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着飾って
しおりを挟む胸元が大きく開いているのは、最近の流行らしい。ローズはそっとハンカチで胸元を隠すように置いた。
淡い桃色に染めたシルク生地に、白のレースとパールがあしらわれたシンプルなドレスだった。小さな花の刺繍が細やかに施されていて、慎ましくも華やかさの底上げしていた。結い上げた髪にもパールをあしらい、耳にも同じものを付けて統一感を出した。
ダンフォースはぐるぐる回って丹念に観察を終えると、満足したように手を叩いた。
「すっごくよく似合ってる!国一番の美人さんだよ」
ローズは曖昧に笑った。正直クタクタで、疲れの方が大きかった。
ダンフォースは懐中時計を取り出した。ローズも時間を知りたかったが、彼は何も言わず閉じて仕舞い込んでしまった。
「アルに見せびらかさないと。あ、どうせなら明るいところでお披露目しようよ。ローズは庭に降りてて。僕呼んでくるよ」
呼び止める間もなく、ダンフォースは走っていってしまった。凄まじい行動力だ。
ローズはドレスの裾を摘んだ。一目で上質なものだと分かる。胸元や耳のパールも。これほどの大きさの粒はなかなか揃わない。それこそローズがいた公爵家でも。
「ミア…旦那様は、どのようなご身分のお方なの」
今更そんな疑問を口にした。ミアは、あ、と驚いたような声を出して、口に手をやった。
「その、旦那様より、口止めされております」
追及すべきでないのだ。ローズは察して、大人しく庭に出る準備を始めた。
庭で待っていると、二人が言い争いながらやって来た。アルバートはローズの姿をろくに見ないで、腕を掴んだ。
「立って待っていなくていい。何度も言わせるな。誰のために椅子を置かせたと思ってる」
引っ張られて、近くのベンチに座らされる。すかさずダンフォースが隣に座った。
「女の人にそんな乱暴しちゃいけないんだよー」
アルバートは容赦なくダンフォースの頬を引っ張った。ダンフォースは痛がって、ローズの膝に顔を伏せた。ローズは慌てた。
「ダンフォース様、顔を上げてください。宝石で傷つけてしまいます」
「そこまで子供じゃないよ。それに傷くらいへっちゃら。男だからね」
少年はウインクする。それからアルバートに顔を向けた。
「アル、僕が見立てたんだよ。綺麗でしょ?」
アルバートは、じっとローズを見下ろした。ローズは居心地悪く、誤魔化すようにダンフォースを見下ろした。
「おい」
不機嫌な声。ローズは顔を上げた。彼は眉根を寄せていた。
「お前、勝手に人のドレス使うなよ」
「あはは。だって、使わないと勿体無いでしょ」
ダンフォースはくすくす笑うと膝から降りて、ローズの裾を直した。
「邪魔者は退散するよ。後は若い二人で」
「馬鹿」
アルバートが捕まえる前に、ダンフォースは上手くかわして走り去る。遠くで様子を見守っていた侍従が慌てて追いかけていった。
その様子を見送っていると、アルバートが隣にドカリと座って、足を組んだ。大きなため息ついた。
「苦手なの分かるだろ」
「とても仲がよろしいように見えます」
「冗談」
あんなに子供がアルバートをからかえるのは、それだけ信頼されている証。本人は認めたくないらしい。
ローズは風で前にかかった髪を払った。
「アルバート様…このドレス…私が着ても良かったのでしょうか」
「よく似合っている」
「…ありがとうございます」
傍にいるだけで、何も会話が無くなって、二人は中央にある噴水が上がるのを眺めた。どこからか木々の、鳥のような耳障りの良い音に耳を澄ませる。その中に混じって、ダンフォースの笑い声が遠くで聞こえた。
この一週間で、ダンフォースとローズはとても良い友人になった。午前中は朗読をし、午後からは庭で散歩。時々、アルバートが森へ狩りをしに連れて行った。やっと馴染んできたかと思えば別れの日が来て、ダンフォースがあっさり馬車に乗って去っていくのを、ローズは胸が締め付けられる思いをしながら見送った。気づけばローズは、すっかりダンフォースを本当の弟のように思っていた。
ダンフォースが去って直ぐに、彼から手紙が届いた。珍しい翡翠の耳飾りも添えられていて、ローズは大切に保管した。
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