愚者の狂想曲☆

ポニョ

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2章

愚者の狂想曲 49 殻の中の愚者

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「でりゃああ!!」

マリアネラは気合の声を上げる。

男達の一人に斬りかかったマリアネラと男は、火花を散らしながら鍔迫り合いをしている。

その後ろからゴグレグがバトルアックスで斬りかかるが、別の男達2人に挟撃され肩口を斬られる。



「ゴグレグ!」

「今行きます!ゴグレグさん!!」

俺は名剣フラガラッハの切先を男に向け突きを放つ。俺の突きを辛うじて躱した男は、瞬時に距離を取る。

しかし、俺が動いた事で手薄になったナディアに、別の男が襲い掛かる。



「チッ!!」

顔を歪めるマリアネラは、鍔迫り合いをしていた男を蹴り飛ばすと、ナディアに斬りかかった男の前に入り、両手の短剣で連撃を加える。

マリアネラの高速の剣技に押される男は、距離を取り陣形を組み直した。

俺達もナディアを守る様に三角の陣を組み直す。



「不味いね。前のマスタークラスの奴ら程じゃないけど、こいつらもどうやら上級者。一対一なら私やゴグレグの方に分があるけど…流石に上級者8人相手はキツイね!」

「それに、こちらには治癒魔法を使える者もいない。このまま攻撃され続ければ、動けなくなるのは明白」

ゴグレグの言葉にキュッと唇を噛むマリアネラ。

そんな俺達を嘲笑いながら見ていた男達の内、4人の男の体が淡黄色に光る。オーラの様な物に身体を包む4人の男達。



「チッ!しかも気戦術持ちが4人かい!厄介だねえ!こっちも気戦術を発動させるよ!」

「承知!」

マリアネラとゴグレグは体に力を入れ始めると、2人の身体が淡黄色に光るオーラの様な物に包まれる。身体強化の気戦術だ。



先程、霊視で男達の力を見たが、この8人の男達のLVは50代後半から60代前半。

その中で特に厄介なスキルを持つのがこの4人だ。

恐らくだがラウテッツァ紫彩騎士団、第5番隊の隊長であったハーラルトと同等の実力を持っている。

勿論マリアネラやゴグレグも同じ位の実力者ではあるが、唯一治癒魔法をつかえたヨーランは居ない上に、人数的に不利。

それにこっちはナディアを庇いながら戦わなければいけないのだ。



「と…兎に角、何とか切り抜けて、王都を目指しましょう!」

俺の言葉に頷くマリアネラとゴグレグ。

しかし、当然俺達を逃がす気のない男達は、一斉に俺達目掛けて跳躍してきた。



「クソ!!」

顔を歪めるマリアネラとゴグレグ。

マリアネラとゴグレグには、気戦術を発動させた4人の男達が襲いかかる。

一対一なら分があるマリアネラとゴグレグも、気戦術持ちを一人で2人ずつ相手にするのは相当キツイらしく、その顔には全く余裕は無かった。



「マリアネラさんゴグレグさん今行きます!」

俺がそう叫んだ時、俺の前に残りの2人の男が立ちはだかる。



「こっちは私達で何とかするから、葵はナディアを守るんだ!」

「解りました!」

俺は名剣フラガラッハの切先を2人の男達に向けると、精神を集中する。

俺の身体は薄紅色のオーラで包まれる。俺のレアスキルである闘気術だ。その俺の薄紅色のオーラを見て、顔を歪める2人の男。



「邪魔だ!!!道を開けろ!」

俺はそう叫ぶと、闘気術で強化された名剣フラガラッハで男を斬りつける。

