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終章
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しおりを挟むひと通り回ると、ちょうど昼時になった。屋台でサンドイッチを買って、池のベンチで頬張る。
「キュウリのサンドイッチかここで食べられるとは思いませんでした」
キュウリは、新大陸から持ち込まれたばかりの野菜だった。みずみずしいのに食感がしっかりしていて、ドレッシングに良く合うから、ぜひ屋敷でも栽培しようと苗を植えたばかりだった。
「ここの経営者は植物園もやってるからな。そこから運んでくるんだろう」
「お知り合いの方なんですか?」
「はやり病の件でちょっとな」
キリン事件で二人から無視されたアーネストは黙って傘持ちをしていたが、アンから話しかけた途端に許してもらえたと勘違いして、我が物顔でホットドッグを食べている。
真ん中に座るレイモンドは、アンと同じキュウリのサンドイッチだ。先程から父親に対して、冷めた目で見ているように見えるのは気のせいではないだろう。
「はやり病と関係があるのですか?」
取り敢えず聞いてみる。
「新薬の開発でな。例えば初めは牛飼いがはやり病に罹らないのを不思議に思った医者が、牛に薬の元となる抗体があるのではと考えた。そういう理由で、動物園は役に立っている。植物園も同じ理由だ。様々な気候のものを育てて、新しい薬の開発の研究をしている」
「父上またつまんない話してる」
「ごめんね。私が言い出したから」
はやり病の『予防薬』は、秘匿すべき最重要案件だった。だからレイモンドも浮気だと誤解してしまったのだが。ほとんどアーネスト一人で進めている案件だから、アンは進捗しか知らなかった。
仰々しいいつもの食事とは違って、手掴みで食べるのは新鮮で、それはレイモンドも同じで、慣れない食べ方に、具をボタボタと落としそうになっていた。アンはハンカチをレイモンドの膝の上に置いて、自分の食べかけと交換した。
「中の具を落とさないように食べるのよ」
「キュウリおいしいね」
「気に入った?」
「うん!」
満面の笑顔が微笑ましい。残りを一気に口に押し込んで、膨らんで頬袋のようになっているのを見るとますます愛らしい。子供はいつ見ても飽きない。可愛い。永遠にこのままでと思いたくなる。ブライトンの女王となる準備は整いつつある。どうなるかはまだ分からない。即位出来るかも。今は考えない。今はこの束の間の休息を楽しまなければ。
ふと、頭に違和感が。麦わら帽子のツバを摘んできたのは、アーネストだった。
「あ……」
「これ食べるか?」
彼の食べかけのホットドッグだった。アンは首を横に振った。
「もうお腹いっぱいです」
アーネストは首を傾けて、残りを一気に食べた。レイモンドと同じ様に頬袋のように膨らんでいるが、この子ほどの愛らしさは無い。
食べ終えた後もアーネストはずっとアンを見ていた。無表情なのがちょっと怖い。
「あの、アーネスト?」
「乗馬体験ってのがあるぞ。アンは乗ったこと無いだろう。乗ってみるか?」
「え?ええ…?」
急に何を言い出すのか。馬など、屋敷にもいるだろうに。
アンが答えないでいると、今度はレイモンドに聞き出した。
「レイモンド、母さんと馬に乗りたいだろ?」
「乗りたい!」
「じゃ決まりだな。さ、アン」
手を取られ、引っ張られて立ち上がる。やや強引に追い立てられながら、当惑したまま歩き出す。反対の手にはレイモンドが握っている。両手に息子と妻を携えてアーネストは嬉しそうに笑う。
「何も憂うな」
「…顔に出てました?」
「俺だけしか気づかない程度だがな。一山も二山も越えてきた。今度の山も越えられるだろう」
「……はい」
麦わら帽子のツバとツバをくっつけ合う。今はこれで十分。二人と一人。助け合えば、何も怖いものはない。それが例え茨の道であろうと、これ以上頼もしい味方はいない。手と手を繋いで、三人は前に歩き出していった。
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