願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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39. 君は最高の聖女

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「姉様……エレアノール姉様……」
「マルセル! あなたも操演が解けたのね。本当に良かった。……あなたがずっと苦しんでいるのに全然気づけなくて、ごめんなさい」
「いいんだ。俺の方こそ、姉様に酷いことたくさん言って、酷い噂もたくさん流して……ごめんなさい」


 ここしばらく取りつく島もない様子だったマルセルが、以前と同じように話してくれるのがたまらなく嬉しい。
 しかし、マルセルの顔色は優れない。半年以上、他人に体を乗っ取られていたのだから当然だ。


「それはマルセルのせいじゃないわ。操られていたんだもの」
「じゃ、じゃあさ! 帰ったらすぐに婚約破棄は取り消し……」
「ちょっと、乱暴にしないで! マルセル、あんたは私の婚約者なんだから早く助けなさいよ! 王命に逆らうつもり!?」
「ひっ! うわぁあぁあ!」
「マルセル!?」


 マルセルがノックスをチラチラ見ながら急き込んで何かを言いかけていたけれど、シャンベル男爵令嬢の叫び声に掻き消される。
 その声を聞いたマルセルはガタガタと震え出し、叫びながら蹲った。

 
(もう彼女の存在自体がトラウマになっているんだわ……)

 
 操られただけでも相当なストレスだろうけれど、この怯えようはそれだけではなさそうだ。
 マルセルにどんなことをやらせていたのか……彼女の性格を考えるとロクでもないことをやらせていたのではないだろうか。
 
 胸の奥にどろどろと黒い感情が渦巻く。彼女には嫉妬や憎しみという醜い感情を、この短期間にたくさん教えてもらった。
 人の心を意図して傷つけたいと思う日が来るとは。けれどそれでいい。この女は絶対に許さない。


「マルセルの婚約者であることは、捕縛しない理由にはならないわ。もちろん死刑にならない理由にも、ね」 
「はっ、おあいにくさま! 私はそこまでバカじゃないわ。万が一に備えて王侯貴族は死刑にならないように法律を変えさせるぐらいはしておいたわよ! 当然ね!」
「まあ……そんな頭があったなんて、驚きだわ」
「なんですって!?」


 いや、本当に驚いた。
 堂々とブローチをつけていたから何も考えていないと思っていたけれど、万が一に備えて法律まで変えさせていたなんて。備えるという発想すらないと思っていたのは、さすがに馬鹿にしすぎだったらしい。
 しかも、覆されないよう陛下に勅令をこっそり出させたのだとしたら、なかなかうまい手だ。
 ただ、残念ながらその法で彼女が守られることはないだろうけれど。

 ノックスも私と同じ考えらしく、シャンベル男爵令嬢の言葉を鼻で笑った。


「お前は間違いなくバカだよ。自由になったシャンベル男爵が、身に覚えのない娼婦の子を除籍しないわけはない。お前は今、間違いなく平民だ」
「は……そ、そんなわけない。男爵ごときが私の親となる栄誉を得たのに……」


 その自己評価の高さはどこからくるのかしら。
 シャンベル男爵は愛妻家で有名だったし、嫡女のことも溺愛していた。けれど、彼女を引き取ることに反対されて激昂し、二人を追い出してしまったと聞いた。
 当然それら一連の行動は操られてのことなのだから、操演が解けたなら即座に身に覚えのない庶子を除籍し、妻の実家へ許しを乞いに行っただろう。

 そもそも、身分にかかわらず死刑を廃止しておけばいいものを、なぜわざわざ王侯貴族に限ったのか。ずいぶんと選民意識が強そうで呆れてしまう。
 とはいえ、男爵令嬢だろうと平民だろうと、それはもはや些細な差だけれど。彼女の行く先は決まっているのだから。


「かりにあなたが男爵令嬢のままで、王侯貴族の死刑が廃止されていたとしても、王族を操っておいて死を免れるというのはあり得ないことよ」
「は、なんでよ……法律ってそういうもんじゃないでしょ……」


 なるほど、たしかに法律というのは遵守されるべきものだろう。だが、王は法に縛られない。王の命令や判断そのものが法律と見做されるからだ。
 そして、王族が課す罰というのは容赦がない。第二、第三のシャンベル男爵令嬢が現れないよう、彼女は徹底的な報復を受けるだろう。
 王族には絶対に手を出してはいけないということを常に示してこそ王家の、ひいては国の平和が保たれるのだから。
 
 
「王族を害すってのはそういうもんだ。まあでもお前は間違いなく平民だから余計な心配はするな。ちゃんと法のとおりに罰してもらえるさ」
「ふざけないで! 結局、死刑ってことじゃないの!!」


 平民が王族を害した際に課される刑は、ただの死刑ではない。けれど、今は知らないほうが幸せだろう。
 ノックスは駆けつけてきたヴァルケルの騎士に「てことで一般牢でいいからな」と言うと、もう二度と彼女を視界に入れなかった。
 彼女が泣き喚いても、悲痛な声でノックスの名前を呼んでも決して。


「あーあ。しょうもない法律作りやがって……貴族がやりたい放題になるじゃねえか。その後始末、もしかして俺がやるのか?」
「その勅命、私も知りませんでしたから、シレッと撤回すれば大丈夫だとは思いますがね……」


 ノックスとお父様はうんざりした顔をしている。国に戻ってからの後始末を考えて、今から嫌になっているのだろう。

 けれど、世界の危機は去った。
 今ごろハインリヒ陛下も正気に戻っているだろうし、もう何に悩まされる心配もない。
 泣き崩れて近衛騎士たちに運ばれていったマルセルのことは気がかりだけれど、少なくともこれ以上の被害者は出ないだろう。
 ほっと息を吐くと同時に、エドゥアルド殿下とルーカスが声をかけてきた。


「エレアノール嬢……此度のこと、心から感謝する」
「俺も感謝してる。本当にありがとう! エレアノールちゃんはやっぱり救世の聖女だったんだね」
「二人のお役に立てたのなら嬉しいわ」


 エドゥアルド殿下とルーカスは晴れ晴れとした顔をしている。
 よかった。二人はきっとこれから幸せになれる。


「でも、あのときエレアノールちゃんすごく怒ってたから、正直もうダメかって思っちゃった」
「うふふ。どのみち裂け目を塞ぐだけでは根本的な解決にはならないと思っていたの。けれど、あまりに腹が立ったから考えるのを諦めて、フィディア神に丸投げしてしまったわ。結局、ヴァルケルを救ったのはヴァルケルの守護神と民自身だったわね」
「あ、あれ? 女神を降ろしたのは、民との仲直りを狙ってのことではなかったの?」
「いいえ、フィディア神がどうにかするだろうとしか思っていなかったわ!」


 とはいえ、結果だけみれば守護神と民が力を合わせて危機を脱したという今回の経験は、きっとこの先ヴァルケルを良い方向へ導いてくれるだろう。
 正直イライラしていて衝動的な行動をしてしまった感は否めないけれど、終わり良ければ、というやつだ。
 
 それに、他の国も神が降臨しただけで信仰心を高める効果はあっただろうから、神にとっては良いことだったに違いない。そして、神の力が上がれば災害はより起こりにくく、神威は授かりやすくなるのだから、民にとっても良いことだ。
 先ほどは用事もないのに降ろして申し訳ないと思ったけれど、よくよく考えればこれはみなにとって良い願いだったのではないだろうか。

 うんうん、と満足な気持ちで頷く。
 ルーカスはそんな私を目を丸くして見つめ、やがて「君って最強だね」と気が抜けたように笑った。
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