その斬撃を辛うじて躱す男は、距離を取る際に俺の腹に蹴りを入れる。

軽くたじろく俺の背後から、別の男のロングソードが迫る。

そのロングソードを名剣フラガラッハで弾くが、別の男に側方から肩口を斬られる。

ナディアは俺の肩から流れ出す鮮血を見て、激しく瞳を揺らしていた。



俺のLVは35。

この2人の男のLVは58と61。

俺が何とか戦えているのは、レアスキルの闘気術のおかげだ。

気戦術以上の身体強化の出来る闘気術だからこそ、LV差を埋めて戦えている。

しかし、気戦術を使えないとはいえ、この上級者2人を同時に相手にするのは危険すぎる。

しかもまだ後方に2人敵が残っているのだ。

ここは銃剣2丁拳銃のグリムリッパーを召喚して、一気に片をつけるべきか…



そんな事を考えていた時だった。激しい金属音の後に、呻き声が聞こえる。

その声に振り向くと、マリアネラが男に1人に、肩口にロングソードを突き立てられていた。



「グッ!!!クソ!!!!」

そう叫んだマリアネラの背後から、別の男が背中を斬りつける。

まともに斬りつけられたマリアネラの背中から、鮮血が吹き出す。



「うおおあああああ!!!」

声高に叫んだマリアネラは気勢を上げる。それと同時に輝きを増す淡黄色に光るオーラ。

マリアネラは最後の力を振り絞ると、気戦術を全開にして男に短剣で斬りかかる。

その高速の剣技に為す術が無かった男は、マリアネラの短剣で首を刎ねられる。



しかし、最後の力を使い切ったマリアネラに、別の男が腹にロングソードを突き刺し蹴り飛ばす。

マリアネラは鮮血を流しながら蹴り飛ばされ、地面に倒れこむ。

その地面にみるみる血溜まりが出来て行く。



「マリアネラ!!!!」

そう叫んだゴグレグはマリアネラの元に跳躍しようとするが、気戦術を発動させている男から、別々の方向から斬られる。

かなり深く斬られたのか、鮮血を吹き出すゴグレグは、斬られながらも1人の男の両腕を掴むと、超至近距離からウォーターブレスを浴びせる。

超至近距離からウォーターブレスを浴びた男は、無数の水の玉に身体を削られ、上半身が無くなっていた。



だが、そのゴグレグの背後から、マリアネラを倒した男が、気戦術の気勢を上げて突きを放つ。

それを躱しきれないゴグレグは、腹を突き刺され鮮血を吹き出す。

それと同時にもう一人の男が、ゴグレグの胸にロングソードを突き立て蹴り飛ばす。

激しく蹴り飛ばされたゴグレグは、民家の壁に激しい音をさせて衝突すると、地面に倒れこんだ。

民家の壁には、ゴグレグの鮮血が墓標の様に滴っている。



「マリアネラさん!!ゴグレグさん!!!」

俺が悲壮な声を上げる中、マリアネラとゴグレグを倒した2人の男が、気戦術の気勢を上げて、ナディアに向かって跳躍する。ソレを感じて顔を青くするナディア。



「ナディア!!!!」

俺は2人の男を蹴り飛ばし、闘気術全開でナディアの元に跳躍する。

しかし、その次の瞬間、俺の身体に激しい激痛が走る。

気戦術を発動させていた2人の男のロングソードが、俺の心臓と腹を貫いていたのだ。



「…グフ…」

短く声を出し、口から血を吐く俺。夥しい鮮血が身体から吹き出す。



「い…嫌ーーー!!!そ…空ーーー!!!!」

眼前で串刺しになっている俺を見て、悲壮な叫び声を上げるナディアを見て、ニヤッと嘲笑う2人の男。

