カモミール・ロマンス

小鉢 龍(こばち りゅう)

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カモミール・ロマンス【第一章】

突撃☆となりの昼ご飯

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「はぁ。瀬谷先生格好良すぎ……」

四時間目、英語の授業が終わった昼休み。

美咲のこの言葉から始まった。


「瀬谷先生か、確かに格好良い人だよね」

英語講師、28歳で独身。

柔らかいウェーブがかかった髪、長身、お洒落メガネを着こなす。

「なんか外国の大学出てるらしいな。クラスの女子が騒いでた」

昼休みは屋上で陽なたぼっこをしながら弁当を食べるのが4人の日常。

「それに優しいし女子にも人気……神様は不公平だねぇ」

直也がちらっと勇気を見ながらそう言ったことに、勇気が気付く。

「ちょ、待て。今何でオレの方をちらって見たんだ?」

直也に詰め寄る勇気。

「やだなぁ意味なんてないよ。長い人生でユキのことを、意味もなくちらって見ちゃうことだってあるじゃない?」

「ウソつけ。絶対、瀬谷先生と違ってオレには何もねぇとか思っただろ!」

ぐっと胸ぐらを掴む勇気を翔がなだめる。

「まぁまぁ。ナオだってそんなこと思ってないよね?」

「あー……(かなり長い間)……そこまでは思ってない、かな?」

「てめぇ、やっぱりそれに近いこと思ってやがったんじゃねぇか!」






「罪よ……」

3人がやんやしている中で美咲がぼそりとこぼした。

「「「はい?」」」

3人同時の聞き直し。

美咲は全く変わらぬ調子で言う。

「瀬谷先生は完璧過ぎる。もはやこれは罪なのよ」

何処か遠くを見ながらそう言った美咲。

「「「…………」」」

3人は何も言い返してあげることができなかった。

「瀬谷先生にも苦手とかって無いのかな?」

仕切りなおしてお弁当を食べ始めると翔が言った。

「苦手か……頭もルックスも性格も良いんだから、あと残ってるのは……匂い?」




お弁当も途中に駆け出した勇気。

三階の踊り場で瀬谷を見つけた。

「せっ、せんせー」

ゆっくりと振り向く瀬谷。

「あれ?中山くんどうしたの?そんなに慌てて」

瀬谷は絵に書いたような笑顔でにっこりと笑う。

「…………」

無言のままじりじりと瀬谷ににじり寄る勇気。

「……?中山くん?」

もう顔と顔がくっついちゃいそうなんです、ってくらい近づいた勇気。

くんくん。

「えっ、中山くん?」

そして匂いを確認した勇気が瀬谷から離れて一言。

「先生のハレンチーー!」

「えっ」

だっと走り去って行った勇気を瀬谷が額に汗マークを付けながら見送っていた。




屋上へと戻ってきた勇気は泣いていた。

「うっ、うぅ……卑怯だ。男なのにあんな良い匂いがするなんて」

「そうなのよね。瀬谷先生が近くを通ったりすると、ふわって良い匂いがして、キュンってしちゃうのよね」

泣く勇気をなだめる翔。

美咲はまた明後日の方向を見ながらキラキラと目を輝かせている。

そして、あの男が立ち上がる。

「ふっ、甘いなユキ。オレが本物のあら探しってやつを見せてやる」

いつになく真剣な表情で立ち上がった直也。

「あ、あれは直也の本気の目。ふふふ、これは何かが起こるぜ」

直也の表情を見て泣き止んだ勇気。

「ナオさっきから真剣な表情で腕組んでたと思ったら、あら探しの方法考えてたんだね」

