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2章
愚者の狂想曲 56 最強の弱者
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鮮やかな青い司祭服を着た男は、この世界独特の土星の様にリングの付いた青い月の優しい光をスポットライトの様に浴び、その右手には漆黒の短剣を持っていた。
魔法師団の手練の首を撥ねたその漆黒の短剣は返り血など一切無く、闇に引きずり込むかの様な妖しい光を放っている。
ぼんやりと体から幻想的な光りを放っている青い天使は、漆黒の短剣の切先を俺達に向け、全てを包み込むかの様な優しい微笑みを湛えていた。
「…もう、戦意喪失ですか?…存外大した事は無かった様ですね」
クスッと可笑しそうに笑う青い天使は、再び優しい微笑みを湛える。
その青い天使の言葉に我を取り戻す俺達。
…ジェラードの動きが全く見えなかった…
横を見ると、マルガやリーゼロッテ、マルコも同じだと伺える表情をしていた。
それどころか、上級者であるマリアネラや俺達を護衛してくれている魔法師団の手練達も一歩も動けずに居た。恐らく俺と同じ様に、ジェラードの動きをその瞳に捉える事が出来無かったのであろう。
そんな俺達を見て楽しそうなジェラードは、足元に転がっている首の無い魔法師団の手練の死体を蹴飛ばし、俺達に見せつけるかの様に横たわらせる。
「ジェ…ジェラードは戦闘職業にも就いていなかったはず!それなのにどうして!?それに…テトラグラマトンラビリンスって何なの!?」
魔法師団の手練を一瞬で亡き者にしたジェラードが信じられないで居るマリアネラは、混乱しながら口走る。
そんなマリアネラを見て、両側に召喚人形のローズマリーとブラッディーマリーの2体をフワフワと宙に浮かせて身構えているリーゼロッテが口を開く。
「…風の噂で聞いた事があります。ヴィンディミア教を国教とし聖地を持つ5大国、神聖オデュッセリアとヴィンディミア教を守護する存在として知られている四聖天のテトラグラマトンの4人の他に、影から守護する存在が居ると…。神聖オデュッセリアとヴィンディミア教に敵対する者達は、その影の者達によって駆逐されたと聞いた事があります。その影の者達の名前が確か…テトラグラマトンラビリンス。『断罪者』の名前を冠し、神聖オデュッセリアとヴィンディミア教の脅威を影から排除する…。只の噂だと思っていましたが…まさか本当に実在しているとは思いもしませんでしたわ」
瞳を細めるリーゼロッテの言葉を聞いて、フフフと笑っているジェラード。
そのリーゼロッテの言葉を聞いたマリアネラが、より一層困惑した表情で
「ジェ…ジェラードがそんな存在な訳無いじゃないか!わ…私は、この王都に来た15年前からジェラードを見てきてるんだ!ジェラードがマルガの様な歳の頃から見てきているんだよ!?そのジェラードが…テトラグラマトンラビリンスなんて物騒な者な訳無いよ!ねえ!?そうだよねジェラード!?そうだよねーー!?」
マリアネラの取り乱したその声を聞いて、軽く首を横に降るジェラード。
「…いいえマリアネラ、そこの美しいエルフのお嬢さんが言う通り…私は本物のテトラグラマトンラビリンスの青の2番です」
「嘘だ!!私はジェラードが12歳の時から知ってるんだよ!?華奢で運動がからきし苦手だったジェラードが…戦闘職業にも就いていないジェラードが…そんな者であるはずがないんだよ!」
マリアネラの必死な言葉を瞳を閉じて聞いていたジェラードは、ゆっくりと瞼を上げる。
「…私はマリアネラと会った…15年前以前から…テトラグラマトンラビリンスの青の2番なのですよ」
そう言って少し儚そうな微笑みを浮かべるジェラード。
マリアネラは嘘だ!と叫びながらジェラードの傍に走り寄ろうとして、俺に腕を掴まれてガクンとバランスを崩す。
「は…離して葵!」
「マ…マリアネラさん落ち着いて!状況をよく見てマリアネラさん!!」
俺が両肩を掴みながら言うと、足元に転がっている首の無い魔法師団の手練の亡骸を見て、激しく瞳を揺らしていた。
そんな俺とマリアネラを見て、自分達の後ろに下がらせる魔法師団の手練達。
「…葵様達は下がっていて下さい」
そう言って武器を手にして身構え、ジェラードと対峙する魔法師団の手練の3人。
それぞれが魔法の詠唱を始める。
「…やっと戦意を取り戻した様ですね。そうでなくては、栄えあるエンディミオン光暁魔導師団の名が…泣いてしまいますからね」
不敵に嗤いながら漆黒の短剣の切先を向けるジェラード。その言葉を聞いた魔法師団の手練達の表情がキツクなる。
「ファイアーハリケーン!!!」
「トルネードスラッシュ!!!」
詠唱の終えた2人の魔法師団の手練が、上級混合魔法をジェラードに向かって放つ。
炎の嵐と圧縮された風の刃が、轟音と共にジェラードに襲いかかる。
その直後に地響きと共に上級混合魔法が着弾する。
熱風と砂煙が辺りに立ち込め、その魔法が命中した者がどの様な惨状になっているか想像が出来る様なその威力に、流石は魔法師団の手練と皆が納得させられていた。
しかし砂煙がはれ、視界に入ってきたものに俺達は驚愕させられる。
そこには漆黒の短剣を突き出し、全く傷を負っていないジェラードの姿があった。
「…流石はエンディミオン光暁魔導師団の手練の方々、中々の威力の混合魔法ですね。この闇属性の『断罪の黒刃』の特殊効果で魔法を無効化出来なければ、いかな私でも只では済まなかった所でしたよ」
そう言って漆黒の短剣を見つめながら、不敵に微笑むジェラード。
そのジェラードの言葉を聞いた魔法師団の手練達は、ギュッと唇を噛み再度魔法の詠唱を始める。
「…させませんよ!」
そう言い放ったジェラードの姿が視界から消える。
その次の瞬間、魔法の詠唱をしていた魔法師団の手練の1人が呻き声を上げる。
俺達は呻き声の方に視線を向けると、手練の魔法師団の男の胸に、深々と漆黒の短剣を突き刺しているジェラードの姿があった。
心臓を一突きにされた魔法師団の手練は、口から血を吐き、地面に崩れ去り事切れる。
「貴様!仲間をよくも!!!」
そう言い放った魔法師団の手練の内の1人が、右手に持つロングソードでジェラードに斬りかかる。
しかしその高速の剣を難なく躱すジェラード。
「フフフ、そんな剣技などでは…私には擦る事すら出来ませんよ!」
そう言ったジェラードは、魔法師団の手練に斬りかかる。
「ほらほらどうしたのですか!貴方達は世界に名を轟かす、栄えあるエンディミオン光暁魔導師団の手練の兵なのでしょう?もっと頑張ってみなさい!」
そう言い放ったジェラードは嘲笑いながら、漆黒の短剣で次々と魔法師団の男を斬りつけていく。
魔法師団の手練の男は、ジェラードの漆黒の短剣の斬撃に為す術もなく、次々と体中を斬られていく。
