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山姫さま ヒトの都を 後にする
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さて、狐の活躍のおかげで姫さまたちは撮影スタジオの外に逃げ出すことに成功しましたが、もしかしたら彼らのうちの誰かがまだ追いかけてくるかもしれません。
一番早いのはあの車というものに乗って逃げるのが早いのですが、姫さまたちの誰もあれを動かせそうにありません。
ですから、とにかく一生懸命走ることしかできなかったのですが、しかし姫さまとオコジョはなんだか短いスカートを穿かされたものですから、それが気になってうまく走れません。
しかも、なんだかこの街はごちゃごちゃしていて道は狭いし、広い道ではあの車がびゅんびゅんとすごいスピードで走っています。
うっかりあの車にでも当たろうものなら、いかに神の娘だろうが、お山の精霊だろうが命はなさそうです。
だからとにかく細い道をやみくもに走り回って、坂を上ったり、大きな道を人間たちの流れに乗って渡ったりしていたのですが、やがてごちゃごちゃした街並みから、少しだけ、ほんのすこしではありますが、緑の多い場所へと抜けられたようでした。
どうやらあの男たちも追いかけてこないようです。
「とりあえず姫さま、ココなら大丈夫そうです。ひとまず休憩しましょう」
乱れた息の狐の声を号令に、三人は服が汚れるのも構わず砂利の敷き詰められた地面へとへたり込んでしまいました。
狐などはまだいい方です。姫さまもなれない駆け足(なにせ今までは一足で千里を駆ける力をもっていたのがなくなってしまいましたからね)ですっかり疲労困憊ですし、オコジョはやはり慣れない二足での駆け足で転びそうになったりで、やっぱりぐったりしてしまっていたのでした。
これがひとの姿でなくて本来の姿で四足で駆けられたならばこんな苦しい思いをしなくてもよかったのに。
オコジョは悔しくて仕方ありません。
少し休んで息も落ち着いてきた頃合いに、オコジョがガサゴソと戦利品であるあの男のスマホを取り出しました。
ですが使い方がわからないのでそれは姫さまに渡して例の写真を消してもらい、ついでに現在地も調べてもらっているうちに、一方オコジョと狐は男の財布を漁っています。
「これはお金だな。ひい、ふう、みい……けっこう持ってるじゃないか。これなら当面困らなさそうだ。これはなんだろう?あの男の顔の写真が貼ってある。これが身分証というやつかな。持っていても却ってめんどくさそうだ。これは捨ててしまおう」
二人が興味津々に男の財布の品評会をしていると、なにやら堅苦しくて、暑そうな服を着た人が二人に話しかけてきたのです。
「お二人とも、何をされているんですか?」
手に何だか黒くてピカピカした模様の書かれたものを掲げながら、その人はどんどん二人に近づいてきます。
こんどはそれに、いままで一心にスマホをいじっていた姫さまが気が付きました。
「どうかなさいましたか?」
姫さまが不思議そうにその人に話しかけますと、一瞬、その人の目の周りが急に黒くなったような気がしました。
だけどそれも気のせいだったのでしょうか。再び同じ顔に戻ると、
「とにかく、ここにいると目立ちますから、こちらにお越しください」
と三人をこの小さな森の入口から、奥の方、大きな神社のある方へと誘ったのでした。
***
「……あんな目立つところでお財布を広げるのは感心しませんね。それに、その免許証。あきらかに皆さんのものではなさそうですが、それはどうしたんですか?拾ったんですか?」
大きな神社の脇にある、小さな建物の一角。
姫さまたちはそこに連れられて、まるで借りてこられた猫のようにちょこんとおとなしく座っています。
「いえ、これはその……」
珍しく口の達者な狐が言い淀んでおりますと、
「これは、私たちをだました男から正当な報酬として回収したんです!」
とオコジョが意気込んで言ってしまいました。
「わ、バカっ!!」
慌てて狐がオコジョの口をふさぎましたが、時すでに遅し。
三人を連れてきたその人は、大きく息を吐くと、うんざりしたような口調でこう言いました。
「……まったく、日本一のお山の神様の娘の姫さまが、なぜこんなところに、こんな役に立たないお付きを連れているのですか?」と。
これにびっくりしたのは狐とオコジョです。
なぜこの人間は自分たちのことを知っているのだろう?
