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二章(アーネスト視点)
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しおりを挟むこの世にいないのだとしたら、せめて花だけでも手向けたい。密かにランドリット侯爵家を調べさせると、彼女が生きているのが発覚した。報告を受けた時、あんなにも自分の心が喜びに溢れたのは、後にも先にもあの時だけだ。
だがそれはぬか喜びだった。妹が結婚式を挙げたのと同時に修道院に入ったという。妹の幸せを見届けてから、自らは神に仕える道を選んだというのなら、アーネストは素直に彼女の幸先を願っただろう。
事実は違った。運良くランドリット家で給仕をしていた者を見つけ、金を握らせると全てを明かした。
実母を失い、継母から虐げられていたこと。異母妹からも嫌がらせを受け、侍女も置かれず、一人で生きていたこと。
花園で、ほがらかに笑っていたあの時には、既に実母がいなかった。あの時には既に、家族からの数々の仕打ちに耐えていたのだ。
とりわけ、元給仕が話した事実が、アーネストを震わせた。
スートラに罹ったのは、異母妹の仕業だという。
感染した病人が使っていた毛布を、彼女の寝室に運んだという。他の使用人達が話しているのを聞いたという。
それが事実なら、異母妹は兄と結婚したいがために、彼女を陥れたことになる。
「…なるほどな…」
ひとりごちると、アーネストは自分の口元に触れた。可笑しかった。自分を虐げてきた兄と、彼女を虐げてきた妹が夫婦となるなど、この上なくお似合いだ。笑うしかない。
異母妹の結婚を待って、修道院に入ったというのも、異母妹による嫌がらせのように思えてくる。
長い間不明だった彼女の不遇が明らかとなった。知った以上は見逃せない。彼女に会わなければならない。彼女に会いたい。たとえどんな姿だろうと、もはやかつての彼女で無いとしても、会わずにはいられなかった。
元給仕によると、彼女は病から回復せず、伏せっていることが多く、容貌も様変わりして、部屋から全く出なかったという。修道院の戒律は厳しい。普通に生活するにも苦労するのに、病の身で暮らしていけるわけがない。
直ぐに修道院に問い合わせた。あれこれ探りを入れている暇は無かった。手遅れになる前に、一刻も早く彼女に会わなければ。その一心だった。
大抵の世の中のことは、金で解決出来る。修道院に献金をし、彼女に会う約束を取り付けた。
部屋に通され、待つばかり。こんなりあっさりと会えるのなら、もっと早く会いに行けばよかった。
部屋の外からの呼びかけに応える。扉が開く一瞬の間が、これほど待ち遠しかったことはない。
案内の者に導かれ、現れる。頭から黒の布を被って、その顔は伺いしれなかった。
顔を隠す姿。近づくと、胸の辺りまでしか身長が無かった。布越しでも分かる小さな肩を見ると、本当に彼女は二十歳なのかと疑ってしまう。まるで子供だ。
「顔を見せろ」
言うと、その小さな肩が震えた。
威圧的に言ってしまったかもしれない。緊張していると、彼女は布の隙間から手を出して、ベールの端に手をかけた。手も、ものすごく小さかった。骨が浮き出ていて、やせ細っているのだと知る。
アンはベールから手を離した。
「醜い顔ですので…」
消え入りそうな声だった。あの快活な笑い声を上げていた人とは思えない。気弱で、儚い声だった。
「顔を見せろと言った」
「……どうかご勘弁を」
ここまで来て、顔を見ないわけにはいかない。こちらはあの花園からずっと、この日が来るのを待っていた。
出来るだけ怖がらせないように、そっとベールを掴む。拒絶するように彼女が身を引くと、ずる、とベールが落ちた。
顔が露わになる。間違いない。彼女だった。どれだけ月日が経とうが関係ない。彼女だった。
このまま連れ去ってしまいたい。衝動のまま動いてしまいたかった。ただ、彼女の怯えきった顔を見て、少し冷静になる。
醜い顔だと彼女は言った。焼けただれたような顔。スートラに罹った者の証拠だ。花園で見た当時の彼女の名残と言えるのは、黒髪と大きな瞳くらいだった。
そんなのは関係無かった。彼女の姿は、彼女であることを証明している。彼女がアン・テスラでさえあれば、姿など瑣末なものだった。
「………………」
女の身で、さぞ辛い思いをしてきたのだろう。アーネストは名残惜しくも、彼女の為にベールを被せた。黒いベールで覆ってしまうと、何もかも隠されてしまう。彼女の顔を見ていたい気持ちを抑えて、抑えきれず、指先でベールに触れる。
「アン・テスラ……」
思わず口をついていた。こちらからは何も見えないが、彼女が僅かに顔を上げたのが分かった。見てくれている。自分を。それだけで胸がこんなにもざわめく。
「……そうだな?」
問いに、彼女は頷いた。こうして対面して話をして反応してくれる。生の彼女を目にして、まともではいられなかった。
この人を自分のものにしたい。欲が芽吹く。
「俺はアーネスト・ストレリッツ。お前の夫になる男だ」
言ってから、我に返る。今自分は、何を言った?思わず口をついた言葉は、それは自分の密かな願望だった。
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