そして、トドメをさしたロングソードを俺の身体から引き抜こうとして力を入れた瞬間、2人の男は眩く光り輝く薄紅色のオーラに視界を奪われる。



「迦楼羅流銃剣術、奥義、百花繚乱!!!」

銃剣2丁拳銃グリムリッパーから射撃された、何百と言う流星嵐の様な魔法弾が、咲き乱れるかの様に2人の男達に襲いかかる。

至近距離からの百花繚乱の無数の魔法弾に、なす術無く断末魔の声を上げながら身体を撃ち抜かれていく2人の男は、グチャッと肉片になって地面に崩れ落ちていく。

2人の男を撃ち抜いた俺は、激痛に襲われ片膝をつく。



「空!!!空!!!!」

ナディアは嗚咽混じりに叫ぶと、俺の身体に抱きつく。

そして、俺の身体から出ている鮮血を見て、身体を震えさせながら



「空!大丈夫!?お願い…死なないで!!!」

俺の身体を掴み、狼狽するナディアの頭を優しく撫でる。



「だ…大丈夫。俺は…これ位じゃ…死なないから…」

その言葉を聞いて困惑しながらも、少し安堵の表情を浮かべるナディア。

残りの4人の男達は、一瞬で気戦術を発動させていた仲間がやられた事で、陣形を組み直して俺の様子を伺っていた。



かなりやばい…

気戦術を使える上級者の4人はもう居ないが、残り4人の上級者の相手を、俺一人で相手をしなければならない。

それに加え、ナディアや戦闘不能になっているマリアネラとゴグレグを、守りながら戦わなければならないのだ。

マリアネラとゴグレグの傷は、明らかに致命傷クラスだ。一刻も早く治療しないと絶命するだろう。

時間の猶予は全く有りはしない。

しかも、俺の心臓と腹には、ロングソードが刺さったままだ。

両手のグリムリッパーを地面に置く事も出来ず、ナディアに抜いて貰う様な悠長な事も出来ないであろう。相手は上級者なのだ。その隙にやられてしまう…

速攻でこの4人の上級者達を倒し、マリアネラ達を治療する。

マリアネラ達とナディアを庇いながら、超回復が切れる前に…



『そんな事…今の俺に出来るはずはない…ここは…後の事を考えず、なりふり構わず…種族能力を解放するしか…道は無い…か』

俺はそう心の中で呟き覚悟を決める。

4人の男達は顔を見合わせ、足に力を入れていた。どうやら向こうも覚悟を決めた様であった。

俺はそれを感じ、ナディアを自分の後ろに回し、フラフラとしながら立ち上がり、2丁拳銃グリムリッパーの召喚を解く。

俺の謎の行動に一瞬眉を動かす男達であったが、すぐに顔を引き締め直すと、2人の男が俺目掛けて跳躍してきた。残りの2人の男達は何かの魔法の詠唱を始めている。

この連携で俺を確実に仕留めるつもりなのであろう。



俺は跳躍している2人の男のロングソードを眼前にしながら、種族能力を解放しようとした時であった。

右後方から黄緑色に光り輝く風の塊の様な物が、跳躍してきた男2人に、高速で回転しながら銃弾の様に突っ込んだ。



「迦楼羅流格闘術!壱式 桜散華!!!」

黄緑色に光り輝く風の塊は高速で男2人に突っ込むと、男2人の身体を上下2つに切り裂いてしまった。

そして、地面に着地した黄緑色に光り輝く風の塊は俺に振り返り、そのライトグリーンの透き通る様な美しい瞳を向ける。俺はその見覚えのある美しい瞳を見て狼狽する。



「マ…マルガ!?ど…どうして此処に!?」

激しく困惑している俺をよそに、マルガは俺に瞬時に近寄り



「…すぐにこの剣を抜いて治癒魔法を掛けます!もう少し我慢して下さいねご主人様!」

マルガはそう言うと俺の心臓と腹に刺さっている2本のロングソードに手を掛ける。

