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三章
9(異母妹メアリー視点)
しおりを挟むメアリーは全てを理解した。夫は、特定の愛人を囲ったりはしないものの、一晩の相手を欲して帰ってこない。何度苦言を呈しても、言えば言うほど夫のウィレムは近づかなくなっていく。初めはうっとおしく思われているなど夢にも思わなかった。
誰からも愛されて育ってきたメアリーに、自分以上に関心を持たれるなど、あり得なかった。何物も揺らがない事実だと思っていた。
その考えが高慢だと、誰も教えてくれなかった。いや、教えられる立場の者がいなかったと言うべきか。誰一人として、メアリーに意見出来る者など、屋敷にはいなかった。父も母からの愛情、私欲に走る取り巻きに囲まれてきたのだから、本当を知らなかった。
いくら自分が美貌でも、他人全てを魅力出来る訳では無い。
魅力したところで、それは本当の信頼関係では無い。
夫婦とは、敬い合う対等な関係こそが理想なのだと、一人ぼっちの屋敷で慰みの本を読んで知った。
だからと言って自分の立場は揺らがない。結婚した身で、離婚などもってのほかだ。候爵夫人としての役割を担う以上、自分を顧みない夫を無視するなど出来ない。
冷めきった夫婦だとしても、由緒正しきダジュール候爵夫人なのだから。メアリーは暗い気持ちを認めずに、皇帝の即位の記念式典に臨んだ。
式典には、ダヴィア帝国の各国の王が出席していた。その中でもダジュール侯国は、立国以来、皇帝に仕えてきた古株だ。候爵家から王妃を輩出したこともある。当然、序列も上なわけで、王座近くの上席に割り当てられていた。
夫と並んで席につく。二人の間に会話はない。最初は何て物腰の柔らかい人かと思っていたが、そんな表層に騙されて、今では夫とは、男とはどんな生き物なのか、よくよく理解しきっていた。
式典は教会で行われている。皇帝のみが使用出来る教会で、メアリーは初めて足を踏み入れた。高い天井、柱に刻み込まれた幾何学模様に、大きなステンドグラス。明かりが降り注いて、吊るされているシャンデリアにはロウソクの火が付いているが、必要無いほどだった。
上席だから、皇帝陛下に近い席ではある。その更に近い席となると、もう王族しか残されていない。皇后とその皇子、王弟家族はまだ空席だ。もうじきやって来るだろう。
それよりも、気になっているのは腹違いの姉、アンだ。旧ニッヒラビの土地の候爵夫人になり、それからどうなったのか全く耳にしていない。アンの夫となったウィレムの弟の評判だけはよく聞く。戦に長け、領土をよく治め、外交も得意だとか。皇帝陛下の覚えも良く、目をかけてもらっているとか。本当の所は良く知らない。全てウィレムと社交で知り得た情報で、噂の本人は領地に引きこもって出てこないのだから。
アンの夫とは、メアリーの結婚式で面識がある。ウィレムと瓜二つだった。きっと性格も瓜二つなのだろう。あれだけ似ているのだから。アンが亡国の血筋だからと、わざわざ修道院から引っ張り出して来たくらいだ。候爵の地位を得るために、お飾りの妻を得たのだ。
今頃はどんな扱いを受けているのか。この式典で様子が分かるかと思ったが、欠席らしい。
メアリーは残念に思いつつ、そうだろうとも思った。
何故ならあの醜い顔だ。見れたものではない。仕向けたのはメアリー自身だが、見舞いと称して会いに行く度に、よくあんな顔になってまで生きようとしたものだと思っていた。醜く爛れた顔。今思い出しても吐き気がする。あんな顔で候爵夫人など、笑ってしまう。
こんな神聖な場に来れるわけがない。メアリーはアンを探すなどという愚かな行為を自嘲した。
扉が開く。ここ、本殿への扉は三つあり左右は貴族が通る道、真ん中は王族が通る道と決まっている。扉は真ん中が開いた。いよいよ皇帝一族の入場だ。
メアリーはアンのことを忘れようとした。それよりも王族たちがどんな衣装をしているのか、それを注視しようとした。
だがそうはならなかった。入場してきたのは───
「───アン?」
そこにいたのは、間違いない。異母姉、アンだった。
「どういうことだ?」
隣にいるウィレムも呟く。そんなのに構っていられなかった。どうしてこんなことになっているのか全く分からなかった。
あれだけ顔を合わせてきたのだ。ほとんど一年ぶりの再会でも、アンを見間違えるはずがなかった。
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