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2章
愚者の狂想曲 30 天才と愚者
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「ご主人様~。ヴァロフさんに自国金貨を作って貰える事が…出来るのですか?」
マルガが俺を見ながら、可愛い小首を傾げている。
「うん多分ね。だけどその為には…コジャドの村に、行かなければいけない。残りの期日は5日。昼夜荷馬車を進めるとして…往復2日。そうすると…残り3日。期限一杯だけどね。リーズとラルクルには頑張って貰おう。とりあえず、荷馬車に戻って、すぐに出発する」
「ですが…コジャドの村に行ってどうなさるんですか葵さん?ヴァロフさんの亡くなった息子さんの奥さんと娘さんに、お願いして貰うのですか?でも…」
そう言って言葉を濁すリーゼロッテ。俺はリーゼロッテに向き直り
「多分普通に話したらダメだろうね。でも…ここからは少し強引に行く。コジャドの村はマルタの村に割りと近い。恐らく…コジャドの村もマルタの村同様、不作で苦しんでいる可能性が高い」
俺の言葉に、頭の回転の早いリーゼロッテは、全てを理解した様で、
「なるほど…そう言う事ですか…。確かに、少々強引ですね」
「うん。だけど、俺達に迷っていたり、躊躇している様な時間は残されていない。…俺達も後には引けないんだ。やれる事はなんでもするよ」
俺の瞳を見ていたリーゼロッテは静かに頷く。
「じゃ~急いで移動するよ皆!」
俺の声に頷く一同。荷馬車に急いで戻り、それぞれの乗り込み、コジャドの村に向かう。
昼夜交代で荷馬車を進め、翌日の昼過ぎにコジャドの村に到着する事が出来た。
コジャドの村も、マルタの村と同じ位の大きさの村だ。村の家々も同じ様に質素で、その村人もどことなく元気が無く、顔色は悪かった。
それを目を細めて見ているリーゼロッテ。マルガとマルコも顔を見合せている。
そんな俺達の傍に、1人の男が近寄って来た。俺達を見て、荷馬車の積み荷を見た男は、ニコニコしながら近寄って来た。
「ひょっとして…行商人の方ですか?」
「ええ、そうです。この村に、行商に来ました」
その言葉を聞いた男は、ニカっと笑うと
「それはそれは!私の家に案内しますので、こちらにどうぞ!」
笑顔の男に付いていき、家の中に案内される。その家の中は質素であったが、マルタの村クラーク村長の家よりマシな感じがした。テーブルについた俺達と男。
「私は春よりこの村の長をしている、デッセルと言います」
「僕は行商をしている。葵 空です。こっちの一級奴隷達は僕の奴隷で、マルガにリーゼロッテ。そっちは一緒に旅をしているマルコです」
俺の紹介に皆が挨拶をしている。デッセルは挨拶をしながら、マルガとリーゼロッテを見てニヤっと笑う
「葵殿は…とても美しい奴隷をお持ちですね。羨ましい限りですよ」
「いえ、それほどでも」
「ハハハ。謙遜なされますな。では、話を戻させて貰います。葵殿はこの村に何を売って頂けますか?」
「塩と香辛料ですね。それをお金か物々交換でと思っています」
それを聞いたデッセル村長は、少し安堵の表情をして、ニヤっと笑うと、
「そうですか。出来れば…物々交換でお願いしたいのですが…よろしいですか?」
「ええ、それは構いませんが…何と物々交換して欲しいのですか?」
俺の言葉を聞いたデッセル村長は、マルガとリーゼロッテを見て少しニヤッと笑いながら
「はい、この村は収入が少なく、今年は不作でしてね。出来れば…村の見目の良い娘3~4人位と、交換してくれれば、ありがたいのですが」
そう言って、ニコニコしながら言うデッセル村長。
おいおい…何の躊躇も無く、笑顔で娘を交渉に出すのかよ…
恐らく…マルガとリーゼロッテを見て、俺が女好きだと思ったんだろうけど。
しかし、それを解って尚、何の戸惑いも無く交渉に出すか…
クラーク村長は、その顔に身を切る様な表情を浮かべていた。本当ならこんな事はしたくないと。
だが村人を助ける為、その様な決断をしなければならなかった。村の危機を救う為に…
その気持が解っていたからこそ、あの3人の少女達も、村の為に買って欲しいとまで言ったと思う。
ま…俺にとってはありがたいか…まさに渡りに船…
「ええ結構ですよ。ですが…僕は見ての通り、既に美女の奴隷を持っています。この村に、この2人以上の美少女が居るとは思えません」
「それは…そうかも知れませんが…」
マルガとリーゼロッテを見ながら、どうしようか思案しているデッセル村長
「只の見目の良いだけの女はいりません。ですからここは…趣向を変えましょう」
「と…いいますと?」
「この村に…未亡人の女性はいませんか?しかも、小さな子供の居ている親子。その中から、気に入った親子を買いましょう」
その俺の言葉を聞いたデッセル村長は、いやらしく微笑む。
「…なるほど。普通の遊びでは、満足されないのですな。親子共々…手篭めにですか。フフフ…解りました。何人かその様な者達が居ますので連れてきます。暫しお待ち下さい」
ニヤッと微笑むデッセル村長は、そう言い残して部屋から出て行った。
「…葵さんは…そう言う趣味もあったのですか?」
「そうなのです!私は…どうしたら…そうです!私も子供を!ご主人様の子供と一緒に…」
「リーゼロッテ…知ってて聞かないでくれる?それから…マルガは落ち着こうね?」
俺の呆れながらの言葉に、リーゼロッテはクスッと笑い、マルガはアワアワしていた。マルコも苦笑いして、それらを見ていた。
マルガの頭を優しく撫でながら待っていると、村の外が少し騒がしく感じる。
耳の良いマルガに聞くと、何やら無理やり人を連れてこようとしているみたいであった。
その騒がしさが近づいて来て、俺達の部屋の前でとまる。そして、部屋の扉がノックされ、デッセル村長が入ってきた。
「お待たせしました葵殿。条件に合う親子を連れて来ましたので、品定めの方を。おい!連れてこい!」
そうデッセル村長が告げると、部屋の中に3組の親子が男達に連れられて、部屋に入って来た。
女の子の子供はそれぞれ6歳~7歳位であろうか。無理やり連れて来られたからか、その瞳に涙を浮べている。それを心配そうに、抱きしめている母親。その姿が実に痛々しい。
「この親子達が、葵殿の条件に合う親子かと。ささ!どうぞ、品定めの方を」
「そうさせて貰います」
ニヤっといやらしく笑うデッセル村長の言葉に頷き、俺はその3組の親子の、女の子の子供を霊視する。
ドワーフは上級亜種。生まれてくる子供は、全て魔力を持って生まれて来る。
ドワーフと人間が子を成せば、エルフとは違い、見た目は人間にしか見えないらしい。しかし、上級亜種のドワーフの力は全て引き継ぐとの事。
ドワーフのヴァロフの息子と結ばれた親子の名前は聞いていないが、その子供を霊視すれば、すぐに解る。
『居た…この女の子、魔力があって、ドワーフの種族スキルを持っている。この子で間違いないな』
俺は対象の親子を発見出来た事を、リーゼロッテに視線で合図をすると、軽く頷くリーゼロッテ。
「では、デッセル村長。我が主人が気に入った親子と話がしたいみたいなので、私達とその親子だけにして貰ってもよろしいですか?話が終われば、呼びに行かせて貰いますので」
「ええ!結構ですよ!では、条件に合わなかった者達と私達は、一度退室します。是非、良き返事を」
いやらしく笑いながら、他の親子達と一緒に、部屋を出て行くデッセル村長達。
その部屋に残された親子2人は、俺を見て少し震えていた。
「君達…親子の名前は?」
俺の言葉に少しピクッとなりながら、俺に語る母親。
「わ…私の名前はレリアです。この子は…エマです」
「レリアさんに、エマちゃんね。…レリアさんは、ドワーフの旦那さん、亡くなられたバスラーさんの奥さんでよかった?」
「な…何故それを!?」
俺の言葉に、戸惑うレリア。それを見て、間違いないと思い、俺とリーゼロッテは顔を見合わせて頷く。
「デッセル村長から聞いていると思うけど、俺は君達を買う事にする。その意味は…解るよね?」
俺の言葉に、キュッと唇を噛み、娘のエマを抱いて、少し震えながら頷くレリア。
そんな震えている親子の前に、マルガがテテテと小走りに近寄り、
「大丈夫ですよレリアさんにエマちゃん!ご主人様は、酷い事はしませんから!優しくしてくれるのです!」
そう言って、ニコっと微笑み、エマの頭を優しく撫でるマルガ。
「ほ…ほんと?お母さんやエマに、酷い事したりしないの?」
「大丈夫ですよエマさん。葵さんはそんな事しません。ね、葵さん?」
俺を見ながら、ニコっと釘を刺してくるリーゼロッテに苦笑いしながら、
「マルガやリーゼロッテの言う通り、レリアさんが心配する様な事はしないから、安心してくれていいです。でも…それだけでは無いのも事実ですけどね」
「それは…どう言う事ですか?」
俺の言葉に、安堵しながらも、若干戸惑っているレリア。
「その話は、荷馬車で移動しながらしますわレリアさん。私達には時間がありませんので」
「リーゼロッテの言う通りだね。詳しくは荷馬車で移動しながらで。マルガ、あの村長さん呼んで来てくれる?」
「ハイ!解りました!ご主人様!」
マルガは元気良く返事をして、テテテと走って扉から出て行く。
暫く待っていると、マルガが部屋に帰って来た。マルガの後ろからデッセル村長が顔を出す。
「デッセル村長。この2人を買う事にするよ」
「おお!有難うございます!では早速…荷馬車の積み荷を降ろさせて貰いますね」
「いえ…この2人はお金で買わせて貰います。…2人で金貨10枚でよろしいですか?」
その言葉を聞いたデッセル村長は、少し顔を顰める。
金貨10枚より、積み荷の方が、価格が高いと感じているのであろう。それを見抜いているリーゼロッテは
「…金貨10枚ではご不満ですかデッセル村長?この2人は、当然、娘なんかより価値が劣ります。それを我が主人は、戯れで買ってやろうと言うのです。価格は金貨10枚でも高い位かと思います。これ以上の高額を望まれるのであれば…どうなされますか葵様?」
「そうだね。リーゼロッテの言う通りだね。金貨10枚で買えないなら興味はないね。またにするよ。手間をとらせてすいませんでしたねデッセル村長」
俺とリーゼロッテの言葉を聞いたデッセル村長の顔色が変わる。
「いえ!これ以上の高額など望みません!金貨10枚で結構です!」
慌てながら言うデッセル村長に、俺とリーゼロッテは見つめ合い頷く。
「では取引成立ですね」
俺は笑顔でそう言うと、アイテムバッグから、金貨10枚を取り出して、代金を支払い、取引完了の羊皮紙に、それぞれが記入をする。
そして、取引を終えた俺達は挨拶をして、荷馬車に乗り込む。
「さあ!またカナーヴォンの村に向かおう!時間がないから…急ぐよ!」
俺の声に頷く一同。
俺達とレリアとエマを乗せた荷馬車は、再度カナーヴォンの村に向かって、速度を上げるのであった。
コジャドの村を出て昼夜問わずに荷馬車を進めている。
空を見上げると、太陽が天高く光り輝いている。もうすぐ、カナーヴォンの村に到着出来るだろう。
「アハハ。マルガお姉ちゃんおもしろ~い!ルナちゃんも~!」
レリアの娘エマが、マルガと白銀キツネの子供ルナと、キャキャと楽しそうに遊んでいる。
当初、俺達の事を怖がっていたエマであったが、優しいマルガとリーゼロッテ、白銀キツネのルナのお陰ですっかり心を許した様で、まだ1日位しか経っていないのに、すっかり友達になったみたいであった。それを見て、俺とレリアは顔を見合わせて微笑んでいた。
「すっかり打ち解けましたねエマは。子供は友達になるのが早いですね」
「そうですね。エマも葵さん達が悪い人では無いと、解ったのでしょう」
「…まあ、善人でも無いですけどね。レリアさん達には、きつい事をさせるのですから」
「それは…仕方ありません。私達は葵さんに買われたのです…それに…私も葵さんの案に、乗ったのですから…」
そう言って、キャキャと遊んでいるエマを、淋しげに見つめるレリア。
「…上手く行くでしょうか?」
「…ええ、上手く行かせます。俺達の命運も掛かっていますからね。カナーヴォンの村に就いたら、説明通り、お願いしますね」
俺の言葉に静かに頷くレリア。俺達を乗せた荷馬車は、寂れた廃墟を通り抜け、カナーヴォンの村に到着した。この間宿泊予定だった宿屋に金を払い荷馬車を止める。
俺は予定していた通り、リーゼロッテに金貨を渡し、商品を仕入れてきて貰う。
この村の人は人間族を嫌っているので、取引の交渉は、リーゼロッテとマルガに任せる事にした。
暫く待っていると、リーゼロッテとマルガが帰って来た。
「どう?上手く取引出来た?」
「ハイ!ご主人様に言われた通り、取引出来ました!」
「流石は鉱山の村、アッシジの町より安く買えましたよ葵さん」
満足そうなリーゼロッテとマルガから商品を受け取り、整理をしてスペースの空けているアイテムバッグに商品をしまう。
そして俺達は予定通り、ヴァロフの家の近くまで来た。
俺はマルガと手を繋いで歩いているエマの傍まで行き、膝を折る。俺の顔を見てニコっと微笑むエマ。
「じゃ~エマ。さっき俺が話した通りに、きちんと出来る?」
「うん!エマ葵お兄ちゃんの言われた通りに出来るよ!エマ賢いもん!」
そう言ってニコっと微笑むエマは、マルガみたいにエッヘンをしていた。そんな、エマの頭を優しく撫でながら、
「解ったよエマ。じゃ~じっとしててね」
俺はエマの耳元に手を当て、そして離す。エマはニコっと笑って、俺の手とレリアの手を握る。
それに微笑みながら、ヴァロフの家の前まで行き、リーゼロッテが扉をノックする。
「すいません。ヴァロフさんは居らっしゃいますか?」
リーゼロッテの綺麗な声が辺りに響くと、ガチャッと音をさせて扉は開かれた。その扉から、この間のホビット族の男が顔を出す。
「なんだ…あんた達また来たのか?何回来ても、あのヴァロフ爺さんの気は変わらないと…」
そう言いかけた所で、レリアとエマに気がついて、目を丸くするホビット族の男
「お久しぶりです、サビーノさん…」
「お久しぶり、レリアさん。…まさか、レリアさんをここに連れて来るとは…」
少し呆れた様な、感心した様な顔を、俺に向けるサビーノは、軽く溜め息を吐くと、
