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笑い上戸の綺麗なお姉さん彰

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こうして貴重な500円をポケットに入れた恵はこの後すぐに

まるでスポコン漫画みたいに熱い闘志の彼女達にクルッと背を向けて、

そろそろ就職先のレストランに行こうかなぁ…と思いながら

お年玉で買った『レッドレトリバーの鞄』を取る為に、

すぐ隣の可愛いベンチを見てみたら……

*****

(あれっ?あれれれ?私の鞄はどこ~?)

どう言う訳か ついさっきまで、

そこに置いてあった筈の鞄が消えている事に気が付いたので

(えっと、どうして私の鞄がないのかな?)

と悠長な事を考えながら、

とりあえずベンチの回りをグルグルと歩いて鞄を探してみたけれど

沢山の人で溢れるベンチの周りとオシャレなレンガの舗道には、

恵の全財産が入ったレッドレトリバーの鞄は落ちていないから、

あまりのショックで為す術もない貧乏人の恵は思わずベンチに座り込み、


(えっと えっと~、私は今から何をどうしたらいいのかなぁ……)

と早くも考える事を放棄しながら無気力に、

キラキラと輝く都会の夕焼けをぼーっと眺めていたのだが………


(…て言うかこの状況はどう考えても
ラノベの第一話みたいに古典的な展開だけどさぁ……
でも今の自分に起きている事は紛れもないリアルだし、
ほんの数秒 目を離した隙に、全財産が入った鞄を盗まれて
本当に一瞬で全てをなくしたんだから、今の私は無敵の人だよね~)

て感じの残念すぎる現実を

心の中で あーだこーだと呟いているうちに


(じゃあ今の私が持っているお金は500円玉1個だけだから、
つまり私の全財産は500円ポッキリって事になるんだけど~……
さすがに500円はヤバいよね~?だって初出勤は来週からで、
初めて貰えるお給料は来月なんだから!…て事で今すぐ鞄を探さなきゃ!)

こうして『少し』元気になった恵は今の状況が

とにかくメチャメチャやばい事に漸く気が付いたので、

このあと急いでベンチを立ち上がり、

そして勇気を出してオシャレな舗道に向かいながら


「こんにちはー。お忙しいところをすみません。
えっとですねぇ。あそこのベンチに置いてあった
レッドレトリバーの鞄を持っていった人を知りませんか?」

と敢えて元気な明るい声で

舗道を歩く人達に何度も何度も頭を下げて、

鞄の行方を一生懸命聞いたのに、なんだか この街の人達は……


「えっ?レッドレトリバーの鞄ってなんですか?」

「ごめんなさい、今ちょっと急いでるので」

「ねぇねぇアンタさぁ。
さっきから一人で何をやってんの?新手のキャッチか何かなの?」

て感じで皆けっこう冷たくて

しかも鞄の行方を知る人は、残念な事にただの一人も居なかったから

さすがにヘコんだ恵はガックリと肩を落として下を向いた状態で


(どうしよう…あの鞄の中には全財産の30万と、家族全員の御位牌おいはいと、
お婆ちゃんの形見のハンカチが入っていたのに、どうして私は鞄から目を離したの?
あの鞄がなければ私は絶対に困るのに…どうしよう…私今から本当にどうしよう!)

と心の中で泣き叫びながら

真っ青な表情でベンチに向かって一人でトボトボと歩いていたのに

そんな恵の背後から、いきなり突然、唐突に!


「なにかお困りですか?可愛いお嬢さん」

とメチャメチャ優しい『誰かの声』が聞こえたので

思わず慌てて後ろをクルッと振り向いてみたら、

次の瞬間、なぜか恵の目の前で……!


(あっ!この人はウイングスパイカーの美女じゃん!)

なんと、またまた嬉しい事に

さっき自販機の所で頭をぶつけた綺麗な女性が立っていたので

もちろん恵は再び頭をさげながら、

(うわぁ!近くで見るとメチャメチャ凄い美人だなぁ……)

と思いながらも、ここはひとつ冷静に


「こんにちはお姉さん。あのですね~、
実はココのベンチに置いていた私の鞄が誰かに盗まれたので
だから私は片っ端から色んな人に声をかけていたんですよ~。
…て言うか もしかしてお姉さんは、私の鞄の事を何かご存じなんでしょうか?」

こうして真面目に今の悲惨な状況を

めっちゃ綺麗な美女に向かって一生懸命に伝えてみると


「えぇ、もちろん知っていますよ?
なぜなら貴女の鞄を盗んだ男の一部始終を
この目ではっきりと見ていましたからね、フフフッ……」

なんと美女はニコニコと微笑みながら

鞄を盗んだ犯人を見たと証言してくれたので

そりゃあ今すぐ鞄を盗んだムカつく男を追跡する為に、


「えっ?マジですかー?じゃあその男は今どこに――!」

と敢えて明るく元気な声で、男の行方を聞いたのに

明らかに焦った様子の恵を見下ろす謎の美女は、

なぜか突然、少女マンガみたいな切れ長の瞳を怪しく細めて微笑みながら


「まぁ確かに貴女の気持ちも少しは分かるし、
逃げた泥棒の居場所も簡単に分かりますけどね、
でも残念な事に、貴女の鞄を盗んだ男は、この街では結構有名な
金融ヤクザのチンピラ社員ですからね~……と言う事で……
さてさて貴女はどうするおつもりなんですか?可愛いお嬢さん?フフフッ…」

て感じで言葉を濁しながらも、なんだかメッチャ楽しそうに

ヒーロー研究会の終身名誉会長である恵に対して、

貴女は今からどうするつもりなのかと真面目な顔で言ったから


(あのですねぇお姉さん、この悲惨な状況で
今からどうするつもりですか~?お嬢さん?フフフッ…とか言われても、
そりゃあ勿論、今すぐ鞄を取り返しに行くしかないでしょう?
だってあの鞄をられたら、私の全財産は500円になるんだからー!)

とは言えない貧乏人の恵は思わずこの勢いで……


「なるほど金融ヤクザさんですか~、
じゃあ全然大丈夫ですよ~。だって実は私ね?
ヤクザを狩るのが趣味だから、ここはひとつ趣味と実益を兼ねて~、
じゃなくて えっとそのぉ、あっ!そうだー、社会科見学の一環として
是非とも私に犯人の居場所を教えてくださいよ~、綺麗なお姉さん」

と更に明るい声で威風堂々と、

見知らぬヤクザを狩るのが趣味だと豪語していたが

そんな恵をじっと見ていた綺麗な美女は、

なぜかこの後、いきなり肩を震わせながら


「なんて可愛い女なんだ……ヤクザを狩る……
綺麗なお姉さん……クックックックックックックックッ……」

こうして突然壊れたけれど、この時の恵は『この美女』が

笑い上戸じょうごの敬語的な副社長である事を全く気付いていなかったから

(えっ?何何?私なにか変な事を言ったの?)

とチョッピリ心で焦りながらも、一応笑顔をキープして

ニコニコしながら不思議な美女を見上げる事しか出来なかった。
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