1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.5 北の丸公園 3

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「設計図、導線、火薬、……なんだ、これ」
 袋の中には、確かに言われたとおりの物が入っていた。設計図も分かりやすく書いてあり、組み立てるための道具も入っていて至れり尽くせりだ。中には、何に使うのかもわからない資料も入っているが、聡い青野のことだ、きっと何かしらの役に立つのだろう。
 そんなごちゃごちゃとした紙袋の奥に、正志は白い封筒を見つけた。
「これは、チケットじゃないか。しかも開会式の」
 思わず正志は声をあげてしまった。封筒を開けると、そこにはオリンピックの開会式の入場券が入っているではないか。しかも二枚。
「まさか、こんなものまでアイツは用意してくれたのか」
 今回まさに青野に相談しようと思っていたのが、いかに会場に侵入するか、だった。脅迫状があろうがなかろうが、世界から客を招いて行う一大事だ、警備がどこも厳しいであろうことくらい正志にも想像が出来た。ではどこで金の受け渡しをするべきか。早くそれを決めて、再び脅迫状を送らなければならなかった。
 けれどチケットがあれば大手を振って会場内に侵入することが出来る。会場内でなら、警察だって派手に物取り劇を始めるわけにもいくまい。ああ、あいつはなんて親切な男なのだろう。口ではあんなふうに言っていたが、白百合の家を救いたいという思いにアイツは共感してくれていたんじゃなかろうか。
先ほど青野を疑った舌の根も乾かぬうちに、正志は彼に感謝した。
「こうとなったら早くことを起こさないと」
 紙袋の中には、ありがたいことに草加次郎の筆跡をまねるための資料も、脅迫状を書く紙も、筆記具すら入っていた。まるで自分の行動を見透かされているようだった。慌てて正志はそれらを取り出すと、鉛筆を舐めて考える。金の受け渡しはどうすればいい?ブツは空席に置いておけ。そう青野は言っていた。
その言葉を反芻すると、正志はベンチの上に紙を広げ、筆跡をまねて脅迫状を書き始めた。
『十月十日のオリンピック開会式、聖火に火が灯るまでに観客席の空席に金を置いておけ。金は黒のリュックサックに詰めろ』
 警察が座席に金を置くまで、自分はもう一枚のチケットの座席でただ待っていればいい。指示通り金が置かれたら奪うために火を放ち、金が置かれなければ会場を爆破するだけだ。
 空席がどこに生まれるかは、警察には式が始まるまでわからない。世紀の一大イベントだ、まさか他に予定を入れて来ない人間がたくさんいるとは考えにくい。今正志が持っている席こそが、空席となる可能性は非常に高い。
 C―86と、E―90の席。青野に渡されたチケットはこの二枚。国立競技場の構造から考えて、Cの座席の方が前方だろう。そうなれば当然、その座席を監視しやすいのはEの座席だ。
 空席がどこに出来るかわからない以上、警察も動きづらいだろう。式がようやく始まるという段になって、ようやく金を置けるのだ。
 そうして金を置いたところを確認して、搖動で数か所爆破してやる。やつらの気がそれた瞬間に、金を奪って逃げればいい。なに、万一金を用意してこなければ、オリンピックを火の海に沈めてやるだけだ。
 これならなんとかうまくやれそうだ。鼻息荒く書き上げたそれを、正志はチケットの入っていた白い封筒に入れた。いそいそと紙袋の中へそれを戻し、正志はベンチから立ち上がった。
 今日はもう遅い。明日爆弾も組み立てて、一緒に郵便局に持って行って送りつけてやろう。なるべく自分の生活圏から離れた場所がいいだろう。そうだな、金持ちが住んでそうな場所から投函してやろうか。
 空を見上げれば星がチラチラと瞬いていた。明日は良い日になりそうだ。弾む気持ちで正志は未来を待ちわびた。明日が楽しみだなんて、何時ぶりだろう。今夜はゆっくり眠れそうだった。
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