愚者の狂想曲☆

ポニョ

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2章

愚者の狂想曲 29 奔走!

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「リーゼロッテ、そっちはどうだった?」

「ダメです。条件は一緒ですわ葵さん。黒鉄、果実酒、毛皮は全く在庫無しの一点張り。どの売り子交渉人さんも、果実や山菜、干し肉を薦めてきます」

「そっちもか。俺達も全く同じだよ」

俺達は、俺とマルガ、リーゼロッテとマルコの二手に別れて、アッシジの町を奔走していた。

しかし、キリクから聞いた通り、全ての黒鉄、果実酒、毛皮は売り切れ。行く先々の商会では、果実や山菜、干し肉ばかりを薦めてくる。



ここまで同じ事ばかり言われると、ヒュアキントスの徹底ぶりに、思わず感服したくなる。

俺達がキリクの言葉を聞いていなければ、これだけ薦められると、取引交渉で何とかしようと考えて居たかもしれない位だ。



「とりあえず、もう一度商会を当たってみよう。ここは時刻の鐘が鳴らない町だけど、日が傾きかけたら、ここに再度集合で」

俺の言葉に頷く一同は、二手に別れて商会に向かう。俺達は商会をまわり続けるが、結果は同じであった。

そんな俺達の希望の光りが消える様に、天高く輝いていた太陽が沈んでいく。

俺とマルコは、先程の広場に戻る。そこには残念そうに首を横にふる、リーゼロッテ達が居た。

その顔を見れば、結果を聞かずとも、全ては理解出来た。



「…もうすぐ夜の帳も降りるし宿をとって、明日にしよう。商会も閉まっちゃったしさ」

俺の声に静かに頷く一同。俺達は宿を取り、明日の為に、早く就寝するのであった。



翌日、俺達は昨日と同じ様に、二手に別れて回りきれていなかった商会を当たっていた。

しかし、思う様な成果もなく、途方に暮れながら、広場の片隅に荷馬車を止めていた。



「ほんと、どこの商会に行っても、黒鉄、果実酒、毛皮は売り切れ、そして、果実、山菜、干し肉ばかり薦められるよ。これだけ、どこに行っても同じ事ばかり言われると、流石に呆れちゃうよね」

「そうなのです~。私もご主人様と行った商会でも、全く同じだったのです」

マルガとマルコは、顔を見合わせて、溜め息を吐いていた。



「それだけ、きちんと根回しが出来ているのでしょう。ヒュアキントスの手腕ですわね」

「そうだね。しかし…参ったな。ヒュアキントスに勝つには、最低でも同じ利益の上がる商品を、金貨100枚分用意しないとダメだ。果実、山菜、干し肉等では、間違いなく負ける。ヒュアキントスの事だ、もし、同じ利益の上がる商品を金貨100枚用意しても、ギリギリで勝ちを持って行くかも知れないからね。それだけの商品は、確保しているだろうからさ」

俺の言葉に、う~んと唸っているマルガとマルコ。



「どこかで狩りをしたり、ラフィアスのダンジョンじゃないけど、お金の儲かりそうな所で利益を上げるとかはダメなの?」

「それはダメですわマルコさん。金貨100以外のお金に変わる取引事由は認めないのですから、狩りや冒険で得た利益では、無効にされてしまいます。この金貨100枚のみを使って、利益を上げるを勝負なのですから…」

リーゼロッテの言葉に、残念そうにしているマルガとマルコ。



「そう考えると…あの取り決めさえも…仕組まれていたんだろうな…」

俺の言葉にすぐさま理解した、頭の回転の早いリーゼロッテが、軽く溜め息を吐く。



「…そうですわね葵さん。あの取り決めは、一見、平等の様に見えますが、全ての商品を取り決め期日前に押さえているヒュアキントスには、関係の無いお話ですからね…あの取り決めは…むしろ…私達に対する、足枷なのでしょうね」

そうだ、それしか無い。

俺達やルチアの目も、同じ金貨100枚のみを使って、利益を上げるこの取決めに、財力が関係無くなる事を安堵していた。

でも実際は違った。既に商品を手に入れているヒュアキントスとは違い、俺達は同じ商品を金貨100枚分取引したとしても、負ける可能性があるのだ。それだけの商品はヒュアキントスは押さえている。

後はヒュアキントスの天才的バランスで、こちらの僅か上の商品を提示して終わりだ。

恐らく…俺達の行動も、何処かで監視しているだろう。きっと…その取引内容さえも…



「…私が勉強している葵さんの世界、地球の情報を利益に変えようにも、取り決めに触れてしまいますしね…打つ手が…ありませんわね」

金色の透き通る様な美しい瞳を僅かに外らすリーゼロッテ。



そう…俺もその事は考えていたが…取り決めが邪魔をする。

金貨100枚以外の、お金に変わる、関わる取引事由も認めない…

言い換えれば、金貨100枚以外の条件をつけて、取引してはならないと言う事。

金貨100枚のみにて、取引をしなければならないのだ。

地球の情報を、条件につける事も出来ない。



そして、そこに輪をかけて、俺の推薦者であるルチアの手を借りれないのが、更に痛い。

ルチアなら、何か感じている部分もあったのかもしれないが、そのルチアが手出し出来ないのだ。

ルチアが最初に条件を聞かされていれば、あのルチアの事だ、きっと何らかの手を打ってくれたはず。

だが、それをあえてその場で発表すると言う形にして、ルチアに情報を一切与えず、頭の回転が早く、王女と言う権力を持つルチアを封じた…



「あの取り決めも何もかも…ヒュアキントス達の罠…あくまでも、平等に見せかけ安堵させ、その実は、俺達に足枷をつける事が目的だった…完璧な出来レースだね」

その絶望に近い言葉に、マルガにマルコも、顔を歪ませている。



「兎に角、今はもうその罠の中に居る。その中で何が出来るかを見極めよう。どこかに、抜け道があるかも知れなしさ」

俺の言葉に皆が頷く



「そうですね葵さん。…で、どうしますか?」

「リーゼロッテ、この町の周辺の地図を見せてくれる?」

「…この町を捨てて、他の場所に移動する…と、言う事ですか葵さん?」

「うん…もうこの町に居ても、果実、山菜、干し肉しか手に入らないと思う。ここは、買い占められていない可能性のある、近隣の村に目を向けるしか無い。移動時間を考えて、段取り良くまわる方法を考えよう。ヒュアキントスの事だ、織り込み済みかもしれないけど…この町に居るよりかは、ほんの極僅かだけど、可能性があるかもしれないし」

