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2章
愚者の狂想曲 50 打たれる楔
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食堂屋で襲撃された俺とマリアネラ達は、マルガやリーゼロッテ達のお陰で助けられ、今は宿舎に向かって歩いている。
そして、王都ラーゼンシュルトの門付近に来た所で、俺達一行に気がついた男達が駆け寄ってくる。
「リーゼロッテ殿!ご無事でしたか!」
「ええ、何とか無事ですわ。心配をお掛けしました」
そう言ってリーゼロッテの微笑む顔を見て、安堵の表情を浮かべる魔法師団の男。
どうやらリーゼロッテの指示で、この門で待機してくれるように言われていたらしいのだ。
魔法師団の男は両肩を支えられているマリアネラとゴグレグに視線を向けて、眉間に皺を寄せる。
「…やはりリーゼロッテ殿の言われる通り、葵殿達は襲撃されていましたか…」
「…ですね。とりあえず宿舎に戻りますので、ここからはまた護衛をお願い出来ますか?」
「解りました。お任せ下さい」
そう言って胸に手をかざす魔法師団の男。
俺達は護衛の魔法師団と合流出来た事に安堵し、王都を宿舎に向かって歩き出す。
そして暫く歩いていると、前方に男の人2人間で手を握り、ブランコをして貰ってキャキャとはしゃいでいる女の子が見えた。
その見覚えのある女の子が俺達を見つけて、嬉しそうにテテテと走り寄ってきた。
「あ!葵お兄ちゃんみつけた~!」
そう言って嬉しそうに俺に抱きつくエマ。
ふと横に視線を移すと、苦笑いをしているレリアの姿が目に入った。
「どこかに出かけていたのですかレリアさん?」
「ええ…その…また…ギルゴマさんの所に…」
そう言って申し訳なさそうに微笑むレリア。それを見たレリア達を護衛していた魔法師団の男達は、クスクスと笑っていた。
エマは以前リスボン商会の王都ラーゼンシュルト支店に行った時に、ギルゴマ達と仲良くなって、ギルゴマから商売のついでにバイエルント国のカナーヴォンの村に立ち寄る行商人がいれば、祖父であるドワーフのヴァロフに手紙を渡して貰える様に約束していた。
それに喜んだエマは、次々と手紙を書いては、せっせとギルゴマの元に持って行っている。
初めはある程度、日の間隔が空いていたのであるが、最近ではほぼ毎日手紙を書いてはギルゴマの元に運んでいる。
当然そんなにカナーヴォンの村に立ち寄る行商人は居ない。
恐らくギルゴマの手元には、日々溜まっていくエマの手紙が有るのであろう。
その想いの詰まった手紙の束を見て、困った顔をしているであろうギルゴマと、苦笑いしているリューディアの顔をが、手に取る様に浮かぶ。
その事を考え少し口元に笑いを浮かべていると、エマは両肩を支えられているゴグレグとマリアネラの姿が目に入った。
「トカゲさん!マリアネラお姉ちゃん!どうしたの!?また何かあったの!?」
2人の傍にテテテと走り寄ったエマは、2人の血に染まった格好を見て激しく瞳を揺らす。
余程心配だったのかゴグレグにギュウと抱きつき、ゴグレグの身体のあちこちを見回していた。
「私達は大丈夫だよエマ」
「ウム、問題ない」
そう言ってエマの頭を優しく撫でる子煩悩リザード。
エマはあからさまに安堵の表情を浮かべると、エヘヘと笑いながら瞳に涙を浮かべていた。
「…とりあえず宿舎に帰ろうか」
俺の言葉に頷く一同。
俺達は魔法師団の護衛の元、宿舎に向かって歩き出す。
そして、グリモワール学院の正門に来た所で、守衛の兵士達が慌ただしく動き回っている姿が目に入ってきた。
俺達はそれを不思議に思いながら正門をくぐると、俺達に気がついた守衛の兵士の1人が近寄ってきた。
「葵殿!お戻りになられましたか!」
「はい…えっと…何かあったのですか?」
兵士の慌て様に、俺が戸惑いながら問い返すと、少し落ち着きを取り戻した兵士は
「…詳しくは、葵殿達の宿舎の方でご説明します。そちらにはメーティス統括理事とアルベルティーナ学院長もいらっしゃると思いますので」
そう言って俺達を宿舎に行く様に促す守衛の兵士。
俺達は戸惑いながらも宿舎に戻ると、宿舎入り口の前には、沢山の魔法師団の兵士達が集まっていた。
その中から2人の女性が俺達に気が付き近寄ってくる。
「葵ちゃん戻ったのね」
「メーティスさんこれは一体…何かあったのですか?」
「…とりあえず宿舎の中で話をしましょう。…エンディミオン光暁魔導師団は引き続き事態の調査よ!宿舎の警護も怠らないでね」
メーティスの言葉に、胸に手をかざし行動に移る魔法師団の男達。
俺達はメーティス達の後を続いて宿舎に入り、寛ぎの間に集合する。
そして、皆が腰を掛けたのを確認したメーティスは俺の傍に近寄り、1枚の手紙を俺に差し出す。
「これは…何ですかメーティスさん?」
手紙を受け取った俺は、手紙をマジマジと見つめながらメーティスに問いかける。
「…その手紙は、人攫い達が置いていった物だと思うわ。手紙の封は切ってないけどね」
「え!?人攫い達が俺に!?何の為に?」
俺が少し困惑している中で、メーティスは申し訳無さそうな表情を浮かべ、言い難そうに口を開く。
「葵ちゃんごめんなさい…」
「…メーティスさん?」
「……ユーダさんが…攫われてしまったの…」
「「「「えええ!!!」」」」
メーティスの言葉に、皆が声を上げる。
「ど…どういう事なのですかメーティスさん!?」
俺の戸惑う言葉に、キュッと唇を噛むメーティス。それを見ていたアルベルティーナは深い溜め息を吐く。
「…護衛していたエンディミオン光暁魔導師団やグリモワール学院の守衛の兵士達が皆…眠らされてしまったのよ葵さん。その隙に…ユーダさんは攫われてしまったのよ」
「ですが、エンディミオン光暁魔導師団やこのグリモワール学院の守衛の兵士さん達は、皆が上級者。その上級者を全員眠らせるなんて事、出来るのですか?」
リーゼロッテの言葉に皆が頷く。
それはそうだ。
エンディミオン光暁魔導師団やグリモワール学院の守衛の兵士達は、マスタークラスの相手とも戦える実力者だ。
そんな人達を全員眠らせるなんて事、出来るのか?