驚きに目を丸くしておりますと姫さまが、
「もしやあなたも人間ではないモノですか?」と落ち着いた声で尋ねました。
「ええ、そうですとも山姫さま。しかし山姫さまともあろうお方が、私に気が付かないのもおかしな話。もしや姫さまの御身に何かありましたのでしょうか。それならば、この私お山の狸めがこの折姫さまに出会えましたのも神のお導きでありましょうぞ。ぜひこんな盗人の狐やかわいいだけのオコジョなどではなく、私めをお役立てください」
と長々とその人が答えました。
そうです、この人は、今でこそ人間たちがいう「お巡りさん」(警察官だとかも言いますね)の格好をしたひとの姿を取っていますが、実はその正体はお山から転々と人間の世界をうまくわたってきた、あの狸だというのです。
なんという渡りに船でしょう。とりあえず逃げ出してきたものの、彼らに行くあてなどどこにもありません。
それに狸の言うことを認めるのはシャクではありますが、確かに狐とオコジョだけではこの見知らぬ人間の世界で姫さまをお守りするには力不足だったのです。
ですから、狐とオコジョは、居丈高に彼らをあしらうこの狸に今までの出来事を話して聞かせ、そして姫さまの力がお山を離れたせいで弱まっていることも伝えたのです。
「ああ、なんておかわいそうな山姫さま!そうとわかれば恥ずかしながらこの狸、人間世界で生きるものの先達として、姫さま方にアドバイスとフォローをさせていただきましょう」
オコジョと、特に狐に対してはちょっと嫌な感じの狸でありましたが、とにかく姫さまは別格のようです。
それもそうでこの狸、実は日本一のお山を良く見渡せるお山の神様の息子の一人で、人間世界を学んでくるよう父神に言われてかれこれ数百年、こうやって人に化けて暮らしてきたのです。
それになにより彼の住まうお山は、その展望台から姫さまのお山が良く見えることが有名で、人間たちからの信仰を受けていました。
ですからとにかく姫さまのお父様と、姫さまには頭が上がらないのです。
日本一のお山が彼のお山から見えなくなってしまったら、彼のお山に訪れる人間が少なくなってしまいますからね。
「けっ、観光客集めに奔走する狸めが、なんで渋谷にいるんだよ。しかもご丁寧に公僕の格好までしやがって。人間を集めるなら旅行会社にでも勤めたらどうなんだ」
ありがたい一方、あんまりズタボロに言われてプライドを傷つけられた狐が、狸相手に悪態をつきます。
「ああ、これだから狐は嫌なんだ。プライドばかり高くって。オコジョよ、お前もイタチの仲間なら、なぜ狸側につかないんだ。狐なんぞと仲よくしやがって」
「いや、べつに私は狸に似てるだなんて思ったこと一度もなんだけど。私のようなすらっとした姿なら、まだ狐の方が近くないか?」
オコジョを味方に引き入れようとする狸のあがきを一蹴し、オコジョが答えます。
「……はいはいはい、そんなに狐がいいのかね。昔からお前はそうだった。なにかあれば狐、狐と。だがどうだ、今となってはだんぜん私の方が役に立つだろう。狐は文句があるようだが、この公務員の姿はいろいろと便利なんだ。たとえばほら、お前たちが逃げてきたところのこの男。拉致誘拐、恐喝で指名手配をかけてやろう。それでも足りなければ暴行罪、身分詐称罪、まあ叩けばホコリの様に出てくるだろう。これでお前たちがあの男に追いかけまわされることもないだろうよ。たとえお前たちが窃盗を働いたのだとしても、相手は犯罪のオンパレードだ。それくらい目をつぶってやる」
「別に私たちは悪いことなんかしてないよ」
「はいはいはい、そうなんだけど人間世界ではそう単純にはいかないんだ。しばらく私が姫さまとお前を保護してやるから、その間に人間というものを学び直した方がいい。人間というのはな、やさしいのもいるが、大体は怖い奴らばかりなんだ。お前みたいにすっかり信じてしまうと、今回みたいに痛い目に遭うんだから気をつけるんだぞ」
狸はぷりぷりしながらそう言いましたが、結局はオコジョと姫さまには弱いようです。
その一方蚊帳の外にされた狐は、
「おい狸、ここまで姫さまを守ってきたのは俺だぞ!この俺だけ外すなんて姫さまが許さないんだからな!」
とふてくされています。
「……姫さま、狐の奴めがあのように駄々をこねておりますが、いかがなさいますか?」
