1964年の魔法使い

鷲野ユキ

文字の大きさ
92 / 101

1964.10.10 開会式 白い鳩 2

しおりを挟む
 しかし、油断したな。
 まさかいきなり刺されるとは思っても見なかったのだ。栄二は、引きずる左足をさすった。相手は爆弾魔だ。攻撃を仕掛けてくるにしても、まさか自宅で爆弾を破裂させることもなかろうとタカをくくっていたのがまずかった。
数々の修羅場を潜り抜けてきた栄二だったが、この時ばかりはしくじったと思った。
 もうだめかと思われたその時、ぐったりしていた菅野があの力を使って、なんとかほうほうの体で逃げ出すことが出来たのだ。
 慌てて栄養補給をしてやったけれど、しかし菅野はまだ万全ではない。足さえ無事なら自分が乗り込んで、この身を挺してでも青野を捕まえてやりたかった。その悔しい気持ちと、友を心配する気持ちとの狭間に立たされながら、栄二はただ待つしかできなかった。
 さて、草加次郎、いや、青野淳はどう出るか。まさか遠野順次郎も菅野を疑っていることなど露にも知らない栄二は、さらわれた菅野のためにお嬢様が金を持って現れるだろうと踏んでいた。
 そして、青野を菅野が捕まえることが出来るのか。まさに賭けだった。
 どうやら式は滞りなく行われているようだった。会場から聞こえる君が代のメロディに、栄二は思わず顔を上げた。上げたところで中の様子が見えるはずもなく、周りにはオリンピックの開会式を少しでも間近に感じたい人々でひしめき合っていて、その頭が見えるだけだ。
 何もないということは、少なくとも菅野は無事なのだろう。栄二はもどかしさを覚えた。これなら家に帰って、テレビでも見ていた方がまだ状況が分かったかもしれない。
 パン、パン、パンと響く音とともに、空がきらりと光った。そして人々のざわめき。栄二は腕に嵌めた時計を見た。二時だ。選手たちが入場を始めたのだ。
 青野は、聖火台に火が灯されるギリギリまで現れないのだろうか。
 少なくとも青野が現れれば、何か騒ぎが起こるはずだ。日本国民として、世界各国に中継される華々しい開会式で騒ぎがあるのはいただけないとは思ったが、しかし騒ぎが起こらなければ金が手に入らない。もやもやとした気持ちで競技場を穴の開くほど見つめていると、入退場口から、黒いリュックを背に背負い女の子の手を引く、慌てた様子で駆けていく男の姿を捉えた。
「青野か?」
 まさか菅野がしくじって、まんまと金とお嬢様を奪われたのか?
 目を凝らしてみれば、きらりと光を受けた青い瞳が目に入った。あれは、お嬢様だ。
 すいぶんと格好がいつもと違うからわかりにくいが、あの瞳だけはどうしようもない。外国からの客が多い会場でも、黒髪に青い目は珍しい。だが、その女の子の手を引いているのは、青野ではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

処理中です...