よしんば睡眠の魔法を唱えれば、全員を眠らせるだけの威力を出そうとすれば、その魔力で誰かに気づかれる。
ここはグリモワール学院。統括理事のメーティスを筆頭に、優秀な人材の宝庫でもあるのだ。
その人物達に気づかれずに、広範囲の強力な魔法など使えるはずがない…
皆がその事を考えていると、メーティスが重たい口を開く。
「それは…ユーダさんから貰った食べ物を食べたからなのよ葵ちゃん」
「え!?それは…どういう事なのですか!?」
「…護衛につかせていたエンディミオン光暁魔導師団やグリモワール学院の守衛の兵士達の話では、ユーダさんから貰ったお菓子を食べて、暫くした後に眠たくなって意識を失ったと証言しているわ」
その言葉を聞いた俺達は一層困惑の表情を浮かべる。
「…話が見えませんわメーティスさん。ユーダさんのお菓子を食べて眠らされたのは解りましたが、そのお菓子を食べさせた張本人が攫われているのですから」
リーゼロッテの言葉に、ウンウンと頷くマルガにマルコ。
「リーゼロッテの言う通りね。…意識を取り戻した兵士達に話を聞いた所、どうやらユーダさんはそのお菓子を、このグリモワール学院の学徒に貰ったと言っていたらしいわ。ユーダさんは気遣いの出来る人で、いつも護衛の魔法師団や守衛の兵士達に、お世話になっているからと、色々何かを作っては差し入れをしてくれていたのよ。そこを…利用されたのよ…」
そう言ってメーティスは腕を組みながら説明してくれる。
そう言えば以前にユーダさんから、お世話になっている魔法師団の人達や守衛の人達に、少しでもお返しがしたいと、何か作って上げたいと俺に許可を求めていた。
俺も良く気が利くユーダさんの言葉に納得して許可を与えていた。
それを利用されたのか…
「…つまり、このグリモワール学院の学徒達の中に…例の人攫い達と内通している者が居ると言う事なのですねメーティスさん?」
リーゼロッテの直球の言葉に、寂しそうに頷くメーティス。
「この学院は、沢山の学徒が居ます。沢山の力のある貴族の家系の者、商家、それこそ他国の王族に至るまで、様々な人達が居ます。その中で例の者達と繋がりのある者が居たのでしょう…」
言い難そうにそう言ったアルベルティーナ。
「ごめんなさい葵ちゃん。私の不注意だわ…」
「…いえ、メーティスさんのせいではありませんよ。それに俺だって、ユーダさんに許可を与えていましたから…」
俺の言葉に、ありがとうと小さく呟く様に言うメーティス。
「とりあえず、その人攫いが置いていったと思われる手紙を見てはどうですか葵さん?」
「そうだねリーゼロッテ。開けてみるよ」
俺はリーゼロッテの言葉に頷き、手紙の封を切る。中には1枚の羊皮紙が入っていた。
それを広げて内容を読み、俺の表情がみるみる曇る。
「…手紙には…何て書いてあるのですかご主人様?」
俺の曇る表情を見て、心配そうに瞳を揺らしているマルガ。
俺は手紙に書かれている内容を朗読する。
『…女は預かった。これ以上深入りするのであれば、女の命は無いと思へ。俺達はいつでもお前達を監視している事を忘れるな』
その手紙の内容を聞いたマルガにマルコ、エマは、瞳を激しく揺らしていた。
「非常に不味いですわね葵さん。…どうされますか?」
リーゼロッテは顎に手を当てながら何かを考えていた。
「…そうだね…とりあえずは、今日ルチア達がバスティーユ大監獄の視察に入っている。今日はルチア達に会えないだろう。明日またハプスブルグ伯爵家の別邸で会う約束をしているから、その時に、バスティーユ大監獄の視察での事を聞いて、この件も相談するよ。今ジタバタしても、何も始まらないだろうしさ…」
俺の言葉に、心配そうに頷く一同。
「今日は色々あったから、皆ゆっくりと休んで。特にマリアネラさんとゴグレグさんは非道い傷を負ったのですから、メーティスさんに再度、早く治る様に上級の治癒魔法を掛けて貰って下さい」
「解ったよ葵…」
そう言って頷くマリアネラとゴグレグ。
「…ナディアも身体がまだ痛いでしょ?ナディアもゆっくりと休むんだよ?」
俺の手をずっと握っていたナディアは、コクコクと小さく頷く。
「じゃ~解散しようか。…メーティスさん、アルベルティーナ学院長、引き続き警護の方、宜しくお願いします。それから、学徒関係で何か解ったら、俺達にも教えて下さい」
「解ったわ葵ちゃん。警護の方は皆に厳重にするように指示を出しておくわ。学徒の方も、今調べさせているから、何か解ったら伝えるわね」
メーティスの言葉に礼を言い、頷く俺。
そして、皆が心配そうな面持ちで解散する中、白銀キツネの子供、甘えん坊のルナがトテテと歩いて寛ぎの間を出て行く。
いつも主人であるマルガの傍を片時も離れない甘えん坊の行動を不思議に思い、マルガをみながらルナを指さす。
「えっと、最近なのですが、この学院の学徒さんの中に友達が出来たみたいなのです。最近はいつもこの時間に、その友人に会いに行っているのですよご主人様」
そう言って軽く微笑むマルガ。
まあ、普通の白銀キツネは人に慣れない事で有名だが、ルナはマルガと特別な関係だし、俺達にも良く懐いているから、他の人間に対しても、警戒心が薄いのかな?
そんなことを俺が考えていると、マルコが何かを思い出したかの様に声を出す。
「いけね!オイラ、リーズとラルクルに、ご飯と水を上げるの忘れてた!ちょっと行ってくるよ!」
そう言って苦笑いをしながら、馬小屋に向かって小走りに走って寛ぎの間を出て行くマルコ。
それに顔を見合わせて微笑む俺とマルガ。
俺達は明日ルチアとの面会の事を考えながら、宿舎で休養するのであった。
寛ぎの間を出たマルコは、小走りに走りながら馬小屋に向かっていた。
そして、もう少しで馬小屋に着く所で、トテテと歩いて行く白銀キツネの子供、甘えん坊のルナの姿が目に入った。
マルコは寛ぎの間で聞いたルナの友人と言う言葉を思い出して好奇心が湧いたのか、ルナの後をこっそりと付いていく事にした。
そして、暫く少し距離を取りながら、ルナの後をついていくと、校舎の裏にある小さな花壇の方に歩いて行く。
その小さな花壇は校舎の裏にあるが日当たりが良く、誰かが手入れをしているのか、真冬に関わらず美しい花を咲かせていた。
その花壇にトテテと歩いて行くルナは、その花壇に向かって膝を折っている1人の女性の傍に行くと、女性の足元に擦り寄る。
そんなルナに気がついた女性は、ルナを嬉しそうに抱きかかえると、頬ずりを始める。
「今日も来たのかい白銀キツネ?私も会いたかったよ」
そう言ってルナを胸に抱き、嬉しそうな声を出す女性。
「ほら、今日もお菓子を持ってきたからお食べ」
そう言って懐からお菓子を取り出すと、ルナの口元に持っていく。
ルナは嬉しそうにク~と鳴くと、女性の手の平の上にあるお菓子を食べ始める。
「こら!私の手を舐めないで!くすぐったいわよ~!」
嬉しそうにそう言う女性は、ルナの頭を優しく撫でていた。
マルコはその楽しそうな光景に、隠れていた事を忘れて花壇に向かって歩き出していた。
そして女性の背後に近寄った所で、マルコの気配に気がついた女性がマルコに振り返る。
その時、マルコは時間が止まったかの様に固まってしまった。
その女性は年の頃はリーゼロッテと同じ位であろうか?18~19歳位だと解る。
腰まで伸びた薄い青紫色の独特な感じの美しいブロンドの髪は、良く手入れされているのか、陽の光を浴びて輝いていた。
