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璃音編 名探偵璃音 その3

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そして彰と小さな女が事務所の中に消えた後

まだ少し元気がない鋼牙はいつもの様な低い声で

「なぁ璃音、お前の妻も、あの小さな女も……
どうして突然この店のホールメンバーになったんだ?
それと龍崎コーポの社長と副社長であるお前達二人だけが『なぜ』
いきなり偶然この店で、大切な女と運命の再会を果たす事が出来るんだ?
もしかしてこの店には重大な秘密とか、何か特別な仕掛けでもあるのか?」

と至って真面目な表情で、

なんとも答えにくい事を璃音に向かって尋ねてきたが……

*****

今の璃音はついさっき自分の目の前で

思いっきり失恋した鋼牙を慰めたい気持ちでいっぱいだったから


「運命の再会?なるほど運命の再会か……
まぁ確かに俺の時も さっきの彰も奇跡的な再会だから、
お前が色々と疑う気持ちもよく分かるが、この店に特別な仕掛けは何もないぞ?
だがいて言うなら、そうだなぁ…俺も彰もたまたま偶然、
Clubベルサイユの経営権を持っている時に、運命の女とこの店で再会を果たしたと言う事になるよな」

と素直な気持ちを答えた後で、

今月中にやめる予定のタバコに火をつけていると、

なぜだかこのタイミングで璃音は急に

去年この店で玲と再会した時の事を思い出したので

ポニーテールの可愛い玲が、逆さまのタイムカードをガチャンと押して

そのまま無言で事務所から逃げた時の様子が心で甦った璃音は懐かしさのあまり、

「フッ……」と思わず笑みをこぼしていたけれど

*****

そんな璃音とバッチリ目が合った涼宮鋼牙は勿論ものすごく

笑顔の璃音がメチャメチャ羨ましかったから、心の中で密かに孤独にブツブツと、


(ほお?なる程なる程、

つまり俺が彰になる為には、この店の経営権が必要と言う事か。

だが俺は今ヤクザだし、しかも龍崎財閥の幹部と言う訳でもないからな……

いや、でも仮に…仮に俺がClubベルサイユの店を買い取ったとしたら?

あぁもちろん、この店だけではダメだと言うなら璃音に毎日頭を下げて

土地もビルも全部まとめて買い取って…だが待てよ?

俺よりも金を持っている天下の璃音が、奇跡を起こす土地を売る筈がないだろ?

じゃあどうすればいい?あっ!そうだ、トレードだ!この際、俺はなんでもトレードするぞ!)


こうして一人で無駄に盛り上がっていたけれど、

もしかしたら璃音以上の天然かも知れない最強ヤクザは何を隠そう

さっきの彰みたいな運命の恋に憧れているから


(そうだ璃音、ミャンマー産のルビーはどうだ?

彰が持っていた『例のとんでもないルビー』には負けるけど

数で勝負をするならミャンマーに鉱山を持っている俺の勝ちだから

1年分でも10年分でも好きなだけルビーをやるぜ?

でもお前は宝石のプロだから、きっとこれじゃダメだよな~……

つうかルビー10年分って何キロなんだ?100トン位か?)


……と最後は一人で密かに撃沈していたが

毎日必ず無口でニヒルで無愛想な鋼牙が実は

まさかの天然である事を知る人間はドコにも存在しないので

この後すぐに璃音は鋼牙と二人で店を出たけれど……

*****

先ほど鋼牙が少し触れた、彰のとんでもないルビーこそが、

本当は今から璃音が彰達に話したかった案件なので、最後にココで少しだけ

彰のルビーを軽く説明しておくが、この件を長々と話していたら朝になってしまうので

ここでは本当にササッと説明するだけにしておこう。

*****

実は今夜、璃音が鋼牙を連れてこの店に来た理由は

彰の宝物である『サンシャインルビー』と呼ばれる最高級ルビーが

何者かに盗まれた事件についての有力情報を教える為だったが

どうやらルビーを盗んだ犯人グループの黒幕が、

東涼会傘下の4次団体である、剛力組の若頭である事が分かったから

今夜はその話をする為に鋼牙をこの店に連れてきたのに……

なぜか今日のタイミングでClubベルサイユにロマンスの奇跡が起きたから

ルビーの話はまた後日と言う判断を下した璃音はこのままサッサと自宅に帰って

世界で一番大好きな玲と二人で幸せな夜を過ごしていたけれど、

近い将来きっと彰の妻になるであろう小さな女の正体が

最強シンデレラである事なんて1ミクロンも気付いていないし、

そして鋼牙がこの時もう既に、小さな女と会長繋がりの友達になっていて

この女のトンデモナイ能力を見ていた事も、もちろん全く気付いていなかった。
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