俺の言葉に頷くリーゼロッテは、このアッシジの町の周辺の地図を広げる。

それを食い入る様に見つめる俺達。



「この町の周りには、10の村が有るんですねご主人様」

「だね…だけど、俺達がこのバイエルントに居れる期間は、もう7日。それを考えたら、全ての村には回れない。効率良く、多くの村をまわれて、利益の良い品物が買えるであろうルートを…」



この地図によると、このアッシジの町の周辺には、10の村が存在している。

1つの村は500人位の規模の村、残りはイケンジリと同規模の村が東西南北に点在している。

その村の特産品を考え、期日である7日間の間に、出来るだけ多くの村をまわり、このアッシジの町に戻って来なければ、間に合わない。



「まずは、この町より一番近い、マルタの町に行きましょう。マルタの町は荷馬車で1日。夜も交代して荷馬車を進めれば、明日の朝には就けるでしょう。マルタの村から、時計回りにまわれば、5つの村をまわる事が出来ます。交代で夜も荷馬車を進み続ける事になりますが、夜に目が見える葵さんと、レアスキルの動物の心を持つマルガさんが、夜に荷馬車を進めれば、さして難しい事は無いでしょう。まあ…馬のリーズさんとラルクルさんには、かなり無理をしいてしまいますが…」

「いや…仕方ないよリーゼロッテ。それが一番多く村をまわれて、商品を手に入れる可能性が高いんだから。恐らく…このアッシジが選ばれたのも、緻密な計算の上だろうしさ」

俺の言葉にリーゼロッテが静かに頷く。



このアッシジの町は人口3万人の町。商品を全ておさえて不自然に見えないギリギリの規模の町だ。これ以上大きな町になると、全ての商品をおさえるには、資金も掛かるし、不自然に見える。

しかも、ここより期日内にまわれる村も限られる。その事も計算に入れて、周辺に小さな村しかない、このアッシジの町が選ばれているのであろう。そう…全ては仕組まれた事…



「よし!じゃ~食料と水を補給して、すぐにマルタの村に向かおう!…ヒュアキントスが折込み済みかも知れないが…このまま何もしない訳にはいかないしね。じゃ~すぐに準備して出立しよう。皆少し辛い旅路になるけど、我慢してね」

俺の言葉に皆が頷くと、それぞれの荷馬車に乗り込み、準備をする為に移動を開始する。そして、アッシジの村を出て、マルタの村に向かう為に出立するのであった。



そのアッシジの町を出立する、俺達の荷馬車の後ろ姿を、影から眺めている男が居た。

その男は、葵達がアッシジの町を出た事を確認すると、足早にアッシジの町の中に戻って行く。

そして、このアッシジの町で一番大きい商会の中に入って行き、一番良い客室らしき部屋の扉の前で止まる。その、扉をノックして入っていく男。



「ご報告致しますヒュアキントス様。例の一行が、この町を今出ました」

「そうか…ククク…町を出たか。どうやら、予想通り、黒鉄、果実酒、毛皮を求めている様だな。この町で品が無いので、周辺の村に、それらを求めて…か。だが…それも無駄な事。昼夜問わず荷馬車を進めたとして、多くまわれても、5つの村が限度。この町より近く一番大きい村、カナーヴォンは金しか取れぬ金鉱の村。金など関税が高すぎて、黒鉄、果実酒、毛皮を超える利益を出す事など不可能。となると、小さな村々をまわるしか無い。だがそれも…ククク…全て無駄な足掻きだと、知る事になるだろうさ」

ヒュアキントスは果実酒を飲みながら、その顔に冷徹な微笑みを湛えていた。

その、顔を見た、3人の亜種の美少女達がゾっとしたのか、体を寄せて少し震えていた。

それを見たヒュアキントスは、ニヤッと卑しい微笑みを浮かべると



「…お前達には、選定戦中は躾が出来ぬからな。勝ちが決まっているこの選定戦で、つまらぬ契約不履行等で、つまずく訳には行かないからな。心配するな…。選定戦が終われば、今までの分…きっちりと解る様に躾けてやる。二度とこの僕の指示を、間違わない様にな!」