決めの細かい柔らかそうな褐色の肌、リーゼロッテの様に胸は無いが、スラリとした印象の強いスタイル。身長も高く、恐らくだが172cmはあるだろう。
その独特の青紫色のブロンドの隙間から、美しい銀色の瞳を覗かせていた。
女性はキツメの印象はあるが、マルガやリーゼロッテ、ルチアにも引けを取らない位の人間族の超美少女だった。
その超美少女はマルコを見て、先程までの表情を一変させる。
「…貴方、この学院の生徒では無い様だけど…私に何か…用なのかしら?」
キツク睨みつける様にマルコを見つめる超美少女。
マルコはその言葉にハッと我を取り戻し、アタフタと取り乱す。
「あ!えっとオイラはマルコです!えっと、えっと、その白銀キツネの飼い主と知り合いで、たまたま見かけたので後を着いて来ちゃいました!ごめんなさい!」
そう言って慌てながら深々と頭を下げるマルコ。
その余りにも狼狽している姿が面白かったのか、その表情を和らげる超美少女。
「…そう、この白銀キツネの飼い主と知り合いなんだ。やっぱり、この白銀キツネは飼われていたのね。人に懐かない事で有名な白銀キツネがこんなにも人に懐くなんて…おかしいと思ってたのよね」
そう言って軽く微笑む超美少女に見惚れるマルコ。
「でも、貴女はそのルナに好かれています!ルナは貴女の事を大切な友達だと思ってます!」
「あらそうなの?嬉しいわ。…でも、まるで、この白銀キツネと話でもしたかの様な言い方ね」
「あ…それは…その…」
マルガのレアスキルの説明の出来ないマルコは、モジモジとしながら超美少女にに見蕩れていた。
そんなマルコを見て、超美少女は可笑しいのか、口に手を当てて、クスクスと笑う。
気恥ずかしさ全開のマルコは、話をそらす様に口を開く。
「き…綺麗な花壇ですね!真冬なのに綺麗な花が咲いてるし!」
少し声の上ずっているマルコを見て、クスクスと笑う超美少女。
「それは私が丹精込めて手入れをしているからよ。この花はプリムラっていうの。真冬でも花を咲かせる花。そして、私の名前も、この花と同じ名前なの」
「そ…そうなの!?…プリムラか~良い名前だね!」
少し声の上ずっているマルコの言葉を聞いたプリムラは、美しい微笑みを湛える。
「…ありがとう。私もプリムラって名前は気に入ってるわ。私の大切なお母様がつけてくれた名前だから。マルコって名前も良いと思うわよ。貴方にに似合ってるわ」
その女神の様な微笑みを湛えるプリムラに、再度見惚れて顔を赤くして照れているマルコ。
それを可笑しそうにクスクスと笑っているプリムラ。
「…私の顔に、何かついてるかしら?」
余りにもプリムラに見惚れているマルコを見て、可笑しそうに言うプリムラ。
マルコはハッと我を取り戻し、両手をブンブンと横に振る。
「な…何もついてないよ!あ…余りにも綺麗だな~って…思って…その…つい…」
そう言ってモジモジしているマルコ。
「…そんな風にはっきりと言われると、嬉しいけど恥ずかしいわね」
嬉しそうに微笑むプリムラ。再度見惚れているマルコ。
「プリムラさんは綺麗だし、優しそうだから、きっとお友達とかも多いだろうね!って…あれ?オイラ何言ってるんだろ!?」
プリムラに上がっているマルコは言葉を羅列して、何を言ってるのか解らなくなっていた。
そんなマルコを感じたプリムラは、可笑しそうにクスクスと笑うと、瞳を少し下げ、寂しそうな顔をする。
「…私に友達なんていないわ…。この白銀キツネのルナが初めての友達…かな?」
そう言って寂しそうにルナを抱きしめるプリムラ。
「何故?そんな事は無いと思うけど!プリムラさんなら、きっと一杯友達が出来るとオイラは思うよ!」
力一杯言ったマルコを見て、フフと儚げに微笑むプリムラ。
「…色々有るのよ…私にもね」
そう言って儚げに微笑むプリムラを見たマルコは、ギュウウと握り拳に力を入れる。
「ならオイラと友達になってよプリムラさん!!ルナの次の…2番目の友達って事で!!!」
そう言って強引にプリムラの手を握るマルコ。
プリムラは突然そんな事を言い出したマルコをキョトンとして見ていたが、マルコの真剣な眼差しを見て、フフと笑う。
「…そう、私と友達になってくれるのね」
「うん!これから友達だよプリムラさん!!!」
そう言ってギュッとプリムラの手を握るマルコ。
そのマルコの手の暖かさに、少し嬉しそうに表情を緩めるプリムラ。
「解ったわ。じゃ、改めて自己紹介ね。私はプリムラよ」
「オイラはマルコ!よろしくねプリムラさん!」
プリムラとマルコは握手をしながら微笑み合う。その足元では、嬉しそうなルナが、プリムラとマルコの足に、可愛い顔をスリスリとしていた。
それを見て顔を見合わせて微笑み合うプリムラとマルコ。
その時であった、優しい空気を切り裂くかの様な声が、辺りに響く。
「おい!プリムラ!そこで何をしている!こっちに来い!!」
その怒鳴り声に近い声を聞いたプリムラの表情が一瞬で強張る。
マルコはその声の方に振り向くと、そこにはかなり身なりの良い中年の男性が立っていた。
その身なりの良い男性は、激しくマルコを睨みつけていた。
その視線に、軽くたじろいてしまうマルコ。
「…今日はここまでにしましょう。貴方もルナを連れて帰って。…またね…マルコ」
「うん…またねプリムラさん」
そう言って、ルナをマルコの胸に強引に抱かえさせると、小走りに身なりの良い男の元に駆けていくプリムラ。
マルコは少し戸惑いながらも、プリムラに言われた通りルナを抱かえ、宿舎に向かってトボトボと歩き出した。
そして、マルコの姿が見えなくなった事を確認した身なりの良い男は、プリムラを強引に抱き寄せる。
「…あの少年は誰だ?」
低いドスの聞いた声でプリムラに言う身なりの良い男。
プリムラは俯きながら小さな声を出す。
「…さあ?この学院の作業員か何かでしょう?…只、道を聞かれただけですわ」
「…それなら良い。…お前に近づく者は…女だあろうが容赦はせんからな。ましてや…それが男で有るなら…」
そう言って、プリムラを抱きしめる両手を、胸と尻に回す身なりの良い男。
その手はまるで、プリムラを陵辱するかの様な動きであった。
「や…やめて下さいお父様!此処は…グリモワール学院の中なのですから!」
そう言って、身を悶えさせるプリムラを見て、ニヤッといやしい微笑みを湛える男。
「…解っておるわ。この学院の中で、お前を抱く様な事はせん。15日後に帰ってきた時に…存分に可愛がってやるからな…楽しみだよ…」
そう言って強引にプリムラの唇を奪う男。
それに抗うプリムラを見て、卑猥な表情を浮かべる男。
「…所で、例の件は上手く行った様だなプリムラ?」
男の両手から逃れたプリムラは、少し険しい表情を浮かべる。
「…お父様に言われた通り、例の行商人の女の使用人に、睡眠薬入のお菓子を渡しましたわ。その後変装したモリエンテス騎士団が、女の使用人を箱に詰め、手はず通りに連れて行きましたわ」
そのプリムラの言葉を聞いた男は、満足そうにウムと頷く。
「いつまでもあのヒュアキントスの良いようにされてはかなわぬからな。私達メネンデス伯爵家の為にも、あの女を有効に使わせて貰わねばな」
そう言って嘲笑う男。
「解っていますわお父様。私もメネンデス伯爵家の当主であるお父様の役に立てる様にするつもりです。…ですから…お母様と…」
「解っておるわ!その内お前の母と合わせてやる!お前は私の言う通りにしておけば良いのだ!」
そう言ってプリムラの顎を強引に握る握るメネンデス伯爵。