「…ちょっと待ってな」
そう言って家の中に入って行く。暫く待って居ると、サビーノの声が掛る。
俺達はヴァロフの家の中に入って行くと、ヴァロフが椅子に座って顰めっ面をして居た。
「…お前達もしつこいな…。何度来たって、俺の気持ちは変わらねえと…」
そう言いかけた時に、俺達の後ろに居た、レリアとエマに気がついたヴァロフ。
「お…お前…何故…そいつらと一緒なんだ?」
「お義父さん!私は…」
「お前にお義父と、呼ばれる謂れは無え!とっとと帰りやがれ!お前達もだ!何度来たって、俺は自国金貨なんか作る気は無え!諦めるんだな!」
キツイ目をして声高に俺達に叫ぶヴァロフ。その声を聞いて、瞳を揺らしているレリア。
「…皆少し外で待っててくれる?サビーノさんも良いですか?」
俺の言葉に静かに頷き、皆は外に出て行く。それを流し目で見ているヴァロフ。
「…お前も帰れと言ったはずだが?」
「まあまあ、少しで良いんで、俺の話を聞いて下さい」
そう言ってニコっと微笑む俺を見て、きつい目で睨むヴァロフ
「実は…この貴方の孫であるエマと、息子さんの奥さんであったレリアを連れて来たのは、ヴァロフさんに聞いて欲しい事があったからなんです」
「…何を聞いて欲しかったんだ?」
俺の言葉に、きつい目を変えずに聞き返すヴァロフ。
「ええ、実はレリアさんとこのエマは、僕がコジャドの村から金貨で買いました。つまり、僕は2人の主人になります」
「買った…だと!?」
その言葉を聞いたヴァロフは、一層きつい目をする
「ええ。なんでもコジャドの村は、ここ最近不作みたいでしてね。どうしてもと言われましてね。僕もコジャドの村の危機に心を痛めまして、買わせて頂きました」
「へ!何が心を痛めてだ!ワシに自国金貨を作らせる為に、わざわざ買って、連れて来ただけだろうが!」
俺に声高に叫ぶヴァロフに、ニコっと微笑みながら
「そうですよ。俺達はヴァロフさんに、是が非でも自国金貨を作って貰わなければ、ならないんです。その為なら、なんでもします」
「ガハハ!残念だったな小僧!ワシはそいつらがどうなろうが知ったこっちゃねえ!あの女はな…ワシの息子を…バスラーを奪いやがったんだ!あの…金貨戦争の様にな!俺は絶対に、人間の言いなりなんかにはならねえ!解ったか!」
吐き捨てる様に言うヴァロフに、ニコッと微笑む俺は
「…そうですか。なら…仕方ありませんね」
俺はそう言うと、エマを少し前にやる。そして少しだけ下がり、アイテムバッグから黒鉄の短剣を取り出すと、頭上に振りかぶる。それを流し目で見るヴァロフ。
「…お前…何をする気だ?」
「いえ…ヴァロフさんが自国金貨を作ってくれないと言うので、腹いせに、このエマを殺そうと思いましてね」
微笑みながら黒鉄の短剣を振り上げている俺を見て、ギョっとした顔をするヴァロフ。
「ワシが自国金貨を作らない腹いせに殺すだと!?」
「ええ、そうです。貴方が自国金貨を作ってくれなければ、この子はもう必要ない。当然、貴方の息子、バスラーさんが愛したあの女も殺します。必要ありませんからね。これは僕が殺したんじゃない。貴方がそうさせたんです。つまり、貴方が殺したんです」
「な…何を訳の解らな事を言っている!」
「何も訳の解らない事は無いですよ?俺達にはどうしても、貴方の作る自国金貨が必要なのです。それがなければ…俺達は終わりです。それなのに、貴方は作ってくれないと言う。腹いせに、殺したくなったって不思議じゃないでしょう?」
微笑みながら言う俺の冷たい目を見て、きつい目で睨みつけるヴァロフは
「…人を殺せば罪になるぞ?俺が密告すればお前は犯罪者だ!」
「いえ、その心配はいりません」
そう言って、左手で懐から1枚の羊皮紙を取り出す。
「これは、三級奴隷契約書です。これには、レリアとエマの名前が書いてあります。つまり…レリアとエマは、役所に登録はしてませんが、既に三級奴隷であると言う事です。この三級奴隷契約書が有れば、殺したとしても罪にはなりません。貴方も長く生きているなら、三級奴隷がどう言った存在か解っているでしょう?」
ニヤッ笑いながら言う俺を見て、更にきつい目で俺を見るヴァロフ。
「流石は汚い人間族だな!金貨戦争時代から、何も変わっちゃいねえ!同じ種族を奴隷になんかにしやがって!反吐がでるぜ!」
「ハハハ。そんな事俺は知りません。俺はねヴァロフさん、貴方がどう人間族を嫌おうが、嫌悪しようが、差別していようが、知った事じゃないんですよ。貴方が如何に金貨戦争で、人間族に酷い事をされてきたかも、全く興味はありません。僕は商人です。僕の関心事は、貴方が俺達の為に、自国金貨を作る事のみ。それ以外は、別にどうでも良いんですよ」
俺の感情の篭っていない声に、瞳を揺らしているヴァロフ。
「知ってます?頭を剣で貫かれたらどうなるか。ビクッとなってね、小刻みに痙攣するんですよ。ピクピクとしながら、大量の血を頭から流しながら事切れます。まるで虫の様にね」
俺の言葉に、更に瞳を揺らすヴァロフ。
「それにしても…貴方に似てますねエマは。ヴァロフさんと同じ、茶色の髪の毛に、茶色い瞳。見た目は人間族で顔立ちも母親似ですが、間違いなく貴方の血を…貴方の息子さんのバスラーさんの血を引いて居る。ま…ヴァロフさんには、関係の無い事でしたね。では…」
そう言って右手で振り上げている、黒鉄の短剣を強く握り締める。それを見た、ヴァロフは戸惑いの声を出す。
「ま…まさか本当に…自分と同じ種族のそんな幼い少女を…頭を刺して…殺すの…か?」
「ハハハ何を今更。貴方は人間族がどう言ったものか、金貨戦争を通じて、その身で体験して良く知っているでしょう?俺はその汚い人間族と同類。する事は……同じですよ!!!!!」
俺は嘲笑いながら声高にそう叫び、頭上に振り上げていた黒鉄の短剣を、エマの後頭部めがけて一気に振り下ろす。
黒鉄の短剣の冷たい刃は、エマの全てを破壊するかの様に、高速で迫る。
その時、部屋中にけたたましい声が響き渡る。
「やめろ!!!!その子に手を出すな!!!!」
その声を聞いた俺は、黒鉄の短剣をとめる。黒鉄の短剣の刃は、エマの後頭部、2cm位でとめられていた。
「…何故とめるのですか?ヴァロフさんには、関係の無い事でしょう?」
「黙れ小僧!!それ以上、その子に何かするつもりなら、ワシが許さねえ!!!!やめねえと、魔法をぶっぱなすぞ!!!!」
そう叫んだヴァロフの右の手の平が、茶色に光っている。恐らく土系の攻撃魔法であろう。
俺とヴァロフは暫く睨み合っていたが、激しく俺を睨みつけるヴァロフが先に口を開いた。
「…お前の言う通り…自国金貨を作ってやる!!だから…その子に手を出すな!!!」
「…本当に、俺達の為に…自国金貨を作ってくれるのですか?」
「ああ!!そうだ!!!ワシはお前達人間族の様な事はしねえ!約束は守る!だから…その子には…手を出すな!!」
その瞳に、全ての人間族を恨む様な色を湛えて、俺に叫ぶヴァロフを見て、満面の微笑みをする俺は、
「そうですか!それは良かったです。では…」
俺はそう告げると、黒鉄の短剣を素早くアイテムバッグになおし、エマの肩をポンポンと叩く。その合図に俺に振り返ったエマは、ニコっと微笑む。
その可愛いエマの両耳に手をやり、耳の穴の中に入っていた物を取り出す。
「お…お前…何をしているんだ?」
「は?何って…エマの耳にしていた耳栓を取ったのですけど?」
「み…耳栓!?」
俺の言葉を聞いて、戸惑っているヴァロフ。集中力が削がれたのか、魔法が消えてしまっている。
「そう耳栓です。こんな可愛い女の子に、こんな酷い話なんか聞かせる訳にはいかないでしょう?常識で考えて下さいよヴァロフさん」
俺は軽く貯め息を吐きながら呆れると、エマの両脇に手を入れて、抱きかかえる。
そして、抱きかかえたままヴァロフの傍に行き、ヴァロフの胸にエマを強引に抱かせる。
ヴァロフは自分の胸の中に来た、小さな来訪者に戸惑いながら、その両手でエマを胸に抱く。
「え!?おっ…と…」
「ヴァロフさんしっかり抱いて下さいよ?落として可愛いエマに、怪我をさせないで下さいよ?」
俺の言葉に戸惑いながら、ああっと言って、しっかりとエマを胸に抱くヴァロフ。
俺はエマの耳元に顔を持って行き、
「エマ~。このお爺ちゃんはね~エマの本当のお爺ちゃんなんだよ~。お父さんのお父さん。エマだけのお爺ちゃんなんだよ~」
「ほ…ほんと!?この人が…エマのお爺ちゃんなの!?…嬉しい!エマにもお爺ちゃんがいたんだ!!」
ニコっと満面の笑みを浮かべるエマは、嬉しそうにギュッとヴァロフの胸に抱きついている。
「アハハ!お爺ちゃん毛むくじゃらでおもしろ~い!」
「こ…こら!髭を引っ張るな!痛いから!」
キャキャとはしゃぎ、嬉しそうにヴァロフに甘えるエマに、オロオロしているヴァロフ。
「…ヴァロフさん。俺は貴方が今迄人間族に、どれだけ酷い事をされてきたかは解りませんし、その気持を全て解ってあげる事は出来ません。金貨戦争で人間族に酷い事をされたのも、息子さんのバスラーさんが人間族のレリアさんと結ばれた事で、死んでしまったのも真実でしょう。ですが…貴方の腕に抱かれている、貴方の血を…大切な息子さん、バスラーさんの愛を受けた、小さな命…エマがここにいるのも事実。貴方は…その両手で拾える物まで…また捨ててしまうのですか?」
俺の言葉に、激しく瞳を揺らすヴァロフ。俺はそれを見てニヤっと微笑むと、エマの肩を3回ポンポンと叩く。すると、俺との打ち合わせ通りの言葉を、ヴァロフに投げかけるエマ。
「お爺ちゃん大好き~!いっぱいいっぱい大好き~!!!」
エマの満面の笑顔で言われたヴァロフの顔が、みるみる赤くなり、口を開けて呆けていた。
その顔を見たエマがシュンとする。
「お爺ちゃん…エマの事…嫌い?」
可愛い瞳に、涙を浮かべるエマを見て、これ以上無い位に慌てるヴァロフは
「違うぞ!そんな事は無い!そんな事は無いぞ!」
「じゃ~エマの事好き~?」
その言葉を聞いて、更に顔を赤くして、オロオロしているヴァロフは、俺の楽しそうな顔を見て、気に食わなさそうにフンと言い、エマの顔をマジマジと眺める。
「…この瞳…バスラーの小さい時にそっくりじゃ。この少し癖のある茶色の髪も…小さいのう…だが…暖かい…」
「ねえ!お爺ちゃんエマの事好きなの?嫌いなの?どっち~?」
エマの頬を撫でながら見ていたヴァロフに、我慢出来無くなったエマが拗ねる様にせがむ。
そのエマを見て、初めて見せる優しい微笑みを湛えるヴァロフは、
「ああ…好きじゃ。バスラーの娘なんじゃ…ワシの…可愛い孫なんじゃから…」
「ほんと!?嬉しいお爺ちゃん!エマもお爺ちゃんの事大好き~!」
ニコっと微笑むエマは、ギュッとヴァロフの胸にしがみ付く。それを、自らの意志で拾い上げる様に抱き返すヴァロフの肩が少し震える。それを見た、エマが慌てながら
「お爺ちゃんどうしたの!?なぜ泣いてるの?どこか痛いの?」
エマは心配そうにしながらヴァロフに言うと、軽く首を横に振るヴァロフ。
「ちょっと待ってお爺ちゃん!私が痛く無くなるおまじないしてあげる!」
そう言って、ちっちゃな手の平を擦り合わせ、それをヴァロフの両頬に当てる。
「これね、お母さんから教えて貰ったんだ!お母さんもお父さんに教えて貰ったんだって!このおまじないしたら、すぐに痛くなくなるからね!」
そう言って、何度も手を擦り、ヴァロフの両頬に当てるエマを、ギュッと抱きしめるヴァロフ。
「お爺ちゃんどうしたの?まだ痛い?」
「いいや。もう…痛くないよエマ。お前のお陰でな。それに…そのまじないは、ワシがバスラーに教えたものじゃ。本当に…良く効くまじないじゃ…もう…痛くないよ…エマ」
肩を震わせ、エマを抱きしめながら嗚咽しているヴァロフ。エマは心配しながらも、ヴァロフに抱かれながら、ヴァロフの頭を優しく撫でている。
俺はそれを見て、入り口の扉に向かい、扉を開けて、声をかける。
「皆もういいよ。家に入って来て」
俺の声に、皆が家の中に入ってくる。そして、腕の中にエマを抱いて泣いているヴァロフを見たレリアが前に出る。
「お義父さん…私…」
エマを胸に抱き泣いているヴァロフを見て、瞳に涙を浮べているレリアが力なく言うと、軽く首を横に振り
「良いのじゃもう…良いのじゃ。…ワシこそすまなかった。ワシが…許してやれば…バスラーは死なずに済んだのやも知れぬ…」
「それは違います!お義父さんのせいではありません!それに彼から…言われている事もあります」
「なんじゃ?バスラーから…何か言われておるのか?」
「はい…彼が息を引き取る間際…『お父さんを恨まないであげて。お父さんは本当は優しい人だから。いつかきっと解ってくれる。だから、その時が来たら、お父さんにエマを抱かせて上げて欲しい。僕達の子供のエマを』そう言って、息を引き取りました。私はずっと…彼の言葉通りにしてあげたかった…」
泣きながら語るレリアに、ヴァロフはエマを片手で抱きながら、レリアに近づく。
「つらい思いを…させてすまぬなレリア。エマを育ててくれて…感謝しておる」
「いいえお義父さん。私も…お義父さんのお気持ちを解って上げれずに勝手をしてしまって、すいません」
そう言って顔に両手を当てて泣いているレリアの肩に、そっと優しく手を添えるヴァロフ。
「お母さんもお爺ちゃんも、どこか痛い?またエマがおまじないしてあげる!」
そう言って再度ちっちゃな手を擦り、それをレリアとヴァロフに交互に添えるエマ。それを見て、顔を見合わせて微笑み合うヴァロフとレリア。
その3人の暖かい光景を見て、マルガもマルコも瞳に涙を浮かべて、微笑み合っている。
暫くそうしていたヴァロフは落ち着いてきたのか、エマを膝の上にチョコンと座らせて、気に食わなさそうに俺を見ると、
「全く…本当に人間族は酷い事をする…全部解っていて、あの様な事をするのだからな」
「まあ…否定はしませんね。僕達も必死ですしね」
そう言ってニコっと笑う俺を見て、フフッと軽く笑うヴァロフは、
「さっきも言った通り、お前達に自国金貨を作ってやる。だから…頼みがある」
「自国金貨を作る報酬ですか?」
「まあ…そう思ってくれても良い。…レリアとエマの事を頼みたい。本当はこの村で暮らせれば良いのじゃが、この村は知っての通り、人間族が嫌いで、差別をしておる。この村では、レリアもエマも、きっとつらい目に合ってしまう。だから…お前が安全に暮らせて、幸せに居れる場所を用意してやって欲しい…」