姫さまの名前を出されたら、狸は無視するわけにはいきません。仕方がないという風に姫さまにお伺いを立てますと、
「私はいつもこの二人に助けてもらってばかり。先も狐とオコジョがいなければ、あやうく人間の毒牙にかかるとこでした。そして狸よ、ありがとう。ここでも私は助けてもらった。ああ、助けてもらってばかりでひどく悔しい。私にも何かできることはないのだろうか」
とはらはらと涙を流しながら答えました。
ああ、姫さまが涙を流されている。これは雨が降るやもしれぬ。
そう思って狸がこの小さな建物の窓を閉めようとしましたが、外は依然として晴れ渡り、雨が降る様子などみじんもありません。
そしてようやく狸は、姫さまが本当に、その力を失ってしまったことを認識したのでした。
さて役に立たない三人は、狸の言う「国家権力」というものの力を借りて、しばらくの間の宿を手に入れることが出来ました。
なんだかちょっとせまいところではありましたし、ひどく質素ではありましたがご飯も出してもらえました。
お金ならあるからいいと狐は言い張ったのですが、とにかくここで生きていくには必要なものなのだから無駄遣いするものじゃないと狸にたしなめられ、おとなしくお恵みにあずかることとなりました。
そして夕方になると仕事とやらを終えた狸が、人間社会についての資料をいろいろもって講義をしにやってきてくれます。
スマホより大きな画面の機会にいろいろな写真や映像が移されており、それを狸がわかりやすく説明してくれるのです。
それが終わればぐうぐう寝て、翌日は姫さまが読み書きを、特にオコジョに教えます。
そうして過ごすこと一週間ほど。気づけば外の空気が秋をはらんできたようでした。
「狸よ、ありがとう。すっかりお世話になってしまった。これ以上あなたに迷惑をかけるわけにもいかないでしょう、そろそろ我らはお暇しようと思うのです」
ある日の夕、いつものように狸が講義に来た際に、姫さまはそのように言いました。
いつまでも狸の好意に甘んじているわけにはいかないでしょう。
なぜなら狸には狸の、人間社会での生活があるでしょうから。
それに驚いたのは狸です。
「で、でも姫さま。これからどうするんですか?ああ、もしやお山にお戻りですか?ならばぜひ、この私めもお連れ下さいませ。そしてぜひ父上様にお会わせくださいませ」
そう言って姫さまに懇願してきます。
そうです、実は狸には目論見があったのです。
ここで困っている姫さまに恩を売っておけば、やがて姫さまがお山に帰ったときに、自分にも何か恩恵を授けてくれるのではないだろうかと思っていたのです。
ふつう精霊というものは、こんなふうにあまり損得を考えるような存在ではありません。
ただそこに在り、したければ成し、嫌だったら何もしない。そんな気まぐれな存在なのです。
しかし狸はあんまり人間社会に馴染んでしまいましたから、人間のような考えをもってしまったのも無理はありませんでした。
「なんだ狸、実はお山が恋しいのか?でもお前のうちは隣りだろう?日本一のあのお山に、お前が何の用がある?」
訝しながら聞くのは狐です。
だって今の狸の姿はまるで、狸自身から教わった、人間のようではありませんか。
「いや、それは、その……」
狸が口ごもりますと、オコジョが続けます。
「私たちは山の神様にもう戻ってくるなと言われているんだ。おいそれとは戻れないだろうよ。そんなあてもない旅に、親切にしてくれた狸を連れて行くわけにはいかないよ」と。
単純にオコジョは、狸を巻き込むと悪いと思っていっただけなのですが、なんだか狸はひどく落ち込んでいます。
どうしたのだろう、そこまでして一緒に来たかったのだろうかとオコジョは困ってしまいましたが、実際は違いました。
実は狸は、このオコジョのセリフを聞いて、あんまり精霊としての自分を失っていたことを恥じていたのです。
確かに人間社会には嫌というほど馴染みました。初めはこのオコジョや狐の様に、人を疑うことも知らなかった狸でありましたが、やがてうまくこの世を切り抜けていくために損得の勘定をしたり、人を利用することを覚えていったのです。
父はなぜ私を人間の世界に下したのだろうか。ふと狸はそんな風に思いました。
狸はずっと、自分のお山にたくさん人間が来てくれるようにするため、父が自分に人里を見るよう言ったのだと思っていました。