しかし、暫く仲間がやられた事に呆気に取られていた残りの2人は正気を取り戻し、俺達に向かって詠唱の終わった魔法を放とうとしていた。

俺はマルガを自分の後ろに庇おうとして、マルガに優しく止められる。

マルガはニコッと微笑み軽く首を横に振る。

その次の瞬間、聞き覚えのある美しい声が辺りに響き渡る。



「貴方達になどに、葵さんやマルガさんをやらせはしませんわ!お行きなさい!私の可愛い人形達!!」

その美しい声が響き渡るやいなや、2人の男に高速で迫る何かは、1人の男を別々の方向から剣を突き立てていた。

心臓と首を刺された男は鮮血を噴水の様に吹き出しながら、地面に倒れ絶命する。

そして、主人の元に帰り、両側でフワフワと浮いている鋼鉄の2体の人形達。



「ブ…ブラッディーマリーにローズマリー!?リーゼロッテ!?」

俺の狼狽する声を聞いて、可笑しそうにクスッと女神の様に微笑むリーゼロッテ。



「遅くなりましたね葵さん。もう大丈夫ですわ」

そう言ってブラッディーマリーとローズマリーを、残りの男に追撃させるリーゼロッテ。

ローズマリーとブラッディーマリーの2体の人形の斬撃を何とか躱した男は、体制を立て直そうとして距離を取る。

しかし、その着地地点で、何かが高速でその男の両足を貫いた。



「オイラの事も忘れないでよね!葵兄ちゃん!」

そう言い放った少年は、その手に持つ魔法銀のクリスで、男の首を刎ね飛ばした。



「へんだ!オイラだってやる時はやるんだからね!」

そう言って得意げな顔をする少年は、俺の元に駆け寄ってきた。



「大丈夫だった葵兄ちゃん?」

「マ…マルコまで!?」

混乱している俺を見て、マルガとマルコは顔を見合わせて微笑んでいた。



「兎に角、お話は後にしましょう。私はマリアネラさんに治癒魔法を施します。マルガさんは葵さんに治癒魔法を掛けたら、ゴグレグさんに治癒魔法を」

「ハイです!リーゼロッテさん!」

元気良くハイと右手を上げて返事をしたマルガは、俺から剣を引き抜くと治癒魔法を掛けてくれた。

そして、テテテと走ってゴグレグに治癒魔法を掛ける。

リーゼロッテとマルガに治癒魔法を掛けて貰ったマリアネラとゴグレグは、両肩を抱えられながら俺達の元に戻って来た。



「…回復ありがとねマルガにリーゼロッテ。でも…どうしてこの子達が此処に居るんだい葵?」

「いえ…俺には…」

マリアネラの言葉にどもっている俺を見て、少し楽しそうにしているリーゼロッテ。



「…それは、葵さんには、私が作った遠吠えの笛が首にかかっているからですわ」

「ふへ!?遠吠えの笛!?ナニソレ?」

少し変な声を出して首を傾げる俺を見て、より一層楽しそうな顔をしているリーゼロッテ。



「今朝出かける時に、マルガさんが葵さんの首に掛けた、その木彫りの首飾りの事ですわ葵さん。その遠吠えの笛は特殊な機構をしていまして、歩いている時の風の抵抗で、特殊な音が出るのです」

「え!?でも…そんな音は聞こえなかったけど?」

「それはそうですわ葵さん。その遠吠えの笛の音は、人間族には聞き取れません。地球で言う所の犬笛と言うのに似ています。獣人系の耳の良い亜種族でなければ、聞こえません。葵さんは特に感知能力が高いですから、その辺も注意しながら作りましたしね。マルガさんですら、聞こえるか聞こえないかの品。私達の中でもはっきりと聞こえるのは、耳の非常に良い、純粋なワーウルフであるステラさんのみですからね」