その言葉に、キュッと唇を噛みながら、メネンデス伯爵を睨みつけるだけしか出来ないでいたプリムラであった。
バスティーユ大監獄の視察に入った日、俺達が襲われ、ユーダが攫われた日の翌日、俺達は約束通り、ハプスブルグ伯爵家の別邸に足を運んでいた。
護衛の魔法師団には別室で待っていて貰らい、案内役の後をついて執務室に入ると、俺達に気がついたルチアが声をかけてきた。
「よく来たわね、そこに腰掛けて」
言葉少なげに言うルチアの言葉通りに、椅子に腰を降ろす俺達。
当然一緒に来ていたナディアは、俺の手を握りしめながら左側に座る。右側にはナディアと同じ様に俺の手を握るマルガが、神妙な面持ちでルチアを見ていた。
「早速ですが、昨日バスティーユ大監獄の視察をして、何かコティーさん達の情報に繋がる事はありましたかルチアさん?」
リーゼロッテの直球の言葉に、キュッと唇を噛むルチア。
「…いえ、何も…発見出来なかったわ。バスティーユ大監獄を隅々まで視察したけど…人攫い達が運ばれた形跡や、攫われた人達はいなかったのよ…」
その言葉を聞いたナディアは、ギュウと俺の手を握りしめながら、激しくルチアを睨みつけていた。
「…そんな筈はない…確かに…鋼鉄馬車が…コティー達を攫って行った!!!」
そう言って甲高い声を出すナディアを何とか宥める俺。
ナディアは瞳に涙を浮かべながら俺を見つめていた。
そのナディアの言葉を聞いて、静まり返っている執務室。その中で何かを考えていたリーゼロッテが椅子から立ち上がる。
「すいませんが…少しの間、ルチアさんとマティアスさんをお借りしても良いでしょうか?」
突然のリーゼロッテの言葉に、少し首を傾げるアリスティドとマクシミリアン。
「それは良いが…何か私達の前では話せない事なのかね?」
「いえ、そう言う訳じゃありませんわアリスティド様。理由は聞かないでくれたら嬉しいのですが?」
リーゼロッテの言葉にフムと頷くアリスティド。
「…解った。ルチア様が了承されるのであれば、私達は構わぬよ」
「私は良いわ。…別の部屋を借りるわねアリスティド」
ルチアの言葉に頷くアリスティドは、執事に俺達を別室に案内させる。
俺達はリーゼロッテの言葉に困惑しながらも、執事のすぐ後ろを歩くリーゼロッテの後に付いていく。
そして、少し離れた部屋に案内される俺達。執事は軽くお辞儀をして部屋から出て行った。
それを確認したリーゼロッテはマティアスに向き直る。
「マティアスさん、この部屋に、風の魔法で、音を遮断してくれませんか?」
「…了解した」
リーゼロッテの言葉を聞いたマティアスは、魔法の詠唱を始める。
そして右手を部屋全体にかざすと、リーゼロッテに向き直る。
「これで、この部屋で話している声は、他には聞こえないでしょう」
「ありがとうございますわマティアスさん」
涼やかな微笑みを湛えるリーゼロッテに、ウムと頷くマティアス。
「…所でエルフちゃん、別室に移動して、しかも、風の魔法で音まで遮断させるなんて、余程誰かに聞かれたくない話しなのかしら?」
ルチアは少し流し目でリーゼロッテを見つめる。
リーゼロッテは涼やかな微笑みを湛えながら、美しい声を響かせる。
「…昨日、ユーダさんが何者かに攫われました」
「ええ!?どういう事!?」
リーゼロッテの言葉に困惑を隠せないルチア。
リーゼロッテは昨日の事を、ルチア達に説明して行く。説明を聞いたルチアは、顔を歪める。
「そう、グリモワール学院内にも刺客を送っているのね。厄介な事だわ!」
「その件に関しては、メーティスさんが調べてくれていますが、用意周到な相手の事ですから、その学徒の特定に至るかどうかは解りません」
リーゼロッテの言葉に、そうねと、小さく呟くルチア。
「で、その事は解ったけど、なぜここに連れてきたのエルフちゃん?」
ルチアの言葉に頷くマルガにマルコ。
リーゼロッテは腕組みをしながら、透き通る様な金色の瞳を向ける。
「…色々と…おかしいところが多いと思いませんか皆さん?」
リーゼロッテの言葉に顔を見合わせる俺達。その中でルチアだけは顎に手を当てて何かを考えていた。
「…色々おかしいって…何がなのリーゼロッテ」
「今までの事を思い出して下さい葵さん。私達がこの依頼に関わってからと言うもの、いつも後手を打たされています。…それは…何故なのでしょうか?」
リーゼロッテの言葉に、首を傾げるマルガにマルコ。ルチアは静かにリーゼロッテを見つめている。
「…それは…相手が用意周到に動いているからではないのですかリーゼロッテさん?」
「そうですねマルガさん。では…何故用意周到に動けるのでしょうか?」
リーゼロッテの再度の質問に、可愛い首を傾げて、ウ~ンと唸っているマルガ。
「それは…俺達の事を…どこかで監視しているからかな?」
マルコが疑問形でリーゼロッテに言う。
「しかし、感知能力の高い、マルガさんやステラさん、葵さんの目をかい潜り、ソレを実行するのは、かなりの事。なのに相手はソレを事も無げに実行している様に見える。ソレは何故でしょうか?」
その言葉を聞いて更に悩むマルガにマルコ。その横で、腕を組みながら静かに話を聞いていたルチアは、軽く溜め息を吐く。
「…つまり、エルフちゃんは…私達の中で…あいつらの内通者が居ると言いたいのね?」
その言葉を聞いたマルガにマルコは、驚きの声を上げる。
「ええ!?ですが…私達の中に…そんな人は居ませんですよリーゼロッテさん!?」
「そうだよ!みんな良い人だし!」
顔を見合わせて困惑しているマルガにマルコ。
「…そうですね。ですが、現に私達は後手をいつも取らされていますわ。それに、今回の突然のバスティーユ大監獄の視察をしたのにも関わらず、何も情報は得られなかった。確かに、攫われた人達がバスティーユ大監獄に運ばれていない可能性も有りますが、状況的に考えて、バスティーユ大監獄で何かをしていると考えた方が辻褄が合いますわ。それなのに、突然の視察にも関わらず、何も情報は得られなかった。これは…私達の情報が漏れていると、考えた方が良いですわ。良く今までの事を…思い出して下さい」
リーゼロッテの言葉に、俺達は今までの事を思い出す。
確かに俺達はいつも後手を取らされている。
初めて、人攫いの襲撃を受けてた時も、狙いすましたかの様に襲われ、退路を絶たれている。
その後の襲撃に関してもそうだ。
いつも俺達の行動を予測した動きでやられている。まるで、聞いていたかの様に…
「私達が襲われる時は、決まって国軍や街を守備しているはずの兵士達も居ませんわ。ソレは…どこかの誰かの指示で動かされているのかもしれません。私達の行動を知った上で」
リーゼロッテの言葉に、そう言えばと顔を見合わせるマルガにマルコ。
「…だから、私達だけで話ができる様にしたかったのねエルフちゃん?」
「…そうです。ここに居る方は、私が勝手に本当に信頼出来ると思っている人のみですので」
「…エルフちゃんに掛かったら、正義の象徴で有るハプスブルグ伯爵家も信用出来ないのね」
「そういう事ではありませんわ。しかし…ここに居る人以上に、信用できるかどうかは、別なのは確かですわね」
そう言って涼やかな微笑みを湛えるリーゼロッテを見て、小悪魔のような笑みを浮かべるルチア。
そのお互いの含み笑いを見て、少しゾクッとなる俺。
「…リーゼロッテの話は解った。じゃ~ここに居る者だけで、どうしたら良いか考えよう」
俺の言葉に頷く一同。