だからそれこそ旅行代理店の人間になったり、えらい人間になってあのお山の魅力をアピールしたり努力してきたのですが、それと引き換えに精霊としての誇りを失ってきたようでした。
そこで同じような目に遭っている姫さまたちに出会い、自分を見つめ直すことが出来たのです。
「そうだね、ありがとう。オコジョお前は優しいな。でもその優しさで、傷つかないように気をつけるんだよ。姫さまも、ついでに狐もな。それならば私は一度自分の山に戻り、私の父に相談してみましょう。私の父と姫さまのと父上である山の神様はあれでも交流があるようですから、姫さまたちが一生懸命人間の世界で生きようとしていることをお伝えするよう言っておきます。大切な一人娘を心配しない親などおりませんでしょうし、きっと日本一のお山の神さまも安心されるでしょう」
そう狸は言うと、手に持っていた資料や機械も持って行って構わないと言ってくれました。
山に戻る私には必要ないからと。
それから、こんなことも教えてくれました。
まだまだ人の世には人間でないものがたくさん、人間のふりをして生きているから会ってみるといい。
たとえば狐、南の方にいるお前の仲間は人間と交わって人の子を産んだものがいる。
だがそうだな、この近くならば高尾のお山に天狗がいる。我々精霊というよりは姫さまに近い存在だ。
彼らはうまく人間と共存しているようだから、どうだ話を聞きに行ってみては。
オコジョや狐だけなら会うことも叶わないが、姫さまがいらっしゃれば天狗も顔をみせてくれるだろう、と。
そうして、人間の嫌なところを学んだ姫さまたちは狸にお礼を言い、今度は天狗に会いに行くことにしたのでした。
一番早いのはあの車というものに乗って逃げるのが早いのですが、姫さまたちの誰もあれを動かせそうにありません。
ですから、とにかく一生懸命走ることしかできなかったのですが、しかし姫さまとオコジョはなんだか短いスカートを穿かされたものですから、それが気になってうまく走れません。
しかも、なんだかこの街はごちゃごちゃしていて道は狭いし、広い道ではあの車がびゅんびゅんとすごいスピードで走っています。
うっかりあの車にでも当たろうものなら、いかに神の娘だろうが、お山の精霊だろうが命はなさそうです。
だからとにかく細い道をやみくもに走り回って、坂を上ったり、大きな道を人間たちの流れに乗って渡ったりしていたのですが、やがてごちゃごちゃした街並みから、少しだけ、ほんのすこしではありますが、緑の多い場所へと抜けられたようでした。
どうやらあの男たちも追いかけてこないようです。
「とりあえず姫さま、ココなら大丈夫そうです。ひとまず休憩しましょう」
乱れた息の狐の声を号令に、三人は服が汚れるのも構わず砂利の敷き詰められた地面へとへたり込んでしまいました。
狐などはまだいい方です。姫さまもなれない駆け足(なにせ今までは一足で千里を駆ける力をもっていたのがなくなってしまいましたからね)ですっかり疲労困憊ですし、オコジョはやはり慣れない二足での駆け足で転びそうになったりで、やっぱりぐったりしてしまっていたのでした。
これがひとの姿でなくて本来の姿で四足で駆けられたならばこんな苦しい思いをしなくてもよかったのに。
オコジョは悔しくて仕方ありません。
少し休んで息も落ち着いてきた頃合いに、オコジョがガサゴソと戦利品であるあの男のスマホを取り出しました。
ですが使い方がわからないのでそれは姫さまに渡して例の写真を消してもらい、ついでに現在地も調べてもらっているうちに、一方オコジョと狐は男の財布を漁っています。
「これはお金だな。ひい、ふう、みい……けっこう持ってるじゃないか。これなら当面困らなさそうだ。これはなんだろう?あの男の顔の写真が貼ってある。これが身分証というやつかな。持っていても却ってめんどくさそうだ。これは捨ててしまおう」
二人が興味津々に男の財布の品評会をしていると、なにやら堅苦しくて、暑そうな服を着た人が二人に話しかけてきたのです。
「お二人とも、何をされているんですか?」
手に何だか黒くてピカピカした模様の書かれたものを掲げながら、その人はどんどん二人に近づいてきます。
こんどはそれに、いままで一心にスマホをいじっていた姫さまが気が付きました。
「どうかなさいましたか?」
