巡りめぐ

桐束 かえで

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一章

アズ・イット・ワズ

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店内を巡る木の柱はかすかに残る西日に照らされ約束の宵の訪れを祝福するかのように暖かい空気を孕んでいた。二人は席に腰掛けると目線を合わせ今度こそ汚れなくはにかみ会った。青年は目の前に彼女がいる喜び、彼女は一年ぶりに会う青年がこの店の雰囲気に溶け込んでいるという事実に対する喜びに身を委ねた。
「肩書きも板についてきたね」と彼女は満足そうに前菜のコクテイユに手を付けた。青年はナプキンを襟元にくぐらせながら屈託もなく
「こういう時間を大切にしたかったからね。泥を塗りたくない。その一心だった」
と吐露した。
「相変わらずね」
目線を落としナイフとフォークを構え一口にも満たない好物を彼女は物惜しそうに口に運ぶ。
「そういうあなたもお変わりなくって?安心するよ」
青年も遅れながら一口目を口へと運んだ。食べ慣れないアボカドの味でもそれが美味であることは青年にも明白だった。
「どうも。でもここぞと言うときに素直じゃないんだから。そうやって何度もチャンスを捨ててここに来たんじゃないよね」
青年はグラスを手に取り窓の外の帳の降りた景色を眺めた。目を背けたくなるような現実の景色はもうそこになくビルにともる灯りが安らぎと懐かしさまでも感じさせた。
「まさか。自分は嘘の下手な人間だって知ってるよね。そうでなくてもこの一年もどかしかったのだからさ」
彼女はナプキンを綺麗な口元に当てながら
「ごめんなさい。わかりきっていることなのに何で聞いちゃうのだろう」と恥ずかしそうに自問自答した。
「いいんだよ。怒っているわけじゃない。むしろ嬉しいんだ。嫉妬してくれることが」
青年はグラスを置き、彼女は両手のナイフとフォークを置き他愛のない今日までの一年分の出来事に会話の花を咲かせた。窓の外の数千とある灯火はこれ以上空高く暗闇に消えなくても価値があると、二人は言葉を交わさずそう感じた。

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