「…とりあえずは、俺達の中に内通者が居ると仮定して話をすると、これ以上、魔法師団の護衛なしに調査するのは危険が多すぎてダメだって事ダよねリーゼロッテ?」
「そうですわね葵さん。魔法師団の護衛が有れば安全ですが、それでは調査に支障が出ます。しかし護衛が無いと、今度こそ命が無いかも知れません。それに今回は、ユーダさんの命も掛かっています。コティーさん達の事もありますから、むやみに動けません。今度動く時は…確実に、相手の情報を掴める手段が無いとダメでしょう」
リーゼロッテは腕を組みながら少しきつい目をする。
確かにリーゼロッテの言う通り。
俺達に内通者が居て、俺達の行動が全て知られて居るのであれば、今度こそ命は無いであろう。
それに加えユーダさんやコティー達の命もかかっている。
確実な方法でないと、命はないであろう。
「…俺に1つ案があるんだ」
「…どんな案なの葵?」
「…うん、だけど、その案には、他の皆と連絡を取れる手段がないと、成り立たないんだ。それが問題でさ…」
俺がそう言って腕組みをしている時、窓からの陽の光に照らされた、マルガの首元に光り輝く、母の形見であるルビーが目に入ってきた。
何気にその美しいルビーの光に見惚れていた俺は、ある事を思い出す。
「…いける。いや…行けるかもしれない!!!」
突然声高に叫んだ俺を見て、困惑の表情を浮かべる一同。俺は皆に向き直り、
「この案には…皆の協力が必要だ。…皆…俺を信じて…くれる?」
俺の真剣な言葉に、迷いなく頷いてくれる一同。
俺はその気持に応えるべく覚悟を決める。
『必ず…ユーダさんも、コティー達も取り戻す!』
俺はそう心に誓い、皆に案を語るのであった。
そして、王都ラーゼンシュルトの門付近に来た所で、俺達一行に気がついた男達が駆け寄ってくる。
「リーゼロッテ殿!ご無事でしたか!」
「ええ、何とか無事ですわ。心配をお掛けしました」
そう言ってリーゼロッテの微笑む顔を見て、安堵の表情を浮かべる魔法師団の男。
どうやらリーゼロッテの指示で、この門で待機してくれるように言われていたらしいのだ。
魔法師団の男は両肩を支えられているマリアネラとゴグレグに視線を向けて、眉間に皺を寄せる。
「…やはりリーゼロッテ殿の言われる通り、葵殿達は襲撃されていましたか…」
「…ですね。とりあえず宿舎に戻りますので、ここからはまた護衛をお願い出来ますか?」
「解りました。お任せ下さい」
そう言って胸に手をかざす魔法師団の男。
俺達は護衛の魔法師団と合流出来た事に安堵し、王都を宿舎に向かって歩き出す。
そして暫く歩いていると、前方に男の人2人間で手を握り、ブランコをして貰ってキャキャとはしゃいでいる女の子が見えた。
その見覚えのある女の子が俺達を見つけて、嬉しそうにテテテと走り寄ってきた。
「あ!葵お兄ちゃんみつけた~!」
そう言って嬉しそうに俺に抱きつくエマ。
ふと横に視線を移すと、苦笑いをしているレリアの姿が目に入った。
「どこかに出かけていたのですかレリアさん?」
「ええ…その…また…ギルゴマさんの所に…」
そう言って申し訳なさそうに微笑むレリア。それを見たレリア達を護衛していた魔法師団の男達は、クスクスと笑っていた。
エマは以前リスボン商会の王都ラーゼンシュルト支店に行った時に、ギルゴマ達と仲良くなって、ギルゴマから商売のついでにバイエルント国のカナーヴォンの村に立ち寄る行商人がいれば、祖父であるドワーフのヴァロフに手紙を渡して貰える様に約束していた。
それに喜んだエマは、次々と手紙を書いては、せっせとギルゴマの元に持って行っている。
初めはある程度、日の間隔が空いていたのであるが、最近ではほぼ毎日手紙を書いてはギルゴマの元に運んでいる。
当然そんなにカナーヴォンの村に立ち寄る行商人は居ない。
恐らくギルゴマの手元には、日々溜まっていくエマの手紙が有るのであろう。
その想いの詰まった手紙の束を見て、困った顔をしているであろうギルゴマと、苦笑いしているリューディアの顔をが、手に取る様に浮かぶ。
その事を考え少し口元に笑いを浮かべていると、エマは両肩を支えられているゴグレグとマリアネラの姿が目に入った。
「トカゲさん!マリアネラお姉ちゃん!どうしたの!?また何かあったの!?」
2人の傍にテテテと走り寄ったエマは、2人の血に染まった格好を見て激しく瞳を揺らす。
余程心配だったのかゴグレグにギュウと抱きつき、ゴグレグの身体のあちこちを見回していた。
「私達は大丈夫だよエマ」
「ウム、問題ない」
そう言ってエマの頭を優しく撫でる子煩悩リザード。
エマはあからさまに安堵の表情を浮かべると、エヘヘと笑いながら瞳に涙を浮かべていた。
「…とりあえず宿舎に帰ろうか」
俺の言葉に頷く一同。
俺達は魔法師団の護衛の元、宿舎に向かって歩き出す。
そして、グリモワール学院の正門に来た所で、守衛の兵士達が慌ただしく動き回っている姿が目に入ってきた。
俺達はそれを不思議に思いながら正門をくぐると、俺達に気がついた守衛の兵士の1人が近寄ってきた。
「葵殿!お戻りになられましたか!」
「はい…えっと…何かあったのですか?」
兵士の慌て様に、俺が戸惑いながら問い返すと、少し落ち着きを取り戻した兵士は
「…詳しくは、葵殿達の宿舎の方でご説明します。そちらにはメーティス統括理事とアルベルティーナ学院長もいらっしゃると思いますので」
そう言って俺達を宿舎に行く様に促す守衛の兵士。
俺達は戸惑いながらも宿舎に戻ると、宿舎入り口の前には、沢山の魔法師団の兵士達が集まっていた。
その中から2人の女性が俺達に気が付き近寄ってくる。
「葵ちゃん戻ったのね」
「メーティスさんこれは一体…何かあったのですか?」
「…とりあえず宿舎の中で話をしましょう。…エンディミオン光暁魔導師団は引き続き事態の調査よ!宿舎の警護も怠らないでね」
メーティスの言葉に、胸に手をかざし行動に移る魔法師団の男達。
俺達はメーティス達の後を続いて宿舎に入り、寛ぎの間に集合する。
そして、皆が腰を掛けたのを確認したメーティスは俺の傍に近寄り、1枚の手紙を俺に差し出す。
「これは…何ですかメーティスさん?」
手紙を受け取った俺は、手紙をマジマジと見つめながらメーティスに問いかける。
「…その手紙は、人攫い達が置いていった物だと思うわ。手紙の封は切ってないけどね」
「え!?人攫い達が俺に!?何の為に?」
俺が少し困惑している中で、メーティスは申し訳無さそうな表情を浮かべ、言い難そうに口を開く。
「葵ちゃんごめんなさい…」
「…メーティスさん?」
「……ユーダさんが…攫われてしまったの…」
「「「「えええ!!!」」」」
メーティスの言葉に、皆が声を上げる。
「ど…どういう事なのですかメーティスさん!?」
俺の戸惑う言葉に、キュッと唇を噛むメーティス。それを見ていたアルベルティーナは深い溜め息を吐く。
「…護衛していたエンディミオン光暁魔導師団やグリモワール学院の守衛の兵士達が皆…眠らされてしまったのよ葵さん。その隙に…ユーダさんは攫われてしまったのよ」
「ですが、エンディミオン光暁魔導師団やこのグリモワール学院の守衛の兵士さん達は、皆が上級者。その上級者を全員眠らせるなんて事、出来るのですか?」
リーゼロッテの言葉に皆が頷く。
それはそうだ。
エンディミオン光暁魔導師団やグリモワール学院の守衛の兵士達は、マスタークラスの相手とも戦える実力者だ。
そんな人達を全員眠らせるなんて事、出来るのか?