鮮血で身体を染め、痛みに必死に耐えながら、それでもジェラードに向かっていく魔法師団の手練。
ジェラードはソレを見て嘲笑いながら、魔法師団の手練の高速の剣技を、まるで幼子をあやすかの様に往なしていく。
まるで相手になっていない…
まさに上級者の大人と剣を覚えたての子供の手合わせを見ているかの様だ…
この魔法師団の手練の兵士達の平均LVは132。
普通の騎士団や傭兵団なら間違いなく団長クラスの実力者達だ。
就いている戦闘職業も上級職業の上に、持っているスキルもかなり強い物を持っている。
前衛職業であるマジックナイト1名、後方からの魔法攻撃の得意なアークメイジ2名、そして感知能力に特化したサーヴェイランス1名の計4人パーティ。攻守と感知能力の優れた、バランスの良い構成。
しかし、その魔法師団の手練達は、為す術もなくジェラードに子供扱いされた上、もう既にアークメイジ1人にサーヴェイランスは殺されてしまっている。
この4人相手だと、ウイーンダルファ銀鱗騎士団、副団長であるあのイレーヌでさえ苦戦は必死であろう。それなのに…
俺は魔法師団の手練達を子供扱い出来る実力を有しているジェラードに、今の俺が出来るがどうか解らないが霊視をしてみる事にした。
その次の瞬間、霊視出来た事に驚きを感じながら、それと同時に身も凍る様な寒気を感じ、体中から嫌な汗がどっと流れ始める。
「ジェラードさんとは戦ってはいけません!!魔法師団の方々離れて下さい!!!」
俺はそう叫ぶと両手に銃剣2丁拳銃のグリムリッパーを召喚する。
そして、闘気術を全開にしてグリムリッパーを構える。それを見た魔法師団の手練の兵士2人は、素早く後方に跳躍する。
「迦楼羅流銃剣術、奥義、百花繚乱!!!」
闘気術で気勢を上げ、グリムリッパーの銃口から放たれた何百と言う流星嵐の様な魔法弾が、ジェラード目掛けて飛来する。
余りの銃の乱射により、獅子の咆哮の様に鳴り響く銃声の後着弾した魔法弾は、激しい衝突音と土煙を上げる。
そして、その土煙から全くの無傷で姿を表した青い天使を見てマルガやマルコは驚いていたが、俺はその結果が当然のものだと知っているので驚きはしなかった。
「…そう言えば、葵さんはその武器が有るのでしたね。…すっかり忘れていましたよ」
そう言って何事も無く、相変わらずな優しい微笑みを湛えているジェラード。
「…葵さん、ジェラードさんと戦ってはいけないとは…どういう事なのでしょうか?」
ローズマリーとブラッディーマリーをフワフワと宙に浮かせて戦闘態勢をとっているリーゼロッテが俺に問いかける。
「…ジェラードさんには…俺達では絶対に勝てないんだ。彼は…魔眼使い。ダヴィドの魔眼使いなんだ」
「ダヴィドの魔眼…ですか?ご主人様?」
大熊猫の双爪を構え身構えているマルガが可愛い首を傾げる。マルコも同じ様に首を傾げていた。
その魔眼の意味の解るリーゼロッテと魔法師団の手練の兵士は、その言葉を聞いて瞳を細めていた。
…この世界は魔法が有る他に、様々な特性やスキルが存在する。
その中でレアスキルと呼ばれるものは、別名ギフトとも呼ばれていて、生まれ持った才能、天からの授かりものと言われ、ごく一部の者しか所有していない特別なスキルである。
種類は様々だが、非常に強力で、有力な力を秘めたスキルが多い事から、レアスキルを持つ者は国や貴族、その他の組織から重要視され貴重がられている。
そのレアスキルの中にあって尚、強力な力を秘めていると言われるのが、この魔眼と言われる系統のレアスキルだ。別名『邪眼』とも言われ畏怖されるレアスキル…
内容は様々だが、見ただけで相手の意志を奪い操ったり、相手の心の中を覗いたり、相手を石化や麻痺状態にするものもある。
聞いた話では、見ただけで相手を死に至らしめるものまで有るとか…
邪眼と言われ人々から畏怖されるのも此れが理由であろう。
当然、俺が持っているレアスキルの魅了と霊視も、この魔眼系のレアスキルの系統にある。
そして、ジェラードの持っているレアスキル、ダヴィドの魔眼…
その能力が俺達には相性が悪すぎる。
その能力とは…自分と実力が離れた相手と戦う時、その力の差に応じて身体と戦闘能力が強化されるスキル。
相手と実力が離れれば離れる程、相手が強ければ強い程、自分の体と戦闘力が強化される…
「そう彼は…ジャイアントキリングの特性をレアスキルとして持つ者なんだ」
「「ジャイアントキリング!?」」
マルガとマルコが声を揃えて驚愕する。
この世界ではジャイアントキリングの特性は有名なのだ。
自分より強い相手には絶対に負ける事はないその特性…
南のとある地域のみに生息する、ゴリアーテと言う魔物のみがこの特性を持っていて、その魔物が繁殖した時は、老人や子供、力の弱い女性達がその魔物を駆除するのだ。
騎士団や傭兵団では駆除出来ない魔物を、普段は彼らに守られて生きている力なき者達が駆除する事から、逆転と言う意味の例えとしてもその魔物の名前が使われていて、広く知られているのだ。
「…では、彼よりも弱い者しか、彼を倒す事は出来ないのですね葵さん?…彼のLVは…幾つなのですか?」
「彼のLVは2だよリーゼロッテ。マリアネラさんが言う様に、一切何の戦闘職業にも就いていない。ダヴィドの魔眼のもう一つの特性として、このレアスキルを保持する者のは、LVを上げるのに物凄い回数が居るみたいだ。だからLVが2なんだと思うよ」
俺のその言葉を聞いたリーゼロッテの表情が険しくなる。
リーゼロッテの表情が険しくなるのも頷ける。
俺やマルガ達の平均LVは30半ばと言った所だし、戦闘職業につき、しかも戦闘スキルも所持している。
そんな俺達と、ダヴィドの魔眼意外のスキルが無く、戦闘職業にも就いていない只の村人同然のジェラードとでは、かなりの実力差が有る。マリアネラだって上級者だ。俺達以上に実力差が有る。
ましてや魔法師団の手練達とジェラードであれば…その実力差は天と地ほどあるであろう。
その実力差分だけジェラードは強化される…
そんな会話をしていた俺達を見て、瞳を細めるジェラード。
「…私のレアスキルであるダヴィドの魔眼の事は、ほんの極一部の者しか知り得ない事。当然、マリアネラにも話してはいません。…葵さん、貴方も何かの魔眼系のレアスキルを所持していたのですね」
そう言って初めて険しい表情を浮かべるジェラード。
「…まあ良いでしょう。どうせ貴方達はここで死ぬのです。私の秘密も…漏れる事は無いでしょうしね!」
そう言い放ったジェラードの姿が視界から消え失せる。
そして次の瞬間、俺達の目の前で激しい金属音が鳴り響く。
それはジェラードの断罪の黒刃を紙一重で受け止めた、マジックナイトのロングソードとの衝突音であった。
「…良く勘だけで私の断罪の黒刃を受け止めましたね。流石はエンディミオン光暁魔導師団の手練…一味違いますね!」