「それは大丈夫ですよ。つい最近、王都ラーゼンシュルトに、沢山の人が住める家を、手に入れた所なので安心して下さい。レリアとエマには、僕の仕事を手伝って貰うつもりです。生活もきちんと保証しますよ。勿論、危険な事は、もうさせませんので。なんなら、ヴァロフさんも一緒に、王都ラーゼンシュルトに来ますか?部屋は余ってますから。まあ…何かの仕事をして、頂くかも知れませんが」
俺の言葉を聞いたヴァロフは、フフッと笑うと、軽く首を振り、
「いや…それは出来ぬ。ワシはまだ…全ての人間族への恨みを捨てきれぬ。王都ラーゼンシュルトなんぞの、沢山の人間族の居る所には…まだ…」
そう言って言葉を濁すヴァロフ。
「…そうですか。ま~それで良いと思いますよ。いきなり全てが変わるなんて事ありえませんからね。でも…気が変わったら、何時でも来て下さい。それから…僕も追加で条件をつけます」
「な…何をする気じゃ?」
俺の言葉に、嫌な顔をするヴァロフに、
「俺の追加条件は、エマとレリアに手紙を定期的にヴァロフさんに書かせるので、その返事をきっちり遅れずにする事。そして、たまにこっちに遊びに来る事ですね。あ…遊びに来るのは難しいですか?引き込んでしまっているドワーフのお爺ちゃんには?」
ニヤっと笑う俺を見て、キッときつい目をするヴァロフは、
「馬鹿にするでない!それ位の事、誇り高きドワーフなら簡単な事じゃ!」
「なら、安心ですね。良かったねエマ~。お爺ちゃん新しいお家に遊びに来てくれるって!」
「ほんと!やった~!お爺ちゃん待ってるね!お爺ちゃん大好き~!」
満面の笑顔で抱きつくエマを、嬉しそうにデレっとして抱きしめる、幸せそうなヴァロフを見て、思わずププっと吹いてしまった。そんな俺を流し目で見るヴァロフは、ハ~ッと大きな溜息を吐き、表情をいつもの様に戻すと、
「それから小僧。約束通り自国金貨を作ってやるが、お前の期待には応えてやれぬ所があるかも知れぬぞ?」
「それは…どういう事ですかヴァロフさん?」
その言葉を聞いたリーゼロッテが、目を細めてヴァロフを見る。
「お前達は…通貨製造許可の詳しい内容は知らぬ様なので…そこが心配での」
「その詳しい内容と言うのは、どんなものなのですか?」
俺の言葉に頷くヴァロフは説明をしてくれる。
「通貨製造許可は、特殊な制約魔法で契約をしている。その内容は、まず、年間に作れる自国金貨の数じゃ。通貨製造許可を持つ者は、年間に作れる自国金貨の量が決まっておる。金貨戦争のお陰で、年間に作れるその数はもの凄く減らされてしまった。しかし、年間に作れる量は、作らなければ蓄積していく。ワシは120年間、自国金貨を作っていない。なので、120年分の量を、一気に作る事が出来るので、恐らく数は問題は無いじゃろう。じゃが…問題は…自国金貨の質だ…」
「自国金貨の…質ですか?ヴァロフさん」
マルガが可愛い小首を傾げながら聞き返す。
「そうじゃ。自国金貨の質じゃ。バイエルント国の指示で、バイエルント国の自国金貨に含まれる、金の含有量は決まっておるのじゃ。決まっている金の含有量を下げて、自国金貨を作る事は…ワシには出来ぬ。その様に、制約魔法で契約しているからな。小僧も商人なら、制約魔法がどの様なモノなのかは、知っておろう?」
制約魔法は、取り決めを3人で契約する魔法儀式だ。
契約当事者である2人と、立ち会う公証人の間によって、契約される。
特殊な魔法で出来た羊皮紙を使い、契約する。契約した特殊な羊皮紙は、体の中に召喚武器の様に吸い込まれ効力を発揮する。
その時に、条件をつければ、それも実行される。
例えば今回の様に『規定の金の含有量を、下回って作ってはならない』と、特約的なモノをつけると、それに反した行動を取ろうとすると、体が動かなくなって、出来なくなってしまうのだ。
約束事をきちんと、強制的に守らせる制約魔法契約は、その信用性の高さから、重要な取引や、約束を守らせたい時に使う。その分、掛かるお金も、かなりの高額なってしまうが。
「小僧よ。お前がワシに自国金貨を作らせたいのは…金の含有量を下げて、安く自国金貨を作り、それを通常の自国金貨として売り…その差額を儲けようと考えているのではないのか?…小僧には借りがある。だから、出来る事はしてやりたいが…制約魔法で契約した事は曲げれぬ…金の含有量を下げて作る事はな」
ヴァロフは少しキュッと唇を噛みながら俺に言う。
しかし、ソレを聞いた俺を含め、マルガやリーゼロッテ、マルコはニコニコしている。
その表情に戸惑いの色を見せるヴァロフ。
「大丈夫ですよヴァロフさん。俺はそんな普通の事を、しようと思っていません。俺はこれのみを使って、自国金貨を作って欲しいのです」
そう言って、アイテムバッグから、リーゼロッテに仕入れて貰った商品を見せる。
床に置かれた、その商品を見たヴァロフの口元が、ニヤッと釣り上がる。
「アハハ!そうか!その手があったか!なるほど…ソレならば、金の含有量などは関係無いな!…全く…人間族はやり方が汚いな!」
そう言って声を出して笑うヴァロフ。
「それと、もう一つ問題が有りますヴァロフさん。私達には時間がありません。この商品を使って、自国金貨をすぐに作って貰いたいのです。どれ位お時間が掛かりますか?」
リーゼロッテの言葉に、フンと鼻を鳴らすヴァロフは
「エルフの娘よ。誰に物を言っている?ワシは誇り高きドワーフだぞ!鍛冶仕事をさせたら、わしらドワーフの右に出る者なぞおらぬ!3刻…3刻(3時間)で作ってやる!お前達はここで待っておれ!サビーノ!至急隣の炉に火を焚け!すぐに仕事にとりかかるぞ!」
そう言って、腕をブンブンと回しながら、商品を抱え上げ、家を出ていくヴァロフ。
ソレを楽しそうに見つめるザビーノは
「まあ暫く待ってるんだな!あのヴァロフ爺さんは、この村が町だった頃から、最高の鍛冶職人と言われて来た人だ。口に出した事は、絶対にやり遂げるからよ!」
そう言って、同じ様に家を出ていくサビーノ。
そこから、3刻弱、ヴァロフの家で待っていると、汗だくになったヴァロフとサビーノが戻ってきた。
そして、抱えてきた箱をドン!と置く。ソレを見た俺達の瞳は、光り輝く。
「時間前に作ってやった。…これもついでに持っていけ小僧!」
そう言って、1枚の羊皮紙を俺に手渡す。ソレを一緒に見ていたリーゼロッテの瞳がキラリと光る。
「流石はドワーフのヴァロフさん。ここまで理解してくれて居るとは…」
「当たり前だエルフの娘!ワシは約束した仕事は、全力でする!それがドワーフの誇りだ!」
得意げに笑うヴァロフに、ニコっと微笑むリーゼロッテ。
そして、ヴァロフはエマの傍に近寄ると、自分の首に掛けていたネックレスを外し、エマの首につける。
「その首飾りは、誇り高きドワーフである事の証でもある。持っていてくれるか?」
「うん!ずっと持ってる!大切にするねお爺ちゃん!王都ラーゼンシュルトの新しいお家で待ってるから、絶対に遊びに来てね!絶対だよ?お爺ちゃん!」
「…ああ…解っておる。きっと遊びに行くから…待っておれ。…レリアに小僧…エマの事を…頼んだぞ」
ヴァロフの言葉に静かに頷く、レリアと俺。
「なら、お前のなすべき事をしてくるのじゃ!お前はワシに大層な講釈をたれたのだからな。ワシにこれだけの事をさせておいて、負けましたは許さんからな!」
「…ええ。解ってます。必ず目的を果たします!」
俺のニコっと微笑む顔を見て、気に食わなさそうにフンと鼻を鳴らすヴァロフ。
挨拶を済ませた俺達は準備を整えて、カナーヴォンの村を後にするのであった。
「葵さん、マルタの村の村が見えてきました」
リーゼロッテに声に、目を覚ます。俺の横で寝ていたマルガも、可愛く大きな瞳を擦りながら、ショボショボさせている。そして、マルタの村を見て、嬉しそうにするマルガ
「マルタの村に着きましたねご主人様!」
「うん。クラーク村長と約束したからね。事が成ったら、必ず来るって。商人の約束は絶対。…と、ギルゴマさんが言ってるしね」
苦笑いしながら言う俺を見て、嬉しそうにするマルガ。
俺達は村の中に荷馬車を進めると、ちょうど作業をしていたクラーク村長が俺達を発見して、嬉しそうに近寄って来た。
「…約束通り…取引に来ました。取引しますか?」
俺の言葉に涙ぐむクラーク村長は、
「はい!是非お願いします!暫くお待ち下さい!」
そう言って小走りに去って行く。暫く待っていると、例の3人の少女達が、俺の前にクラーク村長と一緒にやって来た。3人の少女達も、俺を見て嬉しそうに微笑んでいる姿が、心に刺さる。
「約束通り、貴女達3人を買いに来ました。取引は、貴女達3人と、この2台の馬車に積まれている、塩と香辛料全部。条件はこれで良いですか?」
「おお!全てですか!これで…村は救われます!有難うございます!でも…本当に全ての商品と、交換して貰っても良いのですか?」
「ええ。この村で…その3人の少女達から、情報を貰わなければ、僕達の事は成りませんでしたからね。その分の情報料も入れてます」
ニコっと微笑む俺を見て、涙ぐみながら、握手をしてくるクラーク村長。
俺は、クラーク村長から離れ、3人の少女達の前に行く。
「これから君達に自由は無い。全て主人である俺の物になります。それに、恐らく…君達を奴隷商人に売る事にもなると思います。資金の回収もしたいのでね。それでも…売られる覚悟はありますか?」
俺の淡々とした口調に、ギュッと握り拳に力を入れている3人の少女は、揺るぎのない光を放った瞳で俺を見て、静かに頷く。
「解りました…半刻(30分)時間を与えます。早急に支度をして、家族に別れを告げてきて下さい」
俺の言葉に頷く3人の少女は頷き、それぞれの家に向かって駆けていく。
「ではその間に、クラーク村長には、商品の納品を。皆大急ぎで商品を降ろして!時間がないよ!」
俺の言葉に一同が頷く。そして、全ての商品を降ろし終わったと同時に、3人の少女達が、荷物鞄を抱えて帰って来た。3人の少女達の目はそれぞれが赤く腫れている。きっと泣きはらしたのであろう。
「ではこの羊皮紙に署名して下さい。契約終了の署名を…」
俺の言葉にクラーク村長、3人の少女達が署名をする。それを確認したリーゼロッテが頷き、羊皮紙をアイテムバッグにしまう。
「では…皆荷馬車に乗り込んで!期限までもう時間がない!荷馬車も軽くなったし、速度を上げて行くよ!」
「葵殿…感謝します。それから…お前達…すまない…本当に…許してくれ…」
「いいえクラーク村長様。私達は村を救える事に誇りを感じています。…村をよろしくお願いします」
「ああ…必ず!約束する!」
涙ぐみながら、最後の別れをする、クラーク村長と、3人の少女達。それを見てリーゼロッテとマルガは、ギュッと唇を噛んでいた。
「では出立します。クラーク村長お元気で!」
「ええ…皆さんも…」
身を切る様な表情で、俺と3人の少女を見つめるクラーク村長を残し、荷馬車は一路アッシジの町に向かって、進み出だした。
「本当にすまない…お前達の気持ちは…決して無駄にはしない…有難う…娘達よ…」
そう力なく呟いたクラーク村長は、村の中に帰って行った。
「遅い…あいつらは…一体何をしているんだ!」
ヒュアキントスがイライラしながら、アッシジの町の高速魔法船の停泊している桟橋で立っていた。
その様子を見て、とばっちりを食らいたくない、3人の亜種の美少女達は、身を寄せ合って少し震えていた。
辺りは日が傾き、空が赤くなって来ている。期日迄に王都ラーゼンシュルトに戻るには、遅くても日が沈む迄に出航しなければ、間に合わないのだ。
「ええ!もう出航せよ!時刻までに帰ってこれぬ、あいつらが悪いのだ!アルバラード殿には、僕が説明する!出航せよ!」
その声に、乗組員が準備を始めた時だった。荷馬車が2台、かなりの速度でやって来た。
それを見て、キッと睨むヒュアキントスは
「遅いぞ!時間も守れぬ様では、商人として失格だぞ!」
「時間ギリギリだったけど、期限は守れたじゃないか。…それに、そんな事…お前に言われたく無いけど?色々してくれたみたいだし?」
俺のきつい目を見て、ニヤッと口元を上げるヒュアキントスは、俺達の荷馬車を見て、唖然とする。
「荷馬車には…何も無く…女を5人だと!?ククク…アハハハ!負けを感じて、その亜種とエルフの一級奴隷の代りでも買ってきたのか?それとも、その女5人が、金貨100枚分の商品なのか?」
嘲笑うヒュアキントスに、ニヤッと笑う俺は
「さあな。それは最終の商品の提示の時のお楽しみだな。もう、何も出来ないし、移動で疲れたから、俺達は休ませて貰うよ」
荷馬車の積み込みの終わった俺達はそう告げると、用意してくれている客室に戻る。
それを流し目で見ているヒュアキントス。
「一体…どういうつもりだ?あいつらが町を出て、商品を仕入れる事も織り込み済みだが…。荷馬車に商品は無く…女5人…何を考えている?まあ…フィンラルディア王国に入って、関税を払う時に解るか。それに…あいつらには…何も出来なかったはずだしな。おい!帰るぞお前達!ボサっとするなよ!」
そのヒュアキントスの声に、返事をしてヒュアキントスに付いて行く、亜種の美少女3人。
こうして俺達を乗せた高速魔法船は、フィンラルディア王国に向かうのであった。
俺達を乗せた高速魔法船は、何事も無く、無事にフィンラルディア王国に帰っていた。
甲板からそれを眺めていた俺達は、フィンラルディアの懐かしい風に吹かれて居た。
徐々に速度を落とす高速魔法船は、ガクンと軽い揺れを起こして、桟橋に停泊した。作業員が高速魔法船に、丈夫な橋の様な板を設置していく。準備が整ったのか、係りの者が俺達を呼びに来た。
「準備が終わりました。商品の関税を支払って、ヴァレンティーノ宮殿に向かって下さい。貴方達の到着は既に知らせてあります。皆様がお待ちになって居らっしゃいますので、速やかに行動を始めて下さい」
その言葉に頷いた俺達は、それぞれの荷馬車に乗り込み、関税を支払う受付に行くと、ヒュアキントスが既に手続きに入っていた。
2匹のストーンカに引かれた、大きく丈夫な鋼鉄馬車と荷馬車には、予想通りの沢山の黒鉄が積まれている。
そして手続きの終わったヒュアキントスの馬車達は、ヴァレンティーノ宮殿に向けて進みだした。
