願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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17. 尊敬していたからこそ sideノックス

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 寝室に備えつけられたサロンエリアへ移動すると、俺はラヴェル公爵に一通りの情報を共有した。
 エレアノールが神威を授かり父に殺されたこと、その直後に俺も神威を授かり回帰したこと、わざとヴァルケルに攫われたこと、そしてイシルディア王や王太子が今まさに宝珠で操られていること。

 すべての話を聞き終わったラヴェル公爵は、呆然とした顔のままゆっくり頭を抱えて俯くと、そのまましばらく動かなくなってしまった。
 やがて顔を上げたときにはずいぶんと疲れた様子で、少々申し訳なく思う。


「はぁ……大体わかりました。宝珠とやらの話はもう少し詳しくお聞きしたいが、その前に、殿下はなぜわざと攫われるようなことを?」


 まさか、そのような質問が真っ先に来るとは思わず、動揺を隠す余裕もないまま公爵を見つめる。
 もっとほかに気にすべきことがあるはずだが、彼は変わらず真剣な目で俺を見返してきた。
 
 
「……それが、エレアノールを守ることに繋がると信じていたからだ」
「今は考えが変わったと?」


 そうじゃない。
 だが、俺のせいでエレアノールが死んだからといって、俺がいなければエレアノールが死なないというわけではない。今回の件で、それが身に染みただけだ。


「……そばに居ないと、守れないからな」


 前回と同じなら、エレアノールが神威を授かるまでそう猶予もない。
 
 当初の予定では、ラヴェル家の者たちにすべてを話し、エレアノールを守らせるつもりだった。
 とくに彼女の兄であるアレクシスなどは、エレアノールを害するかもしれないという疑いさえ抱かせれば、彼女を王室に一切近づけなくなることがわかっていたからだ。(回帰前、俺はこのシスコンにかなり手を焼かされた)
 人任せになってしまうのは正直かなり悩んだが、俺がいるよりは安全だろうと思っていた。

 もちろん、俺もイシルディアに渡って陰から様子を見守るつもりではあったが……今はなぜそんな計画で良いと思っていたのかと、心底恐ろしい心地だ。

 俺が体をぶるりと震わせると、公爵は俺の表情を探るように、静かに顔を覗き込んだ。


「では、イシルディアに戻って立太子し、エレアノールと婚約するお考えですか?」
「……それは、どうだろうな」


 公爵の質問は、俺の迷いを的確に突いてくる。
 
 彼女を今度こそ確実に守るためには、やはり隣に立てる立場が必要だ。
 だから実際のところ、首を縦に振る以外の道はない。
 
 それなのに……俺は決断できないでいる。
 彼女の隣に立つとは、つまり王になるということだ。
 だが俺は、自分が王に相応しいとは、どうしても思えないのだ。


 俺が黙り込んでいたからか、ラヴェル公爵は俺が決断できない理由を、自分なりに推測したらしかった。


「マルセル殿下への遠慮なら必要ありませんよ。国王陛下も、王妃陛下も、あなたが見つかればあなたを王太子にするつもりです。お二人が結婚されたのは、あなたの席を守るためですから」
「…………は?」


 正直、マルセルは回帰前には存在すらしていなかった人間なので、実在の人物という感覚が薄く、遠慮などはまったくなかった。
 だが、さすがに不憫すぎないか? 王侯貴族がスペアを作るのは当たり前ではあるが、「兄が死んだら跡を継ぐ」と「兄が生きていたら立場を譲る」はだいぶ違う。


「……いや、正直そこは考えてなかった。そうじゃなく、俺はどうしてもエレアノールより国が大事だと思えないんだ」
「なるほど……それで?」


 ラヴェル公爵は真剣な顔で続きを待っているが、今のがすべてだ。続きなんかない。
 俺の困惑を察知したのか、ラヴェル公爵も困惑した様子で首を傾げた。


「ええと、殿下?」
「ああ、俺のことはノックスと呼んでくれ」
「承知しました。それで、ノックス殿下はそれの何が問題だとお考えでなのです?」


 ラヴェル公爵は「理由をどうぞ」と促すような顔で返答を待っているが、その表情がひどく癪に障る。俺の心をずっと蝕んできた問題を、些末事のように扱われたからだろうか。
 だが怒りの感情を曝け出すのは負けな気がする。


「……イシルディアの王が私情を優先することなど許されない。つまり、俺は王に相応しくないということだ」


 感情を乗せないよう注意しながら説明すると、ラヴェル公爵はそれの何が問題なのか心底わからないと言いたげに肩をすくめた。


「陛下も、イザベル様と国ならイザベル様を取ったと思いますよ。深く愛しておられましたから。ノックス殿下と国でもそうでしょう」
「そんなはずはない。父はエレアノールを本当の娘のようにかわいがっていた。それなのに、神威の話を聞いて即座に殺すことを選んだ」


 あのときのことは、今でも鮮明に思い出せる。
 父はエレアノールを毒殺すると決めるのに、一瞬たりとも迷わなかった。
 国より個人的な感情を優先する人間が、かわいがっていた善良な娘を躊躇なく殺すはずがない。
 
 しかし、公爵はまったく納得していないらしかった。

 
「それは優先順位の問題なのでは? 陛下のことですから、おおかた息子を危険に晒すぐらいならエレアノールを殺した方がマシ、とでも思ったのでしょう。たしかに、エレアノールが衝動的に神威を使うとしたら、対象はあなたかその周囲であった可能性が高い」
「は……何を……」


 公爵の言い分を一言でまとめると、父のおこないは完全な私情だったということだ。
 それを理解した途端、目の前の男の訳知り顔を殴りたい衝動に駆られる。
 あれだけエレアノールを殺した父を憎んでいたのに、私情で殺したと言われると、それは違うと叫びたくなるのはなぜなのだろう。


「父は、イシルディアの王として、願うだけで世界を滅ぼせる者を野放しにはできないと言ったんだ。自分は賭けに出られるような立場ではないと!」


 なるべく冷静に喋ろうとするが、声の震えを抑えることはできなかった。
 もう自分でも自分の感情がよくわからない。俺は何に怒り、何に悲しんでいるんだろう。

 公爵は混乱する俺をじっと見つめて、微笑ましいような悲しいような複雑な表情を浮かべた。


「あなたは、陛下を敬愛していらしたのですね」


 公爵の言葉を聞いた瞬間、目頭がじわりと熱くなり、とっさに俯いて目を瞑る。
 
 そうだ。俺は誰よりも父を尊敬していた。
 国に尽くす父の背中を見て、俺もいつか父のような王になるのだと誓った。
 そう、だから……俺は父を憎みながらも、父の判断が国を思う崇高なものであると信じたかったのだ。
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