山姫さま ヒトの都を 冒険する

鷲野ユキ

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山姫さま オコジョと一緒に 女優デビュー?

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翌日。
とりあえず作戦会議を立て、食事をし、ゆっくりと休めた気持ちの良い天気の日です。

姫さまたちが狐に言われたことを反芻していると、コンコンとドアをノックする音とともに

「おっはよー、美姫ちゃんと天使ちゃん。撮影入るからスタジオ行くよ~」

という騒がしいあの男の声が聞こえてきました。
オコジョがドアに駆け寄り扉を開くと、男はなれなれしくオコジョの白髪をなでた後、部屋の中にずかずかと入ってこようとしましたので、

「少々お待ちくださいな。狐……いえ、今吉くんも呼んできますから」

と男を外に追い出し、扉を閉めて姫さまに近づけないようにしようとしました。
ですが男はそんなもの意にも介さないといった風で、

「ああ、今吉君はほかのスタジオにむかってもらったからさぁ、今日は一緒じゃないよ。ねえ、あんな優男より、俺の方がよくない?金も持ってるしさぁ。一度ぐらい俺と遊んでよ」

とたたみかけてきます。
やはり狐とは別行動になってしまったか。
内心オコジョはがっかりしましたが、ここまでは昨晩の作戦会議で予測していた範囲内です。


狐は昨晩、このように言ったのです。

「おそらくあの男は、俺を姫さまたちから離そううとするに違いない。なにせ今、俺は人間の男の姿だからな。たぶん女を狙う男としては、姫さまのすぐそばにいる俺が邪魔だと思うに違いない。多分明日も車で移動すると思うんだ。だから俺は大人しく車に乗ることにする。そして、なんとしてでもそこから逃げ出す。だって、おとなしく連れて行かれた先で何をされるかわかったもんじゃないからな。で、そこからとにかく、姫さまたちの匂いを追って助けに向かいます。ですから、姫さまたちもつらいとは思いますが、耐えてくださいね」と。

それに、オコジョには別の指令も出ているのです。それは
「昨日撮られた写真を回収すること」でした。

オコジョたちにはよくわかりませんでしたが、とにかくあれは人間社会で生きていくにあたって、あると不便なもののようです。
しきりに狐がそう言いましたから、おとなしくオコジョは従うことにしました。
それならば最悪、あのスマホごと盗ってしまえば問題ないでしょうし、便利な機械が手に入れば姫さまも喜びます。
ただ、せっかく得られた住む場所とお金を失うのは非常にもったいないことなのではないかなと思い、狐に抗議はしましたが、

「世の中にはお金より大切なものがあるんだよ」

と返されてしまい、なんだかよくわかりません。
とはいえ、まだほんとうにこの男の人が狐の言う「マジでヤバい」人なのか、オコジョにはわかりません。
聞けばアートというのはなにやら芸術的で立派なものであるみたいですし、そういったもので姫さまの美しさが表現できて、しかもお金がもらえるならばそれは素晴らしいことではないかと、じつはオコジョはタカをくくっていたのです。

ですから、狐が違うところに行ってしまったのは残念ではありますが、自分一人でもなんとかなるだろう、と思っていました。

もし万が一でも本当に、この男の人が悪いひとでなにか姫さまにしでかすようなら、もとのオコジョの姿に戻ってこの鋭い牙と爪でズタズタに切り裂いてやるのだから。
そうオコジョは鼻息荒く考えていたのでした。

部屋に入ってきた男は、姫さまの顔を見つけると満足そうにニヤニヤしています。
ジャケットの内ポケットからあのスマホを取り出し、まあ時間もないし、この後の方がいろいろスムーズだろう、などとつぶやいてから、二人を外に出るよう促します。
渋々それに従い二人が部屋から出ると、昨日と同じ煙くさい車に乗せられ、昨日とは違う場所に連れていかれました。どうやらここが、昨日男の言っていた撮影スタジオというもののようでした。

スタジオに入る男の後についていきますと、なんだか立派なキカイがたくさん置いてあります。そして、それを操作する人たちと、スタジオの中に浴衣のような白い布を纏った男の人が一人。
全員男の人です。これなら別に、狐が一人混ざってたって問題ないでしょうに。

