願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

文字の大きさ
1 / 50

01. 婚約破棄された公爵令嬢

しおりを挟む

 バラが咲き誇る美しい庭で、ジェットブラックの髪がさらさらと風に揺れている。
 大好きな人を見つけた私は、駆け出したい気持ちをなんとか抑えて、できる限り足を速めた。
 そして、大きな声で呼びかける。


「セルヴィオ!」


 彼はぱっと振り返ると、サファイアブルーの目を嬉しそうに細めた。
 
 胸がきゅっと締めつけられるように疼き、ソワソワした心地を誤魔化すように、とっておきの秘密を話す。
 じゃれあって笑い、美味しそうなチェリーのケーキを食べ――――そして、暗闇に放り出された。
 


 ◇ ◇ ◇



「…………お嬢様、エレアノールお嬢様。お目覚めの時間ですよ」
「っは……何!?」


 侍女のアンナに揺すられて飛び起きる。
 幸せな夢を見ていたのに、急に目の前が真っ暗になって……
 もしアンナが起こしてくれなかったら、永遠にそのまま目覚められなかった気がしてぶるりと震えた。


 
 私がセルヴィオの夢を見るようになったのは、半年ぐらい前からだったと思う。
 ちなみに彼は、我がイシルディア王国の第一王子であり王太子……という設定の架空の人物だ。
 夢の中の私は、セルヴィオのことがとにかく大好きらしい。
 
 ……たしかに彼は、すごく格好いい。
 艶やかな髪は敬愛する国王陛下と同じ漆黒だし、目は本物のサファイアのようにキラキラ輝いている。優しくて文武両道の、まさに完璧な王子様。
 ちなみに年齢は、二歳年上の二十歳だ。

 夢の中の私はセルヴィオにべったりで、セルヴィオもそんな「エレアノール」を溺愛し、過保護に守っていた。
 おかげで夢の中の私は、ふわふわした砂糖菓子のような、無垢で世間知らずな女の子だ。

 もちろん、現実の私はそんなじゃない。
 夢の中の私と違って、守ってくれる王子様はいないんだもの。
 ……その代わり、私を憎々しげに睨んでくる王子様ならいるけれど。



 夢と現実の落差を思って地味に落ち込んでいると、アンナが微笑みながらお湯の入った洗面器を差し出した。


「今日の夢もまた『大好きなセルヴィオ』でしたか?」
「ええ、もちろん。よほど彼が好きなのね、夢の中の私は」
「まあ、お嬢様。本当に夢の中だけですか? 毎日、十時間も寝るのに?」
「それはっ……そういうんじゃないわ」


 たしかに、セルヴィオの夢を見ると幸せな気持ちになれるし、正直に言うと夢の中の恋心を現実でも引きずっている。
 けれど、毎日十時間寝ているのはそれが理由じゃない。
 早く夢の続きが知りたかったから。そうしなければならない気がして、どちらかというと追い立てられるような心地だった。

 たくさん寝た甲斐もあって、夢でも現実の年齢に追いつき、追い越したところだったのだけれど……やっぱり今日の夢は、なんだか引っかかるのよね。


 うんうん考え込んでいると、アンナがテキパキとドレスを準備しながら無情にも現実を突きつけてくる。


「さあさ、今日はマルセル王太子殿下とのお茶会の日ですよ」
「うぅ……その台詞、聞きたくなかったわ」


 せめてもの抵抗に、せっかく起こした体を再びベッドへと沈め、枕を抱えたまま陽の光に背を向ける。


 我がイシルディア王国唯一の王子、マルセル・イシルディア王太子殿下。
 母親譲りの燃えるような赤髪に、父親譲りのダークグリーンの目を持つ、私の婚約者。

 以前はずいぶんと慕ってくれているようだったのに、今は蛇蝎の如く嫌われている。
 もう、このままベッドに入って、夢の続きを見てはダメかしら。……ダメよね。


 抵抗虚しくアンナにベッドから引っ張り出され、ため息をつきつつ身支度を進める。すると、私の髪を梳かしていたアンナが、一本のリボンを手に取った。


「マルセル王太子殿下からお誕生日にいただいた、エメラルドグリーンのリボンをお使いになりますか? お嬢様の目と同じ色ですし、美しいプラチナブロンドにもよく映えますわ」
「侍従に選ばせたやつでしょう? 着けていっても、自分のプレゼントだなんて気づかないわよ」
「では『大好きなセルヴィオ』からお誕生日にいただいた、サファイアの髪飾りにいたしましょう」


 アンナのいたずらっぽい笑顔を鏡越しに見て、カーッと顔が赤くなる。
 夢の中でセルヴィオからもらったものを再現して作らせてしまうあたり、私もなかなか重症だという自覚はある。


