれるだろう、と真理亜は安易に考えていたけれど、これじゃあ食べるものがなくなったら何もできなくなってしまう。かといって、カロリーが高ければ何でもいいわけでもなさそうだし。やはり、食べるならば美味しい方がいいようだ。
「すみません……役に立たなくて」
 思わず真理亜の口から出た言葉に菅野は謝りっぱなしだった。
「社長から真理亜さんを守るように言われているのに、これじゃあ先が思いやられます」
「そんなつもりで言ったんじゃないわ」
 真理亜は慌てて付け加えた。「それにしてもさっきの、一体なんだったのかしら」
「ええ、突然水面から水柱が現れるだなんて。もしかしたら、誰かが爆弾でも投げ込んだのかもしれません」
 店を出て、菅野はあたりを油断なく見回しながら言った。
「あれも、私を狙って?」
「ええ」
「でも、他にもたくさん人がいたじゃない。うちに脅迫状を送ってきた、草加次郎だか何だかは、他の人まで巻き込むつもりなの?」
 今まで危ないのは自分の身だけだったから構わないと考えていたが、犯人が誰これ構わず狙ってくるというなら話は別だ。こうして外をウロウロしているのはまずいのではないか。
「いえ、その逆かと。犯人は他の人にまで危害を加えるつもりはないんじゃないでしょうか」 と、菅野は指を顎にかけてなにやら考え顔で言った。
「でも、さっきだって……」
「もし水面が爆発したのが爆弾の仕業なら、水中になんて放り込まないで川岸の僕ら目がけて投げればよかったんです。でも犯人はそうしなかった」
「他の人を巻き込みたくなかったから?」
「でも、いつでも真理亜さんを狙うことが出来る。今回水中に爆弾が投げ込まれたのは、そういうメッセージだったんではないでしょうか」
「でも、あれは本当に爆弾だったの?いつ、誰がそんなもの投げ込んだのよ」
「それは……恐らく、今頃警察が調べてくれているでしょう。水中から何かが見つかれば、明日の新聞に載るかもしれない」
「そうだと、いいのだけど」
「そこから足がついて、警察がうまく犯人を捕まえてくれればいいですね」
 菅野は張りつめていた表情を緩めて、真理亜に笑みを向けた。
「とりあえず、人が多いところにいたほうが却って安全かもしれません。せっかくのデートです、楽しみましょう」
「ええ」
 そうだわ、せっかくのデートだもの。真理亜は言われるまま、そう考えることにした。そもそもさっきのだって、本当に私を狙ってやったのかも怪しい。もしかしたら、水中深くに眠っていた不発弾が暴発しただけかもしれない。
「それじゃあ菅野さん。下町もいいけれど、私乗りたいものがあるの」
「乗りたいもの?ああ、花やしきのジェットコースターですか?いや、あれは僕はちょっと……」
 どうにも電車以外の乗り物は得意ではないらしい菅野が気弱そうに返す。
「ジェットコースターよりすごいものよ。東京で今一番新しい乗り物、モノレールに乗りましょう」
 そう言って真理亜は菅野の手を引いた。
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