ジェラードは嗤いながらそう叫ぶと、激しくマジックナイトを斬りつける。
目にも留まらぬその斬撃に、胸を十字に斬られ鮮血を吹き出し蹲るマジックナイト。
そのマジックナイトを助ける為に魔法の詠唱を始めたアークメイジに気がついたジェラードは、瞬時に身を翻しアークメイジの首を蹴り上げる。
首の骨を折られたアークメイジは地面に倒れ、痙攣を始める。
「この!!!!」
俺は銃剣2丁拳銃のグリムリッパーで魔法弾を撃ち込むが、ソレを最小限の動きで躱したジェラードは距離をとる。
「マルガ!リーゼロッテ!すぐに魔法師団の人を回復させて!」
「ハイ!ご主人様!」
「解りましたわ葵さん」
マルガとリーゼロッテは治癒魔法で魔法師団の2人を治療していく。
ソレを瞳を揺らしながら見ていたマリアネラが叫ぶ。
「もう辞めてジェラード!私の知ってるジェラードはこんな事する奴じゃない!お願いだから…もうやめて!!!!」
瞳に涙を浮かべジェラードに懇願するマリアネラ。
そんなマリアネラを見たジェラードは、優しい微笑みの仮面を少しずらす。
「…ソレは出来ません。葵さん達はヴィンディミア教にとって排除すべき存在であると認められてしまったのです。それが決定した以上…葵さん達には死んで頂きます」
「な…何故排除しなきゃいけない存在なんだい!?葵達は…何も悪い事をした訳じゃないじゃないか!」
マリアネラの必死の叫び声を聞いて、軽く溜め息を吐くジェラード。
「…葵さん達は…フィンラルディア王国にヴィンディミア教を国教として認めさせる為…死んで頂く事になったのですよ」
「ど…どういう事なのさジェラード?」
ジェラードの言葉に困惑した表情で問い返すマリアネラ。
「今私達はヴィンディミア教をフィンラルディア王国の国教にする様に働きかけています。しかし、アウロラ女王と一部の六貴族が反対している事によって、思う様に話が進んでいません。…ですから、これ以上の反対するのであれば…どの様な事になるか理解して貰う為に…葵さん達には死んで頂くのです」
「…つまり、警告の意味で…私達を殺すと言う事なのですね」
「…そうですね。流石は理解力の高いエルフのお嬢さんだ」
優しい微笑みを浮かべながら応えるジェラード。
「でもそんな事をすれば、神聖オデュッセリアとフィンラルディア王国に亀裂が入り、大きな戦争になってしまうかもしれませんわよ?今日私達がジェラードさんと会う事は、暁の大魔導師であるメーティスさんも知っています。私達が殺されたら…ヴィンディミア教と神聖オデュッセリアの関与が決定的になりますが?」
リーゼロッテの言葉を聞いたジェラードは、フフフと笑う。
「心配しなくても、エルフのお嬢さんの言う様な事にはなりませんよ。私は葵さん達を殺した後には姿を消します。この件に関与したと言う決定的な証拠は残さない様にね。よく考えてみて下さい。この場で私に会ったのは貴方達だけです。葵さん達が皆死ねば、私に本当に会ったのかなんて、他の誰かには絶対に解らない事。後でどうとでも取れる話。そのどうとでも取れる話だけで、五大国が戦争になる様な事はありません。決定的な証拠でも無い限りはね。…私が書いた手紙も、どの様にも言い逃れの出来る物。それを承知で貴方達に渡したのですから」
そのジェラードの言葉を聞いて、苦悶の表情をするマルガにマルコ。
「…それに暁の大魔導師に、例の手紙が渡っているなら…尚好都合ですね。少しの情報は残さなければなりませんからね」
「…完全にではありませんが、ヴィンディミア教の関与があるかもしれないと解らせないと…警告の意味をなさないからですからですわね」
「…本当に賢しいエルフのお嬢さんだ。感服します」
そう言って優しい微笑みを浮かべるジェラード。
…流石は大宗教のヴィンディミア教と言う所であろうか。
宗教と言うのは、信者が多いと言うだけでは大きくなれない。それは地球の歴史も証明している。
宗教が世界的規模にまでその版図を広げられるのは…権力と財力、そして武力を持っている宗教のみだ。それを持たない宗教は、世界的な物になり得ない。それは地球の歴史を見れば一目瞭然であろう。
宗教の名の下に数多の戦争を起こし…どれだけの人を殺し奪ってきたかの歴史を見れば…
権力と財力、そして武力を持たない宗教は、何時他の力に潰されるか解らない。
その力に消された宗教など、星の数ほど有るであろう。
「…テトラグラマトンラビリンスの存在も、ヴィンディミア教に手を出せばどうなるかを解らせる為の影の脅威って訳か。その存在を公式には認めないが、その姿は匂わせる…」
俺の言葉を聞いて肯定も否定もせずに、相変わらず優しい微笑みを湛えているジェラード。
「…しかしマリアネラ。私は貴女を助けたい。…さあ、私の元に来るのです。私と一緒に…女神アストライア様の為に一緒に生き…全てを捧げましょう…」
そう言って左手をマリアネラに伸ばすジェラード。
「わ…私がジェラードの元に行けば…葵達を助けてくれるのかい?」
戸惑いながら言うマリアネラの言葉を聞いたジェラードは、軽く首を横に振る。
「…それは出来ません。彼らは女神アストライア様の為に、ここで死ぬ定めなのです。それは…変えれません」
淡々と言ったジェラードの言葉を聞いたマリアネラが、激しく瞳を揺らす。
「何を悩む必要があるのですかマリアネラ?彼らと出会ってまだそんなに経って居ないでしょう?15年も一緒に居る私を選んでもなんら不思議な事ではないですよ?それに…貴女は私の事が好きなのでしょう?」
その言葉を聞いたマリアネラが瞳を大きくする。
「…私も貴女の事が好きですよ。私は貴女となら子をなしても良いとさえ思っています。私や貴女の子供と供に…一緒に生きて行きませんか?」
微笑みの仮面から覗かせる、本当の優しい微笑みをマリアネラに投げかけるジェラード。
それを見たマリアネラは、今迄で一番大きく瞳を揺らす。
そして、暫く顔を俯けたまま考え込んでいたマリアネラが、視線をジェラードに戻す。
「そ…それは出来ないよジェラード。確かに葵達とはまだ少しの時間しか共有していないけど…葵達には命も助けて貰ったし…色々と世話にもなっている。それを…」
弱々しくそう言ったマリアネラの言葉を聞いたジェラードは、その出していた左手を静かに降ろす。
「…やはり、もっと早くにあのノームとワーリザードを殺しておくべきでしたね」
低い声でそう呟いたジェラード。その冷たい瞳を見たマリアネラは困惑の表情を浮かべる。
「そ…それはどういう事なのジェラード?」
「…そのままの意味ですよマリアネラ。私は貴女に冒険者などして欲しくは無かった。初めはすぐに辞めてしまうと思っていたのですがね。あの2人と会ってからは、貴女はどんどんと冒険者として深みにはまってしまった。もっと早くにあのノームとワーリザードを始末していれば…こんな事にはならなかったかもしれませんからね」
