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時を遡って
しおりを挟むエリザベスはこれが現実だと認めた。
厳密には、十年、時が遡っていた。
熱が下がり鏡に映った自分を見て、発覚した。
幼い自分、小さな手だった。そういえば小さい頃は体が病弱で、よく熱を出していた。
まだ十歳の自分。
母は健在で、家庭教師にもよくわがままを言っていたように思う。遠い記憶。思えば今が一番幸せな時だったかもしれない。
時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
──大丈夫。前の記憶があれば、上手く立ち回れるはず。
皇太子殿下の妃選びに参加さえしなければいいのだ。その前に別の殿方と結婚すればいい。大丈夫。何度も胸の内で呪文のように唱えた。
その前にエリザベスは母の死の回避に専念することにした。
母は肺の病を患っていた。前の時は発覚が遅く、病院に隔離され、一人寂しく死んでいった。エリザベスも父も死に目にもあえなかった。
エリザベスは直ぐに父に母が変わった咳をしていると伝えた。
専門の医師を呼んでもらって、病を見つけてもらい、直ぐに静養に入った。今度は早くから治療を受けたから、命に別条は無いそうだ。エリザベスは胸を撫で下ろした。
母は標高の高い山荘で静養するのだという。
「父さま、私も母さまと一緒に行ってもいい?」
椅子に座って手紙を読んでいた父の膝に抱きついて、ねだってみる。ちらりと手紙を覗き見すると、母を診ている医師の名前が記載されていた。
「エリザベスはまだ幼いから、ここにいなさい」
「それ何の手紙?」
「ん?シュナイダー医師からだ。静養先の場所と行き方が書かれている」
「山荘なんでしょう?そんな寂しい所で、母さま一人にしたくない」
訴えるように父をじっと見る。可愛い愛娘の懇願に折れてか、最後は了承してくれた。無口で怖い顔をしている父だが、母と娘にはめっぽう甘いのを、エリザベスは生まれながらに知っていた。
静養先の山荘、とは言っても、そこらの貴族の屋敷と変わらない造りだった。標高は高いものの夏場だから避暑地としても利用されるという。
屋敷の見晴らしの良い部屋を与えられ、同じ部屋で寝泊まりした。
静養だから良い食べ物を用意される。自分の屋敷に戻ってからも母に食べてもらおうと、エリザベスは厨房に入って作り方を教えてもらった。
トマトの鶏肉スープ、母は好んでよく食べた。エリザベスもそれが得意料理になった。
今日も鶏肉スープを作って母の待つ部屋に運んでいく。慎重に階段を登っていると、後ろからやって来た誰かにぶつかった。
「きゃっ…!」
スープがこぼれ落ちる。胸にも盛大に広がって、服が汚れてしまった。
ぶつかってきたのは二人の少女だった。エリザベスの悲鳴を聞いて振り返る。
「あら失礼」
「ごめんなさいね。急いでますの」
リボンがふんだんにあしらわれた洋服。身なりからして貴族だろう。エリザベスも伯爵の娘なのだが、今はスープの配膳中で前掛けをしているから使用人と思われたようだ。
胸にはべっとりとスープがついてしまった。床にもしたたり落ちて、これは下手に動けない。エリザベスはどうしたものかと立ち尽くした。
「いやだわ私のお洋服にスープがついてるわ!」
悲鳴のような声。エリザベスが見ると、少女の服の袖に少し、赤い汁が飛び散っていた。
一人が一緒にいた少女に袖を見せると、もう一人も大げさに驚いた。
「まぁ大変だわ!シミになってしまうわ!」
「あなた!早く落としなさい!」
…そう言われても、こちらはもっとべったりしているのに。
「でも、わたしが触ってしまったら、余計汚してしまいますよ…?」
一応言ってみる。二人はフン、と鼻を鳴らした。
「口ごたえするつもり?他に人を呼んでくればいいでしょ?」
「生意気だわ!使用人の分際でっ」
そんなこと言われても…。困ったエリザベスは自分の身分を明かそうと口を開いた。
その時だった。
「──何をしている」
階段を降りてきた少年の姿に、エリザベスは、はっとする。
嘘だ、と思いたかった。どうしてこんなところに?
それは紛れもなく、皇太子殿下、その人だった。
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