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お招き①

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 使用人が来訪者を告げる。聞いていた四人は顔を見合わせた。
「来ましたわよ」
「来ないと思ってましたわ」
「私が誘ったんだもの。絶対に来ますわ」
 テレサは自信満々に言った。ソファにもたれながら、行儀悪くビスケットを頬張る。隣にいた女性がたしなめるが、聞く耳を持たない。
「今日は殿方もいないのだからいいじゃない。とにかく私どもは打ち合わせ通り、ローズさんを引き止めておけばいいの。いろいろ聞き出しましょう」
 一人が扇子を膝に置いてため息をついた。
「少しお気の毒ね。折角、一緒になったのに、引き離されるなんて」
「何言ってるの家の恥でしょう。由緒正しきクロー公爵家に泥を塗ったのよ。いくらモーリスさんの見目が良いからって許されることではないわ」
「ローズさん、どうなってしまうのかしら」
「修道院送りに決まってるわ」
「ではお相手の方は?」
 テレサは小声で呟いた。他の三人は、まぁ、とか、お可哀そうに、などと、まるで他人事のように嘆いてみせた。


 フットマンに案内され、小広間へ入る。そこにはテレサを含めた四人の女性が待っていた。
 ローズとアルバートが挨拶すると、テレサはそんなに畏まらないでと慌ててて腕を取った。
「今日は無礼講よ。私たち、ローズのために色々用意したの。のんびりしていって」
 ローズは他の方たちを見回した。三人ともよく見れば全員顔見知りの、親戚にあたる人たちだった。お友達だと聞いていたローズは、嫌な予感が的中したと思った。
「お姉さま方…お久し振りです」
 久しぶり、お元気そう、などと、おざなりに声をかけられる。なんだか妙な反応だと思ったら、皆の目線はアルバートに向けられていた。
 それもそのはず。今日のアルバートの格好は、普段見慣れているローズからでも、はっとさせられるものだった。
 黒のフロックコートを纏い、金髪を後ろに撫で付けたスマートな姿。胸ポケットにはローズが縫ったハンカチーフが顔を見せている。
 アルバートが微笑む。隠しきれない品格の良さがにじみ出て、周りを一気に魅了した。
 四人は言葉を失う。三度目の再会となるテレサは少し耐性が出来たのか、一番初めに正気に戻って、慌てて扇子を仰いだ。
「…ほらお姉さま、私が言ったとおりでしょう。モーリスさんとってもお顔立ちが良いのよ」
「え、ええ。そのようね。私ったら、とても驚いてしまいましたわ」
「ローズさんが心奪われるのも分かりますわ」
 口々に褒めそやす。ローズは表向きは笑みを絶やさなかった。アルバートも笑みをたたえて、何も言わないでいた。
 そのうちに、またフットマンがやって来た。テレサ達に頭を下げた。
「ご準備、出来ましてございます」
「ああ!待ってましたのよ。モーリスさん、彼について行ってくださいまし。私たちローズさんとお話してますから、貴方は殿方と話してらしてくださいね」
 ローズは不安が増してアルバートを伺った。外面良いままアルバートは、胸に手を当てた。
「良かった。このままご婦人方のお相手をするのではと、気を揉んでいたのです」
「ごめんなさいね。はしたない真似をして。貴方のことはとても興味ありますけれど、ローズさんから直接聞くことにしますわ」
「これは怖い。何を言われるか」
 冗談めいてアルバートは肩をすくませた。そして、ひっそり後ろに控えていたリラを前に出した。
「ローズの侍女です。杖代わりですので、同席することをお許しください」
 リラは深々と頭を下げた。それからローズを支えるように腕を取った。四人はこの外国の侍女に不審な目を向けたが、まともな使用人を雇う財力がないのだろうとでも解釈してか、何も言わなかった。
 アルバートがローズに顔を寄せる。大丈夫、とだけ呟いて、アルバートはフットマンについていった。


 部屋に入った途端、取り押さえられる。アルバートは抵抗しなかった。膝裏を突かれ、膝を地につける。後ろ手に縛られながら、アルバートは涼しい顔のまま、向かいの人物を見やった。
 その人物は中年の男で、一目で貴族だと分かる高貴な風格をまとっていた。
「モーリス・スペンサー」
 ステッキが、カン、と音をたてる。男は無表情のまま、アルバートを見下ろした。
「娘が世話になったな」
「いや?こちらが世話されている」
 圧倒的に不利な状況で、アルバートは最初から喧嘩腰だった。
 居丈高いたけだかな物言いに、ステッキの男は片眉を上げる。
「言い訳の一つでも聞いてやろうかと思ったが、どうやらその必要はなさそうだ。安心したまえ。苦しめはしない。一瞬で終わる」
 両側にいた男たちが、アルバートをうつ伏せにさせようとする。だが、そうはならず、逆に男たちが地に伏した。いつの間にか両手の拘束を外していたアルバートは、二人の首裏を摑んで叩き落としたのだ。一打で二人の男を昏倒させてしまった。ステッキの男は目を見張った。
 アルバートは立ち上がると、手首を振った。
「縛られるときにな、手首を曲げておけば、すり抜けられる空間が出来る。次やるときは、そこに気をつけるんだな」
 今度はアルバートが見下ろす形になる。形成が逆転しても、男──クロー公爵は気丈にも睨み返し、怯む様子がない。
「娘は渡さない。私を殺しても無駄だ」
「どちらも思惑外れだ。大体そろそろ私の顔を思い出していい頃だろうに」
 アルバートは一歩前に出た。クロー公爵はその顔を見て、血相を変えた。それから直ぐに椅子から降り、ひざまずいた。
「殿下……!?」
「久しいな。クロー公爵」
「どういうことです…?何故、ローズと。モーリスとは、殿下のことだったのですか?」
「焦る気は分かる。が、良い機会だ。ローズにも話したい」 
 するとクロー公爵は、少し暗い顔をした。
「娘は…今頃は我が屋敷に連れ戻されている筈です」
「招待を受けた時点で、そのつもりなのだろうと思っていた。無策でここに来ていると思われるとは、私も舐められたものだな」
 アルバートは皮肉めいた物言いをして、喉の奥で笑った。


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