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63・破壊と憐れみと…

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 次に向かったのは、当然ながらグランバトロ王国だ。
 いつもの廃屋から抜け出し、人目が無いのを確認した後に【迷彩】を展開して上空へと飛んだ。最近はやたらと【飛翔】を使ってるから、飛び方も自由自在だわ。やはり、人間は努力が必要ね。魔女だけど。

 城の中央付近で停止すると、【地図】を表示してアレクの所在を確かめた。マークを付けたアレクの点が城下の一点にとどまっているのを確認すると、束の間、考えに沈んだ。
  当初はアレクに相談して、協力してもらおうと思っていた。これはアンナちゃんと違って、これからの事を考えてだ。でも、ここに来て彼が拒否したらと思うと躊躇した。

 今現在、召喚陣を破壊しても、アレク個人には問題はない。国家の一大事で彼が犯人捕縛の為に駆り出されることになる可能性はあるが、命に直結した問題にはならない。
 ただ、相談するとしたら勇者の剣の処遇を黙っている訳にはいかないだろう。召喚陣破壊だけを話して、それ以外を秘匿することは無理。破壊工作に是と応えてくれても、その後に剣を始末するのに拒否を示されたら。それでも私が断行して、彼が敵対してきたら。剣だけじゃなく召喚陣破壊まで邪魔されたら、目も当てられない。

「やっぱり相談はなし!邪魔されない内に始末する!」

 私が古の神を開放できなかったら、否も応もなくこの世界は崩壊するだけなんだけれど、それを長々と説明して納得してもらう時間はない。すでに、ロンベルドの陣を破壊したのだ。いつあの外道が目を覚ましてもおかしくはない。
 邪魔される前に、可及的速やかに破壊できる物はさっさと破壊したい。

 城の一番高い場所を求めて飛び、ロンベルドと同様に蜘蛛を放って、再度上空へと戻った。その間にも、衛兵や守備隊の動向が【地図】にマークされて行く。刻々と詳細な情報が更新され、初めて訪れた城の内部が明かされて行く。

魔道透視マギアグラフ

 王城中央から上空50メートルほどで停止し、魔力の網を広げる。方眼紙のような魔力で作られた網を指定した範囲まで伸ばし、それを指先を振って速やかに下ろした。
 ゆっくりと方眼が下降して行き、城全体を囲みながら地下へと沈んで行った。【地図】が透明タブレットに変わり、そこには城内の上階からの断層図が映し出されて行く。
 そして、蜘蛛より早く召喚用の部屋が見つかった。なんと城内聖堂の地下だった。

「どうして、どこの国も地下なんだろう?最上階に作ってくれたら、そこだけぶっ飛ばして終わるのになぁ…」

 タブレットを消し、脳内に【城内地図】を展開しながら【消音】を発動して、中庭らしき場所へと降り立った。すぐに蜘蛛へ指示を出し、人気のない路順を選び出して目的の部屋へと向かった。が、聖堂付近には、地下への階段が見当たらなかった。
 【城内地図】と見比べながら、そこかしこで動き回っている蜘蛛の情報をまとめ、聖堂内の隅々を探し回って―――――あった。
 その入り口は、神官が立つ経典台の下にあった。台に僅かな魔力を流すと、台の下が空洞になって地下へ続く階段が現れた。そこへ蜘蛛たちが一気になだれ込む。その後を追って、【夜目】を使い暗闇の中へと飛び込んだ。

 そこにある召喚陣はロンベルドの物とは少しだけ違い、【看破】に映し出された結果は、女神だけじゃなく神の力や、何か得体の知れない者達の力まで篭められていた。

(これは――――!)

 空間全体がどろりとした厭悪を催す気配で充満し、一気に後ろ首の辺りが総毛立った。何かが―――無数の誰かの見えない手が伸ばされ、私に触れようとする。怨嗟と絶望と飢餓が渦巻き、重圧がかかったように空気が重かった。もう、誰の何の力なのかも視えない。どろどろに混じり合い、胸の悪くなるような腐臭を放つナニカになっている。
 思わず奥歯を食いしばった。
 あの辺境の谷の奥で見た光景が、今のこの気配にダブって見えた。

 指先を噛み切り、惑い這いまわるナニカに向かって、指を振るい滴る血を投げつけた。


【森羅万象の理よ 我が声を聞け 我が血に応えよ 天に祈る者を迎えよ!】
           【流転回帰カタルシス

 
 私の血の一滴一滴が宙で破裂し部屋中に広がり、そこにナニカが一斉に群がって行った。じゅくじゅくと嫌な音を立て血は沸騰し、血生臭い悪臭を振り撒きながら、奪い合うようにナニカを捕食―――――まさに喰らいまくった。
 その混沌の中に、別のきらめきが浮き沈みして見えた。

「あんた達は、私が頂くのよ!」

 ナニカとは別の青白い光を放つ絡み合った二つの力を、血だまりの中へ手を突っ込み、傷ついた指もかまわず握り掴んだ。ぐぐっと潰されて、掌へと吸い込まれて行った。

 すぐに身体が―――いや、肉体そのものが内部で変化を始めたのに気づいた。痛みや不快感は全くなく、外見にも変わった部分は現れない。これは転化だな、と見当をつけながら、それよりも陣の様子が気になって目をこらした。
 血に群がっていたナニカの気配は消滅し、神たちの力は奪った。その残骸を確かめるために足を一歩出した時だった。

『アレクがお前さんを探し回っているんだが、今どこにいる?』

 一瞬の緊張が、念話から聞こえるルードの声に解けた。

『今?ちょっとクエスト中。もう少し――――』

「アズ、ここで何をしている!?」

 私の返答に被って、背後から威圧が込められた殺気立った怒声が響いた。
 ゆっくりと振り返りながら、召喚陣が刻まれていた石の床へと、もう一度指を振った。

深遠の妖華アルトムフロス

「…もう終わったわ。じゃあね」

 地の底から響く振動と、床石を割って現れた何本もの太く赤黒い蔦を背景に、私は嫣然と笑みを投げた。そして、巍然として立つアレクに小さく手を振って転移した。
  
 
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