そう言い終わったリーゼロッテは路地の影の方に視線を向ける。

するとその影から3人の女性が少し申し訳なさそうに俺達の前に出てきた。



「ステラ、ミーア、シノン!?」

「「「葵様…すいません!!」」」

そう言って申し訳なさそうに頭を下げる、ステラ、ミーア、シノンの3人。



「でも何故…」

俺がそう言いかけた所で、マルガがテテテと俺の前に出てきた。

そして、その綺麗な透き通る様なライトグリーンの瞳を俺に向ける。



「…ご主人様…私達は…マルガは、ご主人様の足手まといですか?」

そう言って、ライトグリーンの綺麗な瞳に涙を浮かべながら、瞳を揺らしているマルガ。



「そ…そんな事は無いよマルガ!」

「では何故、私を置いて…いえ、私達を置いて、1人でナディアちゃん達を助けようとするのですかご主人様!!」

少しウウウと唸っているマルガ。尻尾が逆立ってボワボワしていた。

俺に対して初めて本気で怒っているマルガにアタフタしていると、クスクスと笑いながらリーゼロッテが俺に近寄る。



「…きっと葵さんの事ですから、私達に何かあったら心配だと思ったのでしょう?ですから、私達に危険が及ばない様に1人で行動をした。でも…葵さんは重要な事を忘れていますわ」

「…重要な事?」

「そうです重要な事。葵さんが私達の事を大切に思ってくれているのは嬉しい事ですわ。しかし、葵さんと同じ様に…私達も葵さんの事が大切なのです。そこが解ってませんわ葵さん」

「いや…俺だって…皆の事は…」

そう言いかけた所で、マルガが俺に一層近寄って叫ぶ。



「ご主人様は解ってません!!もし…私の知らない所で、ご主人様に何かあったと思うと…私は…耐えられません!私の全ては…ご主人様の為にあるのですから!!!!」

まるで魂の咆哮の様に叫んだマルガは、我慢出来無くなったのか、大粒の涙を流しながら俺の胸に抱きついて泣きじゃくっている。



「マ…マルガ…」

俺はたまらなく愛おしいマルガをギュッと抱きしめると、同じ様にギュウウと泣きじゃくりながらも抱き返してくれる。



「ここにいる皆だけじゃなく、きっとエマさんやレリアさん、それにユーダさんだって葵さんの事を大切に思って居るはずですわ。葵さんは…その気持を…切り捨てるつもりですか?…たとえ困難な事で危険な事であっても、逃げては行けませんわ葵さん。自分1人の考えの中に…」

そう言って透き通る様な金色の瞳を静かに向けるリーゼロッテ。

その美しい金色の瞳は、全てを物語る様な、優しい光に包まれていた。



俺はまた…やってしまったんじゃないのか?