よしんば睡眠の魔法を唱えれば、全員を眠らせるだけの威力を出そうとすれば、その魔力で誰かに気づかれる。
ここはグリモワール学院。統括理事のメーティスを筆頭に、優秀な人材の宝庫でもあるのだ。
その人物達に気づかれずに、広範囲の強力な魔法など使えるはずがない…
皆がその事を考えていると、メーティスが重たい口を開く。
「それは…ユーダさんから貰った食べ物を食べたからなのよ葵ちゃん」
「え!?それは…どういう事なのですか!?」
「…護衛につかせていたエンディミオン光暁魔導師団やグリモワール学院の守衛の兵士達の話では、ユーダさんから貰ったお菓子を食べて、暫くした後に眠たくなって意識を失ったと証言しているわ」
その言葉を聞いた俺達は一層困惑の表情を浮かべる。
「…話が見えませんわメーティスさん。ユーダさんのお菓子を食べて眠らされたのは解りましたが、そのお菓子を食べさせた張本人が攫われているのですから」
リーゼロッテの言葉に、ウンウンと頷くマルガにマルコ。
「リーゼロッテの言う通りね。…意識を取り戻した兵士達に話を聞いた所、どうやらユーダさんはそのお菓子を、このグリモワール学院の学徒に貰ったと言っていたらしいわ。ユーダさんは気遣いの出来る人で、いつも護衛の魔法師団や守衛の兵士達に、お世話になっているからと、色々何かを作っては差し入れをしてくれていたのよ。そこを…利用されたのよ…」
そう言ってメーティスは腕を組みながら説明してくれる。
そう言えば以前にユーダさんから、お世話になっている魔法師団の人達や守衛の人達に、少しでもお返しがしたいと、何か作って上げたいと俺に許可を求めていた。
俺も良く気が利くユーダさんの言葉に納得して許可を与えていた。
それを利用されたのか…
「…つまり、このグリモワール学院の学徒達の中に…例の人攫い達と内通している者が居ると言う事なのですねメーティスさん?」
リーゼロッテの直球の言葉に、寂しそうに頷くメーティス。
「この学院は、沢山の学徒が居ます。沢山の力のある貴族の家系の者、商家、それこそ他国の王族に至るまで、様々な人達が居ます。その中で例の者達と繋がりのある者が居たのでしょう…」
言い難そうにそう言ったアルベルティーナ。
「ごめんなさい葵ちゃん。私の不注意だわ…」
「…いえ、メーティスさんのせいではありませんよ。それに俺だって、ユーダさんに許可を与えていましたから…」
俺の言葉に、ありがとうと小さく呟く様に言うメーティス。
「とりあえず、その人攫いが置いていったと思われる手紙を見てはどうですか葵さん?」
「そうだねリーゼロッテ。開けてみるよ」
俺はリーゼロッテの言葉に頷き、手紙の封を切る。中には1枚の羊皮紙が入っていた。
それを広げて内容を読み、俺の表情がみるみる曇る。
「…手紙には…何て書いてあるのですかご主人様?」
俺の曇る表情を見て、心配そうに瞳を揺らしているマルガ。
俺は手紙に書かれている内容を朗読する。
『…女は預かった。これ以上深入りするのであれば、女の命は無いと思へ。俺達はいつでもお前達を監視している事を忘れるな』
その手紙の内容を聞いたマルガにマルコ、エマは、瞳を激しく揺らしていた。
「非常に不味いですわね葵さん。…どうされますか?」
リーゼロッテは顎に手を当てながら何かを考えていた。
「…そうだね…とりあえずは、今日ルチア達がバスティーユ大監獄の視察に入っている。今日はルチア達に会えないだろう。明日またハプスブルグ伯爵家の別邸で会う約束をしているから、その時に、バスティーユ大監獄の視察での事を聞いて、この件も相談するよ。今ジタバタしても、何も始まらないだろうしさ…」
俺の言葉に、心配そうに頷く一同。
「今日は色々あったから、皆ゆっくりと休んで。特にマリアネラさんとゴグレグさんは非道い傷を負ったのですから、メーティスさんに再度、早く治る様に上級の治癒魔法を掛けて貰って下さい」
「解ったよ葵…」
そう言って頷くマリアネラとゴグレグ。
「…ナディアも身体がまだ痛いでしょ?ナディアもゆっくりと休むんだよ?」
俺の手をずっと握っていたナディアは、コクコクと小さく頷く。
「じゃ~解散しようか。…メーティスさん、アルベルティーナ学院長、引き続き警護の方、宜しくお願いします。それから、学徒関係で何か解ったら、俺達にも教えて下さい」
「解ったわ葵ちゃん。警護の方は皆に厳重にするように指示を出しておくわ。学徒の方も、今調べさせているから、何か解ったら伝えるわね」
メーティスの言葉に礼を言い、頷く俺。
そして、皆が心配そうな面持ちで解散する中、白銀キツネの子供、甘えん坊のルナがトテテと歩いて寛ぎの間を出て行く。
いつも主人であるマルガの傍を片時も離れない甘えん坊の行動を不思議に思い、マルガをみながらルナを指さす。
「えっと、最近なのですが、この学院の学徒さんの中に友達が出来たみたいなのです。最近はいつもこの時間に、その友人に会いに行っているのですよご主人様」
そう言って軽く微笑むマルガ。
まあ、普通の白銀キツネは人に慣れない事で有名だが、ルナはマルガと特別な関係だし、俺達にも良く懐いているから、他の人間に対しても、警戒心が薄いのかな?
そんなことを俺が考えていると、マルコが何かを思い出したかの様に声を出す。
「いけね!オイラ、リーズとラルクルに、ご飯と水を上げるの忘れてた!ちょっと行ってくるよ!」
そう言って苦笑いをしながら、馬小屋に向かって小走りに走って寛ぎの間を出て行くマルコ。
それに顔を見合わせて微笑む俺とマルガ。
俺達は明日ルチアとの面会の事を考えながら、宿舎で休養するのであった。
寛ぎの間を出たマルコは、小走りに走りながら馬小屋に向かっていた。
そして、もう少しで馬小屋に着く所で、トテテと歩いて行く白銀キツネの子供、甘えん坊のルナの姿が目に入った。
マルコは寛ぎの間で聞いたルナの友人と言う言葉を思い出して好奇心が湧いたのか、ルナの後をこっそりと付いていく事にした。
そして、暫く少し距離を取りながら、ルナの後をついていくと、校舎の裏にある小さな花壇の方に歩いて行く。
その小さな花壇は校舎の裏にあるが日当たりが良く、誰かが手入れをしているのか、真冬に関わらず美しい花を咲かせていた。
その花壇にトテテと歩いて行くルナは、その花壇に向かって膝を折っている1人の女性の傍に行くと、女性の足元に擦り寄る。
そんなルナに気がついた女性は、ルナを嬉しそうに抱きかかえると、頬ずりを始める。
「今日も来たのかい白銀キツネ?私も会いたかったよ」
そう言ってルナを胸に抱き、嬉しそうな声を出す女性。
「ほら、今日もお菓子を持ってきたからお食べ」
そう言って懐からお菓子を取り出すと、ルナの口元に持っていく。
ルナは嬉しそうにク~と鳴くと、女性の手の平の上にあるお菓子を食べ始める。
「こら!私の手を舐めないで!くすぐったいわよ~!」
嬉しそうにそう言う女性は、ルナの頭を優しく撫でていた。
マルコはその楽しそうな光景に、隠れていた事を忘れて花壇に向かって歩き出していた。
そして女性の背後に近寄った所で、マルコの気配に気がついた女性がマルコに振り返る。
その時、マルコは時間が止まったかの様に固まってしまった。
その女性は年の頃はリーゼロッテと同じ位であろうか?18~19歳位だと解る。
腰まで伸びた薄い青紫色の独特な感じの美しいブロンドの髪は、良く手入れされているのか、陽の光を浴びて輝いていた。
決めの細かい柔らかそうな褐色の肌、リーゼロッテの様に胸は無いが、スラリとした印象の強いスタイル。身長も高く、恐らくだが172cmはあるだろう。
その独特の青紫色のブロンドの隙間から、美しい銀色の瞳を覗かせていた。
女性はキツメの印象はあるが、マルガやリーゼロッテ、ルチアにも引けを取らない位の人間族の超美少女だった。
その超美少女はマルコを見て、先程までの表情を一変させる。
「…貴方、この学院の生徒では無い様だけど…私に何か…用なのかしら?」
キツク睨みつける様にマルコを見つめる超美少女。
マルコはその言葉にハッと我を取り戻し、アタフタと取り乱す。