俺達はその後に、関税の受付まで荷馬車を寄せる。すると、今回の選定戦の為だけの関税の役人が近寄ってきた。
「では関税を支払って貰います。取り決め通り、フィンラルディア王国内では、いかなる不正行為も禁止です。不正行為は失格を意味します。それは、貴方もヒュアキントス殿も同じです。彼からも関税をきちんとお支払い頂いておりますので。では、商品をお願いします」
そう言って、商品の提示を求める係の者に、ニコっと微笑みながら
「関税の掛る物は、一切積んでいません。なので、関税をお支払いする事は出来ません」
俺の言葉に、ピクッと眉を上げる係の物は
「確かに…荷馬車には、女性しかいませんが…もし、アイテムバッグ等に商品を入れて、関税を逃れたとしても、不正行為で、失格になってしまいますが…それでも宜しいのですね?」
少し眼差しのきつい係の者に、ニコっと微笑む俺は、
「ええ、それで結構です」
その言葉を聞いた係りの者は、軽く溜め息を吐き
「ではもう…何も言いますまい…お通り下さい」
呆れた様に言う係の者に挨拶をして、俺達もヴァレンティーノ宮殿を目指す。
バイエルントとは違う、王都ラーゼンシュルトの華やかで豪華な街並みを眺めながら荷馬車を進めると、純白の、何者にも汚される事を許さぬ、まるで天人が住んでいるかの様な、眩い王宮が見えてきた。
門で手続きを終えた俺達は、宮殿の玄関に荷馬車を止める。そして、荷馬車を預け、案内役に付いて行くと、謁見の間の扉の前で、ヒュアキントスが待っていた。
「なんだ…早かったじゃないか。そんなに関税の手続きに時間が掛からなかったのか?…こっちは、数えるのに、そこそこ時間が掛かったんだがね」
ニヤっと微笑むヒュアキントス。
「その答えは…すぐに解るよ」
ニヤっと笑う俺を見て、流し目で俺を見るヒュアキントス。
「ではお二方、女王様の前に行きますよ」
案内役に言われながら、謁見の間に入って行く、ヒュアキントス一行と俺達。
豪華な大広間に、真赤な綺麗な刺繍のされた絨毯が敷かれ、その奥に、黄金の玉座がある。
伏目がちに、その前まで行き、片膝を就いて頭を下げるヒュアキントス一行と俺達。
すると、綺麗で透き通る、気品の良い声が聞こえてきた。
「良く戻りました。ヒュアキントスに葵。その他の者もです。面を上げなさい」
アウロラ女王の声に、面を上げる。アウロラ女王は俺にニコっと微笑み、その横を見ると、綺麗なドレスで着飾ったルチアが、心配そうな顔で俺を見ていた。
すると、俺とヒュアキントスの前に、アルバラードが近寄って来た。
「選定戦の期日までに、よくぞ戻りましたね。ヒュアキントス殿も葵殿も、取り決めによる違反は無かったと、報告を受けています。なので、互いの仕入れた商品で、利益の高い者が、ルチア様の専任商人と言う事になります。宜しいですか?2人共」
アルバラードの言葉に静かに頷く。
「では、仕入れた商品の羊皮紙を提出して下さい。…まずは、ヒュアキントス殿から」
「はい、アルバラード殿」
ヒュアキントスはアイテムバッグから、羊皮紙の束を取り出すと、アルバラードに手渡す。
それを1枚ずつ確認していくアルバラード。
「フム…ヒュアキントス殿が仕入れたのは…金貨100枚分の黒鉄ですか。関税もきちんと金貨100枚から支払っていますね。しかも…なかなか上手く交渉しましたね。これは良い利益が期待出来るでしょう」
「ありがとう御座います、アルバラード殿」
ニヤッと俺を見て笑うヒュアキントス。
「では…葵殿。貴方の商品の羊皮紙を見せてくれますか?」
「えっと、僕の商品はこちらです。見て貰った方が早いので、出しますね」
俺はアイテムバッグから、複数の木箱を取り出す。その重量のある木箱を、ドスンと床に置いていく。
不思議そうに俺の行動を見ている一同に、俺はその木箱の一つを開けて、中身を見せる。
「これが僕の仕入れた商品です。ご確認下さい」
俺の言葉に真っ先にそれを見たヒュアキントスが、呆気にとられる。
「こ…これは…バイエルントの自国金貨か?これが…君の商品なのか?」
「そうだけど?何か文句でもある?」
俺の出した大量のバイエルントの自国金貨を見たヒュアキントスは、声を上げて笑う
「アハハハ!バイエルントの価値の低い自国金貨を、金貨100枚分も仕入れたのかい君は!?確かに通貨には関税は掛からない。だが、価値の低いバイエルントの自国金貨を、金貨100枚分仕入れても、通貨を両替しただけの事。量は増えて居る様に見えるが、ここにある大量の自国金貨はどこまでいっても、金貨100枚分の価値しか無い!いや…それどころか、下手をしたら、金貨100枚の価値を切るかもしれない。これだけのバイエルントの自国金貨が、まだ残っていた事には驚くが、何を考えているんだ君は?」
そう言って、可笑しそうに笑うヒュアキントスに、ニヤっと笑う俺は、
「確かに…天才様の言う通り、これが普通の自国金貨なら、どこまで行っても金貨100枚分の価値にしかならないし、下手したら原価を切るだろう。だけど…この自国金貨は、只の自国金貨ではない!」
俺の言葉を聞いたヒュアキントスは、何かを瞬時に理解したのか、俺にキツイ目を向ける。
「なるほど…金の含有量を下げ、バイエルントの自国金貨に見える様に手を加え、その差額を利益として献上するつもりか?それとも…この偽のバイエルントの自国金貨を、本物と言い張るつもりなのか?…君は重要な事を見落としている。このバイエルントの自国金貨が本物なら、確かに関税は掛からないが、偽物なら、金の加工品として、関税が掛る。そこはどう説明するつもりなんだ?」
ヒュアキントスの冷静な分析に、思わず口元が上がる。
「まあ…普通なら天才様の説明通りでしょう。でも、このバイエルントの自国金貨は、間違いなく本物。しかも…純金で作られたバイエルントの自国金貨だ!」
俺の話を聞いたヒュアキントスが、激しく狼狽する。
「な…なにを言ってるんだ君は!?新しく…こんなに沢山の自国金貨を作れる訳が無いだろう?自国金貨を作れる許可を貰った者には、それぞれ、年間に自国金貨を作れる総数は決められている!その量は微々たるものだ!こんなに大量の、自国金貨を作れる許可を持つ者など、存在しない!それはどこの国でもだ!許可を持つ者は、制約魔法で契約させられていて、違法は出来ないはず!例えこの自国金貨が純金で出来ていようとも、偽物であれば、金の加工品、つまり、装飾品として関税がかかる!そこはどう説明するつもりなんだ!」
声高に叫ぶヒュアキントスに、静かに語る俺。
「それはな天才様…生きていたんだよ…カナーヴォンの村に…通貨製造許可を持つ人がな!」
「そんなはずはない!あのカナーヴォンの村は、120年も前に、自国金貨を作る事をやめているんだ!120年も前の人が生きている訳がない!それにそんな報告は…」
その先を言おうとして、咄嗟に口を塞ぐヒュアキントス。俺はニヤッ笑い
「報告は…受けていないだろ?天才様。お前は全て報告を受けて、あのバイエルントを選んだ。しっかりと下調べをして、資料を見たんだろうが…120年前のバイエルント国の人事なんか全て解るはずは無い。このしっかりと管理しているフィンラルディア王国ならまだしも、当時金貨戦争で、侵略を受け、動乱の中にあったバイエルントが、きちんと把握出来ている訳が無いだろう?そこに輪をかけて…120年間放置された。そこに、許可を持つ人が生きているなんて、思わないだろうさ。事実、120年間カナーヴォンの村でも、自国金貨は作られていなかったのだからな!忘れられて当然だ!」
俺の言葉を聞いて、何かを言い出そうとしたヒュアキントスを、右手で制止する。
俺はアイテムバッグから、1枚の羊皮紙を取り出す。
「これは、この自国金貨を作ってくれた、カナーヴォンの村の通貨製造許可を持つ、ドワーフが書いてくれた、証明書だ。勿論、この自国金貨が全て本物と言う証の為にね。もし、この羊皮紙だけで信用出来ないなら、ここに来て、アウロラ女王陛下の前で、本物だと証言してくれるそうだ!これで、この自国金貨が、本物だと解っただろう!」
その羊皮紙を見つめるヒュアキントスの顔が蒼白になる。
「まさか…120年も前の許可を持つドワーフが生きているなんて、夢にも思わなかったろ?残念だったな天才様」
俺に肩を叩かれたヒュアキントスは、只々項垂れていた。
「アルバラードさん。理由は聞いて頂いた通りです。僕の仕入れた商品は、金貨99枚分の純金。今はバイエルント国の自国金貨の姿をしていますが…これで完了です」
そう言って、懐から1枚の金貨を取り出し、それアルバラードに手渡す。
「その金貨1枚で、この純金のバイエルントの自国金貨は鋳潰せます。これでちょうど金貨100枚!そしてこれが、純金を金貨99枚分仕入れた羊皮紙です」
それを受け取り確認するアルバラード。
「金の関税は売買価格の4倍か、フィンラルディア王国で定める、相場を元にした規定の関税の内、どちらか高い方になります。ここにあるのは…金貨99枚の4倍の価値のある金…金貨396枚分の金と同等の価値を持ちます。…どちらが、利益が高いか…誰が見ても解りますよね?アルバラードさん?」
激しく睨む俺を見て、フフッと楽しそうに笑うアルバラード。
そこに楽しそうな綺麗な声が、辺りに響く。
「フフフ。そう言う事だったのですか。貴方のお陰で、合点が行きましたわ」
口元に上品に、美しい装飾のある扇子を当て、楽しそうに言うアウロラ女王
「合点…と言われますと…?」
「それは、このフィンラルディア王国で、予想外の金の動きが、ここ10年位有るのですよ。まあ…量は多くないので、ダンジョンで発見される魔金貨が、最近多く取引されたのかと思いましたが…この様は方法で、関税を逃れていましたのね」
「なるほど…それは、なかなか厄介な相手でございますね。アウロラ女王陛下」
俺の言葉に、嬉しそうに微笑むアウロラ女王は
「何故…そう思うのですか?」
「理由は…このフィンラルディア王国の文官様が、詳しく調べるのを躊躇う又は、気にはなるが別の理由を付けたくなる様な微妙な所で金を密輸し、それを誰にも言わずに…自分だけ利益を10年間出しているのです。かなりの切れ者でしょうね」
「…確かにそうね。すぐに協議する事にしましょう。当然、今回は貴方に何の咎もありません。全て合法なのですから」
そう言って再度楽しそうにフフフと笑う、アウロラ女王は、
「アルバラード。どちらが勝ったのか、きちんと告げて上げなさい」
「はい、解りました。アウロラ女王陛下」
アウロラに一礼したアルバラードは、こちらに振り返る。
「今回のルチア様の専任商人選定戦は、純金を金貨99枚を仕入れた、葵殿の勝利とする!よって、ルチア様の専任商人は、葵殿に決定した!全ては厳正に行われた結果!異議異論は認めぬゆえ、双方心する様に願います」
その勝利宣言を聞いた、若干2名が声を上げる。
「やった~!葵兄ちゃんの勝ちだ!」
「そうです!ご主人様が勝ったのです!やったのです~!!」
満面の笑顔で、軽く飛び上がって、ハイタッチをしている、マルガにマルコ。
それを見て、微笑み合っている俺とリーゼロッテ。ふと、視線に気がついて、そちらを見ると、ルチアが嬉しそうに、瞳に涙を浮かべていた。それに、瞳で合図をすると、フン!と嬉しそうにソッポを向くルチア。
そんな俺達を見ながら傍にヒュアキントスが近寄ってきた。
「ネームプレートを出せ…」
力なく言うヒュアキントスに言われるままに、ネームプレートを差し出すと、ネームプレートが光り始める。そしてその光が消える。
「これで約束通り、あの3人の亜種の一級奴隷は君の物だ。鋼鉄馬車は、明日君の元に届ける」
そう言って、立ち去ろうとするヒュアキントスを、リーゼロッテが呼び止める
「まだ…約束は終わっていませんわよ?…葵さんとマルガさんへの…謝罪を忘れていますわ」
涼やかに微笑むリーゼロッテを見て。キュッと唇を噛むヒュアキントスは、再度俺の前に来ると
「君を侮辱してすまなかった。許してくれ。そこの亜種の一級奴隷の少女にも謝罪する」
そう言って、俺とマルガに軽く頭を下げるヒュアキントスは、アウロラ女王に挨拶をして足早に立ち去る。その後ろから、ジギスヴァルト宰相がヒュアキントスを追って行く。
「なんだよあいつ…あんな軽い謝罪だけしちゃってさ!」
納得のいかなさそうなマルコとマルガがウンウンと頷いている。そんな2人の頭を優しく撫でながら
「…あれでいいよ。…アイツは絶対に勝てる勝負で負けたんだ。アイツを推薦した者達から、この世の物とは思えぬ仕打ちを受けるだろうさ…」
「そうですね。どれほどの物になるか…解らない位に…」
俺とリーゼロッテの言葉に、静かに頷きながら、ヒュアキントスの出て行った扉を眺めているマルガとマルコ。
「さあ!これで全ては終わりました!ルチア。後は貴女がが良く、教えて上げなさい」
「ハイ!お母様!」
嬉しそうに返事をするルチアを、俺達は微笑みながら眺めていた。
「おい!待たぬかヒュアキントス!」
謁見の間から出た、ヒュアキントスを呼び止めるジギスヴァルト宰相。
それに振り返るヒュアキントス。
「この様な失態をしでかすとはな!…お前の父である、レオポルド殿に話があると、伝えておけ!覚悟は出来ているんだろうな…ヒュアキントス!」
激しくヒュアキントスを睨むジギスヴァルト宰相を、何の感情も持たぬ瞳で見つめるヒュアキントスは、
「解りました。父にその様に伝えておきます…ジギスヴァルト宰相様」
その返事を聞いて、怒りに身を染めながら立ち去っていく、ジギスヴァルト宰相。
そこに1人の、燃えるような赤い髪を靡かせた美少年が、ヒュアキントスに近づく。
その美少年に、力なく微笑むヒュアキントスは、
「ごめんよアポローン。君の為に勝ちたかったのだけど…僕は負けてしまったよ…」
そんなヒュアキントスをそっと抱きしめるアポローンは、
「気にする事はないさヒュアキントス。僕は何時でも君の傍に居る…、またやり直せば良いだけさ。君は天才だ。これまで負け知らずで、勝ち進んできた。ちょっと位寄り道しても…大丈夫だよ」
「有難う…優しいアポローン」
そんなアポローンを抱き返すヒュアキントス。
「行商人…葵 空。その名前は二度と忘れない。今度は僕が勝ちをもぎ取る…覚悟するんだね」