そしてスタジオには、先ほどまで彼女たちのいた部屋に似せたような、偽物の部屋が作られています。
まるで張りぼてのようで、壁の裏側はそのまま木の板。
実際に人が住めるような場所ではないようですが、見た目があんまりそっくりだったので二人は驚きました。
そこにはテーブルと、ベッドが一つ。二人で寝るのだとしたらちょっとせまそうです。いったいここで何をするつもりなのでしょう。

そうぼんやりと姫さまとオコジョがこの架空の部屋を見回しながら立っていますと、先ほどの男が手になにやら冊子のようなものを持ってきました。

「はい、これ台本ね。今日は二人には女優のお仕事をお願いしちゃうから。モデルデビューの前にさ、こういうのやっておくと箔がつくからさぁ。あ、セリフちゃんと覚えてね?まあ、大したストーリーもないけどな」

あはははは、と部屋にいる男の人たちが声をあげて笑いました。確かにその本にはそこまで文字が書かれていなくて、ときどき
「やめて」とか「いや」、みたいな短いセリフが書かれているだけでした。
なるほど、これなら姫さまはともかく、オコジョでも覚えられそうです。

文字の読めないオコジョにセリフを教えてあげながら、二人はその台本とやらを読み進めました。それは貧しい姉妹のお話で、どうやら姫さまが姉、オコジョが妹で、理不尽な父親から暴行を受けるという、ひどくつまらないお話でした。
どうやら白い着物の人が父親役のようです。たしかに、ちょっと怖い顔をしていました。

「姫さま、このお話、なんて暗くてつまらないんでしょう。こんなのぜんぜん面白くありません。このあいだ教えてくださった、『人魚姫』のお話の方が何倍面白かったことか」

オコジョは不満げに、頬を膨らませながら文句を言います。
女優のお仕事と言われたので、ちらっと昨日部屋で見た「テレビ」に出ていた人間たちのことをオコジョは想像していたのです。

あの薄い板の中の出来事は大半が本当ではなくて、作られたお話を演じている人がいるのだと狐が教えてくれました。それを役者だとか女優だとか言うのだと。
だから今日これからオコジョは「女優」として演技をして、たくさんの人の目にとまる「テレビ」で「芸能デビュー」が出来るのだろう、と思っていました。
姫さまももちろんですが、オコジョだって人間たちから白い天使だとか、雪の妖精だとかかわいい名前を付けてもらってちやほやされている存在です。
ですからより多くの人間の人気者になって、ちやほやしてもらえるならばそれは悪いことではありません。
だというのにお話自体がこんなにつまらなければ、いったい誰が見てくれるというのでしょうか。

でもここで文句を言っていても始まりません。嫌なら今すぐ逃げ出しても構いませんが、まだ狐と合流も出来ていないし、スマホも奪えていません。
それにいまのところなにか身に危険が及んでいるわけでもありませんし、このまま我慢して演技さえすればお金がもらえるのです。
ならば言われたとおりにしよう、姫さまとオコジョが、彼女たちなりには精一杯、でも傍から見ると大根以外の何物でもない演技を披露し、お話がどんどん進んでいった頃合いです。

そこは荒れる父親をなだめるシーンでした。怖い顔をしているとはいえ、この人も役者さんです。本当に殴ったりなどしてきはしませんが、実に真に迫ってオコジョや姫さまに乱暴をする演技をしています。

なんだ、やっぱり狐の思い越しだったのだわ。
ほら、本当に私たちは今、女優として仕事を任せてもらっているじゃない。

きちんと労働の対価としてお金を稼げていることに姫さまも安堵し、緊迫のシーンながら肩の力を抜きました。
すると、その時です。

いままで演技で姫さまを殴るふりをしていた父親役の男が、本当に姫さまを張り倒し、ベッドに押し倒したではありませんか!

「きゃあ!」
「ひ、姫さま!!」

慌ててオコジョが倒れた姫さまのもとに駆け寄ろうとしますが、その方を強く掴まれてしまいました。そう、あの男です。

「だ、台本とちがうじゃないか!姫さまから手を離せ!」

キイキイ騒ぎ立てるオコジョのことなど無視して、男はこの現場を凝視しています。
ちょうど父親役の男の手が、姫さまの短いスカートに手を這わせようとしているところでした。
それを、いままでにない真剣な雰囲気で、キカイを操る男たちが撮っています。

オコジョはひどく不快な思いに捕らわれました。
高貴な姫さまに、この人間どもはなんてことをするのだ!