「…それはつまり…マリアネラさん達を襲撃し、ヨーランさんを亡き者にしたあの人攫い達に指示を出したのは…ジェラードさんと言う事なのでしょうか?」
リーゼロッテのその言葉を聞いたマリアネラは、激しく狼狽している。
「…そうですよ。まあ正確には、便乗させて貰ったと言うのが正解ですがね。しかし、使えぬ奴らでしたよ。マスタークラスにも関わらず、貴方達如き相手に任務を失敗するのですから」
「そ…そん…な」
軽く溜息を吐きながらそう言ったジェラードの言葉を聞いたマリアネラは、魂が掠れる様な微かな声を出す。
「…まあ、今となってはどうでも良い事。貴方達を殺して…それで終了なのですからね!!!!!」
そう言い放って断罪の黒刃の切っ先を向けたジェラードの姿が、視界から完全に消えうせる。
その直後、聞きなれた者の震える声が聞こえ、体中に悪寒が走る。
「グ…グフウ…」
断罪の黒刃に腹を貫かれ微かな呻き声を上げ、口から大量の血を吐きながら驚きの表情をしているマルコ。
「マルコーーーーー!!!!!」
俺の叫びが辺りに木霊する。
俺は闘気術を全開にして、クリムリッパーでジェラードに斬りかかる。
そんな俺のグリムリッパー切っ先を軽く往なしていくジェラードの全てを見透かす様なその瞳は、狩をして獲物を弄ぶ狩人の様な色をしていた。
「マルガ!リーゼロッテ!急いでマルコを治療してあげて!!!!」
「ハイ!ご主人様!!!!」
俺の少し発狂気味の叫びを聞いたマルガにリーゼロッテがマルコに跳躍し、治癒魔法をかけていく。
少し痙攣をしているマルコは、苦しそうに顔を歪めながらも治癒魔法のかいあってか、命を繋ぎ止めた様に血色を取り戻していく。
「私相手にして余所見とは…随分と余裕ですね葵さん!」
ジェラードのソノ言葉と共に、腹部に激しい痛みを覚える。蹴り飛ばされた俺は地面に激しく転げ回される。
俺がフラフラとして立ち上がったのを見て、フフと笑ったジェラードは、その手に持つ断罪の黒刃で俺を斬りつける。
全く目にも止まらないジェラードの斬撃に、俺は為す術もなく体の至る所を斬られる。
激しい痛みが体中を駆け巡り俺の気勢が弱まり、俺の身体を包み込んでいた薄紅色の輝くオーラはその光を弱める。明らかに超回復の回復値を超えているのであろう。
余りの斬撃に、少し目が霞んで来た所で、綺麗な声が辺りに響き渡る。
「皆さん!目と耳を塞いで下さい!」
その言葉と同時に、辺りを一瞬昼と思わせる様な閃光が包み込み、激しい音が鳴り響く。
それは俺の危機を感じたリーゼロッテが、ローズマリーとブラッディーマリーを使って、例の煙球を投げつけた結果であった。
煙球が見事ジェラードに着弾した手応えのあるリーゼロッテは、ジェラードに追撃を掛ける為にローズマリーとブラッディーマリーに攻撃を仕掛けさせるが、激しい金属音をさせて弾き飛ばされるローズマリーにブラッディーマリー。
そして煙がはれ、俺の胸ぐらをつかみあげて、片手で俺を持っているジェラードはククッと嗤う。
「…無駄ですよエルフの美しいお嬢さん。煙球で私の視界を奪ってダヴィドの魔眼の効果を消そうとしたのでしょうが…私のダヴィドの魔眼は、一度でもその人物をこの瞳に写せば、効果は任意で発動出来るのです。私に視られた後で、私の視界を奪った所で…意味はありませんよ?」
血だらけの俺を片手に持ちながら、優しい微笑みを浮かべるジェラード。
…絶対的だ。
俺達では天と地がひっくり返っても、ジェラードに勝てない。
俺の全ての力が…ジェラードに取っては強化される要因になってしまう。
切り札である種族能力を開放すれば、更にジェラードは強化されてしまう。
魅了でジェラードを操る事も、強化されたジェラードには効かない。
打つ手が全く無い…
その絶望感が俺の身体を包み始めた時、甲高い声が辺りに響く。
「ジェラード!お願いだから…もう辞めて!!!」
瞳から大粒の涙を流しながら、悲鳴に近い声を上げるマリアネラ。
「もうそれ以上…葵達を傷つけないで!こんな事…いつも優しいジェラードがする事じゃないよ!それに、人攫い達が何をしていたのか、ジェラードは知っているのかい!?奴らは人を攫って…その人達を…食料にして…」
「教会で施しとして与えていた…と、言いたいのでしょう?それが…どうかしましたか?」
マリアネラの言葉を遮る様に淡々と言うジェラード。
「し…知ってて…そのままソレを…?」
「当然でしょう?女神アストライア様が祝福した施しなら、例え毒でも食すのが信者の勤めではありませんか。それにその施しのお陰で、どれだけの死にゆく命が救われたか。それこそ女神アストライア様の御慈悲なのです。…女神アストライア様に全てを捧げれば…皆そのご慈悲を受ける事が出来るのです」
そのジェラードの言葉を聞いて絶句しているマリアネラ。マルガや回復してきたマルコが瞳を揺らしている。
「…フフフ」
「…何が可笑しいのですか葵さん?」
掴みあげている俺の微かな笑い声を聞いて、瞳を細めて俺を見つめるジェラード。
「いや…随分とご大層な話だと思ってね。沢山の人々の命を奪い、その死の上に成り立っている女神が、慈悲を語ると思うと可笑しくなっただけさ。…貴様らがやっている事は、只の国盗り遊びと同じさ。その宗教と言う力を顕示して、権力や財力を得たいだけだろう?…とんだ女神様もいたものだね」
嘲笑う様に言う俺の言葉を聞いたジェラードの表情が一変する。
「き…貴様如きが…知った風な事を!!!!」
激昂したジェラードは俺を振り上げると、そのまま地面に叩きつける。
その激しさに俺は呻き声を上げる。
「貴様如きが女神アストライア様を語るなど汚らわしいわ!」
そう言って地面に蹲っている俺を、激しく蹴りまくるジェラード。
血だらけの俺が蹴られまくっているのを見て、マルコの応急処置の終わったマルガとリーゼロッテが、俺を助ける為にジェラードに攻撃を加えるが、ソレを難なく躱したジェラードはマルガとリーゼロッテを蹴り飛ばす。蹴られたマルガとリーゼロッテは地面に蹲っていた。
「マルガ!リーゼロッテ!…貴様!!!」
ジェラードに胸を踏みつけられて身動きの取れない俺を、まるで虫でも見る様な瞳で見つめるジェラード。
「世界は強者の為にしか存在しない。それに抗うには…無力な弱者では無理なのですよ」
そう言いながら、見事な刺繍の入った、天使が纏う様な司祭服のボタンを少し外し、その青い司祭服をずらすジェラード。
青い司祭服から覗かせたジェラードの上半身は、胸に大きな十字の火傷があり、体中が何かで斬られた様な傷跡が無数についていた。
「…私はとある貴族の家に生まれました。当時使用人のメイドであった私の母が当主に気に入られ、私を宿しました。貴族が平民に種など与えません。普通なら身籠った母は殺されるか子供を無理やり堕ろされるかするはずなのですが、その様な事にはならずに私はこの世に生を受ける事が出来ました。…何故だか解りますか?」