遠くなった謁見の間の扉を激しく睨みつけるヒュアキントス。
こうして、俺達のルチア専任商人選定戦は、幕を閉じたのであった。
マルガが俺を見ながら、可愛い小首を傾げている。
「うん多分ね。だけどその為には…コジャドの村に、行かなければいけない。残りの期日は5日。昼夜荷馬車を進めるとして…往復2日。そうすると…残り3日。期限一杯だけどね。リーズとラルクルには頑張って貰おう。とりあえず、荷馬車に戻って、すぐに出発する」
「ですが…コジャドの村に行ってどうなさるんですか葵さん?ヴァロフさんの亡くなった息子さんの奥さんと娘さんに、お願いして貰うのですか?でも…」
そう言って言葉を濁すリーゼロッテ。俺はリーゼロッテに向き直り
「多分普通に話したらダメだろうね。でも…ここからは少し強引に行く。コジャドの村はマルタの村に割りと近い。恐らく…コジャドの村もマルタの村同様、不作で苦しんでいる可能性が高い」
俺の言葉に、頭の回転の早いリーゼロッテは、全てを理解した様で、
「なるほど…そう言う事ですか…。確かに、少々強引ですね」
「うん。だけど、俺達に迷っていたり、躊躇している様な時間は残されていない。…俺達も後には引けないんだ。やれる事はなんでもするよ」
俺の瞳を見ていたリーゼロッテは静かに頷く。
「じゃ~急いで移動するよ皆!」
俺の声に頷く一同。荷馬車に急いで戻り、それぞれの乗り込み、コジャドの村に向かう。
昼夜交代で荷馬車を進め、翌日の昼過ぎにコジャドの村に到着する事が出来た。
コジャドの村も、マルタの村と同じ位の大きさの村だ。村の家々も同じ様に質素で、その村人もどことなく元気が無く、顔色は悪かった。
それを目を細めて見ているリーゼロッテ。マルガとマルコも顔を見合せている。
そんな俺達の傍に、1人の男が近寄って来た。俺達を見て、荷馬車の積み荷を見た男は、ニコニコしながら近寄って来た。
「ひょっとして…行商人の方ですか?」
「ええ、そうです。この村に、行商に来ました」
その言葉を聞いた男は、ニカっと笑うと
「それはそれは!私の家に案内しますので、こちらにどうぞ!」
笑顔の男に付いていき、家の中に案内される。その家の中は質素であったが、マルタの村クラーク村長の家よりマシな感じがした。テーブルについた俺達と男。
「私は春よりこの村の長をしている、デッセルと言います」
「僕は行商をしている。葵 空です。こっちの一級奴隷達は僕の奴隷で、マルガにリーゼロッテ。そっちは一緒に旅をしているマルコです」
俺の紹介に皆が挨拶をしている。デッセルは挨拶をしながら、マルガとリーゼロッテを見てニヤっと笑う
「葵殿は…とても美しい奴隷をお持ちですね。羨ましい限りですよ」
「いえ、それほどでも」
「ハハハ。謙遜なされますな。では、話を戻させて貰います。葵殿はこの村に何を売って頂けますか?」
「塩と香辛料ですね。それをお金か物々交換でと思っています」
それを聞いたデッセル村長は、少し安堵の表情をして、ニヤっと笑うと、
「そうですか。出来れば…物々交換でお願いしたいのですが…よろしいですか?」
「ええ、それは構いませんが…何と物々交換して欲しいのですか?」
俺の言葉を聞いたデッセル村長は、マルガとリーゼロッテを見て少しニヤッと笑いながら
「はい、この村は収入が少なく、今年は不作でしてね。出来れば…村の見目の良い娘3~4人位と、交換してくれれば、ありがたいのですが」
そう言って、ニコニコしながら言うデッセル村長。
おいおい…何の躊躇も無く、笑顔で娘を交渉に出すのかよ…
恐らく…マルガとリーゼロッテを見て、俺が女好きだと思ったんだろうけど。
しかし、それを解って尚、何の戸惑いも無く交渉に出すか…
クラーク村長は、その顔に身を切る様な表情を浮かべていた。本当ならこんな事はしたくないと。
だが村人を助ける為、その様な決断をしなければならなかった。村の危機を救う為に…
その気持が解っていたからこそ、あの3人の少女達も、村の為に買って欲しいとまで言ったと思う。
ま…俺にとってはありがたいか…まさに渡りに船…
「ええ結構ですよ。ですが…僕は見ての通り、既に美女の奴隷を持っています。この村に、この2人以上の美少女が居るとは思えません」
「それは…そうかも知れませんが…」
マルガとリーゼロッテを見ながら、どうしようか思案しているデッセル村長
「只の見目の良いだけの女はいりません。ですからここは…趣向を変えましょう」
「と…いいますと?」
「この村に…未亡人の女性はいませんか?しかも、小さな子供の居ている親子。その中から、気に入った親子を買いましょう」
その俺の言葉を聞いたデッセル村長は、いやらしく微笑む。
「…なるほど。普通の遊びでは、満足されないのですな。親子共々…手篭めにですか。フフフ…解りました。何人かその様な者達が居ますので連れてきます。暫しお待ち下さい」
ニヤッと微笑むデッセル村長は、そう言い残して部屋から出て行った。
「…葵さんは…そう言う趣味もあったのですか?」
「そうなのです!私は…どうしたら…そうです!私も子供を!ご主人様の子供と一緒に…」
「リーゼロッテ…知ってて聞かないでくれる?それから…マルガは落ち着こうね?」
俺の呆れながらの言葉に、リーゼロッテはクスッと笑い、マルガはアワアワしていた。マルコも苦笑いして、それらを見ていた。
マルガの頭を優しく撫でながら待っていると、村の外が少し騒がしく感じる。
耳の良いマルガに聞くと、何やら無理やり人を連れてこようとしているみたいであった。
その騒がしさが近づいて来て、俺達の部屋の前でとまる。そして、部屋の扉がノックされ、デッセル村長が入ってきた。
「お待たせしました葵殿。条件に合う親子を連れて来ましたので、品定めの方を。おい!連れてこい!」
そうデッセル村長が告げると、部屋の中に3組の親子が男達に連れられて、部屋に入って来た。
女の子の子供はそれぞれ6歳~7歳位であろうか。無理やり連れて来られたからか、その瞳に涙を浮べている。それを心配そうに、抱きしめている母親。その姿が実に痛々しい。
「この親子達が、葵殿の条件に合う親子かと。ささ!どうぞ、品定めの方を」
「そうさせて貰います」
ニヤっといやらしく笑うデッセル村長の言葉に頷き、俺はその3組の親子の、女の子の子供を霊視する。
ドワーフは上級亜種。生まれてくる子供は、全て魔力を持って生まれて来る。
ドワーフと人間が子を成せば、エルフとは違い、見た目は人間にしか見えないらしい。しかし、上級亜種のドワーフの力は全て引き継ぐとの事。
ドワーフのヴァロフの息子と結ばれた親子の名前は聞いていないが、その子供を霊視すれば、すぐに解る。
『居た…この女の子、魔力があって、ドワーフの種族スキルを持っている。この子で間違いないな』
俺は対象の親子を発見出来た事を、リーゼロッテに視線で合図をすると、軽く頷くリーゼロッテ。
「では、デッセル村長。我が主人が気に入った親子と話がしたいみたいなので、私達とその親子だけにして貰ってもよろしいですか?話が終われば、呼びに行かせて貰いますので」
「ええ!結構ですよ!では、条件に合わなかった者達と私達は、一度退室します。是非、良き返事を」
いやらしく笑いながら、他の親子達と一緒に、部屋を出て行くデッセル村長達。
その部屋に残された親子2人は、俺を見て少し震えていた。
「君達…親子の名前は?」
俺の言葉に少しピクッとなりながら、俺に語る母親。
「わ…私の名前はレリアです。この子は…エマです」
「レリアさんに、エマちゃんね。…レリアさんは、ドワーフの旦那さん、亡くなられたバスラーさんの奥さんでよかった?」
「な…何故それを!?」
俺の言葉に、戸惑うレリア。それを見て、間違いないと思い、俺とリーゼロッテは顔を見合わせて頷く。
「デッセル村長から聞いていると思うけど、俺は君達を買う事にする。その意味は…解るよね?」
俺の言葉に、キュッと唇を噛み、娘のエマを抱いて、少し震えながら頷くレリア。
そんな震えている親子の前に、マルガがテテテと小走りに近寄り、
「大丈夫ですよレリアさんにエマちゃん!ご主人様は、酷い事はしませんから!優しくしてくれるのです!」
そう言って、ニコっと微笑み、エマの頭を優しく撫でるマルガ。
「ほ…ほんと?お母さんやエマに、酷い事したりしないの?」
「大丈夫ですよエマさん。葵さんはそんな事しません。ね、葵さん?」
俺を見ながら、ニコっと釘を刺してくるリーゼロッテに苦笑いしながら、
「マルガやリーゼロッテの言う通り、レリアさんが心配する様な事はしないから、安心してくれていいです。でも…それだけでは無いのも事実ですけどね」
「それは…どう言う事ですか?」
俺の言葉に、安堵しながらも、若干戸惑っているレリア。
「その話は、荷馬車で移動しながらしますわレリアさん。私達には時間がありませんので」
「リーゼロッテの言う通りだね。詳しくは荷馬車で移動しながらで。マルガ、あの村長さん呼んで来てくれる?」
「ハイ!解りました!ご主人様!」
マルガは元気良く返事をして、テテテと走って扉から出て行く。
暫く待っていると、マルガが部屋に帰って来た。マルガの後ろからデッセル村長が顔を出す。
「デッセル村長。この2人を買う事にするよ」
「おお!有難うございます!では早速…荷馬車の積み荷を降ろさせて貰いますね」
「いえ…この2人はお金で買わせて貰います。…2人で金貨10枚でよろしいですか?」
その言葉を聞いたデッセル村長は、少し顔を顰める。
金貨10枚より、積み荷の方が、価格が高いと感じているのであろう。それを見抜いているリーゼロッテは
「…金貨10枚ではご不満ですかデッセル村長?この2人は、当然、娘なんかより価値が劣ります。それを我が主人は、戯れで買ってやろうと言うのです。価格は金貨10枚でも高い位かと思います。これ以上の高額を望まれるのであれば…どうなされますか葵様?」
「そうだね。リーゼロッテの言う通りだね。金貨10枚で買えないなら興味はないね。またにするよ。手間をとらせてすいませんでしたねデッセル村長」
俺とリーゼロッテの言葉を聞いたデッセル村長の顔色が変わる。
「いえ!これ以上の高額など望みません!金貨10枚で結構です!」
慌てながら言うデッセル村長に、俺とリーゼロッテは見つめ合い頷く。
「では取引成立ですね」
俺は笑顔でそう言うと、アイテムバッグから、金貨10枚を取り出して、代金を支払い、取引完了の羊皮紙に、それぞれが記入をする。
そして、取引を終えた俺達は挨拶をして、荷馬車に乗り込む。
「さあ!またカナーヴォンの村に向かおう!時間がないから…急ぐよ!」
俺の声に頷く一同。
俺達とレリアとエマを乗せた荷馬車は、再度カナーヴォンの村に向かって、速度を上げるのであった。
コジャドの村を出て昼夜問わずに荷馬車を進めている。
空を見上げると、太陽が天高く光り輝いている。もうすぐ、カナーヴォンの村に到着出来るだろう。
「アハハ。マルガお姉ちゃんおもしろ~い!ルナちゃんも~!」
レリアの娘エマが、マルガと白銀キツネの子供ルナと、キャキャと楽しそうに遊んでいる。
当初、俺達の事を怖がっていたエマであったが、優しいマルガとリーゼロッテ、白銀キツネのルナのお陰ですっかり心を許した様で、まだ1日位しか経っていないのに、すっかり友達になったみたいであった。それを見て、俺とレリアは顔を見合わせて微笑んでいた。
「すっかり打ち解けましたねエマは。子供は友達になるのが早いですね」
「そうですね。エマも葵さん達が悪い人では無いと、解ったのでしょう」
「…まあ、善人でも無いですけどね。レリアさん達には、きつい事をさせるのですから」
「それは…仕方ありません。私達は葵さんに買われたのです…それに…私も葵さんの案に、乗ったのですから…」
そう言って、キャキャと遊んでいるエマを、淋しげに見つめるレリア。
「…上手く行くでしょうか?」
「…ええ、上手く行かせます。俺達の命運も掛かっていますからね。カナーヴォンの村に就いたら、説明通り、お願いしますね」
俺の言葉に静かに頷くレリア。俺達を乗せた荷馬車は、寂れた廃墟を通り抜け、カナーヴォンの村に到着した。この間宿泊予定だった宿屋に金を払い荷馬車を止める。
俺は予定していた通り、リーゼロッテに金貨を渡し、商品を仕入れてきて貰う。
この村の人は人間族を嫌っているので、取引の交渉は、リーゼロッテとマルガに任せる事にした。
暫く待っていると、リーゼロッテとマルガが帰って来た。
「どう?上手く取引出来た?」
「ハイ!ご主人様に言われた通り、取引出来ました!」
「流石は鉱山の村、アッシジの町より安く買えましたよ葵さん」
満足そうなリーゼロッテとマルガから商品を受け取り、整理をしてスペースの空けているアイテムバッグに商品をしまう。
そして俺達は予定通り、ヴァロフの家の近くまで来た。
俺はマルガと手を繋いで歩いているエマの傍まで行き、膝を折る。俺の顔を見てニコっと微笑むエマ。
「じゃ~エマ。さっき俺が話した通りに、きちんと出来る?」
「うん!エマ葵お兄ちゃんの言われた通りに出来るよ!エマ賢いもん!」
そう言ってニコっと微笑むエマは、マルガみたいにエッヘンをしていた。そんな、エマの頭を優しく撫でながら、
「解ったよエマ。じゃ~じっとしててね」
俺はエマの耳元に手を当て、そして離す。エマはニコっと笑って、俺の手とレリアの手を握る。
それに微笑みながら、ヴァロフの家の前まで行き、リーゼロッテが扉をノックする。
「すいません。ヴァロフさんは居らっしゃいますか?」
リーゼロッテの綺麗な声が辺りに響くと、ガチャッと音をさせて扉は開かれた。その扉から、この間のホビット族の男が顔を出す。
「なんだ…あんた達また来たのか?何回来ても、あのヴァロフ爺さんの気は変わらないと…」
そう言いかけた所で、レリアとエマに気がついて、目を丸くするホビット族の男
「お久しぶりです、サビーノさん…」
「お久しぶり、レリアさん。…まさか、レリアさんをここに連れて来るとは…」
少し呆れた様な、感心した様な顔を、俺に向けるサビーノは、軽く溜め息を吐くと、
「…ちょっと待ってな」
そう言って家の中に入って行く。暫く待って居ると、サビーノの声が掛る。
俺達はヴァロフの家の中に入って行くと、ヴァロフが椅子に座って顰めっ面をして居た。