さすがの翔もこれにはちょっぴり呆れ顔だった。

なんせ直也のこれほどまでに真剣な表情を見るのは半年ぶりくらいだったからだ。

「それじゃあ、行ってくるぜ」



直也が二階を探していると、一番奥のクラスの廊下で瀬谷が女生徒達と話をしていた。

そこに直也が入っていく。

「ちょっと瀬谷先生に話があるんだけど……良いかな?」

「……は、はい」

女生徒達は顔を真っ赤にしながら、聞こえないくらい小さな声で返事をした。

「きゃー直也くんに話しかけられちゃった」

女生徒達は去りぎわにヒソヒソ声でそんなことを話していた。

実は直也は女生徒達から人気がある。


「それで、話って何かな木村君?」

瀬谷に聞かれ直也が真剣な表情をした。

それに気付いた瀬谷も真剣な表情になる。

「先生……」

一呼吸置いて。

「メガネとってみてもらって良いですか?」

「…………え、うん」

よく分からないが凄く生徒が真剣な表情をしているので、教師としてそれをうやむやにはできない。

そんな正義感を抱きながら、ゆっくりとメガネを外した。







「…………。」

屋上に帰ってくるなり三角座りをして、ずーんと落ち込んだ様子の直也。

「バカな……メガネを外しても数字の3みたいな目にならないなんて」

がくっと肩を落とす直也。

「瀬谷先生ったらくっきり二重で、きりっとした瞳なのよね。あんな目で見つめられたらあぁ……いやーん」

実際に見つめられたわけでもないのに、顔を隠しながら叫ぶ美咲。

「……くっ。ナオでもダメだなんて。こうなったら翔。後はお前だけが頼りだ」

がっと肩を力強く捕まれる翔。

「えっ、これって僕もやんなきゃいけないんだ?」





「瀬谷先生の苦手なことなんて思いつかないしなぁ」

しぶる翔を勇気と直也が見つめる。

勇気はいっそう力強く言う。

「頼む翔。このままでは俺達は何も出来ないゴミになってしまうんだ」

「いや、そこまで自分を責めなくても良いんじゃないかな」

直也も近づいてきて翔の肩を掴む。

「そうだ。一度決めたことをやり切ることもできない、そんな屑にはなっちゃいけないだろう?そんな人間にはなりたくないだろう?」

「……真面目なこと言ってるつもりかもしれないけど、今僕たちがしてることって不真面目以外の何物でもないからね」

じりじりと詰め寄ってくる2人。

翔は小さく息を吐いた。

「だったらさ、直接本人に苦手なことを聞いてみるっていうのはどうかな?」

「「な、なるほど……」」

目をキラキラ輝かせる2人を置いて今度は翔が瀬谷の元へと向かっていった。




「あ、居た……」

校舎二階にある職員室。

ほんのちょっと学生には近寄りがたい場所。

まれに職員室の雰囲気が好きで休み時間の度に訪れる学生もいるが。

先生達を見渡せる一番前に教頭先生の机があり、学年ごとに先生の席も別れている。

瀬谷は翔達二年の英語を教えているが、一年生を担任に持っているので一番手前の川だ。

「2年2組の山田翔です。瀬谷先生に用があって来ました。」

コンコンとノックを二回してから、クラスと名前、用のある先生の名前を言ってから入室する決まり。

「瀬谷先生。……あ、お食事中でしたか、すいません」

瀬谷はちょうどお弁当を開けた所で二口くらい口をつけていた。

瀬谷は箸を箸箱に入れて、微笑む。

「いや、大丈夫だよ。山田君どうしたのかな?英語の課題のこと?」





「あー、いやぁ。その」

いざ聞こうとしてみると妙に冷静になってしまった翔。

(はは、何してるんだろ僕……)