ここがお山でしたら、あっという間にこの人間はお山の神様である姫のお父様に消されていたでしょう。
ですがここはもはやお山から遠く、遠く離れた人込みで息苦しいところです。
ここまでお山の神様が助けに来てくれるはずなどありません。自分たちの力で、この危機を乗り越えなければならないのです。そう、この場には狐さえいないのですから。

そうだ、私が姫さまをお守りしなければいけないんだ!

オコジョはそう強く決心すると、まず自分の方を強く掴む男の手を、するどいオコジョの爪でひっかきました。
ついうっかり人間の姿に変身中だというのに耳を出してしまっていたオコジョでありましたが、うまく一部だけ変身を解く方法を訓練したのです。
ですから今は耳ではなくて、手をオコジョの白くてかわいらしい前足に戻したのでした。
かわいいといっても、その爪は鋭く、獣の肉を切り裂くほどです。男は一瞬、自分の手に何が起こったのかわからず、思わずオコジョの肩を離してしまいました。

「痛っ!なんだこの女!?」

皮膚を切り裂かれ、手の甲に血をにじませた男は、自分をひっかいたオコジョのことを睨みましたがそんなことに付き合っていられるほどオコジョは暇ではありません。
ひらりとその身をひるがえすと、今まさに姫さまに多い被ろうとしている白い着物の男の背を、同じくするどい爪で切り裂きました。

「痛ったあああ!!」

びっくりしたのは白い着物の男です。
まったく何が起こったのかわからないまま、飛び上がるようにして姫さまの元から逃げていきました。

「姫さま!早くお逃げください!」

男をやっつけたオコジョは、まだベッドの上であおむけになり驚いているばかりの姫さまに声をかけました。
その声をきいて、今度はキカイを操作していた男たちが姫さまに逃げられてたまるかと押し寄せてきます。

「ええい、このう!」

オコジョはそれに対抗すべくやみくもに手を振り回しますが、一部変化はとても疲れるのです。
ほどなくして白い前足は再び肌色の人間の手のひらに戻ってしまいました。

「オコジョ!いいのです、あなただけでもお逃げなさい!」

姫さまが、鋭く声を放ちました。
お山を離れてしまえばまったくもって役に立たず、オコジョや狐に迷惑ばかりかけてしまう自分。
そんな守られてばかりの自分のことが、姫さまは嫌になったのです。
それに、これはもしかしたらいままでの報いなのかもしれません。いたずらに山に来た男たちを誘わして遊び、捨ててきたのは自分です。
それも大変なことになったら、きっとお父様が何とかしてくれるだろう、と甘い考えのもとで。

だからそれにオコジョまで巻き込むことはできません。
そう諦めて、姫さまが男たちの毒牙を甘んじて受けようとしたその時。

「シュワワワワワワ!!」

「わ、なんだなんだ?火事か!?」
「なんだこの煙は!前が見えないぞ!」

スタジオの入口の方から、なにやら白い煙がすごい勢いで入ってきました。そして、
「姫さまはやく!」という男の声。

ああ、これは狐の声ではありませんか。約束した通り、狐はふたりを助けに来てくれたのです。

あわててオコジョは仰向けのままの姫さまを引っぺがし、狐の声のする方に放り投げると、今度はあの男が倒れてるであろう場所まで走ります。

「ぎゃっ!」

足もとでカエルを踏みつぶしたかのような声が聞こえました。ああ、これはあの男の声のようです。

もういちどギュっと、しっかり男のことを踏みつぶすと、どうやら男は気絶してしまったようです。
躊躇なくオコジョは男のジャケットに手を突っ込み、あのスマホと、一緒に入っていたなにやら財布のようなものも失敬することとしました。

だって、ちゃんと演技の仕事はしましたから。その報酬はいただかないと契約違反ですからね。

こうして無事、姫さまとオコジョは、狐のおかげであの怪しい男の元を逃げおおせたのでした。
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