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ぬくもり
しおりを挟むアーサーとセシルが行方不明になって一ヶ月が経った。何の知らせも無いまま、無為に時を過ごした。
レオンがエリザベスの部屋を訪れた。お互いに椅子に座る。レオンはこの一ヶ月の激務と心労で、随分やつれた顔をしていた。
「義姉上、痩せられましたね」
二人がいないのに、まともに食事が取れるわけがない。鏡もまともに見ていないから、きっとレオンよりも酷い顔をしているのだろう。骨の浮いた手を擦り、エリザベスは用件を聞いた。
「実は前々から、兄さんに何かあったら、義姉上に渡すようにと言われていたんです」
レオンは手紙を取り出した。無地の封筒、蝋で封がされている。アーサーが使用している紋章だった。
エリザベスは受け取るか迷った。受け取ったら、二人の死を認めることになる。二人とも生きていると、信じていたかった。
「…義姉上、実は…兄さん、見つかっていたんです…」
「…なんですって…?」
「──腕だけ、片腕だけ、見つかっていました。すみません。言い出せず」
「どうして?どうして言ってくれなかったの?」
レオンは拳を握りしめた。
「……遺体は、見つかっていなかったので…」
沈黙が落ちる。どちらもそれ以上の言葉は出てこなかった。
腕は教会の地下に納められているという。毎日、祈っていた場所なのに何とも皮肉だ。
エリザベスはその腕を見に行った。一ヶ月も経てば腐敗が進む。木箱に納められた蓋を開けると、腐敗臭が立ち上った。
冬のせいだろうか。そんなに腐敗していなかった。水分が程よく抜けて小さくなった腕は、まるでミイラのように干からびていた。
その腕を撫でる。彼の腕だとすぐ分かった。何度も触れてきた腕だから、彼以外はあり得なかった。
レオンから受け取った手紙の封を開ける。そこには、共にダッカン国で会った占い師の話が書いてあった。
あの占い師から予言を受けていたという。
アーサーとセシルが死ぬという予言を。
アーサーの手紙には、何とかそれを回避するつもりだと書かれてあった。もう悲劇は繰り返したくないと。
『だが回避出来ないかもしれない。そうなったら、君は哀しむだろう。君の哀しみは、俺が前に君を喪った哀しみと同じだ。セシルも居なくなり、より辛い思いをするだろう。
辛くとも悲しくとも、生きていて欲しい。穏やかな時を過ごし、穏やかな最期を迎えてほしい。自分たちが出来なかったことを、君に託したい』
手紙を読み終えて、エリザベスは再び、枯れた腕に目を落とす。
──憎いことをする。腕だけなら、生きているのか死んでいるのかも分からない。
置かれている腕は右腕だ。上腕を斜めに切り落とされている。岸壁に引っかかっていたという。崖下は河が流れている。普通であれば、まず生きてはいまい。
「占い師に会ったのなんて…もう二年も前のことじゃない。何でも言ってって。隠し事しないでって、約束したのに」
あの時からずっと胸に抱えていたのだろう。いつその時がやってくるかも分からず、息子を死なせてしまう苦しさをずっと抱えて、誰にも打ち明けず、一人で抱えて、抱え続けて、こんなことになった。
この手紙も、きっと何度も書き直したに違いない。そういう人だから。乱文の人だから、こんなに整然とした文章なんて苦手だろうに。最期の手紙だったから、張り切って書いたのだろう。
腕を撫でる。いつものように逞しく、優しい温もりだった。
地上へと上がる中継ぎの部屋に、レオンが椅子に座って待っていた。全く似ていないのに、足を組んで座る様が同じで、エリザベスは少し微笑んだ。
レオンが何と受け取ったのかは分からない。彼も少し顔を明るくした。
「二年前だっけ?ダッカンの戴冠式行ったの」
声の調子も明るい。エリザベスは、ええ、と答えた。
「兄さんさ、僕の書いた小説、『セシルの冒険』の作者に見せちゃったんだよね」
「よく覚えてるわ。あれから返事が届いて、貴方はアーサーに思いっきり怒ってた」
本人の断りも無く、勝手に大御所に作品を見せたのだ。誰だって怒るに決まってる。
「兄さんは何も言わないから。もう本当に恥ずかしかったよ。見せるって分かってたらもっと頑張って書いたのに」
「そうね、アーサーは何も言わない」
「義姉上、だから、僕はまだ信じてるんだ。兄さんが生きてるって」
「…そうね」
何も言わずに、ひょっこり現れてくれるかもしれない。生きている。そう思って生きるのも、いいかも知れない。
エリザベスの姿が、レオンにどう映ったのかは分からない。レオンはおもむりに立ち上がると、エリザベスを抱きしめた。
「兄さんの代わりとはいかないけど」
エリザベスも背中に手を回す。それから直ぐに離れた。
「やっぱり兄弟ね。背格好がよく似てる」
「僕これでも兄さんより背高いんだけど」
「ちょっぴりでしょ?そんな大差ないわ」
「地下室のことを知っているのは僕と、この教会の司祭だけだ。鍵は司祭に言えば渡してくれるからね」
礼を言って、共に教会を出る。その時に目撃者がいたなど、微塵も気づけなかった。
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