1964年の魔法使い

鷲野ユキ

文字の大きさ
46 / 101

1964.9.20 浅草 5

しおりを挟む
 フラフラとしている菅野を苦労して支えながら、真理亜たちは近くの甘味屋に入った。真理亜がお茶とアイスを頼んだのに対して、菅野はメニューの片っ端から頼むものだから、テーブルの上は大変なことになってしまった。
「ああ、生き返った!」
 あっという間に容器を空にしたところで、どうやら喉の渇きも空腹も癒えたらしく、人心地ついた菅野が大きく息を吐く。
「すみません、頂いたチョコも、その……アレなんですけど、ちょっとあんまり喉が渇いてしまって」
 あんまり菅野が申し訳なさそうにしているので、もしかしたらあれを私の手作りだと思っていたらどうしよう、そう思って真理亜はネタバラシすることにした。
「思い出すだけで、胸やけのする量の砂糖を入れたって言ってたわ」
「言ってた?もしかして、これもメグさんが作ってくださったんですか?」
「ええ、うんとカロリーのあるものを作ってって、私がお願いしたの」
 まさかメグが気を利かせて用意してくれたとは言えない。じゃないと、彼女に菅野の力のことを話したのがばれてしまう。
「メグさん、不思議そうにしていませんでしたか?」
「ええと、山でも登って遭難つもりなんですかって笑われたわ」
 なので真理亜はあいまいに誤魔化しておいた。
「それにしても本当にすごい量のカロリーが必要なのね。これだったら、新しく服を買ったほうが早かったかもしれないわ」
 ここは僕が出します、と菅野は言ってくれたが、しかし服を乾かしてもらった手前、一銭も払わないというのも気が引けた。そもそもデートの軍資金は警護をしてもらっている手前、基本的にはこちら持ちだ。彼にお金を出させるわけにもいかない。お会計を済ませた真理亜はレシートの金額を見て呟いた。
「こんなに食べなきゃいけないんじゃ、あんまり力を使うのも考え物なのね」
 何かあったら菅野が守ってくれるだろう、と真理亜は安易に考えていたけれど、これじゃあ食べるものがなくなったら何もできなくなってしまう。かといって、カロリーが高ければ何でもいいわけでもなさそうだし。やはり、食べるならば美味しい方がいいようだ。
「すみません……役に立たなくて」
 思わず真理亜の口から出た言葉に菅野は謝りっぱなしだった。
「社長から真理亜さんを守るように言われているのに、これじゃあ先が思いやられます」
「そんなつもりで言ったんじゃないわ」
 真理亜は慌てて付け加えた。「それにしてもさっきの、一体なんだったのかしら」
「ええ、突然水面から水柱が現れるだなんて。もしかしたら、誰かが爆弾でも投げ込んだのかもしれません」
 店を出て、菅野はあたりを油断なく見回しながら言った。
「あれも、私を狙って?」
「ええ」
「でも、他にもたくさん人がいたじゃない。うちに脅迫状を送ってきた、草加次郎だか何だかは、他の人まで巻き込むつもりなの?」
 今まで危ないのは自分の身だけだったから構わないと考えていたが、犯人が誰これ構わず狙ってくるというなら話は別だ。こうして外をウロウロしているのはまずいのではないか。
「いえ、その逆かと。犯人は他の人にまで危害を加えるつもりはないんじゃないでしょうか」 と、菅野は指を顎にかけてなにやら考え顔で言った。
「でも、さっきだって……」
「もし水面が爆発したのが爆弾の仕業なら、水中になんて放り込まないで川岸の僕ら目がけて投げればよかったんです。でも犯人はそうしなかった」
「他の人を巻き込みたくなかったから?」
「でも、いつでも真理亜さんを狙うことが出来る。今回水中に爆弾が投げ込まれたのは、そういうメッセージだったんではないでしょうか」
「でも、あれは本当に爆弾だったの?いつ、誰がそんなもの投げ込んだのよ」
「それは……恐らく、今頃警察が調べてくれているでしょう。水中から何かが見つかれば、明日の新聞に載るかもしれない」
「そうだと、いいのだけど」
「そこから足がついて、警察がうまく犯人を捕まえてくれればいいですね」
 菅野は張りつめていた表情を緩めて、真理亜に笑みを向けた。
「とりあえず、人が多いところにいたほうが却って安全かもしれません。せっかくのデートです、楽しみましょう」
「ええ」
 そうだわ、せっかくのデートだもの。真理亜は言われるまま、そう考えることにした。そもそもさっきのだって、本当に私を狙ってやったのかも怪しい。もしかしたら、水中深くに眠っていた不発弾が暴発しただけかもしれない。
「それじゃあ菅野さん。下町もいいけれど、私乗りたいものがあるの」
「乗りたいもの?ああ、花やしきのジェットコースターですか?いや、あれは僕はちょっと……」
 どうにも電車以外の乗り物は得意ではないらしい菅野が気弱そうに返す。
「ジェットコースターよりすごいものよ。東京で今一番新しい乗り物、モノレールに乗りましょう」
 そう言って真理亜は菅野の手を引いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

処理中です...