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しおりを挟む結婚は家同士が決めるもの。そこにルイーズの意思はない。貴族の女として生まれた以上、結婚し子を産むことだけが求められる。
しかしそれで割り切れるほど、ルイーズは冷たい教育を受けてこなかった。母からも兄二人からも深い愛情を注がれて育った。もちろん父からも。それだけに今の仕打ちこそが、ルイーズにとって異常に思えた。
せめて兄たちが本国にいてくれたら。彼らは外国へ遊学し、帰国するのは一年後だ。軟禁されている以上、なんとか手紙を出せたとしても届く頃にはすべてが終わっている。
ルイーズは父の裏切りが、胸が張り裂けそうなほど辛かった。父が権力を求めて娘を差し出すような人だったなんて。今でも信じられない。
最初の誤解がここまで大きくなってしまった。そして王太子がルイーズを選んだ以上、父が逆らうわけがないのだ。
既に軟禁状態に置かれて三日経つ。部屋から出なかった母と自分を重ねる。母は、どんな気持ちでこの家で過ごしていたのだろう。真意を知る術はない。
窓から外を眺める。屋敷から外へ通じる道に、一台の馬車がやって来るのが見えた。
見に覚えのある紋章。王冠の紋章は、王族の証だった。
「ルイーズ、三日ぶりだね」
やって来た王太子に、ルイーズは形ばかりの挨拶をする。わざわざルイーズの自室に入ってきて、二人きりにさせるなんて。もう全てが決まっていて、まるで将来を誓いあった仲のようだ。
「ご用件は」
努めてルイーズは冷たく言った。
「君に会いたくて。元気そうで安心したよ」
などと笑顔で近づいてくる。ルイーズは後ろに下がった。
「それだけでございますか?」
「話もしたくて。あんな別れ方だったから気になってね」
「その節は、申し訳ありませんでした。殿下に張り手するなど、首吊りものです」
「いいんだよそんなこと。大きな誤解があったんだから仕方ない」
誤解。そう、大きな誤解だった。まだその誤解は続いている。
「でしたら、私の気持ちの真も、是非お知りになってください」
「もちろん分かっている。君は、」
コツ、と王太子が近づく。
「君は、私を好いている。そうだね?」
「──殿下、私は、」
「そうだね?」
ニコリと笑う。否定するのを許さない、冷たい顔。
物腰柔らかな普段の殿下とは全く違う。これが本性なのだ。ルイーズは拳を握った。
「私に拒否権は無いのですね」
「私を好いているのだから、拒否するわけがない。そうだろう?」
有無を言わせない高圧的な物言い。婚約者となる前から押さえつけるような関係性では、これからの未来はない。しかしルイーズには確かに拒否権など無かった。
「教えてください。私を選んだ理由は、何なのですか?」
「君の正義感あふれる──」
「本当の理由が知りたいのです。教えていただければ、私も心構えが出来ます」
「──そう、その方がいいかもしれないね」
わざとらしく、うんうん頷かれる。
「母は私しか産めず、側妃を迎えざるを得なかった。異母弟にも王位継承権があるから色々と厄介でね。だからこそ、私の妻となる者は、絶対に男児を産んでもらわなければならない」
言いたいことが分かってきた。シャルロット嬢の家系は多産だ。だが女児ばかり産まれている。もちろん男児もいるが、比率は圧倒的に少ない。
「ショーデ侯爵家は、代々、男しか産まれてこなかった。そんな中、君が産まれた。君が産む子はきっと、君に似た可愛い男の子だろう。今から楽しみだ」
「……女の子でも、きっと可愛いでしょうね」
「一人くらいは嬉しいかもしれない。二人目もそうだったら、」
近づいてきた殿下に腕を掴まれる。
「二人目は、思い余って捨ててしまうかもしれない」
強く握られる。殿下の張り付いた笑みに、ルイーズは血の気が引く思いがした。
王太子が部屋から出ていく。扉が閉まって、ルイーズは力が抜けてその場に座り込んだ。
自分を選んだのは世継ぎを確実に得るため。優しい顔に隠された非情で冷酷な王太子の正体。いや、王太子ならば、当たり前の考えなのかもしれない。
一旦は諦めようと思った。運命を受け入れようと思った。でも、あんな人とは一緒になりたくない。愛せるわけがない。結末は分かり切っている。あの人を受け入れたら、二度と明るい未来はない。
──逃げよう。それしかない。
誰も知らない所へ行って、一人で生きていく。父に迷惑がかかるのを気にしていられなかった。幸い父には頼もしい二人の兄がいる。兄たちがいれば我が家は安泰。おまけの末娘なんかがいるものだから、だから父は夢を見たのだ。王家の外戚になれるという夢を。
婚約は成っていない。逃げるなら今しかない。
震える足を叱咤して立ち上がる。ルイーズはベッドの下に入れていたトランクを取り出した。その中に、お忍び用の庶民が着る服を隠していた。
扉は施錠されている。脱出するなら窓だ。扉を開け放ち下を見る。ここは二階だが、この高さからなら、シーツとカーテンを結めば降りられそうだ。
大丈夫。何とかなる。ルイーズは直ぐさま行動に移した。
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