「…お前達もしつこいな…。何度来たって、俺の気持ちは変わらねえと…」
そう言いかけた時に、俺達の後ろに居た、レリアとエマに気がついたヴァロフ。
「お…お前…何故…そいつらと一緒なんだ?」
「お義父さん!私は…」
「お前にお義父と、呼ばれる謂れは無え!とっとと帰りやがれ!お前達もだ!何度来たって、俺は自国金貨なんか作る気は無え!諦めるんだな!」
キツイ目をして声高に俺達に叫ぶヴァロフ。その声を聞いて、瞳を揺らしているレリア。
「…皆少し外で待っててくれる?サビーノさんも良いですか?」
俺の言葉に静かに頷き、皆は外に出て行く。それを流し目で見ているヴァロフ。
「…お前も帰れと言ったはずだが?」
「まあまあ、少しで良いんで、俺の話を聞いて下さい」
そう言ってニコっと微笑む俺を見て、きつい目で睨むヴァロフ
「実は…この貴方の孫であるエマと、息子さんの奥さんであったレリアを連れて来たのは、ヴァロフさんに聞いて欲しい事があったからなんです」
「…何を聞いて欲しかったんだ?」
俺の言葉に、きつい目を変えずに聞き返すヴァロフ。
「ええ、実はレリアさんとこのエマは、僕がコジャドの村から金貨で買いました。つまり、僕は2人の主人になります」
「買った…だと!?」
その言葉を聞いたヴァロフは、一層きつい目をする
「ええ。なんでもコジャドの村は、ここ最近不作みたいでしてね。どうしてもと言われましてね。僕もコジャドの村の危機に心を痛めまして、買わせて頂きました」
「へ!何が心を痛めてだ!ワシに自国金貨を作らせる為に、わざわざ買って、連れて来ただけだろうが!」
俺に声高に叫ぶヴァロフに、ニコっと微笑みながら
「そうですよ。俺達はヴァロフさんに、是が非でも自国金貨を作って貰わなければ、ならないんです。その為なら、なんでもします」
「ガハハ!残念だったな小僧!ワシはそいつらがどうなろうが知ったこっちゃねえ!あの女はな…ワシの息子を…バスラーを奪いやがったんだ!あの…金貨戦争の様にな!俺は絶対に、人間の言いなりなんかにはならねえ!解ったか!」
吐き捨てる様に言うヴァロフに、ニコッと微笑む俺は
「…そうですか。なら…仕方ありませんね」
俺はそう言うと、エマを少し前にやる。そして少しだけ下がり、アイテムバッグから黒鉄の短剣を取り出すと、頭上に振りかぶる。それを流し目で見るヴァロフ。
「…お前…何をする気だ?」
「いえ…ヴァロフさんが自国金貨を作ってくれないと言うので、腹いせに、このエマを殺そうと思いましてね」
微笑みながら黒鉄の短剣を振り上げている俺を見て、ギョっとした顔をするヴァロフ。
「ワシが自国金貨を作らない腹いせに殺すだと!?」
「ええ、そうです。貴方が自国金貨を作ってくれなければ、この子はもう必要ない。当然、貴方の息子、バスラーさんが愛したあの女も殺します。必要ありませんからね。これは僕が殺したんじゃない。貴方がそうさせたんです。つまり、貴方が殺したんです」
「な…何を訳の解らな事を言っている!」
「何も訳の解らない事は無いですよ?俺達にはどうしても、貴方の作る自国金貨が必要なのです。それがなければ…俺達は終わりです。それなのに、貴方は作ってくれないと言う。腹いせに、殺したくなったって不思議じゃないでしょう?」
微笑みながら言う俺の冷たい目を見て、きつい目で睨みつけるヴァロフは
「…人を殺せば罪になるぞ?俺が密告すればお前は犯罪者だ!」
「いえ、その心配はいりません」
そう言って、左手で懐から1枚の羊皮紙を取り出す。
「これは、三級奴隷契約書です。これには、レリアとエマの名前が書いてあります。つまり…レリアとエマは、役所に登録はしてませんが、既に三級奴隷であると言う事です。この三級奴隷契約書が有れば、殺したとしても罪にはなりません。貴方も長く生きているなら、三級奴隷がどう言った存在か解っているでしょう?」
ニヤッ笑いながら言う俺を見て、更にきつい目で俺を見るヴァロフ。
「流石は汚い人間族だな!金貨戦争時代から、何も変わっちゃいねえ!同じ種族を奴隷になんかにしやがって!反吐がでるぜ!」
「ハハハ。そんな事俺は知りません。俺はねヴァロフさん、貴方がどう人間族を嫌おうが、嫌悪しようが、差別していようが、知った事じゃないんですよ。貴方が如何に金貨戦争で、人間族に酷い事をされてきたかも、全く興味はありません。僕は商人です。僕の関心事は、貴方が俺達の為に、自国金貨を作る事のみ。それ以外は、別にどうでも良いんですよ」
俺の感情の篭っていない声に、瞳を揺らしているヴァロフ。
「知ってます?頭を剣で貫かれたらどうなるか。ビクッとなってね、小刻みに痙攣するんですよ。ピクピクとしながら、大量の血を頭から流しながら事切れます。まるで虫の様にね」
俺の言葉に、更に瞳を揺らすヴァロフ。
「それにしても…貴方に似てますねエマは。ヴァロフさんと同じ、茶色の髪の毛に、茶色い瞳。見た目は人間族で顔立ちも母親似ですが、間違いなく貴方の血を…貴方の息子さんのバスラーさんの血を引いて居る。ま…ヴァロフさんには、関係の無い事でしたね。では…」
そう言って右手で振り上げている、黒鉄の短剣を強く握り締める。それを見た、ヴァロフは戸惑いの声を出す。
「ま…まさか本当に…自分と同じ種族のそんな幼い少女を…頭を刺して…殺すの…か?」
「ハハハ何を今更。貴方は人間族がどう言ったものか、金貨戦争を通じて、その身で体験して良く知っているでしょう?俺はその汚い人間族と同類。する事は……同じですよ!!!!!」
俺は嘲笑いながら声高にそう叫び、頭上に振り上げていた黒鉄の短剣を、エマの後頭部めがけて一気に振り下ろす。
黒鉄の短剣の冷たい刃は、エマの全てを破壊するかの様に、高速で迫る。
その時、部屋中にけたたましい声が響き渡る。
「やめろ!!!!その子に手を出すな!!!!」
その声を聞いた俺は、黒鉄の短剣をとめる。黒鉄の短剣の刃は、エマの後頭部、2cm位でとめられていた。
「…何故とめるのですか?ヴァロフさんには、関係の無い事でしょう?」
「黙れ小僧!!それ以上、その子に何かするつもりなら、ワシが許さねえ!!!!やめねえと、魔法をぶっぱなすぞ!!!!」
そう叫んだヴァロフの右の手の平が、茶色に光っている。恐らく土系の攻撃魔法であろう。
俺とヴァロフは暫く睨み合っていたが、激しく俺を睨みつけるヴァロフが先に口を開いた。
「…お前の言う通り…自国金貨を作ってやる!!だから…その子に手を出すな!!!」
「…本当に、俺達の為に…自国金貨を作ってくれるのですか?」
「ああ!!そうだ!!!ワシはお前達人間族の様な事はしねえ!約束は守る!だから…その子には…手を出すな!!」
その瞳に、全ての人間族を恨む様な色を湛えて、俺に叫ぶヴァロフを見て、満面の微笑みをする俺は、
「そうですか!それは良かったです。では…」
俺はそう告げると、黒鉄の短剣を素早くアイテムバッグになおし、エマの肩をポンポンと叩く。その合図に俺に振り返ったエマは、ニコっと微笑む。
その可愛いエマの両耳に手をやり、耳の穴の中に入っていた物を取り出す。
「お…お前…何をしているんだ?」
「は?何って…エマの耳にしていた耳栓を取ったのですけど?」
「み…耳栓!?」
俺の言葉を聞いて、戸惑っているヴァロフ。集中力が削がれたのか、魔法が消えてしまっている。
「そう耳栓です。こんな可愛い女の子に、こんな酷い話なんか聞かせる訳にはいかないでしょう?常識で考えて下さいよヴァロフさん」
俺は軽く貯め息を吐きながら呆れると、エマの両脇に手を入れて、抱きかかえる。
そして、抱きかかえたままヴァロフの傍に行き、ヴァロフの胸にエマを強引に抱かせる。
ヴァロフは自分の胸の中に来た、小さな来訪者に戸惑いながら、その両手でエマを胸に抱く。
「え!?おっ…と…」
「ヴァロフさんしっかり抱いて下さいよ?落として可愛いエマに、怪我をさせないで下さいよ?」
俺の言葉に戸惑いながら、ああっと言って、しっかりとエマを胸に抱くヴァロフ。
俺はエマの耳元に顔を持って行き、
「エマ~。このお爺ちゃんはね~エマの本当のお爺ちゃんなんだよ~。お父さんのお父さん。エマだけのお爺ちゃんなんだよ~」
「ほ…ほんと!?この人が…エマのお爺ちゃんなの!?…嬉しい!エマにもお爺ちゃんがいたんだ!!」
ニコっと満面の笑みを浮かべるエマは、嬉しそうにギュッとヴァロフの胸に抱きついている。
「アハハ!お爺ちゃん毛むくじゃらでおもしろ~い!」
「こ…こら!髭を引っ張るな!痛いから!」
キャキャとはしゃぎ、嬉しそうにヴァロフに甘えるエマに、オロオロしているヴァロフ。
「…ヴァロフさん。俺は貴方が今迄人間族に、どれだけ酷い事をされてきたかは解りませんし、その気持を全て解ってあげる事は出来ません。金貨戦争で人間族に酷い事をされたのも、息子さんのバスラーさんが人間族のレリアさんと結ばれた事で、死んでしまったのも真実でしょう。ですが…貴方の腕に抱かれている、貴方の血を…大切な息子さん、バスラーさんの愛を受けた、小さな命…エマがここにいるのも事実。貴方は…その両手で拾える物まで…また捨ててしまうのですか?」
俺の言葉に、激しく瞳を揺らすヴァロフ。俺はそれを見てニヤっと微笑むと、エマの肩を3回ポンポンと叩く。すると、俺との打ち合わせ通りの言葉を、ヴァロフに投げかけるエマ。
「お爺ちゃん大好き~!いっぱいいっぱい大好き~!!!」
エマの満面の笑顔で言われたヴァロフの顔が、みるみる赤くなり、口を開けて呆けていた。
その顔を見たエマがシュンとする。
「お爺ちゃん…エマの事…嫌い?」
可愛い瞳に、涙を浮かべるエマを見て、これ以上無い位に慌てるヴァロフは
「違うぞ!そんな事は無い!そんな事は無いぞ!」
「じゃ~エマの事好き~?」
その言葉を聞いて、更に顔を赤くして、オロオロしているヴァロフは、俺の楽しそうな顔を見て、気に食わなさそうにフンと言い、エマの顔をマジマジと眺める。
「…この瞳…バスラーの小さい時にそっくりじゃ。この少し癖のある茶色の髪も…小さいのう…だが…暖かい…」
「ねえ!お爺ちゃんエマの事好きなの?嫌いなの?どっち~?」
エマの頬を撫でながら見ていたヴァロフに、我慢出来無くなったエマが拗ねる様にせがむ。
そのエマを見て、初めて見せる優しい微笑みを湛えるヴァロフは、
「ああ…好きじゃ。バスラーの娘なんじゃ…ワシの…可愛い孫なんじゃから…」
「ほんと!?嬉しいお爺ちゃん!エマもお爺ちゃんの事大好き~!」
ニコっと微笑むエマは、ギュッとヴァロフの胸にしがみ付く。それを、自らの意志で拾い上げる様に抱き返すヴァロフの肩が少し震える。それを見た、エマが慌てながら
「お爺ちゃんどうしたの!?なぜ泣いてるの?どこか痛いの?」
エマは心配そうにしながらヴァロフに言うと、軽く首を横に振るヴァロフ。
「ちょっと待ってお爺ちゃん!私が痛く無くなるおまじないしてあげる!」
そう言って、ちっちゃな手の平を擦り合わせ、それをヴァロフの両頬に当てる。
「これね、お母さんから教えて貰ったんだ!お母さんもお父さんに教えて貰ったんだって!このおまじないしたら、すぐに痛くなくなるからね!」
そう言って、何度も手を擦り、ヴァロフの両頬に当てるエマを、ギュッと抱きしめるヴァロフ。
「お爺ちゃんどうしたの?まだ痛い?」
「いいや。もう…痛くないよエマ。お前のお陰でな。それに…そのまじないは、ワシがバスラーに教えたものじゃ。本当に…良く効くまじないじゃ…もう…痛くないよ…エマ」
肩を震わせ、エマを抱きしめながら嗚咽しているヴァロフ。エマは心配しながらも、ヴァロフに抱かれながら、ヴァロフの頭を優しく撫でている。
俺はそれを見て、入り口の扉に向かい、扉を開けて、声をかける。
「皆もういいよ。家に入って来て」
俺の声に、皆が家の中に入ってくる。そして、腕の中にエマを抱いて泣いているヴァロフを見たレリアが前に出る。
「お義父さん…私…」
エマを胸に抱き泣いているヴァロフを見て、瞳に涙を浮べているレリアが力なく言うと、軽く首を横に振り
「良いのじゃもう…良いのじゃ。…ワシこそすまなかった。ワシが…許してやれば…バスラーは死なずに済んだのやも知れぬ…」
「それは違います!お義父さんのせいではありません!それに彼から…言われている事もあります」
「なんじゃ?バスラーから…何か言われておるのか?」
「はい…彼が息を引き取る間際…『お父さんを恨まないであげて。お父さんは本当は優しい人だから。いつかきっと解ってくれる。だから、その時が来たら、お父さんにエマを抱かせて上げて欲しい。僕達の子供のエマを』そう言って、息を引き取りました。私はずっと…彼の言葉通りにしてあげたかった…」
泣きながら語るレリアに、ヴァロフはエマを片手で抱きながら、レリアに近づく。
「つらい思いを…させてすまぬなレリア。エマを育ててくれて…感謝しておる」
「いいえお義父さん。私も…お義父さんのお気持ちを解って上げれずに勝手をしてしまって、すいません」
そう言って顔に両手を当てて泣いているレリアの肩に、そっと優しく手を添えるヴァロフ。
「お母さんもお爺ちゃんも、どこか痛い?またエマがおまじないしてあげる!」
そう言って再度ちっちゃな手を擦り、それをレリアとヴァロフに交互に添えるエマ。それを見て、顔を見合わせて微笑み合うヴァロフとレリア。
その3人の暖かい光景を見て、マルガもマルコも瞳に涙を浮かべて、微笑み合っている。
暫くそうしていたヴァロフは落ち着いてきたのか、エマを膝の上にチョコンと座らせて、気に食わなさそうに俺を見ると、
「全く…本当に人間族は酷い事をする…全部解っていて、あの様な事をするのだからな」
「まあ…否定はしませんね。僕達も必死ですしね」
そう言ってニコっと笑う俺を見て、フフッと軽く笑うヴァロフは、
「さっきも言った通り、お前達に自国金貨を作ってやる。だから…頼みがある」
「自国金貨を作る報酬ですか?」
「まあ…そう思ってくれても良い。…レリアとエマの事を頼みたい。本当はこの村で暮らせれば良いのじゃが、この村は知っての通り、人間族が嫌いで、差別をしておる。この村では、レリアもエマも、きっとつらい目に合ってしまう。だから…お前が安全に暮らせて、幸せに居れる場所を用意してやって欲しい…」