俺を踏みつけ見下ろしているジェラードは、俺の答えを聞かずに話を続ける。
「その理由は…私を苦しめる為に、私を産ませたのですよ。その貴族の奥様は、夫が平民に手を出し種を与えたのを許せなかった。だからその腹いせに…私を産ませ、永遠にそのウサを晴らす為だけの存在として、私を産ませる事を許可したのです」
そう言ったジェラードの表情がみるみる険しくなる。
「私はね葵さん、物心がつく前から…その奥様のウサを晴らす為だけの玩具として、虐待を受けていたのですよ。毎日毎日ナイフで身体を切られ、焼きごてをあてられて…そうして生きてきたのです。只々恐怖でしたよ毎日が。しかし、私が7歳の時事態は急変します。ある程度言葉を喋れる様になった私は、奥様の虐待に耐え切れず、館から逃げ出しました。ですが、初めて館の外に出た私は、どうして良いか解らずただひたすら走り続けているだけでした。外での事が解らない私は、食べ物の調達も出来ず、すぐに飢えてしまいました。そしてそれから2日経ち、死を覚悟した時でした。私は歩きついた湖の湖畔で出会ったのです。女神アストライア様の御使いに…」
そう言ってその時の事を思い出して居るのか、少し恍惚の表情に浸っているジェラード。
「その御使いは言いました。『女神アストライア様に全てを捧げるのなら…お前の望む力を授けてやろう』とね。私は静かに頷くと、私に手をかざす御使いが光り、激痛と共に私に力を授けられました。そう…このダヴィドの魔眼の力をね。私は力を授けてくれ、食料を与えてくれた御使いに礼を言い、目的を果たす為に…館に戻りました」
そう言ったジェラードの表情が歓喜に染まる。
「館に戻った私は、館の者を皆殺しにしましたよ。館には子供の私より弱い者など居ませんでしたからね。愉快でしたよ…今迄虐待していたはずの弱者であるこの私に、必死に平伏して命乞いをする奥様の姿を見れたのにはね。それから私はヴィンディミア教で教育を受け、テトラグラマトンラビリンスの青の2番になったのですよ」
そう言って悪魔の様な笑みを浮かべるジェラード。そして俺の胸に置いている足に力を入れる。
「…ヴィンディミア教が沢山の人々の死の上に成り立っている?そんな事は解っているのですよ!それでも沢山の弱者を救おうとすれば、多くの命を散らさなければならないのですよ!世界の強者に弱者が打ち勝つには!!!貴方には解らない事でしょうがね!!!!」
そう言い放ったジェラードは俺を激しく蹴りまくる。その激痛に体を動かせない俺は、ギュッと唇を噛む。
その時、一陣の風がジェラードに襲いかかった。
激しい金属音をさせて火花を散らす、ジェラードの持つ断罪の黒刃。
それはマリアネラが両手に持つ短剣で斬りかかったからであった。
「…ジェラード、もう辞めるんだ」
瞳に涙を浮かべながらも、きつくジェラードを睨みつけるマリアネラ。
「確かにジェラードの言う通りかもしれない。でも…それによって救えない弱者達を殺して良い理由にはならないね。ジェラードがそんな過酷な過去を持つなんて、私は知らなかった。だから…だからこそ」
そう言って両手に持つ短剣に力を入れるマリアネラ。
「だからこそいつもの優しいあんたに戻させる!ジェラードの事が好きだから!!!」
そう言い放って高速の蹴りを放つマリアネラ。
それを難無く躱すジェラードは少し距離をとる。
「…全く、貴女らしいですね。…マリアネラにソレが出来るのですか?」
「やってやるよ!私の全てを…賭けてね!!!!」
そう声高に叫んだマリアネラは、左右にフェイントを織り交ぜながら、高速でジェラードに斬りかかって行く。
ジェラードの拘束から解かれた俺は、フラフラしながら立ち上がろうとして、足に力が入らなくて再度倒れそうになる。
地面に倒れる瞬間、両側から甘い香りのする女神達に両肩を支えられる。
「大丈夫ですか葵さん?」
「ご主人様!すぐに治癒魔法を掛けますので、待ってて下さいね!」
自ら治癒魔法で傷を癒したマルガとリーゼロッテは、俺に治癒魔法を施していく。
「そんな攻撃は私には当たりませんよマリアネラ」
「ハン!これからが本番だよ!」
マリアネラは自らの全てを掛けてジェラードに斬りかかるが、当然ジェラードには擦る事すら出来ないでいた。
そして、数十手打ち合っていたマリアネラとジェラードであったが、綺麗な金属音が辺りに鳴り響き、空中に舞い上がる2本の短剣が、月の光りに照らされ光り、地面に突き刺さる。
「…ダヴィドの魔眼を持つ私にはマリアネラでは勝てませんよ。良く解ったでしょう?」
そう言って断罪の黒刃の切先を、マリアネラの喉元に突きつけるジェラード。
「マリアネラ…最後にもう一度聞きます。私と供に生きて下さい。私は…貴女と一緒に生きて行きたい」
「…嫌だね!今のジェラードとは一緒に居られない!私だって冒険者の端くれ!覚悟は出来ているよ!…さっさと殺せ!!!」
大粒の涙をポロポロと流しながら、きつくジェラードを睨みつけるマリアネラ。
「…全く頑固なのですから。…これで本当にお別れですマリアネラ…」
そう静かに言ったジェラードは断罪の黒刃を振り上げる。
ソレを一切視線を外す事無く、涙を流しながら見据えるマリアネラ。
俺はソレを止めようとして立ち上がろうとした時に、視界に入った小さな影を見て、体中に電撃が走ったかの様な感覚に囚われる。
「さよならマリアネラ。…君の事は忘れないよ」
その言葉を言い終わったジェラードが断罪の黒刃を振り下ろす瞬間、数発の破裂音が鳴り響き、魔法弾がジェラードに飛来する。
ソレを後方に跳躍して躱したジェラードは、瞳を細めてこちらを向く。
「…治癒魔法で回復しましたか。あれだけ私に蹴られれば治癒魔法を掛けて貰ったとはいえ、動けるはずはないのですがね。マリアネラから聞いていた通り、見た目によらず打たれ強いのですね」
そう言って軽く溜め息を吐くジェラード。
「確かにジェラーさんの言う通りなのかもしれない。貴方の言う通り、弱者を救おうとすれば…犠牲が必要な時もあるのかもしれません。ですが俺達も、黙って犠牲になってやる気もありません。俺は商人です。俺は…俺だけの利益を追求させて頂きます。貴方を倒してね!」
そう言ってグリムリッパーを構える俺を見て、フフと嗤うジェラード。
「この私を倒す!?傭兵団の一個師団を1人で壊滅させた事もあるこの私を貴方がですか?そんな奇跡の様な事はありえませんよ」
「…なら、貴方にその奇跡を見せて上げましょう!貴方が…女神アストライアの御使から、奇跡を受けたと同じ様にね!」
俺はそう言い放って、グリムリッパーの銃口をジェラードに向け、闘気術を全開にする。
俺の体は光り輝く薄紅色のオーラに包まれる。
俺は全力で跳躍してジェラードに斬りかかる。当然俺の攻撃はジェラードには擦りもしない。