その凍る様な笑いを浮かべるヒュアキントスを、只々震えながら恐怖を感じて震えている事しか出来ないでいる、亜種の3人の美少女達だった。













時刻は翌日の早朝。

俺達は昼夜問わず荷馬車を進め、一番最初の村である、マルタの村の近くまで来ていた。

日の明るさを感じたリーゼロッテとマルコが、荷台より顔を出す。



「葵さんおはようございます。無事に夜に荷馬車を進めれましたね」

「うん。お陰でもうすぐ村に就くよ」

「じゃ~村に就くまで、リーゼロッテ姉ちゃんとオイラが交代するから、少しでも休んでてよ」

「解ったよマルコ。リーゼロッテもお願いするね」

俺とマルガは、リーゼロッテとマルコに交代して貰い、俺の荷馬車の荷台で、村に就くまで少し眠る事にした。

俺のすぐ横で、俺に抱きつきながら嬉しそうな顔をするマルガの頭を優しく撫でる



「ご主人様…気持ち良いです~」

「マルガも気持ち良いよ。村に就くまでもう少し。夜の移動に備えて、少しでも睡眠をとっておこう」

「ハイ!ご主人様!」

尻尾を嬉しそうにパタパタさせていたマルガは、俺の腕の中で気持ち良さそうにすると、眠たかったのか、すぐに寝息を立てて、眠り始めた。

その表情に癒されながら、俺もマルガの甘い香りと、乙女の柔肌を感じながら、眠りにつく。

リーゼロッテはそんな俺達の会話を聞いていたのか、少し口元を緩めながら荷馬車を進める。

暫く3刻(3時間)程、荷馬車を進めると、街道の両端に沢山の果樹が見えてきた。

その沢山の果樹を、目を細めて眺めると、顎に手を当てて、何かを考えているリーゼロッテ。



「葵さん、マルガさん起きて下さい。マルタの村に到着しましたわ」

リーゼロッテのその優しい声で目を覚ました俺とマルガ。

マルガは寝足りないのであろう、可愛く大きな透き通る様なライトグリーンの綺麗な瞳を、ショボショボさせていた。

そんなマルガの頭を優しく撫でながら辺りを見回すと、複数の村人達が俺達を見ていた。

その中から、一人の高齢の男性が近寄って来た。



「私は、このマルタの村の長である、クラークと言います。…貴方達は…」

「ああ!すいません!僕は行商をしている葵と言います。この村に行商に来ました」

その言葉を聞いて、俺達の荷馬車の品物を見るクラーク村長は、表情を明るくする。



「そうでしたか!それはそれは。交渉の準備をしますので、私の家にどうぞ!」

俺達はクラーク村長の言われるまま、その後に付いて行く。

村の大きさや人口はイケンジリの村と同じ位なのだろうが、どことなく寂れている。村人もどことなくだが、元気がなく、顔色も良くない様な気がした。

そんな村を眺めながら付いて行くと、家の中に案内される。



荷馬車を止め、クラーク村長の家に入って行くと、応接室の様な部屋に通された。

イケンジリの村のアロイス村長の家と比べると、小さいし、かなり質素だった。

応接室で、結構な時間待たされ、マルガが我慢出来無くなったのか、コテッと可愛い頭を俺にもたれかけさせて、眠ってしまった時だった。扉がノックされて、二人の男達が入って来た。

そのノックの音と、人の気配にビクッとなって慌てているマルガに、プッと吹いてしまう。

マルガもはにかみながら、可愛い舌をペロッと出していた。



「お待たせしました。では交渉を始めさせて頂きます。まず何を売って頂けますか?」

「えっと…売りたいのは塩と香辛料。そして、別で、黒鉄、果実酒、毛皮を金貨100枚分、有るだけ売って欲しいのですが…」

「つまりは…塩と香辛料の代金とは別に、黒鉄、果実酒、毛皮が欲しいと、言う事なのでしょうか?」

「そうですね。そう理解して貰えたらありがたいです」

その言葉に、複雑な表情をするクラーク村長



「…すいませんが…黒鉄、果実酒、毛皮は、売れる分がこの村にはありません。この村の特産品は、果実や果実酒なのですが…その…」

「…今年は不作で…思う様に収穫出来無かったのでしょう?クラーク村長」

リーゼロッテの言葉に、ピクっと反応するクラーク村長。俺は少し驚いてリーゼロッテを見ると、話しだすリーゼロッテ。



「先程、この村に来る途中で見た果樹達の元気が、よろしくありませんでした。私はエルフの血を引いていますので、植物の状態を感じる事が出来ます。あの果樹達では、その体に沢山の実をつける事は出来ないでしょう。違いますかクラーク村長?」

リーゼロッテの言葉に、大きく溜め息を吐くクラーク村長



「そちらのエルフの女性の言う通りです。ここ最近、この周辺の村々では、不作が続いていまして、村も厳しい生活を強いられています。この村の周辺は、狩りをするにも獲物が少なく、果樹を育てている周辺以外は、土が細いので作物の育ちも良くありません。黒鉄もこの周辺では採れませんので、果実や果実酒がこの村の資金源なのですが…それが…」

少し伏目がちに語る、クラーク村長。



なるほど…村の人達が元気がなく顔色が悪かったのは、不作で資金がなく、食べるのに精一杯だからだったんだ。恐らく…まともに食事も取れていないであろう。なんとか飢えを凌いでいると言った所か。



「なので、黒鉄、果実酒、毛皮はお売りする事は出来ません。ですが…貴方達の商品である、塩や香辛料は、内陸であるこのバイエルントでは、かなり人気の品。是非私達に売って頂きたいのです」

「話は解ります…ですが、失礼ながらに言わせて頂くと、この村に私達の商品である、塩や香辛料の代金として支払う、資金や物々交換出来る品物が、おありなのですか?とてもその様には…見えませんが…」

リーゼロッテの少しきつい言葉に、やや俯くクラーク村長が、その重たい口を開く。



「ええ…エルフさんの言う通りです。私達の今の村では、資金的にも、品物的にも、代金と呼べる物を、出す事は出来ません。なので…こちらを条件とさせて頂きたいと思います。…ほれ…入って来い」

そのクラーク村長の言葉を合図に、6人程の、14歳から20代中頃の女性が入って来た。

その女性達は、俺達の前に来て軽く頭を下げると、横一列に並ぶ。



「この…6人の娘達の中から…3人を代金として支払いたいと思います。それで…2台の馬車に積まれている、塩と香辛料を、物々交換して頂きたいのです。勿論…お金で買って頂いても構いません。どうか…よろしくお願いします」

そう言って頭を下げる、クラーク村長。その言葉に、俺とリーゼロッテは顔を見合わせる。

俺はその6人の女性達をマジマジと眺める。



う~ん。この6人…交換するにしても…顔立ちがね…ギリ一級奴隷として売れると言った感じか?

だが、一級奴隷として売れても、最低の価格なのは間違いない。普通より少し可愛いと言った感じだな。恐らく時間が掛かったのも、相談をしていたのであろう。そして、この村で、見目の良い女性をここに連れて来たと、言う訳か…



「この中で…処女じゃない人は下がってください。嘘はつかない様に、お願いします。後で必ずバレますので、酷い目にあいますよ?では…お願いします」

俺の言葉に顔を見合わせる女性達は、少し戸惑いながらも、俺の言う通りに動く。

そこには14歳位の少女3人が残っていた。



「なるほど…この3人ですか。解りました暫く考えさせて下さい。どこか別の部屋をお借りして宜しいですか?それと、代金を支払いますので、朝食を用意して頂けませんか?」

「解りました。では2階の部屋をお使い下さい。朝食も持って行かせますので。この3人の少女達は、性格も良く優しい娘達です。きっと貴方の役に立つと思います。是非良き返事を…」

俺はその言葉に、考えますと答え、人数分の朝食代を支払うと、案内された部屋に入る。



「ご主人様…どうされるのですか?あの…少女達を…買われるのですか?」

マルガは複雑な表情で、俺の腕にしがみつき、可愛く大きな瞳を揺らしていた。



「…ここで、あの少女達を…買うか、塩や香辛料で物々交換しないと、村人が飢えて死んでしまう人が出るかも知れません…いえ…もう出ているのかも…」

リーゼロッテも自分の事を思い出しているのであろう。その金色の透き通る様な瞳を揺らしながら、マルガの頭を優しく撫でている。



「そうだね。こんな小さな村、見捨てる領主は多いからね。ほんと、バルテルミー候爵領の領民は恵まれているよね。ま…殆どが、ここの領主と同じなのが普通なんだけどさ」

「そうなんだ…オイラの居たイケンジリの村は…小さな村だけど、色々恵まれていたんだね葵兄ちゃん。オイラ生まれてから、食べ物で困るなんて…経験した事ないもん…」

「ま~イケンジリの村の周辺は、土地も良いし、獲物も沢山居るからね。イケンジリの村と、このマルタの村では、生活水準が違いすぎるね」

俺の説明に、マルガもマルコも顔を見合わせ、俯いている。



「ですが…どうするのですか葵さん?私達の荷馬車に積んで来ている、塩や香辛料の仕入れ値は金貨10枚。当然それを売れば、金貨10枚以上のお金になります。あの少女達と交換するには…」

