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1964.10.10 開会式 白い鳩 2
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しかし、油断したな。
まさかいきなり刺されるとは思っても見なかったのだ。栄二は、引きずる左足をさすった。相手は爆弾魔だ。攻撃を仕掛けてくるにしても、まさか自宅で爆弾を破裂させることもなかろうとタカをくくっていたのがまずかった。
数々の修羅場を潜り抜けてきた栄二だったが、この時ばかりはしくじったと思った。
もうだめかと思われたその時、ぐったりしていた菅野があの力を使って、なんとかほうほうの体で逃げ出すことが出来たのだ。
慌てて栄養補給をしてやったけれど、しかし菅野はまだ万全ではない。足さえ無事なら自分が乗り込んで、この身を挺してでも青野を捕まえてやりたかった。その悔しい気持ちと、友を心配する気持ちとの狭間に立たされながら、栄二はただ待つしかできなかった。
さて、草加次郎、いや、青野淳はどう出るか。まさか遠野順次郎も菅野を疑っていることなど露にも知らない栄二は、さらわれた菅野のためにお嬢様が金を持って現れるだろうと踏んでいた。
そして、青野を菅野が捕まえることが出来るのか。まさに賭けだった。
どうやら式は滞りなく行われているようだった。会場から聞こえる君が代のメロディに、栄二は思わず顔を上げた。上げたところで中の様子が見えるはずもなく、周りにはオリンピックの開会式を少しでも間近に感じたい人々でひしめき合っていて、その頭が見えるだけだ。
何もないということは、少なくとも菅野は無事なのだろう。栄二はもどかしさを覚えた。これなら家に帰って、テレビでも見ていた方がまだ状況が分かったかもしれない。
パン、パン、パンと響く音とともに、空がきらりと光った。そして人々のざわめき。栄二は腕に嵌めた時計を見た。二時だ。選手たちが入場を始めたのだ。
青野は、聖火台に火が灯されるギリギリまで現れないのだろうか。
少なくとも青野が現れれば、何か騒ぎが起こるはずだ。日本国民として、世界各国に中継される華々しい開会式で騒ぎがあるのはいただけないとは思ったが、しかし騒ぎが起こらなければ金が手に入らない。もやもやとした気持ちで競技場を穴の開くほど見つめていると、入退場口から、黒いリュックを背に背負い女の子の手を引く、慌てた様子で駆けていく男の姿を捉えた。
「青野か?」
まさか菅野がしくじって、まんまと金とお嬢様を奪われたのか?
目を凝らしてみれば、きらりと光を受けた青い瞳が目に入った。あれは、お嬢様だ。
すいぶんと格好がいつもと違うからわかりにくいが、あの瞳だけはどうしようもない。外国からの客が多い会場でも、黒髪に青い目は珍しい。だが、その女の子の手を引いているのは、青野ではなかった。
まさかいきなり刺されるとは思っても見なかったのだ。栄二は、引きずる左足をさすった。相手は爆弾魔だ。攻撃を仕掛けてくるにしても、まさか自宅で爆弾を破裂させることもなかろうとタカをくくっていたのがまずかった。
数々の修羅場を潜り抜けてきた栄二だったが、この時ばかりはしくじったと思った。
もうだめかと思われたその時、ぐったりしていた菅野があの力を使って、なんとかほうほうの体で逃げ出すことが出来たのだ。
慌てて栄養補給をしてやったけれど、しかし菅野はまだ万全ではない。足さえ無事なら自分が乗り込んで、この身を挺してでも青野を捕まえてやりたかった。その悔しい気持ちと、友を心配する気持ちとの狭間に立たされながら、栄二はただ待つしかできなかった。
さて、草加次郎、いや、青野淳はどう出るか。まさか遠野順次郎も菅野を疑っていることなど露にも知らない栄二は、さらわれた菅野のためにお嬢様が金を持って現れるだろうと踏んでいた。
そして、青野を菅野が捕まえることが出来るのか。まさに賭けだった。
どうやら式は滞りなく行われているようだった。会場から聞こえる君が代のメロディに、栄二は思わず顔を上げた。上げたところで中の様子が見えるはずもなく、周りにはオリンピックの開会式を少しでも間近に感じたい人々でひしめき合っていて、その頭が見えるだけだ。
何もないということは、少なくとも菅野は無事なのだろう。栄二はもどかしさを覚えた。これなら家に帰って、テレビでも見ていた方がまだ状況が分かったかもしれない。
パン、パン、パンと響く音とともに、空がきらりと光った。そして人々のざわめき。栄二は腕に嵌めた時計を見た。二時だ。選手たちが入場を始めたのだ。
青野は、聖火台に火が灯されるギリギリまで現れないのだろうか。
少なくとも青野が現れれば、何か騒ぎが起こるはずだ。日本国民として、世界各国に中継される華々しい開会式で騒ぎがあるのはいただけないとは思ったが、しかし騒ぎが起こらなければ金が手に入らない。もやもやとした気持ちで競技場を穴の開くほど見つめていると、入退場口から、黒いリュックを背に背負い女の子の手を引く、慌てた様子で駆けていく男の姿を捉えた。
「青野か?」
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目を凝らしてみれば、きらりと光を受けた青い瞳が目に入った。あれは、お嬢様だ。
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