「……じゃあ、それでお願い」
「ふふ。はい、かしこまりました」


 アンナは鏡越しににこりと笑うと、緩く波打つ髪を器用にまとめ、するする編み込んでいった。


「はぁ……それにしてもマルセルったら、あれだけ『エレアノール姉様と結婚する!』と言い張っていたくせに、すっかり忘れてしまったのかしら?」
「そうですねぇ。半年前にお会いしたときは、まだ『エレアノール姉様大好き!』なようにお見受けしましたが……」
「そうなのよね……」


 マルセルのことは弟のように思っていたし、支え合っていけると信じていた。
 もし他に愛する人ができたら、側妃として娶ってもらっても構わない。そう考えていたのだけれど――



「……マルセル殿下にご挨拶申し上げます」
「ネリー、スコーンも食べてみたらどうだ?」
「わぁ、美味しそ~!」


 マルセルは、ついに私の目の前であっても堂々と恋人を侍らせるようになった。
 ため息を噛み殺しつつ、ちらりとマルセルの隣にいる令嬢を見やる。


 ネリー・シャンベル男爵令嬢。
 こげ茶色の髪に灰色の瞳という色合いはやや地味だけれど、ぱっちりした垂れ目が特徴の幼い顔立ちは、いかにも男性の庇護欲をくすぐりそうだ。
 年齢はたしか、私と同じ十八歳。
 ちなみに、教養や礼儀という文字は、彼女の辞書にはない。

 何より問題なのは、彼女が男爵と娼婦の間に生まれた庶子で、王命でもない限り側妃にはなれないこと。マルセルもそれは理解しているはずだけれど……

 ちらりとシャンベル男爵令嬢が胸元に着けている、ピジョンブラッドルビーのブローチを盗み見る。あれ、いつも着けているけれど、やっぱりどう考えても国宝級の代物よね。


 とにかく、いまは婚約者として言わねばならないことがある。一応、私にも立場というものがあるので。


「マルセル殿下、これは私たちが婚約者として親睦を深めるためのお茶会ですわ。シャンベル男爵令嬢を連れてこられては困ります」
「ふん、婚約者同士の茶会に割り込んできているのはお前ではないか」
「……何を仰っているのですか?」


 どんなに嫌でも婚約者は私なのに……
 恋愛感情はなくとも、大切な家族のように思っていた相手から邪険にされるのは、やっぱり傷つく。
 けれど、マルセルは私のそんな気持ちに気づく様子もなく、勝ち誇った顔でニヤリと笑うと、紫のリボンが巻かれた書類を投げてよこした。

 紫のリボンは王命の印……嫌な予感がする。
 おそるおそる書類を開くと、案の定そこにはとても信じられないことが――私とマルセルの婚約破棄、そしてマルセルとシャンベル男爵令嬢の新たな婚約を認める文言が書いてあった。


 ハインリヒ陛下は、いずれ娘になるのだからと、いつも家族のように接してくださった。それなのに、婚約解消ではなく婚約破棄。
 私の経歴にあえて傷をつけたいのでなければ、こんなことをする必要はないはずなのに。


「陛下がこんなことをするなんて……ありえないわ」
「えぇ~? 政略結婚の方がありえないでしょ~。愛する人と結婚した方が、いろいろ頑張れるって! ね、マルセル?」


 シャンベル男爵令嬢は優越感の滲む表情で、見せつけるようにブローチを撫でながらマルセルにしな垂れかかった。
 マルセルはそんなシャンベル男爵令嬢の腰を抱き、私を鼻で笑う。


「ネリーの言うとおりだ。父上もすぐに理解を示してくださった。というわけでお前はもう用済みだ。とっとと失せろ!」


 私たちの婚約に政略的な意味合いが一切ないのは、マルセルも承知のはずなのに。
 あんまりな態度に、じわりと視界が滲む。


「……陛下にお会いするわ」
「ああ、父上から伝言だ。『これは決定事項だから異論は認めない。おとなしく帰りなさい』だとさ」
「そんな!」


 陛下は、公平で理知的な方だ。息子のわがままでラヴェル公爵家を敵に回すなんて、絶対にありえない。
 そもそもマルセルだって、少し前までは思いやりのある優しい少年だったのに。
 そうよ、おかしくなったのは……

 そこまで考えて、背筋がぞくりとする。おそるおそるシャンベル男爵令嬢に視線を向けると、いつからこちらを見ていたのか、ギラギラ光る灰色の瞳と目が合った。


 そして次の瞬間、彼女は令嬢とは思えない顔でニタリと嗤った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

聖女は秘密の皇帝に抱かれる

アルケミスト
恋愛
 神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。 『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。  行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、  痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。  戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。  快楽に溺れてはだめ。  そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。  果たして次期皇帝は誰なのか?  ツェリルは無事聖女になることはできるのか?

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...