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二章(アーネスト視点)
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しおりを挟む「夫?」
彼女も問う。その疑問は最もで、アーネストは内心で狼狽えた。夫などとまで、言うつもりは無かったのに。どうして言ってしまったのか。彼女の気持ちも確かめないで何を言っているのか。
ここに来たのは、求婚する為ではない。ただただ、彼女の身を案じて訪れただけ。彼女と再会して、彼女が不幸であるなら、手助けが出来ればと、その一心だったのに。求婚などと。
恥からか、体が熱くなる。顔が赤くなる自覚がして、見られたくなくて、顔を背け、カーテンを閉める。暗くなった部屋ならば、己の醜態を晒す必要もない。
かと言って、ずっとこのまま立っているわけにもいかない。彼女の問いに答えなければならないし、求婚を取り消したくもなかった。
長椅子に座る。赤い顔を見られるのは恥ずかしかったが、彼女にも座ってもらわなければならない。顔を向けると、察して向かいの椅子に座ってくれた。
…どう言い訳するか。花園で貴女と話をした者です。あの時が忘れられずここまで来ました。などと言えるわけがない。アーネストは一呼吸の間にかつてないほど頭を働かせて、一つの話をでっち上げた。
「──既にランドリット侯爵には話をつけてある。そちらの義父君は随分と金に困っていたようだな。それなりの物を渡してやったらすんなり了承したぞ」
これしかない。我ながら上手いこと嘘を練り上げたものだ。侯爵に求婚話をしてはいないが、金の話は本当だ。度重なる戦争で、ランドリット侯国は借金を抱えていた。虚実織り交ぜれば、真実味は増す。
「借金の話でしたら、妹の夫、ダジュール侯爵様が解決なさったと聞いております」
「ダジュール侯爵は俺の兄だ」
「え?」
「お前の元婚約者が俺の兄だと言えば、理解するか?」
「ウィレム様が、貴方の兄君なのですか」
兄の名に、アーネストは小さく怒りを覚えた。兄の名を知っているのは、元婚約者だから当然だろう。その弟の名を聞いても、知らない様子だったのが、アーネストには不服だった。
「兄だけで何とかなるような借金ではなかったからな。何も見返りが無いのに手を貸す訳にはいかない。金と引き換えにお前を妻に迎えた」
「…まさか」
「結婚証明書でも見せようか?」
そんなもの用意していない。全くのハッタリだった。ベールをしていても、アンが戸惑っているのがよくわかった。
「何かの間違いでは?私ではなく、別の方の話では?」
「確かに別人ではこちらも困る。アン・テスラを妻にすると書面には記載されている。違えるわけにはいかない」
「……別のかた…では?」
重ねて言われ、不機嫌になる。そこまで念を押してくるとは、もしやまだ彼女は、兄を慕っているのかもしれない。
それはあり得た。兄は女性の扱いは手慣れたもので、アンへも何度か手紙を送っていた。会うことはなくとも、手紙だけでも十分その気にさせたのだろう。
「何度も言わせるな。お前がアン・テスラで無いのなら、その証明をしろ」
こういう時、短気な自分が嫌になる。向こうはただ戸惑うばかりで、説明しなければならないと分かっているのに、どうしても自分本位になってしまう。
「お、お待ち下さい。私は貴方様の妻にはなれません」
「いいや。なってもらう。ブライトン国王の血筋であるお前を、みすみすこんな修道院で枯れさせるわけにはいかない」
「ブライトンは滅びました。私には何のうまみもありませんよ」
「元王族であっても、俺のような次男坊には箔がつく。うまみはある」
「駄目です。私は…こんな顔です。私のような者を連れては笑い者になります」
「なんだお前は。修道院から出してやると言ってるんだぞ。そんなに俺の妻になるのが嫌か」
こんなことが言いたいんじゃない。姿など関係ない。花園での思い出を大切にしてきた。今本願が叶おうとしている。貴女を妻に迎えるのをどれだけ夢見て待ち望んでいたか。気持ちとは裏腹に、抑えきれない怒りばかりが先行してしまう。
アーネストは少しでも弁明しようと口を開いたが、それよりも先に彼女が言葉を発した。
「私が、子を望めない体であるのは、父から聞いていますか?」
「……なに?」
「流行り病で体力が回復せず、身籠れません」
そこでやっと、彼女の拒絶の一端を理解出来た。スートラで顔を失い、体を損ない、今も後遺症で苦しむ彼女が、結婚を求められるのは、ひとえに子を産む為だと思うのも無理はなかった。
跡継ぎさえ得られれば、容貌など関係ない。たから結婚を迫られているのだと思われている。
酷い誤解だった。誤解だと、愛しているから結婚したいのだと、言えなかった。なぜなら自分はまだ現在の彼女の人となりをよく知らない。花園での幻想のようなひと時だけでここまでやってきたアーネストは、今更ながら臆して、『愛している』の一言が言えなかった。
「──構わない。妻になってもらう」
「…で、ですが」
「もう結婚は成っている。教会にも証明書が渡っている。今更無効には出来ない」
「でしたら父を説得してください。父なら教会にとりなして、結婚を無効に」
「俺がいいと言った。異論はない」
アンは全く動かなくなった。顔が見えないから反応が分からない。何も言わないのなら、取り敢えずは納得してくれているのだろう。そう思いたかった。
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