「あれだけの大口を叩いて、擦りもしないのですか葵さん?」
俺を見下す様に言うジェラード。
「すぐに解らせて上げますよ!女神アストライアにしがみ付く事しか出来なかった、弱い貴方にね!」
「貴様!また女神アストライア様を愚弄するか!!!!」
俺の言葉に激昂擦るジェラードは俺の視界から姿を消す。
その次の瞬間、目の前に現れたジェラードは、俺の胸に深々と断罪の黒刃を突き立てる。
心臓を一突きにされた俺は口から大量の血を吐く。
「…奇跡は貴方には起きませんでしたね葵さん」
そう言って嘲笑うジェラードは俺の即死を感じて断罪の黒刃を引き抜こうとして、真紅に妖しく光る俺の瞳を見て驚愕する。
「迦楼羅流銃剣術、奥義、雪月花!!!」
超至近距離から放たれた薄紅色に輝く三段の斬撃波がジェラードに襲いかかる。
しかし、あの盗賊団の頭であったギルスでさえ、即死を防ぐのがやっとだった超至近距離からの雪月花の斬撃を、信じられないほどの速さで躱すジェラード。
「…ック!私の断罪の黒刃は確かに心臓を貫いたはず!葵さん…貴方只の人間族ではありませんね!!!」
そう言って初めて顔を歪ませているジェラードに、跳びかかる小さな影があった。
その直後、ジェラードが呻き声を上げる。
「グアアアアア!!!!目…目があああ!!!!」
断末魔の悲鳴に近い声を上げたジェラードは、両手で両方の目を押さえる。ジェラードの瞳から鮮血が流れだす。
それは、マルガの小さな親友、白銀キツネの子供、甘えん坊のルナに、爪で両目を引っかかれた結果であった。
「LV2の貴方でも、白銀キツネの子供、ルナより弱い訳はない!ルナにはダヴィドの魔眼は通用しない!」
「は…白銀キツネの子供!?白銀キツネの子供に何故その様な事が…」
両目から血を流しながらそう言ったジェラードは、何かに気がついた様であった。
「…そうですか、ビーストティマーが居るのですね。獣を自由に操る事が出来る者が!!!」
そう言い放ちギリッと歯ぎしりをするジェラード。
「しかし、抵抗もここまでです。白銀キツネの子供では、私を殺すまでは出来ません!私は両の目が潰されていようとも、ダヴィドの魔眼で強化されている今なら、気配だけで貴方達を始末する事さえ可能です。残念でしたね!」
そう言って嘲笑うジェラードは、俺達に向かって跳躍しようとして、ガクンとバランスを崩しその場で蹲る。そんなジェラードの両足は微かに震えていた。
「な!?何故足が動かないのです!?」
混乱した声を出すジェラードに、綺麗な声を響かせるリーゼロッテ。
「それはルナさんの爪には、私が調合のスキルを使って作った、即効性のしびれ薬が塗ってありましたからね。そのしびれ薬は下半身から自由を奪い、やがて全身にまわり動けなくなります」
「し…しびれ薬ですと!?」
リーゼロッテの言葉に狼狽えているジェラード。
そう俺はマルガとリーゼロッテに指示を出し、ルナの爪に痺れ薬を塗らせた。
俺との戦いでは、絶対にジェラードを倒せないのは解っていた。
なので俺は、俺達の中で唯一ジェラードより弱いであろうルナに全てを託した。
俺との戦闘で死角になった間に準備をさせ、俺の限定不老不死に戸惑い足を止めた瞬間にルナに攻撃させた。当然、マルガのレアスキル、動物の心で意思の疎通が出来るからこその芸当だ。
俺は超回復で塞がった傷を確認して、口から出ていた血を袖口で拭う。
「…勝負はつきましたジェラードさん。貴方は魔法は使えない。俺達が近づかなければ、その場から動けない貴方は俺達に攻撃は出来ないでしょう?ですから俺達は近づきません。貴方が完全に麻痺してしまうまではね」
その俺の言葉を聞いたジェラードはグウウと唸り声を上げる。
「ジェラード、あんたの負けだよ。もう一度言うよ…いつもの…優しいジェラードに戻って…」
諭す様に言うマリアネラの言葉を聞いたジェラードは、フフと軽く笑う。
「それは出来ません。私は…テトラグラマトンラビリンスの青の2番ですからね」
そう優しくマリアネラに言ったジェラードは、右手に持つ断罪の黒刃で、自らの首を引き裂く。
ジェラードの首から大量の血が吹き出す。ジェラードはその場に蹲る。
「いやあああああ!!!」
悲鳴を上げながらジェラードに跳躍して、抱きかかえるマリアネラ。
「ジェラード死なないで!すぐに治療するから!!!マルガ!リーゼロッテ!お願い!ジェラードを治療して上げて!!お願いだから!!!!」
涙を流しながら、金切り声の様に叫ぶマリアネラ。
そんなマリアネラの言葉を聞いて、口から血を吐きながらフフフと笑うジェラード。
「…全く、貴女には敵いませんね。貴女を殺そうとした私を…まだ助け様とするのですからね」
「そんな事はどうでも良いんだよ!お願い!ジェラードを助けて葵!!!」
必死に懇願するマリアネラを見て、マルガとリーゼロッテが動こうとした時であった。
懐から何かを取り出したジェラードは、右手で断罪の黒刃をマリアネラの首元に突きつける。
「…近寄らないで下さい。近寄ればマリアネラを殺します。それに私が左手に持っているのは、炎の力を封じ込めた魔法球です。私の合図で10m範囲は焦土とかします」
その言葉を聞いたマルガにリーゼロッテはその場で動けなくなる。
ソレを気配で感じたジェラードは、マリアネラの耳元に顔を近づける。
「…マリアネラ、貴女は…貴女の信じる道を…突き進みなさい」
そう言って右手に持っていた断罪の黒刃を、マリアネラに手渡すジェラード。
「貴女を好きだったのは本当です。貴女も私の事を好きだと言ってくれて嬉しかったですよ」
その言葉を聞いたマリアネラがジェラードの顔を見た瞬間、ジェラードはいつもマリアネラに見せていた優しい微笑みを浮かべていた。
それを見たマリアネラがジェラードに抱きつこうとした瞬間、ジェラードによって激しく突き飛ばされ、俺達の足元まで弾き飛ばされた。
「…私は…貴方達の好きにはさせません!私は女神アストライア様の忠実なる下僕、テトラグラマトンラビリンス、青の2番なのですから!」
そう言い放って最後の気力を使って立ち上がるジェラードは、その手に持つ炎の魔法球を胸にし、神に祈るように手を合わせる。
「…ああ、女神アストライア様…今…貴女の御下に…」
そう祈る様に言ったジェラードの体が、激しい炎に包まれる。
揺らめく炎の中、血の涙を流しているかの様な青い天使は、穏やかな顔をしていた。
「いやあああああああああああ!!!ジェラードーーーーーーーーー!!!!!」
両手を顔に当てて、発狂しているマリアネラの目の前で、ジェラードの全ては炎に包まれて、塵も残さずに燃やし尽くしてしまった。
「ジェラード…ジェラードーーーーーーー!!!!!」
地面に蹲りながら嗚咽して、大粒の涙を流しているマリアネラ。
「…葵様、今は敵の気配はしませんが、あの男の死を知って、敵が追撃を掛けて来るかもしれません。一刻も早く宿舎に戻りましょう」
