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三章
20
しおりを挟むメアリーはようやく隔離された部屋から外出出来るようになった。はやり病が癒え、つわりも終わり、季節も冬が過ぎ去り春へ。あの式典から三ヶ月。妊娠して五ヶ月経っていた。
目立つ腹を抱えながら外へ出る。目障りな使用人は下がらせて、一人、別邸の外へ。外の空気を吸い込みながら、庭を歩く。別邸も一応は王宮の広い庭園の一部なのだが、余りにも広すぎてこんな辺境までやって来る者はいない。いるとすればアンくらいだったが、安定期になったのを見届けるかのようについ先日、ユルール侯国へと帰国していった。
腹が大きくなるにつれ、様々な感情が巡ってくる。一直線だった自分の気持ちが、今はこんがらがって、結局何も考えられなくなる。ウィレムのことも考える。今でも死んだのが信じられない。最低な別れ方だった。最後まで互いに自分勝手で、契約だけの夫婦だった。アンのことは毎日考える。はやり病に感染させて、死の一歩手前まで追いやったのに、同じ病になった自分を助けてくれた。腹の子の為だと言われたが、メアリーにはどうしてもそれだけだとは思えなかった。
子を産めないアンが、どんな思いで見舞いにやって来ていたのか。メアリーはとうとう聞けなかった。
別邸の庭は、さほど広くないが、鬱々とした気持ちを払拭するには十分だった。春になり様々な花が咲き始めていた。花の匂いを嗅ぎながら、心が和らいでいくのを感じる。
ウィレムと過ごしていたあの鬱屈とした日々の中で、花の匂いだけが、メアリーの味方だった。
ふと、隅に、一人の男が花の手入れをしているのが目に留まる。薔薇の花だった。白の薔薇は、メアリーの好きな色だった。
思い出すのは──と考えて頭を振る。一度だけど約束した。もう思い出さないと決めていた。
だから薔薇だけを思いだす。白の、柔らかな匂い。あの人が作る薔薇にとても似ていた。
質素な身なりからして庭師だろう。男は白い薔薇にハサミを向けた。メアリーは咄嗟に口を開いた。
「──切っては駄目!」
男の手が止まる。男は背を向けたまま、ハサミ下ろした。
「切っては可哀想よ。誰の為の花かは知らないけど、これからは私が毎日見るのだから、そのままにしておいて頂戴」
と言ってから、どこかで今と全く同じ台詞を言ったことがあるのを思い出す。あれは──
男がくすりと笑う。彼が振り向いて、メアリーは驚きに満ちた表情をした。
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