70 / 101
1964.10.5 北の丸公園 3
しおりを挟む
「設計図、導線、火薬、……なんだ、これ」
袋の中には、確かに言われたとおりの物が入っていた。設計図も分かりやすく書いてあり、組み立てるための道具も入っていて至れり尽くせりだ。中には、何に使うのかもわからない資料も入っているが、聡い青野のことだ、きっと何かしらの役に立つのだろう。
そんなごちゃごちゃとした紙袋の奥に、正志は白い封筒を見つけた。
「これは、チケットじゃないか。しかも開会式の」
思わず正志は声をあげてしまった。封筒を開けると、そこにはオリンピックの開会式の入場券が入っているではないか。しかも二枚。
「まさか、こんなものまでアイツは用意してくれたのか」
今回まさに青野に相談しようと思っていたのが、いかに会場に侵入するか、だった。脅迫状があろうがなかろうが、世界から客を招いて行う一大事だ、警備がどこも厳しいであろうことくらい正志にも想像が出来た。ではどこで金の受け渡しをするべきか。早くそれを決めて、再び脅迫状を送らなければならなかった。
けれどチケットがあれば大手を振って会場内に侵入することが出来る。会場内でなら、警察だって派手に物取り劇を始めるわけにもいくまい。ああ、あいつはなんて親切な男なのだろう。口ではあんなふうに言っていたが、白百合の家を救いたいという思いにアイツは共感してくれていたんじゃなかろうか。
先ほど青野を疑った舌の根も乾かぬうちに、正志は彼に感謝した。
「こうとなったら早くことを起こさないと」
紙袋の中には、ありがたいことに草加次郎の筆跡をまねるための資料も、脅迫状を書く紙も、筆記具すら入っていた。まるで自分の行動を見透かされているようだった。慌てて正志はそれらを取り出すと、鉛筆を舐めて考える。金の受け渡しはどうすればいい?ブツは空席に置いておけ。そう青野は言っていた。
その言葉を反芻すると、正志はベンチの上に紙を広げ、筆跡をまねて脅迫状を書き始めた。
『十月十日のオリンピック開会式、聖火に火が灯るまでに観客席の空席に金を置いておけ。金は黒のリュックサックに詰めろ』
警察が座席に金を置くまで、自分はもう一枚のチケットの座席でただ待っていればいい。指示通り金が置かれたら奪うために火を放ち、金が置かれなければ会場を爆破するだけだ。
空席がどこに生まれるかは、警察には式が始まるまでわからない。世紀の一大イベントだ、まさか他に予定を入れて来ない人間がたくさんいるとは考えにくい。今正志が持っている席こそが、空席となる可能性は非常に高い。
C―86と、E―90の席。青野に渡されたチケットはこの二枚。国立競技場の構造から考えて、Cの座席の方が前方だろう。そうなれば当然、その座席を監視しやすいのはEの座席だ。
空席がどこに出来るかわからない以上、警察も動きづらいだろう。式がようやく始まるという段になって、ようやく金を置けるのだ。
そうして金を置いたところを確認して、搖動で数か所爆破してやる。やつらの気がそれた瞬間に、金を奪って逃げればいい。なに、万一金を用意してこなければ、オリンピックを火の海に沈めてやるだけだ。
これならなんとかうまくやれそうだ。鼻息荒く書き上げたそれを、正志はチケットの入っていた白い封筒に入れた。いそいそと紙袋の中へそれを戻し、正志はベンチから立ち上がった。
今日はもう遅い。明日爆弾も組み立てて、一緒に郵便局に持って行って送りつけてやろう。なるべく自分の生活圏から離れた場所がいいだろう。そうだな、金持ちが住んでそうな場所から投函してやろうか。
空を見上げれば星がチラチラと瞬いていた。明日は良い日になりそうだ。弾む気持ちで正志は未来を待ちわびた。明日が楽しみだなんて、何時ぶりだろう。今夜はゆっくり眠れそうだった。
袋の中には、確かに言われたとおりの物が入っていた。設計図も分かりやすく書いてあり、組み立てるための道具も入っていて至れり尽くせりだ。中には、何に使うのかもわからない資料も入っているが、聡い青野のことだ、きっと何かしらの役に立つのだろう。
そんなごちゃごちゃとした紙袋の奥に、正志は白い封筒を見つけた。
「これは、チケットじゃないか。しかも開会式の」
思わず正志は声をあげてしまった。封筒を開けると、そこにはオリンピックの開会式の入場券が入っているではないか。しかも二枚。