そう、最低金貨14枚以上で売ろうと思っていた塩や香辛料と、あの3人の少女達では、釣り合いが取れない可能性がある。もう1人か2人追加して貰う必要があるかもしれない。

それをして、儲けが出るかも疑問だ。小さな村だから、行商人自体少ないかも知れないが、他の行商人が来ていると予測出来る。

当然、同じ様に、村の娘を売る話をしている可能性が高い。それで、売れ残っているのであれば…利益は見込めない可能性が高い。それを利益の出る様に交渉するかどうか…



「それに…私達の目的は…ここで…あの少女達を買う事が、目的ではありません。私達の目的は…選定戦に勝てる商品を得る事…」

少し拳をキュッと握るリーゼロッテ。その瞳は揺れている。



その通りだ。俺達がこの村に、何かしてやる様な余裕はない。俺達は選定戦に勝てる品物を手に入れる為に、頑張っているのだ。

それを有利に運べるかもしれないので、塩や香辛料を売らずにここまで来たのだ。

この村を助ける為に、持ってきている訳では無い。

塩や香辛料と物々交換しないで、仕入れ値と同じ金貨10枚で買ってやる事も出来る。

しかし、今の俺達の手元の金は、約金貨20枚。ここで、3人の少女を買ってしまえば、選定戦に有利に持っていける様に使える資金が乏しくなり、かなり不安が残る。そんな事はとても出来ない。



あの少女達が、マルガやリーゼロッテの様に、確実に儲かるクラスの美少女なら兎も角、下手したら、原価を切るかもしれない3人を、買うのも難しい。資金回収がしにくい…

俺達に、そんな交渉をしている時間は無い。この村に俺達の必要な物が無いのなら、早々に立ち去って、次の村を目指さないといけない。この村を見捨てて…



「リーゼロッテ言い難い事を言ってくれてありがとう。それは良く解っているよ。…食事休憩をしたら、この村で何も取引せずに、別の村に向かう」

俺の言葉に、一同が寂しそうな顔をする。



「俺達は、何としても選定戦に勝たないといけない。今は無駄な事をしている余裕は一切出来ないんだ。…まずは、俺達の問題が解決出来て、それで余裕があるなら…その時考えよう」

俺の言葉に、瞳を揺らしながら静かに頷く一同。



その時、コンコンと俺達の部屋の扉がノックされる。どうぞと言うと、先程の3人の少女が、俺達の食事を持ってきてくれた。それをテーブルの上に置いてくれる。

その食事は、俺達が旅をしている時に食べている食事より、遥かに質素であった。食事を寂しそうに見つめ、顔を見合せている、マルガにマルコ。

すると、食事を置き終わった内の1人の少女が、俺の前に来た。そして、何かを差し出す。



「この…この金貨を差し上げますので…是非私達を買って下さい!この村を…助けて下さい!」

少し震えながら、一枚の金貨を俺の手に渡す少女。俺はその金貨を見て、少し溜め息を吐きながら、



「…よく考える事にするよ。暫く待ってくれないかな?この金貨は、とりあえず貸して貰っておくね。参考にしたいからさ」

そう言って、優しく微笑みながら、彼女達の退出を促す俺。

俺の言葉に、深々と頭を下げながら、お願いします!と言って、部屋から出ていく3人の少女達。

そのいたいけな3人の少女達を、寂しそうに見つめる、マルガ、リーゼロッテ、マルコ。俺は再度溜め息を吐く。



「所でご主人様…その金貨貰えるって事は…利益的にどうなのですか?……あれ?この金貨…何時もと見ている金貨と違う様な…」

そう言って、俺の手から、渡された金貨をとって、マジマジ見つめながら、う~んっと唸って可愛い小首を傾げているマルガ。



「それは、俺達がいつも使っている金貨と違う物だよ。それはこのバイエルント国で使われている、自国金貨。俺達が何時も使っているのは、大国5つが共同で、監視、管理して作っている5ヶ国金貨。全くの別物なんだ。その自国金貨は、このバイエルント国内で使われている金貨だね」

「どう…違うのですかご主人様…」

マルガとマルコが興味津々で聞いてくる。



自国金貨は、その国で作っている、自分の国の金貨だ。

この世界には、色々な国があり、当然、その国ごとに、自国の通貨が発行されていた。

しかし、数多の戦争で、国が滅び、そして新しい国が出来る。そのたびに、新しい通貨が発行され、また滅びて無くなる。これを長い歴史の中で繰り返してきた。



しかし、各属性の精霊の長であり、それぞれの国の王家と契約して、国を守護している精霊、5種類の守護神をそれぞれに持つ国達が、どんどん国を大きくしていった。

そして、長く続く戦乱の中で、その守護神を持つ大国同士が、研究し、話し合いで契約をして出来たのが、この5ヶ国金貨だ。



それまでは、常に新しい通貨が国ごとで発行され、それが出回っていたが、金や銀、銅の配分がそれぞれの国ごとで違い、それに輪をかけて、その国が公表している配合と違う金貨や偽物も横行していた為、通貨の価値はバラバラで、通貨としての信用をなくしかけていた。



そこで、大国同士が話し合いで作ったのがこの5ヶ国金貨だ。

この5ヶ国金貨や銀貨、銅貨は魔法で作られていて、金銀銅の含有量が決められている。

この魔法は強力で、奴隷契約魔法や、ネームプレートに使われている、制約魔法と同じで、複製出来ない。水につける事で、文様が浮かびだし、それで本物かどうか簡単に区別出来る。