姫さまが不思議そうにその人に話しかけますと、一瞬、その人の目の周りが急に黒くなったような気がしました。
だけどそれも気のせいだったのでしょうか。再び同じ顔に戻ると、
「とにかく、ここにいると目立ちますから、こちらにお越しください」
と三人をこの小さな森の入口から、奥の方、大きな神社のある方へと誘ったのでした。
***
「……あんな目立つところでお財布を広げるのは感心しませんね。それに、その免許証。あきらかに皆さんのものではなさそうですが、それはどうしたんですか?拾ったんですか?」
大きな神社の脇にある、小さな建物の一角。
姫さまたちはそこに連れられて、まるで借りてこられた猫のようにちょこんとおとなしく座っています。
「いえ、これはその……」
珍しく口の達者な狐が言い淀んでおりますと、
「これは、私たちをだました男から正当な報酬として回収したんです!」
とオコジョが意気込んで言ってしまいました。
「わ、バカっ!!」
慌てて狐がオコジョの口をふさぎましたが、時すでに遅し。
三人を連れてきたその人は、大きく息を吐くと、うんざりしたような口調でこう言いました。
「……まったく、日本一のお山の神様の娘の姫さまが、なぜこんなところに、こんな役に立たないお付きを連れているのですか?」と。
これにびっくりしたのは狐とオコジョです。
なぜこの人間は自分たちのことを知っているのだろう?
驚きに目を丸くしておりますと姫さまが、
「もしやあなたも人間ではないモノですか?」と落ち着いた声で尋ねました。
「ええ、そうですとも山姫さま。しかし山姫さまともあろうお方が、私に気が付かないのもおかしな話。もしや姫さまの御身に何かありましたのでしょうか。それならば、この私お山の狸めがこの折姫さまに出会えましたのも神のお導きでありましょうぞ。ぜひこんな盗人の狐やかわいいだけのオコジョなどではなく、私めをお役立てください」
と長々とその人が答えました。
そうです、この人は、今でこそ人間たちがいう「お巡りさん」(警察官だとかも言いますね)の格好をしたひとの姿を取っていますが、実はその正体はお山から転々と人間の世界をうまくわたってきた、あの狸だというのです。
なんという渡りに船でしょう。とりあえず逃げ出してきたものの、彼らに行くあてなどどこにもありません。
それに狸の言うことを認めるのはシャクではありますが、確かに狐とオコジョだけではこの見知らぬ人間の世界で姫さまをお守りするには力不足だったのです。
ですから、狐とオコジョは、居丈高に彼らをあしらうこの狸に今までの出来事を話して聞かせ、そして姫さまの力がお山を離れたせいで弱まっていることも伝えたのです。
「ああ、なんておかわいそうな山姫さま!そうとわかれば恥ずかしながらこの狸、人間世界で生きるものの先達として、姫さま方にアドバイスとフォローをさせていただきましょう」
オコジョと、特に狐に対してはちょっと嫌な感じの狸でありましたが、とにかく姫さまは別格のようです。
それもそうでこの狸、実は日本一のお山を良く見渡せるお山の神様の息子の一人で、人間世界を学んでくるよう父神に言われてかれこれ数百年、こうやって人に化けて暮らしてきたのです。
それになにより彼の住まうお山は、その展望台から姫さまのお山が良く見えることが有名で、人間たちからの信仰を受けていました。
ですからとにかく姫さまのお父様と、姫さまには頭が上がらないのです。
日本一のお山が彼のお山から見えなくなってしまったら、彼のお山に訪れる人間が少なくなってしまいますからね。
「けっ、観光客集めに奔走する狸めが、なんで渋谷にいるんだよ。しかもご丁寧に公僕の格好までしやがって。人間を集めるなら旅行会社にでも勤めたらどうなんだ」
ありがたい一方、あんまりズタボロに言われてプライドを傷つけられた狐が、狸相手に悪態をつきます。
「ああ、これだから狐は嫌なんだ。プライドばかり高くって。オコジョよ、お前もイタチの仲間なら、なぜ狸側につかないんだ。狐なんぞと仲よくしやがって」
「いや、べつに私は狸に似てるだなんて思ったこと一度もなんだけど。私のようなすらっとした姿なら、まだ狐の方が近くないか?」
オコジョを味方に引き入れようとする狸のあがきを一蹴し、オコジョが答えます。