マルガとリーゼロッテに治癒魔法をかけて貰って、何とか動ける様になった魔法師団の男が俺に語りかける。
俺は蹲って嗚咽しているマリアネラを抱きかかえ、皆に客馬車に乗る様に言うと、出発の指示を出す。
そして誰もいなくなった草原には、この世界独特の土星の様にリングの付いた青い月だけが、その優しい光を放ちながら、何事もなかったかの様に全てを見下ろしていた。
魔法師団の手練の首を撥ねたその漆黒の短剣は返り血など一切無く、闇に引きずり込むかの様な妖しい光を放っている。
ぼんやりと体から幻想的な光りを放っている青い天使は、漆黒の短剣の切先を俺達に向け、全てを包み込むかの様な優しい微笑みを湛えていた。
「…もう、戦意喪失ですか?…存外大した事は無かった様ですね」
クスッと可笑しそうに笑う青い天使は、再び優しい微笑みを湛える。
その青い天使の言葉に我を取り戻す俺達。
…ジェラードの動きが全く見えなかった…
横を見ると、マルガやリーゼロッテ、マルコも同じだと伺える表情をしていた。
それどころか、上級者であるマリアネラや俺達を護衛してくれている魔法師団の手練達も一歩も動けずに居た。恐らく俺と同じ様に、ジェラードの動きをその瞳に捉える事が出来無かったのであろう。
そんな俺達を見て楽しそうなジェラードは、足元に転がっている首の無い魔法師団の手練の死体を蹴飛ばし、俺達に見せつけるかの様に横たわらせる。
「ジェ…ジェラードは戦闘職業にも就いていなかったはず!それなのにどうして!?それに…テトラグラマトンラビリンスって何なの!?」
魔法師団の手練を一瞬で亡き者にしたジェラードが信じられないで居るマリアネラは、混乱しながら口走る。
そんなマリアネラを見て、両側に召喚人形のローズマリーとブラッディーマリーの2体をフワフワと宙に浮かせて身構えているリーゼロッテが口を開く。
「…風の噂で聞いた事があります。ヴィンディミア教を国教とし聖地を持つ5大国、神聖オデュッセリアとヴィンディミア教を守護する存在として知られている四聖天のテトラグラマトンの4人の他に、影から守護する存在が居ると…。神聖オデュッセリアとヴィンディミア教に敵対する者達は、その影の者達によって駆逐されたと聞いた事があります。その影の者達の名前が確か…テトラグラマトンラビリンス。『断罪者』の名前を冠し、神聖オデュッセリアとヴィンディミア教の脅威を影から排除する…。只の噂だと思っていましたが…まさか本当に実在しているとは思いもしませんでしたわ」
瞳を細めるリーゼロッテの言葉を聞いて、フフフと笑っているジェラード。
そのリーゼロッテの言葉を聞いたマリアネラが、より一層困惑した表情で
「ジェ…ジェラードがそんな存在な訳無いじゃないか!わ…私は、この王都に来た15年前からジェラードを見てきてるんだ!ジェラードがマルガの様な歳の頃から見てきているんだよ!?そのジェラードが…テトラグラマトンラビリンスなんて物騒な者な訳無いよ!ねえ!?そうだよねジェラード!?そうだよねーー!?」
マリアネラの取り乱したその声を聞いて、軽く首を横に降るジェラード。
「…いいえマリアネラ、そこの美しいエルフのお嬢さんが言う通り…私は本物のテトラグラマトンラビリンスの青の2番です」
「嘘だ!!私はジェラードが12歳の時から知ってるんだよ!?華奢で運動がからきし苦手だったジェラードが…戦闘職業にも就いていないジェラードが…そんな者であるはずがないんだよ!」
マリアネラの必死な言葉を瞳を閉じて聞いていたジェラードは、ゆっくりと瞼を上げる。
「…私はマリアネラと会った…15年前以前から…テトラグラマトンラビリンスの青の2番なのですよ」
そう言って少し儚そうな微笑みを浮かべるジェラード。
マリアネラは嘘だ!と叫びながらジェラードの傍に走り寄ろうとして、俺に腕を掴まれてガクンとバランスを崩す。
「は…離して葵!」
「マ…マリアネラさん落ち着いて!状況をよく見てマリアネラさん!!」
俺が両肩を掴みながら言うと、足元に転がっている首の無い魔法師団の手練の亡骸を見て、激しく瞳を揺らしていた。
そんな俺とマリアネラを見て、自分達の後ろに下がらせる魔法師団の手練達。
「…葵様達は下がっていて下さい」
そう言って武器を手にして身構え、ジェラードと対峙する魔法師団の手練の3人。
それぞれが魔法の詠唱を始める。
「…やっと戦意を取り戻した様ですね。そうでなくては、栄えあるエンディミオン光暁魔導師団の名が…泣いてしまいますからね」
不敵に嗤いながら漆黒の短剣の切先を向けるジェラード。その言葉を聞いた魔法師団の手練達の表情がキツクなる。
「ファイアーハリケーン!!!」
「トルネードスラッシュ!!!」
詠唱の終えた2人の魔法師団の手練が、上級混合魔法をジェラードに向かって放つ。
炎の嵐と圧縮された風の刃が、轟音と共にジェラードに襲いかかる。
その直後に地響きと共に上級混合魔法が着弾する。
熱風と砂煙が辺りに立ち込め、その魔法が命中した者がどの様な惨状になっているか想像が出来る様なその威力に、流石は魔法師団の手練と皆が納得させられていた。
しかし砂煙がはれ、視界に入ってきたものに俺達は驚愕させられる。
そこには漆黒の短剣を突き出し、全く傷を負っていないジェラードの姿があった。
「…流石はエンディミオン光暁魔導師団の手練の方々、中々の威力の混合魔法ですね。この闇属性の『断罪の黒刃』の特殊効果で魔法を無効化出来なければ、いかな私でも只では済まなかった所でしたよ」
そう言って漆黒の短剣を見つめながら、不敵に微笑むジェラード。
そのジェラードの言葉を聞いた魔法師団の手練達は、ギュッと唇を噛み再度魔法の詠唱を始める。
「…させませんよ!」
そう言い放ったジェラードの姿が視界から消える。
その次の瞬間、魔法の詠唱をしていた魔法師団の手練の1人が呻き声を上げる。
俺達は呻き声の方に視線を向けると、手練の魔法師団の男の胸に、深々と漆黒の短剣を突き刺しているジェラードの姿があった。
心臓を一突きにされた魔法師団の手練は、口から血を吐き、地面に崩れ去り事切れる。
「貴様!仲間をよくも!!!」
そう言い放った魔法師団の手練の内の1人が、右手に持つロングソードでジェラードに斬りかかる。
しかしその高速の剣を難なく躱すジェラード。
「フフフ、そんな剣技などでは…私には擦る事すら出来ませんよ!」
そう言ったジェラードは、魔法師団の手練に斬りかかる。
「ほらほらどうしたのですか!貴方達は世界に名を轟かす、栄えあるエンディミオン光暁魔導師団の手練の兵なのでしょう?もっと頑張ってみなさい!」
そう言い放ったジェラードは嘲笑いながら、漆黒の短剣で次々と魔法師団の男を斬りつけていく。
魔法師団の手練の男は、ジェラードの漆黒の短剣の斬撃に為す術もなく、次々と体中を斬られていく。