今までの通貨とは違い、その信用度は全くの別物。皆がこぞって5ヶ国金貨を使い出した。

その信用度の高さ、滅ぼされにくい守護神を持つ、5大国が作っている事もあって、5ヶ国金貨は、瞬く間に世界中に広がっていった。

その説明に、なるほどと頷くマルガにマルコ。



「でもさ…自分の国で金や銀、銅がが取れる国は、嫌がったんじゃないの葵兄ちゃん?」

「凄く良い質問だねマルコ。そう…嫌がった国もあった。だけど…そんな国は全て滅ぼされた。5大国が共同で行った…金貨戦争によってね」

「き…金貨戦争?なにそれ?」

「5ヶ国金貨を認めない…又は支持しない国々を、5大国が同盟を組んで、徹底的に滅ぼす、属国にする、5ヶ国金貨を使う様に約定を交わす…そういう事をしたのですよ」

リーゼロッテの説明に、マルガもマルコも、口を開けていた。



従わない国々を5大国は許さなかった。

徹底的に容赦なく、5ヶ国金貨を使う様に強要した。それに従わなかった沢山の国々は、この世界の地図から消え去った。

その強大な5大国の前に、様々な国がひれふして行った。そして、5大国周辺の国々は、5ヶ国金貨を通貨として自国で使う事になった。こうして、5ヶ国金貨は広がったのだ。



「それにそれだけじゃない。金や銀、銅の取れる国は、5大国に金や銀、銅を輸出しなければならない義務もつけた。5大国に平等に、金や銀、銅が輸入されている。その理由は…5ヶ国金貨や銀貨、銅貨を、もっと世界に広める為にね。なので、世界の金や銀、銅の関税が、他の物に比べて、ずば抜けて高いのもそれが理由ね。5大国以外に、金や銀、銅を取引しにくくしたんだよ。それも強要したんだ5大国は。ま…このお話は、何百年と前の話だけどね。今は割りと温厚な国柄で知られるフィンラルディア王国も、昔は怖かったと言う事だね。だから、金より、5ヶ国金貨の方が価値が高くなってしまったんだね」

マルガにマルコは、顔を見合わせて、只々呆れている様であった。



「恐らく…そんな昔ですが、天才が居たのでしょうね。地球で言う所の…世界通貨…国際通貨として5ヶ国金貨を認めさせようとした人が居たのですから…その意味の重要性の解る人が居たのには驚きですね」

地球の勉強をパソコンでしているリーゼロッテが、感心しながら言う。俺のそれに頷く。



「でも、今も全く自国金貨を作って居ない訳じゃないんだ。数はその国によって取り決めされているけど、調度品、鑑賞品名目で、ほんの極僅かに、作っている国もあるらしいよ。そんな国も今は滅多には無いけどね。だから自国金貨を知らない人も多いんだ。数が少ないし、今じゃ滅多に見かけないしね」

「そうなんですか~。じゃ~お金として使えないんですねご主人様~」

残念そうに言うマルガの頭を優しく撫でると、嬉しそうな顔をして、尻尾をフワフワさせている。



「そんな事は無いよマルガ。一応お金だから、使えるよ?但し、5ヶ国金貨と違って、信用も低いし、価値も低いから、凄く安くなっちゃうけどね」

「なるほど~。そう言えば、昔にラフィアスの回廊で見つけた、魔金貨は高く売れましたよね?どうしてですか?ご主人様」

「魔金貨もね5ヶ国金貨同様の、魔法で作られている、金貨だからだよ。元々、この5ヶ国金貨の強力な魔法は、魔金貨を研究して出来たらしいよ。その方法は5大国で厳重に管理されていて、外に漏れる事は無いらしいけどね。だから魔金貨は高く売れるんだよ。5ヶ国金貨は鋳潰す事は禁止されているけど、自国金貨や魔金貨はお金だけど、鋳潰す事は禁止されていない。そうする事によって、自国金貨や魔金貨は、どんどん駆逐されていくから、5大国にとっても都合がいいからさ」

ニコッと微笑む俺の言葉に頷くマルガは、



「なるほどなのです~。一枚の5ヶ国金貨で、自国金貨が一杯になるのなら、見た目は凄いお金持ちになった気がするのに…残念ですご主人様~」

その余りにも残念そうなマルガの顔を見て、プッ吹くと、可愛い頬を膨らませて、拗ねマルガになってしまった。



「アハハごめんごめんマルガ。まあ…本当にそうだよな~。金貨が一杯になったら、嬉しいよね~」

そう言いながら、渡された自国金貨を、右手の親指で、ピンと弾く。空中でクルクルと回転しながら、落ちてくる自国金貨。



「コン!コココン…ゴロゴロ…」

自国金貨は、空中から床に落ちて、音を出して転がった。それを、慌てて拾ってくれるマルガ。



「ご主人様~お金を大切に扱わないとダメなのです~」

まだ少し拗ねマルガになりながら俺に言うマルガは、俺の表情を見て戸惑っていた。



「ご…ご主人様…ど…どうなされたのですか?」

心配そうに俺の顔を見るマルガに



「マルガ!この自国金貨、まだ作っているのか、どこで作っているのか、さっきの少女に聞いてきて!今すぐ!」

俺の言葉に、ハイ!と元気良く返事をして右手を上げるマルガは、テテテと走って部屋から出て行く。



「どうしたのですか葵さん?そんな事を聞いて、どうするつもりなのですか?」

リーゼロッテとマルコは不思議そうな顔で、俺を見ていた。



「いや…いけるかもしれないんだ!あのヒュアキントスさえ注意してなかった方法で、取り決めを守ってなお、莫大に利益を上げる方法が!」

「葵さん落ち着いて下さい…兎に角…その方法を教えて下さい」

興奮気味に話す俺を宥めながら言うリーゼロッテ。俺はリーゼロッテとマルコに、今考えている事を説明する。

俺の話を聞いた、リーゼロッテとマルコは、瞳を輝かせる。



「確かに…その方法なら…取り決めを守ってなお、莫大な利益を上げる事は出来ます。この利益は、ヒュアキントスにしてみれば予想外の金額。それが出来るのなら…」

「だよねリーゼロッテ姉ちゃん!まだ色々条件がいるけど、それを何とか出来るなら!」

リーゼロッテとマルコが顔を見合わせて、瞳を輝かせている中、マルガが部屋に戻ってきた。



「ご主人様聞いて来ました~」

「どうだったマルガ!どこで作ってるって?今も作ってるの?」

俺の声高の声に戸惑っているマルガは



「え…えっと…この村より、2日程行った、カナーヴォンの村です」

「あそこか!確か地図に乗ってたね!確か金が採れる村で、500人位の村だったよねリーゼロッテ?」

「そうですわ葵さん。十分に期日に間に合いますわ葵さん」

微笑み合う俺とリーゼロッテに、言いにくそうにマルガは言う。



「ですが、今は作って居ないそうです。120年位前に、もう作るのをやめちゃったらしいんですよ。120年も経っているんで、作れる許可を持った人も、もう死んじゃって居ないだろうって。だから、新しく作るのは、無理みたいですねご主人様」