「……?」

いきなり苦手なものは何ですか?と聞くのはなんだか躊躇われて。

ふと目に入った卵焼きを見て言う。

「瀬谷先生は醤油派ですか?砂糖派ですか?」

職員室にまで来てくれた生徒からの予想外の質問にも、瀬谷の笑顔は崩れない。

「ああ、卵焼き?実家は母が醤油入りを作ってくれたんけど、僕はあまり得意じゃなくてね。自分で作るのは砂糖を入れた卵焼きだよ」

「え、先生って自分でお弁当つくってるんですか?」

瀬谷の弁当はバランスや彩りがきちんとしていて、とても男の料理とは思えないものだった。

「あぁ、好きなんだよね料理。お弁当箱におかず詰めていく時が絵を描いているみたいで楽しくて」

「はぁ。先生って料理までできて凄いですね。」

「いや、大したもんじゃないから」

そう言って瀬谷は笑った。



勇気や直也に焚き付けられて、しぶしぶと来た翔だったが、瀬谷を前にして純粋にその質問をしてみたいと思っていた。

「先生みたいに何でも出来る人でも、苦手なものってありますか?」

まっすぐ瞳を見つめながらの質問に、瀬谷は一瞬驚いた。

しかし、すぐにいつも通りの笑顔を見せ言う。

「苦手なものか……そうだねえ。沢山あるよ。というか得意なものの方が少なくて困っちゃうよね。」

翔にはその答えは意外というか納得がいかなかった。

「そんな。だって先生は頭も良いし落ち着いてるし、優しくて生徒からの人気者だし、背も高くて格好良くて……お弁当まで手作りで、それなのに」

翔は恥ずかしくなって目をそらした。

一瞬の沈黙すらも何だか自分が子供に思えてしまって、翔はまた視線を瀬谷に戻した。

どうやら瀬谷はずっと翔を見つめていたようだった。





「山田くんは自分の何処が足りていないと思う?」

質問を質問で返され、翔は悩む。

「えっと……サッカーは好きだけど上手くないし、勉強もパッとしないし、優柔不断?なとこもあるし……沢山です。」

「そっか……じゃあ僕も一緒だ。」

「え?」

ますます分からなくなってきて、翔は眉を寄せる。

それを見る瀬谷の表情はとても穏やかだ。

「足りないものってさ、自分にしか分からないんだよね。だって、自分の中の定規で計ってみなきゃ分からないものなんだもん。」

瀬谷は引き出しから定規を取り出す。

そして卵焼きを箸で掴んで、卵焼きの厚さを計り始めた。

「……3センチちょっとか。山田君、この卵焼き太いと思う?」

「あー、うちのより大きくて美味しそうです。」



瀬谷はぱくりと一口でその卵焼きを食べた。

「じゃあ人生80年ってどう思う?」

苦手なものを聞いただけなのにいつの間にか、卵焼きから人生の話に。

困惑している翔を見ながら瀬谷は笑っている。

「長い……かな。あと60年ちょっともあるんだなー。って凄い遠くに感じます」

「そうだね。……でも僕は80年なんて言わずに100年でも200年でも生きていたいって思うんだ。同じものも見る人が違うだけでこんなに違う」 

瀬谷は引き出しに定規を戻す。

「だから最初の質問に戻るけど。大事なのは苦手なものが何か、じゃなくて、それをどうやって克服していくのか、折り合いを付けていくのかだと思うよ」




「はい。」

「えっ?」

瀬谷は卵焼きの最後の一つを取って翔に渡す。

「どうぞ食べてみて」

にっと笑う瀬谷。

「あ、はい」

翔は自分の家の卵焼きより太い瀬谷の卵焼きを、瀬谷の様にいっきに口に入れた。

モゴモゴとする口の中にふわっと甘い卵焼きの味が広がる。

「どうかな?」

「あ、はい。甘くて美味しいです」








「そっか。じゃあやっぱり僕と一緒だね」



昼休みも終わりに近づく中、まだ3人は屋上にいた。

そこに翔がとぼとぼと帰ってきた。

「翔。どうだった?」

「瀬谷先生は何だって?」

翔に気付いた勇気と直也がそう言った。

翔はゆっくりと2人の前に座る。

「うん、甘い卵焼きは美味しかったよ」

「「はい?」」

2人の顔を見て、翔が笑う。

「んー、だからさ。瀬谷先生ってやっぱり格好良いなって」

そう言って翔が立ち上がる。

「えー、なんだよそれ?」

「っていうか翔なんか清々しい顔してない?すっごい気になるんだけど」

勇気と直也がそれに続いて、美咲が後からついてくる。

「ま、やっぱり瀬谷先生には苦手なものなんてないってことよ。ね、翔?」

「あー、うん、そうかもね」


4人の笑い声が晴天の空に、始業のチャイムと共に響き渡っていた。


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