「それは大丈夫ですよ。つい最近、王都ラーゼンシュルトに、沢山の人が住める家を、手に入れた所なので安心して下さい。レリアとエマには、僕の仕事を手伝って貰うつもりです。生活もきちんと保証しますよ。勿論、危険な事は、もうさせませんので。なんなら、ヴァロフさんも一緒に、王都ラーゼンシュルトに来ますか?部屋は余ってますから。まあ…何かの仕事をして、頂くかも知れませんが」
俺の言葉を聞いたヴァロフは、フフッと笑うと、軽く首を振り、
「いや…それは出来ぬ。ワシはまだ…全ての人間族への恨みを捨てきれぬ。王都ラーゼンシュルトなんぞの、沢山の人間族の居る所には…まだ…」
そう言って言葉を濁すヴァロフ。
「…そうですか。ま~それで良いと思いますよ。いきなり全てが変わるなんて事ありえませんからね。でも…気が変わったら、何時でも来て下さい。それから…僕も追加で条件をつけます」
「な…何をする気じゃ?」
俺の言葉に、嫌な顔をするヴァロフに、
「俺の追加条件は、エマとレリアに手紙を定期的にヴァロフさんに書かせるので、その返事をきっちり遅れずにする事。そして、たまにこっちに遊びに来る事ですね。あ…遊びに来るのは難しいですか?引き込んでしまっているドワーフのお爺ちゃんには?」
ニヤっと笑う俺を見て、キッときつい目をするヴァロフは、
「馬鹿にするでない!それ位の事、誇り高きドワーフなら簡単な事じゃ!」
「なら、安心ですね。良かったねエマ~。お爺ちゃん新しいお家に遊びに来てくれるって!」
「ほんと!やった~!お爺ちゃん待ってるね!お爺ちゃん大好き~!」
満面の笑顔で抱きつくエマを、嬉しそうにデレっとして抱きしめる、幸せそうなヴァロフを見て、思わずププっと吹いてしまった。そんな俺を流し目で見るヴァロフは、ハ~ッと大きな溜息を吐き、表情をいつもの様に戻すと、
「それから小僧。約束通り自国金貨を作ってやるが、お前の期待には応えてやれぬ所があるかも知れぬぞ?」
「それは…どういう事ですかヴァロフさん?」
その言葉を聞いたリーゼロッテが、目を細めてヴァロフを見る。
「お前達は…通貨製造許可の詳しい内容は知らぬ様なので…そこが心配での」
「その詳しい内容と言うのは、どんなものなのですか?」
俺の言葉に頷くヴァロフは説明をしてくれる。
「通貨製造許可は、特殊な制約魔法で契約をしている。その内容は、まず、年間に作れる自国金貨の数じゃ。通貨製造許可を持つ者は、年間に作れる自国金貨の量が決まっておる。金貨戦争のお陰で、年間に作れるその数はもの凄く減らされてしまった。しかし、年間に作れる量は、作らなければ蓄積していく。ワシは120年間、自国金貨を作っていない。なので、120年分の量を、一気に作る事が出来るので、恐らく数は問題は無いじゃろう。じゃが…問題は…自国金貨の質だ…」
「自国金貨の…質ですか?ヴァロフさん」
マルガが可愛い小首を傾げながら聞き返す。
「そうじゃ。自国金貨の質じゃ。バイエルント国の指示で、バイエルント国の自国金貨に含まれる、金の含有量は決まっておるのじゃ。決まっている金の含有量を下げて、自国金貨を作る事は…ワシには出来ぬ。その様に、制約魔法で契約しているからな。小僧も商人なら、制約魔法がどの様なモノなのかは、知っておろう?」
制約魔法は、取り決めを3人で契約する魔法儀式だ。
契約当事者である2人と、立ち会う公証人の間によって、契約される。
特殊な魔法で出来た羊皮紙を使い、契約する。契約した特殊な羊皮紙は、体の中に召喚武器の様に吸い込まれ効力を発揮する。
その時に、条件をつければ、それも実行される。
例えば今回の様に『規定の金の含有量を、下回って作ってはならない』と、特約的なモノをつけると、それに反した行動を取ろうとすると、体が動かなくなって、出来なくなってしまうのだ。
約束事をきちんと、強制的に守らせる制約魔法契約は、その信用性の高さから、重要な取引や、約束を守らせたい時に使う。その分、掛かるお金も、かなりの高額なってしまうが。
「小僧よ。お前がワシに自国金貨を作らせたいのは…金の含有量を下げて、安く自国金貨を作り、それを通常の自国金貨として売り…その差額を儲けようと考えているのではないのか?…小僧には借りがある。だから、出来る事はしてやりたいが…制約魔法で契約した事は曲げれぬ…金の含有量を下げて作る事はな」
ヴァロフは少しキュッと唇を噛みながら俺に言う。
しかし、ソレを聞いた俺を含め、マルガやリーゼロッテ、マルコはニコニコしている。
その表情に戸惑いの色を見せるヴァロフ。
「大丈夫ですよヴァロフさん。俺はそんな普通の事を、しようと思っていません。俺はこれのみを使って、自国金貨を作って欲しいのです」
そう言って、アイテムバッグから、リーゼロッテに仕入れて貰った商品を見せる。
床に置かれた、その商品を見たヴァロフの口元が、ニヤッと釣り上がる。
「アハハ!そうか!その手があったか!なるほど…ソレならば、金の含有量などは関係無いな!…全く…人間族はやり方が汚いな!」
そう言って声を出して笑うヴァロフ。
「それと、もう一つ問題が有りますヴァロフさん。私達には時間がありません。この商品を使って、自国金貨をすぐに作って貰いたいのです。どれ位お時間が掛かりますか?」
リーゼロッテの言葉に、フンと鼻を鳴らすヴァロフは
「エルフの娘よ。誰に物を言っている?ワシは誇り高きドワーフだぞ!鍛冶仕事をさせたら、わしらドワーフの右に出る者なぞおらぬ!3刻…3刻(3時間)で作ってやる!お前達はここで待っておれ!サビーノ!至急隣の炉に火を焚け!すぐに仕事にとりかかるぞ!」
そう言って、腕をブンブンと回しながら、商品を抱え上げ、家を出ていくヴァロフ。
ソレを楽しそうに見つめるザビーノは
「まあ暫く待ってるんだな!あのヴァロフ爺さんは、この村が町だった頃から、最高の鍛冶職人と言われて来た人だ。口に出した事は、絶対にやり遂げるからよ!」
そう言って、同じ様に家を出ていくサビーノ。
そこから、3刻弱、ヴァロフの家で待っていると、汗だくになったヴァロフとサビーノが戻ってきた。
そして、抱えてきた箱をドン!と置く。ソレを見た俺達の瞳は、光り輝く。
「時間前に作ってやった。…これもついでに持っていけ小僧!」
そう言って、1枚の羊皮紙を俺に手渡す。ソレを一緒に見ていたリーゼロッテの瞳がキラリと光る。
「流石はドワーフのヴァロフさん。ここまで理解してくれて居るとは…」
「当たり前だエルフの娘!ワシは約束した仕事は、全力でする!それがドワーフの誇りだ!」
得意げに笑うヴァロフに、ニコっと微笑むリーゼロッテ。
そして、ヴァロフはエマの傍に近寄ると、自分の首に掛けていたネックレスを外し、エマの首につける。
「その首飾りは、誇り高きドワーフである事の証でもある。持っていてくれるか?」
「うん!ずっと持ってる!大切にするねお爺ちゃん!王都ラーゼンシュルトの新しいお家で待ってるから、絶対に遊びに来てね!絶対だよ?お爺ちゃん!」
「…ああ…解っておる。きっと遊びに行くから…待っておれ。…レリアに小僧…エマの事を…頼んだぞ」
ヴァロフの言葉に静かに頷く、レリアと俺。
「なら、お前のなすべき事をしてくるのじゃ!お前はワシに大層な講釈をたれたのだからな。ワシにこれだけの事をさせておいて、負けましたは許さんからな!」
「…ええ。解ってます。必ず目的を果たします!」
俺のニコっと微笑む顔を見て、気に食わなさそうにフンと鼻を鳴らすヴァロフ。
挨拶を済ませた俺達は準備を整えて、カナーヴォンの村を後にするのであった。
「葵さん、マルタの村の村が見えてきました」
リーゼロッテに声に、目を覚ます。俺の横で寝ていたマルガも、可愛く大きな瞳を擦りながら、ショボショボさせている。そして、マルタの村を見て、嬉しそうにするマルガ
「マルタの村に着きましたねご主人様!」
「うん。クラーク村長と約束したからね。事が成ったら、必ず来るって。商人の約束は絶対。…と、ギルゴマさんが言ってるしね」
苦笑いしながら言う俺を見て、嬉しそうにするマルガ。
俺達は村の中に荷馬車を進めると、ちょうど作業をしていたクラーク村長が俺達を発見して、嬉しそうに近寄って来た。
「…約束通り…取引に来ました。取引しますか?」
俺の言葉に涙ぐむクラーク村長は、
「はい!是非お願いします!暫くお待ち下さい!」
そう言って小走りに去って行く。暫く待っていると、例の3人の少女達が、俺の前にクラーク村長と一緒にやって来た。3人の少女達も、俺を見て嬉しそうに微笑んでいる姿が、心に刺さる。
「約束通り、貴女達3人を買いに来ました。取引は、貴女達3人と、この2台の馬車に積まれている、塩と香辛料全部。条件はこれで良いですか?」
「おお!全てですか!これで…村は救われます!有難うございます!でも…本当に全ての商品と、交換して貰っても良いのですか?」
「ええ。この村で…その3人の少女達から、情報を貰わなければ、僕達の事は成りませんでしたからね。その分の情報料も入れてます」
ニコっと微笑む俺を見て、涙ぐみながら、握手をしてくるクラーク村長。
俺は、クラーク村長から離れ、3人の少女達の前に行く。
「これから君達に自由は無い。全て主人である俺の物になります。それに、恐らく…君達を奴隷商人に売る事にもなると思います。資金の回収もしたいのでね。それでも…売られる覚悟はありますか?」
俺の淡々とした口調に、ギュッと握り拳に力を入れている3人の少女は、揺るぎのない光を放った瞳で俺を見て、静かに頷く。
「解りました…半刻(30分)時間を与えます。早急に支度をして、家族に別れを告げてきて下さい」
俺の言葉に頷く3人の少女は頷き、それぞれの家に向かって駆けていく。
「ではその間に、クラーク村長には、商品の納品を。皆大急ぎで商品を降ろして!時間がないよ!」
俺の言葉に一同が頷く。そして、全ての商品を降ろし終わったと同時に、3人の少女達が、荷物鞄を抱えて帰って来た。3人の少女達の目はそれぞれが赤く腫れている。きっと泣きはらしたのであろう。
「ではこの羊皮紙に署名して下さい。契約終了の署名を…」
俺の言葉にクラーク村長、3人の少女達が署名をする。それを確認したリーゼロッテが頷き、羊皮紙をアイテムバッグにしまう。
「では…皆荷馬車に乗り込んで!期限までもう時間がない!荷馬車も軽くなったし、速度を上げて行くよ!」
「葵殿…感謝します。それから…お前達…すまない…本当に…許してくれ…」
「いいえクラーク村長様。私達は村を救える事に誇りを感じています。…村をよろしくお願いします」
「ああ…必ず!約束する!」
涙ぐみながら、最後の別れをする、クラーク村長と、3人の少女達。それを見てリーゼロッテとマルガは、ギュッと唇を噛んでいた。
「では出立します。クラーク村長お元気で!」
「ええ…皆さんも…」
身を切る様な表情で、俺と3人の少女を見つめるクラーク村長を残し、荷馬車は一路アッシジの町に向かって、進み出だした。
「本当にすまない…お前達の気持ちは…決して無駄にはしない…有難う…娘達よ…」
そう力なく呟いたクラーク村長は、村の中に帰って行った。
「遅い…あいつらは…一体何をしているんだ!」
ヒュアキントスがイライラしながら、アッシジの町の高速魔法船の停泊している桟橋で立っていた。
その様子を見て、とばっちりを食らいたくない、3人の亜種の美少女達は、身を寄せ合って少し震えていた。
辺りは日が傾き、空が赤くなって来ている。期日迄に王都ラーゼンシュルトに戻るには、遅くても日が沈む迄に出航しなければ、間に合わないのだ。
「ええ!もう出航せよ!時刻までに帰ってこれぬ、あいつらが悪いのだ!アルバラード殿には、僕が説明する!出航せよ!」
その声に、乗組員が準備を始めた時だった。荷馬車が2台、かなりの速度でやって来た。
それを見て、キッと睨むヒュアキントスは
「遅いぞ!時間も守れぬ様では、商人として失格だぞ!」
「時間ギリギリだったけど、期限は守れたじゃないか。…それに、そんな事…お前に言われたく無いけど?色々してくれたみたいだし?」
俺のきつい目を見て、ニヤッと口元を上げるヒュアキントスは、俺達の荷馬車を見て、唖然とする。
「荷馬車には…何も無く…女を5人だと!?ククク…アハハハ!負けを感じて、その亜種とエルフの一級奴隷の代りでも買ってきたのか?それとも、その女5人が、金貨100枚分の商品なのか?」
嘲笑うヒュアキントスに、ニヤッと笑う俺は
「さあな。それは最終の商品の提示の時のお楽しみだな。もう、何も出来ないし、移動で疲れたから、俺達は休ませて貰うよ」
荷馬車の積み込みの終わった俺達はそう告げると、用意してくれている客室に戻る。
それを流し目で見ているヒュアキントス。
「一体…どういうつもりだ?あいつらが町を出て、商品を仕入れる事も織り込み済みだが…。荷馬車に商品は無く…女5人…何を考えている?まあ…フィンラルディア王国に入って、関税を払う時に解るか。それに…あいつらには…何も出来なかったはずだしな。おい!帰るぞお前達!ボサっとするなよ!」
そのヒュアキントスの声に、返事をしてヒュアキントスに付いて行く、亜種の美少女3人。
こうして俺達を乗せた高速魔法船は、フィンラルディア王国に向かうのであった。
俺達を乗せた高速魔法船は、何事も無く、無事にフィンラルディア王国に帰っていた。
甲板からそれを眺めていた俺達は、フィンラルディアの懐かしい風に吹かれて居た。
徐々に速度を落とす高速魔法船は、ガクンと軽い揺れを起こして、桟橋に停泊した。作業員が高速魔法船に、丈夫な橋の様な板を設置していく。準備が整ったのか、係りの者が俺達を呼びに来た。
「準備が終わりました。商品の関税を支払って、ヴァレンティーノ宮殿に向かって下さい。貴方達の到着は既に知らせてあります。皆様がお待ちになって居らっしゃいますので、速やかに行動を始めて下さい」
その言葉に頷いた俺達は、それぞれの荷馬車に乗り込み、関税を支払う受付に行くと、ヒュアキントスが既に手続きに入っていた。
2匹のストーンカに引かれた、大きく丈夫な鋼鉄馬車と荷馬車には、予想通りの沢山の黒鉄が積まれている。
そして手続きの終わったヒュアキントスの馬車達は、ヴァレンティーノ宮殿に向けて進みだした。
俺達はその後に、関税の受付まで荷馬車を寄せる。すると、今回の選定戦の為だけの関税の役人が近寄ってきた。