少し苦笑いしながら言う、マルガの言葉に、一気に体温が下がり、ガクッと力が抜けてしまった俺。



そりゃそうだ…俺が考えつく様な事なら、あの天才ヒュアキントスが気が付かない訳は無い。

120年も前に、作るのを止めているなら、その時の名残の自国金貨しか手に入らないだろう。

それじゃ…ダメなんだ…

この国の事をよく調べて、選んだヒュアキントスだ。全て理解済みか…

俺の余りにも項垂れている姿を見て、マルガとマルコが心配している中、リーゼロッテが俺を立たせる。



「葵さん。至急カナーヴォンの村に急ぎましょう」

「え!?だって…カナーヴォンの村は、もう自国金貨を作ってないんだよ?120年も前に…許可を持っていた人も、とっくに死んでいるだろうし…やめてるなら、行ったってしょうが無いと思うけど…」

その俺の言葉を聞いたリーゼロッテの瞳が、キラリと光る。



「それは人間の時間軸でのお話ですわ葵さん。カナーヴォンの村は、昔から上級亜種であるドワーフが住んでいると、ギルゴマさんから頂いた羊皮紙に書いてありました。上級亜種は、皆が寿命が長く、200年近く生きます。上級亜種のドワーフの中に、許可を持った人がいたら、まだ生きて居る可能性があります。低い可能性ですが」

その言葉を聞いた、俺と、マルガとマルコの瞳は輝く



「確かにそうだ!可能性は無い訳じゃないね!この村の周辺は不作で、商品がない可能性が高い。無駄に時間を取って、終了かも知れない。それに同じ商品を揃えられても、元々、勝ち目が少ないんだ。どうせなら、勝てる方に行動する方が良いね!」

俺の言葉に、ニコっと頷くリーゼロッテ。



「皆出立の用意をして!朝食は荷馬車で進みながら取ろう!一刻も早く、カナーヴォンの村に向かおう!」

俺の声に、皆が頷く。そして、1階に降りると、3人の少女達とクラーク村長が、神妙な面持ちで俺達を見ていた。

俺はクラーク村長に近寄る。



「どうでしたか?お話の結果は。先程の条件で納得して頂けますでしょうか?」

「…いえ。暫く保留させて下さい。理由は言えませんが、僕達はやらなければならない事があって、カナーヴォンの村に向かわなければ、なりません。そのカナーヴォンの村での事が上手く行ったら、先程の条件で、取引させて頂きます。それまでは…保留です…」

その俺の言葉に、項垂れているクラーク村長と、3人の少女達。



この人達の気持ちは解るが…今はその余裕が無い。塩や香辛料、お金も全て、選定戦の為に使いたいのが本音だ。自分の事で手一杯なのに、人を救ってやる事なんて出来ない。俺は神様でも善人でもない…

自分為の利益を追求する、商人なのだから…



「すまないね…」

そう小声で言って、少女の1人に、自国金貨を返却する。

その少女は何か言いたそうに、瞳を潤ませていたが、俺はそれを見ない様にして荷馬車に乗り込む。



「もし!カナーヴォンの村での事が上手く行ったら、是非…是非お願いします!」

訴えかける様に言うクラーク村長に、頷く俺



「はい。約束しましょう。カナーヴォンの村で全てが上手く行ったら…ここに再度立ち寄らせて貰います」

そうとだけ告げて、俺達の馬車は、一路カナーヴォンの村を目指して進みだす。



「お願いしますぞ!どうか…カナーヴォンの村で、上手くいきます様に、私達も祈っていますから!」

荷馬車の背中越しに聞こえる、クラーク村長の言葉に、ギュッ手綱を握る俺は、少し荷馬車の速度を上げるのであった。













マルタの村を出て、約1日と少しが経った。

昼夜問わず交代で荷馬車で進み続け、食事を取る以外は、馬のリーズとラルクルの様子を見ながら、進んで来た。そのお陰で、もうすぐカナーヴォンの村に到着出来るだろう。

昼に近いのか、初夏の暑い日差しを浴びながら、俺とマルガは荷台で仮眠を取っていた。



「葵さん!カナーヴォンの村が見えてきましたわ!」

その声に、俺もマルガも目を覚まし、前方を見る。そこには、沢山の寂れた、誰も住んでいないのが容易に解る家々が並び、それを眺めながら進んで行くと、生活感のある家々が見えて来た。

昔はアッシジの町の様に、そこそこ人数が居た町の名残がある。どういった理由で寂れてしまったかは解らないが、俺達は村の中心近くに有る宿屋に部屋を取り、荷馬車を預ける。



「じゃ二手に別れよう。俺とマルガ。リーゼロッテとマルコね。自国金貨を作れる権利を持った職人さんが居たら教えて。何か解ったら、この宿屋に集合しよう」

俺の言葉に頷く一同は、二手に別れて、カナーヴォンの村で聞き込みを開始する。

辺りをキョロキョロ眺めていたマルガは、興味津々で見回しながら、



「この村は…亜種族さんが多いですね~ご主人様。見ている感じ、全員が亜種族の人ですね。ドワーフ族さん、ホビット族さんに、ノーム族さん…。私の様な獣系の亜種族さんも沢山居ます。まるで…亜種族さんの村の様ですね」