「……はいはいはい、そんなに狐がいいのかね。昔からお前はそうだった。なにかあれば狐、狐と。だがどうだ、今となってはだんぜん私の方が役に立つだろう。狐は文句があるようだが、この公務員の姿はいろいろと便利なんだ。たとえばほら、お前たちが逃げてきたところのこの男。拉致誘拐、恐喝で指名手配をかけてやろう。それでも足りなければ暴行罪、身分詐称罪、まあ叩けばホコリの様に出てくるだろう。これでお前たちがあの男に追いかけまわされることもないだろうよ。たとえお前たちが窃盗を働いたのだとしても、相手は犯罪のオンパレードだ。それくらい目をつぶってやる」
「別に私たちは悪いことなんかしてないよ」
「はいはいはい、そうなんだけど人間世界ではそう単純にはいかないんだ。しばらく私が姫さまとお前を保護してやるから、その間に人間というものを学び直した方がいい。人間というのはな、やさしいのもいるが、大体は怖い奴らばかりなんだ。お前みたいにすっかり信じてしまうと、今回みたいに痛い目に遭うんだから気をつけるんだぞ」
狸はぷりぷりしながらそう言いましたが、結局はオコジョと姫さまには弱いようです。
その一方蚊帳の外にされた狐は、
「おい狸、ここまで姫さまを守ってきたのは俺だぞ!この俺だけ外すなんて姫さまが許さないんだからな!」
とふてくされています。
「……姫さま、狐の奴めがあのように駄々をこねておりますが、いかがなさいますか?」
姫さまの名前を出されたら、狸は無視するわけにはいきません。仕方がないという風に姫さまにお伺いを立てますと、
「私はいつもこの二人に助けてもらってばかり。先も狐とオコジョがいなければ、あやうく人間の毒牙にかかるとこでした。そして狸よ、ありがとう。ここでも私は助けてもらった。ああ、助けてもらってばかりでひどく悔しい。私にも何かできることはないのだろうか」
とはらはらと涙を流しながら答えました。
ああ、姫さまが涙を流されている。これは雨が降るやもしれぬ。
そう思って狸がこの小さな建物の窓を閉めようとしましたが、外は依然として晴れ渡り、雨が降る様子などみじんもありません。
そしてようやく狸は、姫さまが本当に、その力を失ってしまったことを認識したのでした。
さて役に立たない三人は、狸の言う「国家権力」というものの力を借りて、しばらくの間の宿を手に入れることが出来ました。
なんだかちょっとせまいところではありましたし、ひどく質素ではありましたがご飯も出してもらえました。
お金ならあるからいいと狐は言い張ったのですが、とにかくここで生きていくには必要なものなのだから無駄遣いするものじゃないと狸にたしなめられ、おとなしくお恵みにあずかることとなりました。
そして夕方になると仕事とやらを終えた狸が、人間社会についての資料をいろいろもって講義をしにやってきてくれます。
スマホより大きな画面の機会にいろいろな写真や映像が移されており、それを狸がわかりやすく説明してくれるのです。
それが終わればぐうぐう寝て、翌日は姫さまが読み書きを、特にオコジョに教えます。
そうして過ごすこと一週間ほど。気づけば外の空気が秋をはらんできたようでした。
「狸よ、ありがとう。すっかりお世話になってしまった。これ以上あなたに迷惑をかけるわけにもいかないでしょう、そろそろ我らはお暇しようと思うのです」
ある日の夕、いつものように狸が講義に来た際に、姫さまはそのように言いました。
いつまでも狸の好意に甘んじているわけにはいかないでしょう。
なぜなら狸には狸の、人間社会での生活があるでしょうから。
それに驚いたのは狸です。
「で、でも姫さま。これからどうするんですか?ああ、もしやお山にお戻りですか?ならばぜひ、この私めもお連れ下さいませ。そしてぜひ父上様にお会わせくださいませ」
そう言って姫さまに懇願してきます。
そうです、実は狸には目論見があったのです。
ここで困っている姫さまに恩を売っておけば、やがて姫さまがお山に帰ったときに、自分にも何か恩恵を授けてくれるのではないだろうかと思っていたのです。
ふつう精霊というものは、こんなふうにあまり損得を考えるような存在ではありません。
ただそこに在り、したければ成し、嫌だったら何もしない。そんな気まぐれな存在なのです。
しかし狸はあんまり人間社会に馴染んでしまいましたから、人間のような考えをもってしまったのも無理はありませんでした。
