【完】【R18】婚約者を妹に取られました。

112

文字の大きさ
15 / 49
二章(アーネスト視点)

4

しおりを挟む

「夫?」

 彼女も問う。その疑問は最もで、アーネストは内心で狼狽うろたえた。夫などとまで、言うつもりは無かったのに。どうして言ってしまったのか。彼女の気持ちも確かめないで何を言っているのか。
 ここに来たのは、求婚する為ではない。ただただ、彼女の身を案じて訪れただけ。彼女と再会して、彼女が不幸であるなら、手助けが出来ればと、その一心だったのに。求婚などと。

 恥からか、体が熱くなる。顔が赤くなる自覚がして、見られたくなくて、顔を背け、カーテンを閉める。暗くなった部屋ならば、己の醜態を晒す必要もない。

 かと言って、ずっとこのまま立っているわけにもいかない。彼女の問いに答えなければならないし、求婚を取り消したくもなかった。

 長椅子に座る。赤い顔を見られるのは恥ずかしかったが、彼女にも座ってもらわなければならない。顔を向けると、察して向かいの椅子に座ってくれた。

 …どう言い訳するか。花園で貴女と話をした者です。あの時が忘れられずここまで来ました。などと言えるわけがない。アーネストは一呼吸の間にかつてないほど頭を働かせて、一つの話をでっち上げた。

「──既にランドリット侯爵には話をつけてある。そちらの義父ちち君は随分と金に困っていたようだな。それなりの物を渡してやったらすんなり了承したぞ」

 これしかない。我ながら上手いこと嘘を練り上げたものだ。侯爵に求婚話をしてはいないが、金の話は本当だ。度重なる戦争で、ランドリット侯国は借金を抱えていた。虚実織り交ぜれば、真実味は増す。

「借金の話でしたら、妹の夫、ダジュール侯爵様が解決なさったと聞いております」
「ダジュール侯爵は俺の兄だ」
「え?」
「お前の元婚約者が俺の兄だと言えば、理解するか?」
「ウィレム様が、貴方の兄君なのですか」

 兄の名に、アーネストは小さく怒りを覚えた。兄の名を知っているのは、元婚約者だから当然だろう。その弟の名を聞いても、知らない様子だったのが、アーネストには不服だった。

「兄だけで何とかなるような借金ではなかったからな。何も見返りが無いのに手を貸す訳にはいかない。金と引き換えにお前を妻に迎えた」
「…まさか」
「結婚証明書でも見せようか?」

 そんなもの用意していない。全くのハッタリだった。ベールをしていても、アンが戸惑っているのがよくわかった。

「何かの間違いでは?私ではなく、別の方の話では?」
「確かに別人ではこちらも困る。アン・テスラを妻にすると書面には記載されている。違えるわけにはいかない」
「……別のかた…では?」

 重ねて言われ、不機嫌になる。そこまで念を押してくるとは、もしやまだ彼女は、兄を慕っているのかもしれない。
 それはあり得た。兄は女性の扱いは手慣れたもので、アンへも何度か手紙を送っていた。会うことはなくとも、手紙だけでも十分その気にさせたのだろう。

「何度も言わせるな。お前がアン・テスラで無いのなら、その証明をしろ」

 こういう時、短気な自分が嫌になる。向こうはただ戸惑うばかりで、説明しなければならないと分かっているのに、どうしても自分本位になってしまう。

「お、お待ち下さい。私は貴方様の妻にはなれません」
「いいや。なってもらう。ブライトン国王の血筋であるお前を、みすみすこんな修道院で枯れさせるわけにはいかない」
「ブライトンは滅びました。私には何のうまみもありませんよ」
「元王族であっても、俺のような次男坊には箔がつく。うまみはある」
「駄目です。私は…こんな顔です。私のような者を連れては笑い者になります」
「なんだお前は。修道院から出してやると言ってるんだぞ。そんなに俺の妻になるのが嫌か」

 こんなことが言いたいんじゃない。姿など関係ない。花園での思い出を大切にしてきた。今本願が叶おうとしている。貴女を妻に迎えるのをどれだけ夢見て待ち望んでいたか。気持ちとは裏腹に、抑えきれない怒りばかりが先行してしまう。
 アーネストは少しでも弁明しようと口を開いたが、それよりも先に彼女が言葉を発した。

「私が、子を望めない体であるのは、父から聞いていますか?」
「……なに?」
「流行り病で体力が回復せず、身籠みごもれません」

 そこでやっと、彼女の拒絶の一端を理解出来た。スートラで顔を失い、体を損ない、今も後遺症で苦しむ彼女が、結婚を求められるのは、ひとえに子を産む為だと思うのも無理はなかった。

 跡継ぎさえ得られれば、容貌など関係ない。たから結婚を迫られているのだと思われている。
  
 酷い誤解だった。誤解だと、愛しているから結婚したいのだと、言えなかった。なぜなら自分はまだ現在の彼女の人となりをよく知らない。花園での幻想のようなひと時だけでここまでやってきたアーネストは、今更ながら臆して、『愛している』の一言が言えなかった。

「──構わない。妻になってもらう」
「…で、ですが」
「もう結婚は成っている。教会にも証明書が渡っている。今更無効には出来ない」
「でしたら父を説得してください。父なら教会にとりなして、結婚を無効に」
「俺がいいと言った。異論はない」

 アンは全く動かなくなった。顔が見えないから反応が分からない。何も言わないのなら、取り敢えずは納得してくれているのだろう。そう思いたかった。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい
恋愛
結婚十年、子どもも授かり、日々執務と子育ての毎日。 穏やかで平凡な日々を過ごしていたある日、夫が大切な人を離れに住まわせると言った。 偶然助けた私に一目惚れしたと言い、結婚し、可愛い子ども達まで授けてくれた夫を恨むことも憎むこともしなかった私。 初恋すら知らず、家族愛を与えてくれた夫だから。 でも、夫の大切な人が離れに移り住んで、私の生き方に変化が生まれた。 2025.11.30 完結しました。 スピンオフ『嫌われ悪女は俺の最愛〜グレイシアとサイファの恋物語〜』は不定期更新中です。 【2025.12.27追記】 エミリオンと先に出逢っていたら もしもの世界編は、諸事情により以下に移動しました 『今度は初恋から始めよう〜エミリオンとヴェリティのもう一つの恋物語〜』 よろしければ、ご訪問くださいませ いつもありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...