「本当だねマルガ。元々は人も沢山居たんだろうけど、この様子じゃ、人間族は居るのかって感じだね。何かあったのかな?」

俺とマルガはそんな事を言いながら、顔を見合わせていた。そして、手頃な亜種族の村人を見つけて、声を掛ける俺



「すいません…ちょっと良いですか?」

俺の声に振り返る、ドワーフ族の男は、俺を見て顰めっ面をして、何処かに立ち去ってしまった。

その態度に、固まっている俺



「マルガ…俺何か…気に障る様な…事した様に見えた?」

「いえ…特には…普通に挨拶をしただけの様に、見えるですよご主人様」

俺とマルガは顔を見合わせて、困惑しながらも、別の亜種族の男に話しかける。



「あの…すいません。少しいいですか?」

なるべく丁寧に話しかけたのだが、その話しかけたノーム族の男も、俺を見て、見下した様な眼差しを向けると、どこかに行ってしまった。



「…上級亜種って…本当に人間嫌いなんだね…なんか軽くショックだよ」

俺の苦笑いしながらの言葉に、ハイ!と手を上げるマルガは、



「じゃ~私が聞いてみるのです!ご主人様は、後ろで待っていてくださいね!」

フンフンと少し鼻息の荒いマルガは、歩いているドワーフの男に話しかける



「すいません!少し聞きたい事があるのですが、いいですか?」

「うん?どうした嬢ちゃん何か聞きたい事でも…」

そう言いかけた所で、マルガの首の一級奴隷の証を見て、俺を激しく睨みつけるドワーフ族の男



「…こんな可愛い嬢ちゃんを奴隷なんぞにしやがって…本当に、人間は最低だな!」

俺にそう吐き捨てる様に言うドワーフ族の男は、足早に立ち去って行った。



「すいませんご主人様~。失敗しちゃいました」

そう言ってシュンとしているマルガ。



「いや、違うよマルガ。俺が傍に居たからだね。マルガには普通に話してくれてたから。俺は少し離れた所からマルガを見ているから、マルガ聞いてくれる?」

マルガの頭を優しく撫でながら言うと、ハイ!と元気良く右手を上げるマルガは、フンフンと少し鼻息が荒かった。

俺はマルガの安全を守れる距離に少し離れて、身を隠しながらマルガを見ていた。



マルガは1人で村人に話しかけている。どうやら、俺と一緒に居た時の様な事はおきらずに、普通に話が出来ている様であった。暫く、そのホビット族の男と話していたマルガであったが、そのホビット族の男が、軽く首を横に振っている。その直後、マルガが可愛い頭をペコリと下げていた。

どうやらホビット族の男は知らない様であった。

それから結構な時間、マルガは聞き込みをしてくれるが、成果は無さそうだった。

空を見ると、日が大分と傾いてきた。俺はマルガの傍に行くと、俺の気配に気がついたマルガは、俺に向き直ると、軽く首を振る。



「ダメですねご主人様。皆さん120年前の事なんで、解らないと言ってます。今ここに居てる、亜種族さんは、自国金貨を作るのをやめた、120年前より後に生まれた人が、多いみたいですね。少し年配の方を見つけて、お話を聞かないとダメですね」

「そうだね~。でも…ドワーフ族や、ノーム族の歳の見分け方なんか、俺解らないかも…ドワーフ族もノーム族も…顔中髭だらけ出しさ。皆同じ歳に見えちゃうよ。ホビット族や他の獣系の亜種族は、見分けやすいけどさ」

「それは私も同じなのですご主人様~。私もドワーフさんやノームさんの歳は解りません。同じ人に2回声を掛けて、ちょっと恥ずかしい時もあった位なのです~」

少し恥ずかしそうに、可愛い舌をペロッと出すマルガの頭を優しく撫でると、嬉しそうに尻尾をパタパタさせている。



「とりあえず、日も大分傾いて、時間も結構経ったから、一度宿屋の前に帰ろうか」

俺の言葉に頷くマルガの手を引いて、集合場所の宿屋の前に帰ってくると、リーゼロッテとマルコが待っていた。俺とマルガを見つけて、嬉しそうにマルコが手を振っていた。



「リーゼロッテ、マルコお疲れ様。何か解った?こっちは何も情報は得られなかったけど」

それを聞いたマルコがニカっと微笑む。



「居たよ葵兄ちゃん!結構な歳になっちゃってるけど、自国金貨を作る許可を持っている、ドワーフの爺ちゃんが生きてるって!」

「本当なの!?そうなの!?…よし!早速、そのドワーフの爺ちゃんの所に行こう!でもよく解ったね2人共」

「結構、お歳をめされている方ばかりに、声を掛けましたからね。ま…それでも知らない人や、忘れてしまった人の方が多かったですが」

そう言ってニコッと微笑むリーゼロッテ。



「ひょっとしてリーゼロッテって…ドワーフ族やノーム族の、大体の歳とか解っちゃうの?」

「はい。私も上級亜種のエルフの血を引いて居ますからね。一目見ただけで、何となく歳は解ってしまいますわ。葵さんやマルガさんマルコさんも、見慣れてくれば、見分けがつく様になりますよ」

そう言って優しく微笑むリーゼロッテに、マルガとマルコがおお~!っと、感心していた。



「そうなんだ。リーゼロッテがいてくれて…本当に助かるよ」

「私は役にたってますか葵さん?」

「うんとっても。いつも感謝してるよ」

そう言うとニコっと嬉しそうにして、少し顔を赤らめている愛しいリーゼロッテ。

リーゼロッテの案内で、その許可を持っているドワーフの所まで移動する。



「でもさ…何故この村には、亜種族しかいないんだろう?なんか人間族が居たっぽい形跡もあるけど…」

「その事も聞きましたわ葵さん。確かにこの村にも、120年位前には、沢山の人間族も住んでいたらしいですわ。でも…金貨戦争の煽りを食らって、この国…バイエルントも、自国金貨の製造をやめました。それに伴って、金貨の製造で栄えたこの村…いえ…元町は、どんどん人間族が立ち去って行ったらしいですわ。5大国は殆どが人間族。それもあって、この元町でも、人間族と亜種族の対立が起こったらしくて…。なので今は殆どが亜種族だけらしいですわ。村長は領主から決められた、人間族が派遣されているらしいですけど、村人とは当然折り合いが悪い様で…」

少しさみしそうに言うリーゼロッテ。

ハーフのリーゼロッテにとって、人間族と亜種族の対立は見たくないのかもしれない。

リーゼロッテの母親と父親も、駆け落ち同然だったらしいし…



しかし、これでこの村の事は少し解ったな。120年前の金貨戦争の煽りか…

そこに輪をかけて、上級亜種の人間嫌いが、重なったのか…なるほど…

そんな事を考えながら歩いて行くと、古い民家にたどり着いた。流石にドワーフ族の家だけ有って、全体的に少し小さい。

リーゼロッテはその少し小さい扉をノックする。



「すいません。どなたか居らっしゃいませんか?」

リーゼロッテの澄んだ綺麗な声が辺りに響く。暫く待っていると、割りと若い、ホビット族の少年が、扉から出てきた。



「はい?なんか用?」

「こちらに、ドワーフ族のヴァロフさんがいらっしゃると聞いて来ました。少しヴァロフさんに、用が有るのですが…取り次いで貰えますか?」

その言葉に、解ったと言ったホビット族の男は、部屋の中に入って行く。

暫く待っていると、部屋の中に案内された。そこには1人のドワーフが居た。

そのドワーフは俺達を見て、フンと鼻を鳴らすと、気に食わなさそうに、テーブルに就いた。



「このワシに…なんの用だエルフの娘?何やら…気に食わぬ人間族もおる様だが…」

そう言いながら俺とマルコをキッと睨むヴァロフ。

それを涼やかな微笑みで見返すリーゼロッテは、



「お忙しい所お邪魔しますわヴァロフさん。私はリーゼロッテ。こちらが私の主人で葵さん、こちらの人間族の子供がマルコさん、こっちのワーフォックスの少女はマルガさんです。よろしくですわ」

