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13. 私は諦めない
しおりを挟むさすがに髪を掴んだまま引き摺られ続けはしなかったけれど、代わりに掴まれた腕には太い指が食い込んでいる。
靴はとうに脱げ、荒いレンガのゴツゴツした尖りが足裏に刺さって酷く痛んだ。
「早く歩け! 小娘が国王たるワシに楯突くなど……神威を産む胎でなければとっくに命はなかったのだぞ!」
レオパルド王は、よほど隠し通路を使い慣れているのか、訳のわからないことを喚きながらも分岐した道を迷いなくすいすい進んでいく。
しばらく進み、最後の階段を上ると、そこに現れたのは可憐な小花が競うように咲き誇る、かわいらしい庭だった。
(ここは、あの迎賓館だわ……今のはきっと、王族の緊急脱出用に作られた通路だったのね)
「王宮に戻ったらエドゥアルドは極刑に処す。ワシがいる建物を破壊するなど、反逆罪を適用しても誰も文句は言えんからな!」
レオパルド王は鼻息荒く迎賓館の中を歩き続け、私が泊まった例の部屋へ辿りつくと、鏡の隠し扉を開けた。
(王宮に繋がる通路はもうルーカスが塞いだから、このまま進めば袋の鼠よ。でも……)
レオパルド王を袋小路に追い込むということは、追い詰められたレオパルド王によって自分も危険に晒される可能性があるということだ。そう考えると、隠し通路は塞いだと言って進むのを阻止すべきだろうか。
しかし、私が結論を出す暇もなく、迎賓館のすぐ外から争う声や剣戟の音が次々に聞こえ始めた。
(イシルディアの令嬢たちが害された以上、待つ意味はないもの。エドゥアルド殿下は、一気に決着をつける作戦へ移行したんだわ)
「ぐぅぅ……くそくそくそ! 早く王宮に戻らなければ……早く来い!!」
エドゥアルド殿下に借りた芸術品のようなドレスはところどころ破れ、見るも無惨な姿になっている。
強く掴まれ続けた腕の先はもう感覚がなく、足の裏はズタズタで頬もズキズキと痛むけれど、立ち止まることは許されなかった。
そして、やがてルーカスが塞いだ場所に辿りつくと、案の定レオパルド王は悲鳴を上げてよろよろと後退った。
「そ、そんな……ワシの隠し通路が、ワシの……」
レオパルド王は目を見開き、道を塞ぐ瓦礫の山を見つめたままブツブツ呟き続けている。その様子はとにかく異様だ。
そして、追い詰められた人間と袋小路にいるのが、どれほどまずいことなのか真に理解したときには、既に血走った黄色の目に捉えられていた。
「お前が……お前のせいで!! ……はは、そうだ、お前はエドゥアルドに殺されたことにしよう。そうすればイシルディアは、地の果てまで追ってでもエドゥアルドに手を下すはずだ。なぜ、こんな簡単なことに気づかなかったのか……ははは」
「な、何を言っているの?」
イシルディアが手を下すとしたら、相手はこの男に決まっている。
お父様がこの男の言葉を信じるはずもないし、そもそも誰が私を害そうとも、ヴァルケルで起きたことなら責任はレオパルド王が取らねばならない。
(追い詰められておかしくなっているのか、王たる責任を理解していないのか……きっと両方だけれど、いずれにせよ非常にまずい展開だわ……)
レオパルド王は異常なほど震える手で、腰のあたりをまさぐり始めた。
巨体に隠れて気づかなかったけれど、恐らくベルトに護身用のナイフでもつけているのだろう。
ドクドクと自分の鼓動が聞こえてくるほど、全身が危機を訴えている。頭が真っ白で何も考えられない。
力の入らない体をなんとか動かしてみるも、私の足は一歩後退ったのを最後に、それ以上動こうとはしなかった。
(私、ここで殺されるの……?)
レオパルド王がガクガクと痙攣するように震えながらも私を突き飛ばし、目に狂気を宿しながら両手でナイフを構える。
それを振りかぶる姿を見て、反射的に腕を顔の前で交差させて目を瞑ったそのとき、背後から待ち望んでいた声が聞こえた。
「エレアノーーーール!!」
「ひっ……!」
わんわんと鳴るように反響するノックスの声はまだ遠く、その声には焦燥感がありありと表れている。
しかし、レオパルド王にとっては死神の声だったのだろう。恐怖心を煽るにはじゅうぶんだったようで、彼はナイフを取り落とし「終わりだ……」と呟いて膝をついた。
(ノックス……来てくれた! そうよ、ノックスは絶対に助けに行くって言ったもの。彼が追いつくまで耐えるのよ)
「ノックス!! 私はここよ!!」
精一杯、大声を張り上げる。
再び私を呼ぶノックスの声が聞こえると、レオパルド王は弾かれたように叫び声を上げ、目を血走らせながら床を弄り始めた。
彼がナイフを探していることに気づき、慌てて手が届く直前のナイフを力いっぱい蹴とばす。
ナイフが瓦礫、壁と跳ね返って通路の暗がりに滑っていくのを横目で見ながら、祈る思いでルーカスが隠し扉を開けるときに使っていた壁のスイッチを思い切り押し込んだ。
レオパルド王が絶叫しながら這うようにナイフを追いかけたことでわずかに時間を稼げたものの、隠し扉はすんなりとは開いてくれない。
重苦しい音とともにゆっくり開く扉を焦れたように見つめ、なんとか通れるぶんだけ開いたところで、ふんわりと広がるドレスをひとまとめに抱えて飛び込んだ。
(追いつかれたら殺される。私ができるのは、ノックスが追いつくまで逃げ続けることだけだわ)
来た道は直線が多くノックスが来る前に追いつかれてしまう可能性が高いけれど、こちらの道は入り組んでいるし私の方が詳しい。
それに、執務室までまで辿りつければ、エドゥアルド殿下の配下に保護してもらえるかもしれない。
(そういえば、今朝ここに来たときは『一人で来たら三歩で死ぬに違いない』だなんて思ったのだったっけ)
ルーカスの得意げな顔を思い出し、こんなときなのに笑いが込み上げてくる。
いまはこの通路こそが、私を守ってくれる最後の砦だ。
「待てぇぇ!」
後ろに迫るレオパルド王の気配を感じつつ、とにかく逃げ続ける。この男は巨体の割に動きが速い。必死に足を動かすも、あっという間に追いつかれそうだ。
いっそ落とし穴に落ちてくれればと思ったけれど、私が飛び越えるのを抜け目なく見ていたのか、彼は罠を掻い潜って迫ってきた。
槍の罠を飛び越え、毒矢の罠を横目に走り抜ける。
しかし、エドゥアルド殿下の執務室の隠し扉までもう少しというところで、髪がぐんと引っ張られて、弾かれるように後ろに倒れ込んだ。
首がひどく痛み、感じなくなっていた頬や足の裏の痛みも一気に戻ってくる。
「……小娘の命が惜しくば武器を捨てろ!」
首にナイフを突きつけられ、レオパルド王に引かれるまま振り返る。
すると、そこには剣を構えたノックスが息を切らして立っていた。
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