「あ!えっとオイラはマルコです!えっと、えっと、その白銀キツネの飼い主と知り合いで、たまたま見かけたので後を着いて来ちゃいました!ごめんなさい!」
そう言って慌てながら深々と頭を下げるマルコ。
その余りにも狼狽している姿が面白かったのか、その表情を和らげる超美少女。
「…そう、この白銀キツネの飼い主と知り合いなんだ。やっぱり、この白銀キツネは飼われていたのね。人に懐かない事で有名な白銀キツネがこんなにも人に懐くなんて…おかしいと思ってたのよね」
そう言って軽く微笑む超美少女に見惚れるマルコ。
「でも、貴女はそのルナに好かれています!ルナは貴女の事を大切な友達だと思ってます!」
「あらそうなの?嬉しいわ。…でも、まるで、この白銀キツネと話でもしたかの様な言い方ね」
「あ…それは…その…」
マルガのレアスキルの説明の出来ないマルコは、モジモジとしながら超美少女にに見蕩れていた。
そんなマルコを見て、超美少女は可笑しいのか、口に手を当てて、クスクスと笑う。
気恥ずかしさ全開のマルコは、話をそらす様に口を開く。
「き…綺麗な花壇ですね!真冬なのに綺麗な花が咲いてるし!」
少し声の上ずっているマルコを見て、クスクスと笑う超美少女。
「それは私が丹精込めて手入れをしているからよ。この花はプリムラっていうの。真冬でも花を咲かせる花。そして、私の名前も、この花と同じ名前なの」
「そ…そうなの!?…プリムラか~良い名前だね!」
少し声の上ずっているマルコの言葉を聞いたプリムラは、美しい微笑みを湛える。
「…ありがとう。私もプリムラって名前は気に入ってるわ。私の大切なお母様がつけてくれた名前だから。マルコって名前も良いと思うわよ。貴方にに似合ってるわ」
その女神の様な微笑みを湛えるプリムラに、再度見惚れて顔を赤くして照れているマルコ。
それを可笑しそうにクスクスと笑っているプリムラ。
「…私の顔に、何かついてるかしら?」
余りにもプリムラに見惚れているマルコを見て、可笑しそうに言うプリムラ。
マルコはハッと我を取り戻し、両手をブンブンと横に振る。
「な…何もついてないよ!あ…余りにも綺麗だな~って…思って…その…つい…」
そう言ってモジモジしているマルコ。
「…そんな風にはっきりと言われると、嬉しいけど恥ずかしいわね」
嬉しそうに微笑むプリムラ。再度見惚れているマルコ。
「プリムラさんは綺麗だし、優しそうだから、きっとお友達とかも多いだろうね!って…あれ?オイラ何言ってるんだろ!?」
プリムラに上がっているマルコは言葉を羅列して、何を言ってるのか解らなくなっていた。
そんなマルコを感じたプリムラは、可笑しそうにクスクスと笑うと、瞳を少し下げ、寂しそうな顔をする。
「…私に友達なんていないわ…。この白銀キツネのルナが初めての友達…かな?」
そう言って寂しそうにルナを抱きしめるプリムラ。
「何故?そんな事は無いと思うけど!プリムラさんなら、きっと一杯友達が出来るとオイラは思うよ!」
力一杯言ったマルコを見て、フフと儚げに微笑むプリムラ。
「…色々有るのよ…私にもね」
そう言って儚げに微笑むプリムラを見たマルコは、ギュウウと握り拳に力を入れる。
「ならオイラと友達になってよプリムラさん!!ルナの次の…2番目の友達って事で!!!」
そう言って強引にプリムラの手を握るマルコ。
プリムラは突然そんな事を言い出したマルコをキョトンとして見ていたが、マルコの真剣な眼差しを見て、フフと笑う。
「…そう、私と友達になってくれるのね」
「うん!これから友達だよプリムラさん!!!」
そう言ってギュッとプリムラの手を握るマルコ。
そのマルコの手の暖かさに、少し嬉しそうに表情を緩めるプリムラ。
「解ったわ。じゃ、改めて自己紹介ね。私はプリムラよ」
「オイラはマルコ!よろしくねプリムラさん!」
プリムラとマルコは握手をしながら微笑み合う。その足元では、嬉しそうなルナが、プリムラとマルコの足に、可愛い顔をスリスリとしていた。
それを見て顔を見合わせて微笑み合うプリムラとマルコ。
その時であった、優しい空気を切り裂くかの様な声が、辺りに響く。
「おい!プリムラ!そこで何をしている!こっちに来い!!」
その怒鳴り声に近い声を聞いたプリムラの表情が一瞬で強張る。
マルコはその声の方に振り向くと、そこにはかなり身なりの良い中年の男性が立っていた。
その身なりの良い男性は、激しくマルコを睨みつけていた。
その視線に、軽くたじろいてしまうマルコ。
「…今日はここまでにしましょう。貴方もルナを連れて帰って。…またね…マルコ」
「うん…またねプリムラさん」
そう言って、ルナをマルコの胸に強引に抱かえさせると、小走りに身なりの良い男の元に駆けていくプリムラ。
マルコは少し戸惑いながらも、プリムラに言われた通りルナを抱かえ、宿舎に向かってトボトボと歩き出した。
そして、マルコの姿が見えなくなった事を確認した身なりの良い男は、プリムラを強引に抱き寄せる。
「…あの少年は誰だ?」
低いドスの聞いた声でプリムラに言う身なりの良い男。
プリムラは俯きながら小さな声を出す。
「…さあ?この学院の作業員か何かでしょう?…只、道を聞かれただけですわ」
「…それなら良い。…お前に近づく者は…女だあろうが容赦はせんからな。ましてや…それが男で有るなら…」
そう言って、プリムラを抱きしめる両手を、胸と尻に回す身なりの良い男。
その手はまるで、プリムラを陵辱するかの様な動きであった。
「や…やめて下さいお父様!此処は…グリモワール学院の中なのですから!」
そう言って、身を悶えさせるプリムラを見て、ニヤッといやしい微笑みを湛える男。
「…解っておるわ。この学院の中で、お前を抱く様な事はせん。15日後に帰ってきた時に…存分に可愛がってやるからな…楽しみだよ…」
そう言って強引にプリムラの唇を奪う男。
それに抗うプリムラを見て、卑猥な表情を浮かべる男。
「…所で、例の件は上手く行った様だなプリムラ?」
男の両手から逃れたプリムラは、少し険しい表情を浮かべる。
「…お父様に言われた通り、例の行商人の女の使用人に、睡眠薬入のお菓子を渡しましたわ。その後変装したモリエンテス騎士団が、女の使用人を箱に詰め、手はず通りに連れて行きましたわ」
そのプリムラの言葉を聞いた男は、満足そうにウムと頷く。
「いつまでもあのヒュアキントスの良いようにされてはかなわぬからな。私達メネンデス伯爵家の為にも、あの女を有効に使わせて貰わねばな」
そう言って嘲笑う男。
「解っていますわお父様。私もメネンデス伯爵家の当主であるお父様の役に立てる様にするつもりです。…ですから…お母様と…」
「解っておるわ!その内お前の母と合わせてやる!お前は私の言う通りにしておけば良いのだ!」
そう言ってプリムラの顎を強引に握る握るメネンデス伯爵。
その言葉に、キュッと唇を噛みながら、メネンデス伯爵を睨みつけるだけしか出来ないでいたプリムラであった。
バスティーユ大監獄の視察に入った日、俺達が襲われ、ユーダが攫われた日の翌日、俺達は約束通り、ハプスブルグ伯爵家の別邸に足を運んでいた。
護衛の魔法師団には別室で待っていて貰らい、案内役の後をついて執務室に入ると、俺達に気がついたルチアが声をかけてきた。
「よく来たわね、そこに腰掛けて」
言葉少なげに言うルチアの言葉通りに、椅子に腰を降ろす俺達。
当然一緒に来ていたナディアは、俺の手を握りしめながら左側に座る。右側にはナディアと同じ様に俺の手を握るマルガが、神妙な面持ちでルチアを見ていた。
「早速ですが、昨日バスティーユ大監獄の視察をして、何かコティーさん達の情報に繋がる事はありましたかルチアさん?」
リーゼロッテの直球の言葉に、キュッと唇を噛むルチア。
「…いえ、何も…発見出来なかったわ。バスティーユ大監獄を隅々まで視察したけど…人攫い達が運ばれた形跡や、攫われた人達はいなかったのよ…」
その言葉を聞いたナディアは、ギュウと俺の手を握りしめながら、激しくルチアを睨みつけていた。
