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使用人たちのお喋り
しおりを挟む地下の一室で、メイドたちは縫い物に勤しんでいた。話の話題は主人とその奥方だ。
「ほんと、旦那さまは奥さまにべったりね」
という一言から、周りのメイドは口々に言い始めたのだ。
「よく気遣ってらっしゃるとは思ってはいたけど、この所はもう本当に顕著になってきたわね」
「身体が弱い方だもの。気にかけるのは当然よ」
「階段ではよく抱えて運んでるわね」
「庭を出るだけなのにたくさん服を着せてるもの」
「年が明けてからお屋敷にいなかったけど、大きな手術をしてらしたのね」
「なんのご病気だったのかしら」
「さぁ、リラさんも教えてくれないから、余程悪いご病気だったのよ」
「こちらに戻られた時は驚いたものね。旦那さまに抱えられて、ぐったりしていて、私、正直もう長くないのかと勘違いしてしまったわ」
「手術した後だったからね。予後も余り良くなかったようだし」
「それからよね、旦那さま片時も離れくなって、ねぇ?」
「そりゃあれだけ弱った姿を見たら離れられないわよ」
「正直羨ましいわ。私もあれだけ好きになってもらいたいわ」
「まずお相手探さないとね」
「無理よ。旦那さま見ちゃうと他の男なんて芋よ」
「外見は諦めなさい」
「性格もいないわよ。奥さまもお美しいし、控えめで、私達の名前もよく覚えてくださって、良い方だわ」
「良い人には良い人が寄ってくるのよ」
「私が邪悪みたいな言い方はやめて」
一人のメイドが机をドン、と叩く。周りが注目する。前の前の屋敷から仕えている古株だった。
「話はしてもいいけど手を動かしなさい。止まってるわよ」
口々に返事をする。一拍の沈黙の後、直ぐに会話が始まった。
「旦那さまって何のご身分の人なのかしら」
「どこぞの子爵とは聞いてるけど、誰も訪ねてこないし、パーティーにもご出席しないし、かと言って貧乏ってわけでもない。不思議ね」
「本当よね…お給金も他よりもとても良いし」
「もしかして、さるお国の王子とか」
「まさか!」
「有り得るわよ。頻繁に鳩が来てるもの。どこかとやり取りしてる証拠」
「もしかして、難病の奥さまのご病気を治すためにこの国に来たとか」
「それよ!」
「しー。今、夜中なんだから静かに」
「奥さま、ご病気良くなったのかしら」
「手術したんだもの。良くなってるわ」
「そうだといいんだけど」
古株が口を開く。
「今日、手すりに掴まって歩く練習をしておられましたから、良くはなっている筈です」
「ああ良かったわ」
「旦那さまはとても怒ってらして」
「どうして?」
「勝手に身体を動かしたからと」
周りのメイドが失笑した。
「奥さま愛されてらっしゃる」
「少々度が過ぎるけどね」
「ほんと」
二人に関する内緒話はその後も続いて、縫い物は大いに捗った。
「アルバート様…」
ローズが手を伸ばすと、アルバートは直ぐに握った。寝台に横たわっているローズの額に唇を寄せる。ローズは力無く笑った。
「まだ怒っていらっしゃる」
「短気なんだ。知ってるだろ」
そう言ってローズの頬に触れた。
「疲れた顔してる。無理に歩くから」
「このままだと寝たきりになります。そんなの嫌です」
「安静にしていてくれ」
表向きは頷く。また明日こっそり歩くつもりだった。
「また、お庭に行きたいです」
「時間を作ろう」
「髪、とても伸びてきて、そろそろ切りたいんです」
アルバートは一房手に取って口づけした。
「勿体無い。却下」
「でも、少し動くと腕に絡んで、邪魔なんです」
「駄目だ」
「もう」
「そう膨れるな」
頬を引っ張られる。少しの痛みが、愛おしかった。
毎日生きているのを実感しては、愛しい人がいてくれる喜びに浸った。
ローズは繋がっている手を精一杯、引っ張った。
「アルバート様、もう寝ましょう」
「君はよく寝るな」
「抱きしめてもらうとよく眠れます。それに眠らないと回復しませんし」
術後は痛みで中々眠れなかった。痛み止めを処方されたが余り効かず、アルバートに抱かれていると、何故か痛みが引いてよく眠れた。すっかり一人では眠れなくなってしまった。
アルバートは寝台に上がると、ローズの身体に身を寄せた。体重をかけないように気を遣いながら横を向くアルバートに、ローズは腕を伸ばして抱きついた。
リラに支えられて廊下を歩く。壁伝いにゆっくりゆっくり進んでいると、アルバートに見つかってしまった。彼は怒った顔でローズを抱き上げた。
「まだ駄目だ。寝てろ」
「待って。もう少しだけ」
「駄目だ」
寝室へ戻ろうとするアルバートの前にリラが立ちはだかる。
「道を開けろ」
アルバートの命令を無視し、リラは仁王立ちした。使用人にあるまじき態度だった。
「旦那さま邪魔です」
主人に対する言い方では無かった。アルバートの眉が吊り上がる。ローズはハラハラしていた。
リラは頭を下げて、そのまま話しだした。
「歩かないと良くなりません。無理してでも歩かせないと回復しません。旦那さまは奥さまの回復の妨げになっています。だから邪魔です。あっち行っててください」
「お前…だんだん不敬が増してないか」
「奥さまの為です」
平然と言ってのける。ローズもアルバートの胸に手を当てた。
「リラの言うとおりです。もう少しだけですから、お願いします」
「…分かった。リラは仕事に戻れ。私が手伝う」
「アツアツですね」
「うるさい。あっち行け」
リラは膝を曲げてから笑顔で階段を降りていった。足音が聞こえなくなってから、アルバートはローズをそっと降ろした。少しだけだと念を押して、腕を組み合って歩いた。
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