リーゼロッテの言葉に、俺達も挨拶をする。それを見て、再度フンと鼻を鳴らすヴァロフは、



「そんな挨拶な良い!早く要件を言え!」

「はい。ヴァロフさんは、このバイエルント国の…自国金貨を作る許可をお持ちとか…。私達に、是非その自国金貨を作って欲しいのです」

それを聞いたヴァロフは目を細めてリーゼロッテを見る。



「今時自国金貨だと?そんな価値の低い物を欲しがってどうする気なんだエルフの娘?確かに私は、この町…いや…この村最後の、通貨製造許可を持っている。そして、自国通貨を作るのを止めているが、試験的に作る分は作る事も出来る。今は全く作っていないので、国で定められている、数も作れるだろう。だが…お前の主人の人間族がそれをやめさせ、5ヶ国金貨を使う様に仕向けたはずだろう?それを…今更…」

そう言って皮肉そうに笑うヴァロフ。



「その辺の事は、金貨戦争時に生まれて居なかった私達には、事情が分かり兼ねますが…私達は自国金貨が必要なのです…理由は今は言えません。ですが…お受け頂けるのであれば、それ相応の報酬も、お支払い致します」

「その報酬って…いくら位なんだ?エルフの姉ちゃん?」

横に居たホビット族の男が、リーゼロッテに語りかける。

リーゼロッテは俺の顔を見る。俺はリーゼロッテに言っておいた金額を伝える様に、眼で合図をする。

その合図を見て、軽く頷くリーゼロッテは、



「自国金貨を作って頂ける報酬として、金貨10枚出させて頂きます…どうでしょうか?」

「き…金貨10枚!?」

横に居たホビット族の男が、驚いている。その金額を聞いて、ニヤっと笑うヴァロフは



「自国金貨を作るだけで、金貨10枚とは、随分と報酬が良いな。いや…良すぎる。そんな仕事は、大体良い仕事ではない。…悪いな、気が乗らねえ。帰って貰おうか」

キツイ目で俺達を見るヴァロフ。



「…その様な、危ない仕事ではありません。まあ…普通の仕事では無いのは確かですが…。ヴァロフさんには迷惑を掛けません。どうかお願いできませんか?」

「…それでもダメだな。まあ…帰ってくれ」

「そこを何とか…なりません…」

「しつこいぞ!エルフの娘!お前も上級亜種の端くれだと思ったから、話だけは聞いてやったんだ!これ以上はなにもせん!とっとと帰れ!おい!」

そう言い放つと、隣に居たホビット族の男に、俺達を外に出させる様に言う。

ホビット族の男は、俺達を家の外に出し、扉を閉める。



「…まあ運が無かったなエルフの姉ちゃん。姉ちゃんが、人間の一級奴隷なんかじゃなければ、作ってくれたかもしれねえけどな」

そう言って、軽く溜め息を吐く、ホビット族の男。



「それは…やはり人間族を嫌って居るからですか?」

「まあ…そうなんだろうけどよ。俺はなんとも思ってないけどよ、あのヴァロフ爺さんは、金貨戦争のまっただ中で生まれてるからな。人間族には言いたい事も山ほどあるんだろうさ。それに加え…息子のバスラーが、人間族と強引に結婚して、この村を出て行っちまったからな…余計なんだよ。しかも、その息子のバスラーは…娘が生まれたその翌年…死んじまったっらしいからな。また人間族にやられた…と、思ってるんだよ…ヴァロフ爺さんは…」

そう教えてくれる、ホビット族の男



「この村で一緒に暮らす事は出来なかったんですか?」

マルガが寂しそうに言うと、軽く溜め息を吐くホビット族の男は



「まあ…この村は…殆どが人間族を嫌っている。その中で差別されながら生きていくのは無理だろうさ。商売はするが…ソレ以上…はな。だから、ヴァロフ爺さんは反対した。ヴァロフ爺さんも、人間族の多い他の村なんか、行きたくないし、話は平行線になって…ソレで、バスラーは出ていったのさ」

その言葉に、一同が寂しそうにしていた。



「じゃ~その出ていったバスラーさんは、人間族の女性と、何処に行っちゃったの?遠くに行ったの?」

「いや…バスラーもやっぱり、ヴァロフ爺さんの事が心配だったんで、ここから2日程の村で住む事にしたんだが…ヴァロフ爺さんは、バスラーと会う事は無かった。バスラーが訪ねてきてもな。そうこうしている間に…バスラーは死んじまったのさ」

その言葉を聞いて、皆が悲しんでいた。



「じゃあ…その奥さんと、娘さんは…まだその村で生活してるの?」

「さあ…どうだろうな?何回かヴァロフ爺さんに逢いに来てたけど、追い返しちまったからな。今はどうなっているか解らないね」

俺の問いに応えて、軽く溜め息を吐くホビットの男



「…本当はヴァロフ爺さんも、許してやりたいはずなんだ。孫娘を…抱いてな。時折さ…バスラーが被っていた帽子を手に取って、悲しそうな顔をしてるんだ。事情が事情だけに、金貨戦争を知らねえ俺達が立ち入れる問題じゃねえけど…だけどさ…もうよ…」

そう言って寂しそうな顔をする、ホビット族の男。



「…その奥さんと、娘さんが居る村はどこ?」

「ああ…たしか…ここより1日ちょっと行った…コジャドの村だ」

「そうか…色々ありがとう」

俺がお礼を言うと、ヘっと笑って家に入っていくホビット族の男。



「葵さん…どうしますか?ヴァロフさんには、何としても私達の為に、自国金貨を作って貰わないと…」

「うん解ってるリーゼロッテ。…俺に考えがある。恐らくは…作って貰える」

俺の言葉に戸惑っている、マルガとリーゼロッテとマルコ。



俺はその事を考え、少し自分の唇を噛み締めていた。
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