「…そんな筈はない…確かに…鋼鉄馬車が…コティー達を攫って行った!!!」
そう言って甲高い声を出すナディアを何とか宥める俺。
ナディアは瞳に涙を浮かべながら俺を見つめていた。
そのナディアの言葉を聞いて、静まり返っている執務室。その中で何かを考えていたリーゼロッテが椅子から立ち上がる。
「すいませんが…少しの間、ルチアさんとマティアスさんをお借りしても良いでしょうか?」
突然のリーゼロッテの言葉に、少し首を傾げるアリスティドとマクシミリアン。
「それは良いが…何か私達の前では話せない事なのかね?」
「いえ、そう言う訳じゃありませんわアリスティド様。理由は聞かないでくれたら嬉しいのですが?」
リーゼロッテの言葉にフムと頷くアリスティド。
「…解った。ルチア様が了承されるのであれば、私達は構わぬよ」
「私は良いわ。…別の部屋を借りるわねアリスティド」
ルチアの言葉に頷くアリスティドは、執事に俺達を別室に案内させる。
俺達はリーゼロッテの言葉に困惑しながらも、執事のすぐ後ろを歩くリーゼロッテの後に付いていく。
そして、少し離れた部屋に案内される俺達。執事は軽くお辞儀をして部屋から出て行った。
それを確認したリーゼロッテはマティアスに向き直る。
「マティアスさん、この部屋に、風の魔法で、音を遮断してくれませんか?」
「…了解した」
リーゼロッテの言葉を聞いたマティアスは、魔法の詠唱を始める。
そして右手を部屋全体にかざすと、リーゼロッテに向き直る。
「これで、この部屋で話している声は、他には聞こえないでしょう」
「ありがとうございますわマティアスさん」
涼やかな微笑みを湛えるリーゼロッテに、ウムと頷くマティアス。
「…所でエルフちゃん、別室に移動して、しかも、風の魔法で音まで遮断させるなんて、余程誰かに聞かれたくない話しなのかしら?」
ルチアは少し流し目でリーゼロッテを見つめる。
リーゼロッテは涼やかな微笑みを湛えながら、美しい声を響かせる。
「…昨日、ユーダさんが何者かに攫われました」
「ええ!?どういう事!?」
リーゼロッテの言葉に困惑を隠せないルチア。
リーゼロッテは昨日の事を、ルチア達に説明して行く。説明を聞いたルチアは、顔を歪める。
「そう、グリモワール学院内にも刺客を送っているのね。厄介な事だわ!」
「その件に関しては、メーティスさんが調べてくれていますが、用意周到な相手の事ですから、その学徒の特定に至るかどうかは解りません」
リーゼロッテの言葉に、そうねと、小さく呟くルチア。
「で、その事は解ったけど、なぜここに連れてきたのエルフちゃん?」
ルチアの言葉に頷くマルガにマルコ。
リーゼロッテは腕組みをしながら、透き通る様な金色の瞳を向ける。
「…色々と…おかしいところが多いと思いませんか皆さん?」
リーゼロッテの言葉に顔を見合わせる俺達。その中でルチアだけは顎に手を当てて何かを考えていた。
「…色々おかしいって…何がなのリーゼロッテ」
「今までの事を思い出して下さい葵さん。私達がこの依頼に関わってからと言うもの、いつも後手を打たされています。…それは…何故なのでしょうか?」
リーゼロッテの言葉に、首を傾げるマルガにマルコ。ルチアは静かにリーゼロッテを見つめている。
「…それは…相手が用意周到に動いているからではないのですかリーゼロッテさん?」
「そうですねマルガさん。では…何故用意周到に動けるのでしょうか?」
リーゼロッテの再度の質問に、可愛い首を傾げて、ウ~ンと唸っているマルガ。
「それは…俺達の事を…どこかで監視しているからかな?」
マルコが疑問形でリーゼロッテに言う。
「しかし、感知能力の高い、マルガさんやステラさん、葵さんの目をかい潜り、ソレを実行するのは、かなりの事。なのに相手はソレを事も無げに実行している様に見える。ソレは何故でしょうか?」
その言葉を聞いて更に悩むマルガにマルコ。その横で、腕を組みながら静かに話を聞いていたルチアは、軽く溜め息を吐く。
「…つまり、エルフちゃんは…私達の中で…あいつらの内通者が居ると言いたいのね?」
その言葉を聞いたマルガにマルコは、驚きの声を上げる。
「ええ!?ですが…私達の中に…そんな人は居ませんですよリーゼロッテさん!?」
「そうだよ!みんな良い人だし!」
顔を見合わせて困惑しているマルガにマルコ。
「…そうですね。ですが、現に私達は後手をいつも取らされていますわ。それに、今回の突然のバスティーユ大監獄の視察をしたのにも関わらず、何も情報は得られなかった。確かに、攫われた人達がバスティーユ大監獄に運ばれていない可能性も有りますが、状況的に考えて、バスティーユ大監獄で何かをしていると考えた方が辻褄が合いますわ。それなのに、突然の視察にも関わらず、何も情報は得られなかった。これは…私達の情報が漏れていると、考えた方が良いですわ。良く今までの事を…思い出して下さい」
リーゼロッテの言葉に、俺達は今までの事を思い出す。
確かに俺達はいつも後手を取らされている。
初めて、人攫いの襲撃を受けてた時も、狙いすましたかの様に襲われ、退路を絶たれている。
その後の襲撃に関してもそうだ。
いつも俺達の行動を予測した動きでやられている。まるで、聞いていたかの様に…
「私達が襲われる時は、決まって国軍や街を守備しているはずの兵士達も居ませんわ。ソレは…どこかの誰かの指示で動かされているのかもしれません。私達の行動を知った上で」
リーゼロッテの言葉に、そう言えばと顔を見合わせるマルガにマルコ。
「…だから、私達だけで話ができる様にしたかったのねエルフちゃん?」
「…そうです。ここに居る方は、私が勝手に本当に信頼出来ると思っている人のみですので」
「…エルフちゃんに掛かったら、正義の象徴で有るハプスブルグ伯爵家も信用出来ないのね」
「そういう事ではありませんわ。しかし…ここに居る人以上に、信用できるかどうかは、別なのは確かですわね」
そう言って涼やかな微笑みを湛えるリーゼロッテを見て、小悪魔のような笑みを浮かべるルチア。
そのお互いの含み笑いを見て、少しゾクッとなる俺。
「…リーゼロッテの話は解った。じゃ~ここに居る者だけで、どうしたら良いか考えよう」
俺の言葉に頷く一同。
「…とりあえずは、俺達の中に内通者が居ると仮定して話をすると、これ以上、魔法師団の護衛なしに調査するのは危険が多すぎてダメだって事ダよねリーゼロッテ?」
「そうですわね葵さん。魔法師団の護衛が有れば安全ですが、それでは調査に支障が出ます。しかし護衛が無いと、今度こそ命が無いかも知れません。それに今回は、ユーダさんの命も掛かっています。コティーさん達の事もありますから、むやみに動けません。今度動く時は…確実に、相手の情報を掴める手段が無いとダメでしょう」
リーゼロッテは腕を組みながら少しきつい目をする。
確かにリーゼロッテの言う通り。
俺達に内通者が居て、俺達の行動が全て知られて居るのであれば、今度こそ命は無いであろう。
それに加えユーダさんやコティー達の命もかかっている。
確実な方法でないと、命はないであろう。
「…俺に1つ案があるんだ」
「…どんな案なの葵?」
「…うん、だけど、その案には、他の皆と連絡を取れる手段がないと、成り立たないんだ。それが問題でさ…」
俺がそう言って腕組みをしている時、窓からの陽の光に照らされた、マルガの首元に光り輝く、母の形見であるルビーが目に入ってきた。
何気にその美しいルビーの光に見惚れていた俺は、ある事を思い出す。
「…いける。いや…行けるかもしれない!!!」
突然声高に叫んだ俺を見て、困惑の表情を浮かべる一同。俺は皆に向き直り、
「この案には…皆の協力が必要だ。…皆…俺を信じて…くれる?」
俺の真剣な言葉に、迷いなく頷いてくれる一同。
俺はその気持に応えるべく覚悟を決める。
『必ず…ユーダさんも、コティー達も取り戻す!』
俺はそう心に誓い、皆に案を語るのであった。
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