「まさか、こんなものまでアイツは用意してくれたのか」
今回まさに青野に相談しようと思っていたのが、いかに会場に侵入するか、だった。脅迫状があろうがなかろうが、世界から客を招いて行う一大事だ、警備がどこも厳しいであろうことくらい正志にも想像が出来た。ではどこで金の受け渡しをするべきか。早くそれを決めて、再び脅迫状を送らなければならなかった。
けれどチケットがあれば大手を振って会場内に侵入することが出来る。会場内でなら、警察だって派手に物取り劇を始めるわけにもいくまい。ああ、あいつはなんて親切な男なのだろう。口ではあんなふうに言っていたが、白百合の家を救いたいという思いにアイツは共感してくれていたんじゃなかろうか。
先ほど青野を疑った舌の根も乾かぬうちに、正志は彼に感謝した。
「こうとなったら早くことを起こさないと」
紙袋の中には、ありがたいことに草加次郎の筆跡をまねるための資料も、脅迫状を書く紙も、筆記具すら入っていた。まるで自分の行動を見透かされているようだった。慌てて正志はそれらを取り出すと、鉛筆を舐めて考える。金の受け渡しはどうすればいい?ブツは空席に置いておけ。そう青野は言っていた。
その言葉を反芻すると、正志はベンチの上に紙を広げ、筆跡をまねて脅迫状を書き始めた。
『十月十日のオリンピック開会式、聖火に火が灯るまでに観客席の空席に金を置いておけ。金は黒のリュックサックに詰めろ』
警察が座席に金を置くまで、自分はもう一枚のチケットの座席でただ待っていればいい。指示通り金が置かれたら奪うために火を放ち、金が置かれなければ会場を爆破するだけだ。
空席がどこに生まれるかは、警察には式が始まるまでわからない。世紀の一大イベントだ、まさか他に予定を入れて来ない人間がたくさんいるとは考えにくい。今正志が持っている席こそが、空席となる可能性は非常に高い。
C―86と、E―90の席。青野に渡されたチケットはこの二枚。国立競技場の構造から考えて、Cの座席の方が前方だろう。そうなれば当然、その座席を監視しやすいのはEの座席だ。
空席がどこに出来るかわからない以上、警察も動きづらいだろう。式がようやく始まるという段になって、ようやく金を置けるのだ。
そうして金を置いたところを確認して、搖動で数か所爆破してやる。やつらの気がそれた瞬間に、金を奪って逃げればいい。なに、万一金を用意してこなければ、オリンピックを火の海に沈めてやるだけだ。
これならなんとかうまくやれそうだ。鼻息荒く書き上げたそれを、正志はチケットの入っていた白い封筒に入れた。いそいそと紙袋の中へそれを戻し、正志はベンチから立ち上がった。
今日はもう遅い。明日爆弾も組み立てて、一緒に郵便局に持って行って送りつけてやろう。なるべく自分の生活圏から離れた場所がいいだろう。そうだな、金持ちが住んでそうな場所から投函してやろうか。
空を見上げれば星がチラチラと瞬いていた。明日は良い日になりそうだ。弾む気持ちで正志は未来を待ちわびた。明日が楽しみだなんて、何時ぶりだろう。今夜はゆっくり眠れそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
婚約破棄され泣きながら帰宅している途中で落命してしまったのですが、待ち受けていた運命は思いもよらぬもので……?
四季
恋愛
理不尽に婚約破棄された"私"は、泣きながら家へ帰ろうとしていたところ、通りすがりの謎のおじさんに刃物で刺され、死亡した。
そうして訪れた死後の世界で対面したのは女神。
女神から思いもよらぬことを告げられた"私"は、そこから、終わりの見えないの旅に出ることとなる。
長い旅の先に待つものは……??
【完結】瑠璃色の薬草師
シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。
絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。
持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。
しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。
これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる