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嫌な予感
しおりを挟む一人しか通れない幅の通路を歩く。窓もないから、前を歩くアルバートは燭台を手にしている。奥の扉を開ける。何もない小さな空間があって、更に奥の部屋へ入る。そこは広い部屋だった。だが窓は無く、しん、と静まり返っていた。
アルバートは部屋の蝋燭に火を灯していく。暗かった部屋が照らされて、天蓋の寝台がぼんやりと浮かんでくる。
近づいて、そこで横になっている人物を伺うように顔を覗き込む。ダンフォースも反対に回って寝台に肘を付いて顎に手を乗せた。
「兄上」
声をかける。
そこには、骨だけの骸となった現国王の姿があった。
衣服を纏い、腕は腹の上で組まれ、横たわっている。一年二年どころではない。完全な骸骨がそこにあった。
どちらも表情一つ変えない。アルバートは当然のように、骸骨に声をかけ続ける。
「兄上、良き伴侶に巡り会えました。兄上のようにとても優しい人です。花のように笑います。どうか、祝福してください」
「名前教えてあげて」
「…ローズ。ローズ・クロー」
「年は?」
「うるさい。黙ってろ」
「あはは。父さま、ローズは良い人だよ。僕がお嫁さんに欲しいくらい」
ダンフォースは、明るい調子で話すと、そのままアルバートに顔を向けた。
「今日、枢密院から正式に知らせが届いた。僕、夏には王様になるよ」
王になる。それもまた、当然のことのように、アルバートは表情一つ変えずに頷いた。
「いつだ」
ダンフォースは日にちを告げた。それは奇しくも、兄が息を引き取った日だった。
「いろいろ暦とか調べてその日になったみたい」
「兄上のお導きだろう」
ダンフォースも頷いた。いくら背ばかり高くなっても、まだ十一歳。国王となるには幼すぎる。だがもう、この事態を隠し通すのも限界があった。
国王は、毒によって暗殺された。
ダンフォースが産まれてまもなくのことだった。それから十一年、国王の死をひた隠しにしてきた。
アルバートの母は、ゴア家の者だった。当時、親類として王宮に出入り出来たゴア家の者が、密かに国王に毒を盛った。じわじわと少しずつ体調を崩していき、気づいたときには手遅れだった。
幸いかは分からないが、ゴア家の者は、息を引き取った場面に遭遇しなかった。だから国王は病と偽って隠され、政務を王妃が代行する形で、この国を統治してきた。
アルバートが王にならなかったのは、それがゴア家の目的であったからだった。ゴア家の血を引くアルバートを介して、王宮を、国を乗っ取る。だからこそ、アルバートは王になるわけにはいかなかった。たった一人残されたダンフォースが重責を担うしかなかった。
「…母さまがね、やっと喪服を着れるって、喜んでたよ。やっと、父さまを弔えるって」
ダンフォースは指で骸骨をつついた。アルバートが嗜めるが、いつもこの甥は全く言うことを聞かない。
「ダン。やめろって」
「アル、これからは、もう暗い話は終わりにしたい」
物心ついたときには父親は既に死に、政務代行する母とはまともに会うことすら出来なかった。大きな秘密を抱え暗闇の中で生きてきたのに、それでもダンフォースは真っ直ぐ、明るい子に育ってくれた。そんな彼が言うからこそ、「暗い話」などという軽い言葉に重みがあった。
ダンフォースは静かにアルバートを見据える。そこに王としての風格を感じたアルバートは、二歩下がり片膝をついて跪いた。
「陛下──」
「──アルバート、夏までには、全て終わらせよう」
「御意」
クツクツと笑う声が落ちる。
「似合わないよ、それ」
からかってくるダンフォースに、アルバートは肩をすくませて立ち上がった。
「お前こそもっと国王らしい言葉遣いに直せ」
「やだね、まだ子供だし、まだ陛下じゃないもん」
子供らしく舌を出す。かつての兄と同じ顔、同じ声が、アルバートに笑いかけた。
王宮での参加行事を終えて、アルバートが屋敷に戻ったのは二日後だった。義姉とダンフォースがたくさんのお祝いの品を持たせてくれて、ローズが驚きながらも喜んでくれるのが容易に想像できた。
馬車を降りる。使用人の出迎えだけで、ローズがいなかった。
「ローズは?体調でも崩したのか」
家令に問いかける。すると、屋敷にいないと言い出した。
「どういうことだ」
「旦那様が発たれてすぐ、外からやって来た馬車に、リラと乗ってそのまま」
アルバートは血の気が引く思いがした。
「連れ去られたのか?」
「いえ、馬車の紋章はシュナイダー医師のものでした。リラもそこで数日過ごすと言ってました。てっきり私は旦那様の言いつけなのかと思っていたのですが」
何か胸騒ぎがした。何も知らされていなかったから余計に。
アルバートは直ぐに馬車を走らせた。嫌な予感が止まらなかった。
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