確かに俺は、マルガやリーゼロッテ、ステラにミーア、シノンの事が命より大切だ。

だから今回の事は俺一人で解決するつもりだった。

でも、俺がマルガ達をを大切に思うのと同じ様に…マルガ達も俺の事が命より大切に思ってくれているのだ。

俺はソレを感じて解っていたらこうしたのだが、彼女達にしてみれば…裏切りにも等しい行為だっただろう…



『逃げてはいけない…自分一人の考えの中に…か』

その言葉が、俺の胸の奥に深く突き刺さる。如何に自分が矮小であったかを思い知る。

俺は胸の中でまだ泣きじゃくっているマルガの頭を優しく撫でる。

するとマルガは涙で濡らした綺麗なライトグリーンの瞳を俺に向ける。



「…ごめんねマルガ」

「…許しませんです。でも…もうこんな事をしないと約束してくれるのなら…許さない事も…無いですよご主人様?」

そう小さく呟いてプイとソッポを向くマルガ。金色の毛並みの良い尻尾がモジモジしながら揺れている。

余りにもモジモジしている尻尾を見て、可笑しくなってクスッと笑ってしまう俺に気がついたマルガは、顔を赤くして頬をプクッと膨らませて、拗ねマルガに変身してしまった。

俺は堪らなく愛おしくなって、ギュッとマルガを抱きしめる。



「…うん、約束する。もう…こんな事はしない。だから…許してくれるマルガ?」

その言葉を聞いいたマルガは、大粒の涙を綺麗なライトグリーンの瞳から、宝石の様に流す。



「し…仕方ないですから、許してあげるのですご主人様!…私っていじらしいのです…」

「…イヤラシイ?」

「いじらしいです!」

そう言いながらも、ギュッと俺を抱きしめるマルガ。

優しくマルガの頭を撫でると、エヘヘと微笑みながら、満面の笑みを俺に向けてくれる。

マルガの金色の毛並みの良い尻尾は、まるで何かの技の様に、ブンブンと回転していた。



「皆もごめんね…ありがとね」

そう言って俺が苦笑いをすると、ステラ、ミーア、シノンが俺に抱きついて、その美しい顔を俺の胸に埋める。



「私やミーア、シノンだって…葵様が全てです。忘れないで下さいね?」

「ステラ姉姉の言う通りなのですよ葵様~。もう…1人でなんて許しません~」

「ミーアも同じです。残されるのは…嫌です葵様」

そう言って、瞳を揺らしているステラ、ミーア、シノン。



「…うん、もうしないよ。好きだよステラ、ミーア、シノン」

その言葉を聞いたステラ、ミーア、シノンも瞳に涙を浮かべていた。

そんな俺達を見ていたマリアネラはクスクスと笑う。俺は少し恥ずかしくなって顔を赤らめる。



「…良い娘達を供にしてるね葵」

「…そうですね」

気恥ずかしく言う俺に、フフと笑うマリアネラとゴグレグ。



「ま~葵兄ちゃんの手に負えない事は、オイラがやってあげるよ!オイラは葵兄ちゃんの1番弟子だしさ!」

「…期待してるよマルコ」

そう言ってフフと微笑むと、任せといてよ!と言って、トンと胸を叩くマルコ。

それを幸せそうな顔で見つめて居たリーゼロッテが、綺麗な声を響かせる。



「ではマリアネラさん達にはもっと良い治療を受けて貰わないと行けませんし、一度宿舎に帰りましょうか」

リーゼロッテの言葉に頷く一同。

俺とマルコは両肩でマリアネラを支え、ゴグレグはリーゼロッテの召喚人形のブラッディーマリーとローズマリーに支えられる。

それを確認したリーゼロッテは先頭を歩き始める。



「…リーゼロッテ。いつから気がついていたの?」

俺の言葉に振り向くリーゼロッテはクスッと笑うと



「…初めからですわ葵さん」

「初めから?」

「そう初めからです。葵さんがナディアさんを1人だけ連れてこられた時からですわ。葵さんはコティーさん達は別の仕事だと言っていましたけど、そんな事はありえませんわ。ナディアさん達の絆はきっと本物。ですから行動する時はいつも一緒のはずなのです。それなのに1人だけで宿舎に移住…。おかしく思っても不思議じゃありませんわ」

そう言って全てを見透かす様な、優しい瞳を俺に向けるリーゼロッテ。



「…ごめんねリーゼロッテ」

「…何も葵さんが謝る事はありませんわ。…それに私は誓いましたから」

「…誓い?何を誓ったの?」

俺が不思議そうに首を傾げると、そんな俺を見たリーゼロッテは楽しそうにクスクスと微笑むと俺の傍に近寄り顔を近づける。



「…たとえ…世界中を敵に回しても…葵さんとマルガさんは私が守ってみせると…誓ったのですよ」

俺の耳元で囁く様に言うリーゼロッテ。

顔の赤くなった俺は、少しアタフタしながらリーゼロッテを見る。

太陽の光りに照らされたリーゼロッテの微笑みは、まさに月の女神の様に神々しく、とても美しく感じられた。

そんな俺を見て、一層楽しそうな、幸せな微笑みを向けてくれるリーゼロッテは勢い良く踵を返す。



「さあ、急いで宿舎に戻りましょう。敵の追手が来るかもしれませんし。それに…今後の事も…宿舎で話し合わないとダメでしょうからね」

そう言って楽しそうに先頭を歩き始めるリーゼロッテ。

俺達は顔を見合わせ微笑みながら宿舎に戻っていく。



しかし、宿舎に戻った俺達に、さらなる試練が待ち受けている事を、この時は誰も解ってはいなかった。
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