「なんだ狸、実はお山が恋しいのか?でもお前のうちは隣りだろう?日本一のあのお山に、お前が何の用がある?」
訝しながら聞くのは狐です。
だって今の狸の姿はまるで、狸自身から教わった、人間のようではありませんか。
「いや、それは、その……」
狸が口ごもりますと、オコジョが続けます。
「私たちは山の神様にもう戻ってくるなと言われているんだ。おいそれとは戻れないだろうよ。そんなあてもない旅に、親切にしてくれた狸を連れて行くわけにはいかないよ」と。
単純にオコジョは、狸を巻き込むと悪いと思っていっただけなのですが、なんだか狸はひどく落ち込んでいます。
どうしたのだろう、そこまでして一緒に来たかったのだろうかとオコジョは困ってしまいましたが、実際は違いました。
実は狸は、このオコジョのセリフを聞いて、あんまり精霊としての自分を失っていたことを恥じていたのです。
確かに人間社会には嫌というほど馴染みました。初めはこのオコジョや狐の様に、人を疑うことも知らなかった狸でありましたが、やがてうまくこの世を切り抜けていくために損得の勘定をしたり、人を利用することを覚えていったのです。
父はなぜ私を人間の世界に下したのだろうか。ふと狸はそんな風に思いました。
狸はずっと、自分のお山にたくさん人間が来てくれるようにするため、父が自分に人里を見るよう言ったのだと思っていました。
だからそれこそ旅行代理店の人間になったり、えらい人間になってあのお山の魅力をアピールしたり努力してきたのですが、それと引き換えに精霊としての誇りを失ってきたようでした。
そこで同じような目に遭っている姫さまたちに出会い、自分を見つめ直すことが出来たのです。
「そうだね、ありがとう。オコジョお前は優しいな。でもその優しさで、傷つかないように気をつけるんだよ。姫さまも、ついでに狐もな。それならば私は一度自分の山に戻り、私の父に相談してみましょう。私の父と姫さまのと父上である山の神様はあれでも交流があるようですから、姫さまたちが一生懸命人間の世界で生きようとしていることをお伝えするよう言っておきます。大切な一人娘を心配しない親などおりませんでしょうし、きっと日本一のお山の神さまも安心されるでしょう」
そう狸は言うと、手に持っていた資料や機械も持って行って構わないと言ってくれました。
山に戻る私には必要ないからと。
それから、こんなことも教えてくれました。
まだまだ人の世には人間でないものがたくさん、人間のふりをして生きているから会ってみるといい。
たとえば狐、南の方にいるお前の仲間は人間と交わって人の子を産んだものがいる。
だがそうだな、この近くならば高尾のお山に天狗がいる。我々精霊というよりは姫さまに近い存在だ。
彼らはうまく人間と共存しているようだから、どうだ話を聞きに行ってみては。
オコジョや狐だけなら会うことも叶わないが、姫さまがいらっしゃれば天狗も顔をみせてくれるだろう、と。
そうして、人間の嫌なところを学んだ姫さまたちは狸にお礼を言い、今度は天狗に会いに行くことにしたのでした。
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誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】
旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】
魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。
ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。
「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」
不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。
甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!
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