「では関税を支払って貰います。取り決め通り、フィンラルディア王国内では、いかなる不正行為も禁止です。不正行為は失格を意味します。それは、貴方もヒュアキントス殿も同じです。彼からも関税をきちんとお支払い頂いておりますので。では、商品をお願いします」
そう言って、商品の提示を求める係の者に、ニコっと微笑みながら
「関税の掛る物は、一切積んでいません。なので、関税をお支払いする事は出来ません」
俺の言葉に、ピクッと眉を上げる係の物は
「確かに…荷馬車には、女性しかいませんが…もし、アイテムバッグ等に商品を入れて、関税を逃れたとしても、不正行為で、失格になってしまいますが…それでも宜しいのですね?」
少し眼差しのきつい係の者に、ニコっと微笑む俺は、
「ええ、それで結構です」
その言葉を聞いた係りの者は、軽く溜め息を吐き
「ではもう…何も言いますまい…お通り下さい」
呆れた様に言う係の者に挨拶をして、俺達もヴァレンティーノ宮殿を目指す。
バイエルントとは違う、王都ラーゼンシュルトの華やかで豪華な街並みを眺めながら荷馬車を進めると、純白の、何者にも汚される事を許さぬ、まるで天人が住んでいるかの様な、眩い王宮が見えてきた。
門で手続きを終えた俺達は、宮殿の玄関に荷馬車を止める。そして、荷馬車を預け、案内役に付いて行くと、謁見の間の扉の前で、ヒュアキントスが待っていた。
「なんだ…早かったじゃないか。そんなに関税の手続きに時間が掛からなかったのか?…こっちは、数えるのに、そこそこ時間が掛かったんだがね」
ニヤっと微笑むヒュアキントス。
「その答えは…すぐに解るよ」
ニヤっと笑う俺を見て、流し目で俺を見るヒュアキントス。
「ではお二方、女王様の前に行きますよ」
案内役に言われながら、謁見の間に入って行く、ヒュアキントス一行と俺達。
豪華な大広間に、真赤な綺麗な刺繍のされた絨毯が敷かれ、その奥に、黄金の玉座がある。
伏目がちに、その前まで行き、片膝を就いて頭を下げるヒュアキントス一行と俺達。
すると、綺麗で透き通る、気品の良い声が聞こえてきた。
「良く戻りました。ヒュアキントスに葵。その他の者もです。面を上げなさい」
アウロラ女王の声に、面を上げる。アウロラ女王は俺にニコっと微笑み、その横を見ると、綺麗なドレスで着飾ったルチアが、心配そうな顔で俺を見ていた。
すると、俺とヒュアキントスの前に、アルバラードが近寄って来た。
「選定戦の期日までに、よくぞ戻りましたね。ヒュアキントス殿も葵殿も、取り決めによる違反は無かったと、報告を受けています。なので、互いの仕入れた商品で、利益の高い者が、ルチア様の専任商人と言う事になります。宜しいですか?2人共」
アルバラードの言葉に静かに頷く。
「では、仕入れた商品の羊皮紙を提出して下さい。…まずは、ヒュアキントス殿から」
「はい、アルバラード殿」
ヒュアキントスはアイテムバッグから、羊皮紙の束を取り出すと、アルバラードに手渡す。
それを1枚ずつ確認していくアルバラード。
「フム…ヒュアキントス殿が仕入れたのは…金貨100枚分の黒鉄ですか。関税もきちんと金貨100枚から支払っていますね。しかも…なかなか上手く交渉しましたね。これは良い利益が期待出来るでしょう」
「ありがとう御座います、アルバラード殿」
ニヤッと俺を見て笑うヒュアキントス。
「では…葵殿。貴方の商品の羊皮紙を見せてくれますか?」
「えっと、僕の商品はこちらです。見て貰った方が早いので、出しますね」
俺はアイテムバッグから、複数の木箱を取り出す。その重量のある木箱を、ドスンと床に置いていく。
不思議そうに俺の行動を見ている一同に、俺はその木箱の一つを開けて、中身を見せる。
「これが僕の仕入れた商品です。ご確認下さい」
俺の言葉に真っ先にそれを見たヒュアキントスが、呆気にとられる。
「こ…これは…バイエルントの自国金貨か?これが…君の商品なのか?」
「そうだけど?何か文句でもある?」
俺の出した大量のバイエルントの自国金貨を見たヒュアキントスは、声を上げて笑う
「アハハハ!バイエルントの価値の低い自国金貨を、金貨100枚分も仕入れたのかい君は!?確かに通貨には関税は掛からない。だが、価値の低いバイエルントの自国金貨を、金貨100枚分仕入れても、通貨を両替しただけの事。量は増えて居る様に見えるが、ここにある大量の自国金貨はどこまでいっても、金貨100枚分の価値しか無い!いや…それどころか、下手をしたら、金貨100枚の価値を切るかもしれない。これだけのバイエルントの自国金貨が、まだ残っていた事には驚くが、何を考えているんだ君は?」
そう言って、可笑しそうに笑うヒュアキントスに、ニヤっと笑う俺は、
「確かに…天才様の言う通り、これが普通の自国金貨なら、どこまで行っても金貨100枚分の価値にしかならないし、下手したら原価を切るだろう。だけど…この自国金貨は、只の自国金貨ではない!」
俺の言葉を聞いたヒュアキントスは、何かを瞬時に理解したのか、俺にキツイ目を向ける。
「なるほど…金の含有量を下げ、バイエルントの自国金貨に見える様に手を加え、その差額を利益として献上するつもりか?それとも…この偽のバイエルントの自国金貨を、本物と言い張るつもりなのか?…君は重要な事を見落としている。このバイエルントの自国金貨が本物なら、確かに関税は掛からないが、偽物なら、金の加工品として、関税が掛る。そこはどう説明するつもりなんだ?」
ヒュアキントスの冷静な分析に、思わず口元が上がる。
「まあ…普通なら天才様の説明通りでしょう。でも、このバイエルントの自国金貨は、間違いなく本物。しかも…純金で作られたバイエルントの自国金貨だ!」
俺の話を聞いたヒュアキントスが、激しく狼狽する。
「な…なにを言ってるんだ君は!?新しく…こんなに沢山の自国金貨を作れる訳が無いだろう?自国金貨を作れる許可を貰った者には、それぞれ、年間に自国金貨を作れる総数は決められている!その量は微々たるものだ!こんなに大量の、自国金貨を作れる許可を持つ者など、存在しない!それはどこの国でもだ!許可を持つ者は、制約魔法で契約させられていて、違法は出来ないはず!例えこの自国金貨が純金で出来ていようとも、偽物であれば、金の加工品、つまり、装飾品として関税がかかる!そこはどう説明するつもりなんだ!」
声高に叫ぶヒュアキントスに、静かに語る俺。
「それはな天才様…生きていたんだよ…カナーヴォンの村に…通貨製造許可を持つ人がな!」
「そんなはずはない!あのカナーヴォンの村は、120年も前に、自国金貨を作る事をやめているんだ!120年も前の人が生きている訳がない!それにそんな報告は…」
その先を言おうとして、咄嗟に口を塞ぐヒュアキントス。俺はニヤッ笑い
「報告は…受けていないだろ?天才様。お前は全て報告を受けて、あのバイエルントを選んだ。しっかりと下調べをして、資料を見たんだろうが…120年前のバイエルント国の人事なんか全て解るはずは無い。このしっかりと管理しているフィンラルディア王国ならまだしも、当時金貨戦争で、侵略を受け、動乱の中にあったバイエルントが、きちんと把握出来ている訳が無いだろう?そこに輪をかけて…120年間放置された。そこに、許可を持つ人が生きているなんて、思わないだろうさ。事実、120年間カナーヴォンの村でも、自国金貨は作られていなかったのだからな!忘れられて当然だ!」
俺の言葉を聞いて、何かを言い出そうとしたヒュアキントスを、右手で制止する。
俺はアイテムバッグから、1枚の羊皮紙を取り出す。
「これは、この自国金貨を作ってくれた、カナーヴォンの村の通貨製造許可を持つ、ドワーフが書いてくれた、証明書だ。勿論、この自国金貨が全て本物と言う証の為にね。もし、この羊皮紙だけで信用出来ないなら、ここに来て、アウロラ女王陛下の前で、本物だと証言してくれるそうだ!これで、この自国金貨が、本物だと解っただろう!」
その羊皮紙を見つめるヒュアキントスの顔が蒼白になる。
「まさか…120年も前の許可を持つドワーフが生きているなんて、夢にも思わなかったろ?残念だったな天才様」
俺に肩を叩かれたヒュアキントスは、只々項垂れていた。
「アルバラードさん。理由は聞いて頂いた通りです。僕の仕入れた商品は、金貨99枚分の純金。今はバイエルント国の自国金貨の姿をしていますが…これで完了です」
そう言って、懐から1枚の金貨を取り出し、それアルバラードに手渡す。
「その金貨1枚で、この純金のバイエルントの自国金貨は鋳潰せます。これでちょうど金貨100枚!そしてこれが、純金を金貨99枚分仕入れた羊皮紙です」
それを受け取り確認するアルバラード。
「金の関税は売買価格の4倍か、フィンラルディア王国で定める、相場を元にした規定の関税の内、どちらか高い方になります。ここにあるのは…金貨99枚の4倍の価値のある金…金貨396枚分の金と同等の価値を持ちます。…どちらが、利益が高いか…誰が見ても解りますよね?アルバラードさん?」
激しく睨む俺を見て、フフッと楽しそうに笑うアルバラード。
そこに楽しそうな綺麗な声が、辺りに響く。
「フフフ。そう言う事だったのですか。貴方のお陰で、合点が行きましたわ」
口元に上品に、美しい装飾のある扇子を当て、楽しそうに言うアウロラ女王
「合点…と言われますと…?」
「それは、このフィンラルディア王国で、予想外の金の動きが、ここ10年位有るのですよ。まあ…量は多くないので、ダンジョンで発見される魔金貨が、最近多く取引されたのかと思いましたが…この様は方法で、関税を逃れていましたのね」
「なるほど…それは、なかなか厄介な相手でございますね。アウロラ女王陛下」
俺の言葉に、嬉しそうに微笑むアウロラ女王は
「何故…そう思うのですか?」
「理由は…このフィンラルディア王国の文官様が、詳しく調べるのを躊躇う又は、気にはなるが別の理由を付けたくなる様な微妙な所で金を密輸し、それを誰にも言わずに…自分だけ利益を10年間出しているのです。かなりの切れ者でしょうね」
「…確かにそうね。すぐに協議する事にしましょう。当然、今回は貴方に何の咎もありません。全て合法なのですから」
そう言って再度楽しそうにフフフと笑う、アウロラ女王は、
「アルバラード。どちらが勝ったのか、きちんと告げて上げなさい」
「はい、解りました。アウロラ女王陛下」
アウロラに一礼したアルバラードは、こちらに振り返る。
「今回のルチア様の専任商人選定戦は、純金を金貨99枚を仕入れた、葵殿の勝利とする!よって、ルチア様の専任商人は、葵殿に決定した!全ては厳正に行われた結果!異議異論は認めぬゆえ、双方心する様に願います」
その勝利宣言を聞いた、若干2名が声を上げる。
「やった~!葵兄ちゃんの勝ちだ!」
「そうです!ご主人様が勝ったのです!やったのです~!!」
満面の笑顔で、軽く飛び上がって、ハイタッチをしている、マルガにマルコ。
それを見て、微笑み合っている俺とリーゼロッテ。ふと、視線に気がついて、そちらを見ると、ルチアが嬉しそうに、瞳に涙を浮かべていた。それに、瞳で合図をすると、フン!と嬉しそうにソッポを向くルチア。
そんな俺達を見ながら傍にヒュアキントスが近寄ってきた。
「ネームプレートを出せ…」
力なく言うヒュアキントスに言われるままに、ネームプレートを差し出すと、ネームプレートが光り始める。そしてその光が消える。
「これで約束通り、あの3人の亜種の一級奴隷は君の物だ。鋼鉄馬車は、明日君の元に届ける」
そう言って、立ち去ろうとするヒュアキントスを、リーゼロッテが呼び止める
「まだ…約束は終わっていませんわよ?…葵さんとマルガさんへの…謝罪を忘れていますわ」
涼やかに微笑むリーゼロッテを見て。キュッと唇を噛むヒュアキントスは、再度俺の前に来ると
「君を侮辱してすまなかった。許してくれ。そこの亜種の一級奴隷の少女にも謝罪する」
そう言って、俺とマルガに軽く頭を下げるヒュアキントスは、アウロラ女王に挨拶をして足早に立ち去る。その後ろから、ジギスヴァルト宰相がヒュアキントスを追って行く。
「なんだよあいつ…あんな軽い謝罪だけしちゃってさ!」
納得のいかなさそうなマルコとマルガがウンウンと頷いている。そんな2人の頭を優しく撫でながら
「…あれでいいよ。…アイツは絶対に勝てる勝負で負けたんだ。アイツを推薦した者達から、この世の物とは思えぬ仕打ちを受けるだろうさ…」
「そうですね。どれほどの物になるか…解らない位に…」
俺とリーゼロッテの言葉に、静かに頷きながら、ヒュアキントスの出て行った扉を眺めているマルガとマルコ。
「さあ!これで全ては終わりました!ルチア。後は貴女がが良く、教えて上げなさい」
「ハイ!お母様!」
嬉しそうに返事をするルチアを、俺達は微笑みながら眺めていた。
「おい!待たぬかヒュアキントス!」
謁見の間から出た、ヒュアキントスを呼び止めるジギスヴァルト宰相。
それに振り返るヒュアキントス。
「この様な失態をしでかすとはな!…お前の父である、レオポルド殿に話があると、伝えておけ!覚悟は出来ているんだろうな…ヒュアキントス!」
激しくヒュアキントスを睨むジギスヴァルト宰相を、何の感情も持たぬ瞳で見つめるヒュアキントスは、
「解りました。父にその様に伝えておきます…ジギスヴァルト宰相様」
その返事を聞いて、怒りに身を染めながら立ち去っていく、ジギスヴァルト宰相。
そこに1人の、燃えるような赤い髪を靡かせた美少年が、ヒュアキントスに近づく。
その美少年に、力なく微笑むヒュアキントスは、
「ごめんよアポローン。君の為に勝ちたかったのだけど…僕は負けてしまったよ…」
そんなヒュアキントスをそっと抱きしめるアポローンは、
「気にする事はないさヒュアキントス。僕は何時でも君の傍に居る…、またやり直せば良いだけさ。君は天才だ。これまで負け知らずで、勝ち進んできた。ちょっと位寄り道しても…大丈夫だよ」
「有難う…優しいアポローン」
そんなアポローンを抱き返すヒュアキントス。
「行商人…葵 空。その名前は二度と忘れない。今度は僕が勝ちをもぎ取る…覚悟するんだね」
遠くなった謁見の間の扉を激しく睨みつけるヒュアキントス。
こうして、俺達のルチア専任商人選定戦は、幕を閉じたのであった。
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