鮮血で身体を染め、痛みに必死に耐えながら、それでもジェラードに向かっていく魔法師団の手練。
ジェラードはソレを見て嘲笑いながら、魔法師団の手練の高速の剣技を、まるで幼子をあやすかの様に往なしていく。
まるで相手になっていない…
まさに上級者の大人と剣を覚えたての子供の手合わせを見ているかの様だ…
この魔法師団の手練の兵士達の平均LVは132。
普通の騎士団や傭兵団なら間違いなく団長クラスの実力者達だ。
就いている戦闘職業も上級職業の上に、持っているスキルもかなり強い物を持っている。
前衛職業であるマジックナイト1名、後方からの魔法攻撃の得意なアークメイジ2名、そして感知能力に特化したサーヴェイランス1名の計4人パーティ。攻守と感知能力の優れた、バランスの良い構成。
しかし、その魔法師団の手練達は、為す術もなくジェラードに子供扱いされた上、もう既にアークメイジ1人にサーヴェイランスは殺されてしまっている。
この4人相手だと、ウイーンダルファ銀鱗騎士団、副団長であるあのイレーヌでさえ苦戦は必死であろう。それなのに…
俺は魔法師団の手練達を子供扱い出来る実力を有しているジェラードに、今の俺が出来るがどうか解らないが霊視をしてみる事にした。
その次の瞬間、霊視出来た事に驚きを感じながら、それと同時に身も凍る様な寒気を感じ、体中から嫌な汗がどっと流れ始める。
「ジェラードさんとは戦ってはいけません!!魔法師団の方々離れて下さい!!!」
俺はそう叫ぶと両手に銃剣2丁拳銃のグリムリッパーを召喚する。
そして、闘気術を全開にしてグリムリッパーを構える。それを見た魔法師団の手練の兵士2人は、素早く後方に跳躍する。
「迦楼羅流銃剣術、奥義、百花繚乱!!!」
闘気術で気勢を上げ、グリムリッパーの銃口から放たれた何百と言う流星嵐の様な魔法弾が、ジェラード目掛けて飛来する。
余りの銃の乱射により、獅子の咆哮の様に鳴り響く銃声の後着弾した魔法弾は、激しい衝突音と土煙を上げる。
そして、その土煙から全くの無傷で姿を表した青い天使を見てマルガやマルコは驚いていたが、俺はその結果が当然のものだと知っているので驚きはしなかった。
「…そう言えば、葵さんはその武器が有るのでしたね。…すっかり忘れていましたよ」
そう言って何事も無く、相変わらずな優しい微笑みを湛えているジェラード。
「…葵さん、ジェラードさんと戦ってはいけないとは…どういう事なのでしょうか?」
ローズマリーとブラッディーマリーをフワフワと宙に浮かせて戦闘態勢をとっているリーゼロッテが俺に問いかける。
「…ジェラードさんには…俺達では絶対に勝てないんだ。彼は…魔眼使い。ダヴィドの魔眼使いなんだ」
「ダヴィドの魔眼…ですか?ご主人様?」
大熊猫の双爪を構え身構えているマルガが可愛い首を傾げる。マルコも同じ様に首を傾げていた。
その魔眼の意味の解るリーゼロッテと魔法師団の手練の兵士は、その言葉を聞いて瞳を細めていた。
…この世界は魔法が有る他に、様々な特性やスキルが存在する。
その中でレアスキルと呼ばれるものは、別名ギフトとも呼ばれていて、生まれ持った才能、天からの授かりものと言われ、ごく一部の者しか所有していない特別なスキルである。
種類は様々だが、非常に強力で、有力な力を秘めたスキルが多い事から、レアスキルを持つ者は国や貴族、その他の組織から重要視され貴重がられている。
そのレアスキルの中にあって尚、強力な力を秘めていると言われるのが、この魔眼と言われる系統のレアスキルだ。別名『邪眼』とも言われ畏怖されるレアスキル…
内容は様々だが、見ただけで相手の意志を奪い操ったり、相手の心の中を覗いたり、相手を石化や麻痺状態にするものもある。
聞いた話では、見ただけで相手を死に至らしめるものまで有るとか…
邪眼と言われ人々から畏怖されるのも此れが理由であろう。
当然、俺が持っているレアスキルの魅了と霊視も、この魔眼系のレアスキルの系統にある。
そして、ジェラードの持っているレアスキル、ダヴィドの魔眼…
その能力が俺達には相性が悪すぎる。
その能力とは…自分と実力が離れた相手と戦う時、その力の差に応じて身体と戦闘能力が強化されるスキル。
相手と実力が離れれば離れる程、相手が強ければ強い程、自分の体と戦闘力が強化される…
「そう彼は…ジャイアントキリングの特性をレアスキルとして持つ者なんだ」
「「ジャイアントキリング!?」」
マルガとマルコが声を揃えて驚愕する。
この世界ではジャイアントキリングの特性は有名なのだ。
自分より強い相手には絶対に負ける事はないその特性…
南のとある地域のみに生息する、ゴリアーテと言う魔物のみがこの特性を持っていて、その魔物が繁殖した時は、老人や子供、力の弱い女性達がその魔物を駆除するのだ。
騎士団や傭兵団では駆除出来ない魔物を、普段は彼らに守られて生きている力なき者達が駆除する事から、逆転と言う意味の例えとしてもその魔物の名前が使われていて、広く知られているのだ。
「…では、彼よりも弱い者しか、彼を倒す事は出来ないのですね葵さん?…彼のLVは…幾つなのですか?」
「彼のLVは2だよリーゼロッテ。マリアネラさんが言う様に、一切何の戦闘職業にも就いていない。ダヴィドの魔眼のもう一つの特性として、このレアスキルを保持する者のは、LVを上げるのに物凄い回数が居るみたいだ。だからLVが2なんだと思うよ」
俺のその言葉を聞いたリーゼロッテの表情が険しくなる。
リーゼロッテの表情が険しくなるのも頷ける。
俺やマルガ達の平均LVは30半ばと言った所だし、戦闘職業につき、しかも戦闘スキルも所持している。
そんな俺達と、ダヴィドの魔眼意外のスキルが無く、戦闘職業にも就いていない只の村人同然のジェラードとでは、かなりの実力差が有る。マリアネラだって上級者だ。俺達以上に実力差が有る。
ましてや魔法師団の手練達とジェラードであれば…その実力差は天と地ほどあるであろう。
その実力差分だけジェラードは強化される…
そんな会話をしていた俺達を見て、瞳を細めるジェラード。
「…私のレアスキルであるダヴィドの魔眼の事は、ほんの極一部の者しか知り得ない事。当然、マリアネラにも話してはいません。…葵さん、貴方も何かの魔眼系のレアスキルを所持していたのですね」
そう言って初めて険しい表情を浮かべるジェラード。
「…まあ良いでしょう。どうせ貴方達はここで死ぬのです。私の秘密も…漏れる事は無いでしょうしね!」
そう言い放ったジェラードの姿が視界から消え失せる。
そして次の瞬間、俺達の目の前で激しい金属音が鳴り響く。
それはジェラードの断罪の黒刃を紙一重で受け止めた、マジックナイトのロングソードとの衝突音であった。
「…良く勘だけで私の断罪の黒刃を受け止めましたね。流石はエンディミオン光暁魔導師団の手練…一味違いますね!」
ジェラードは嗤いながらそう叫ぶと、激しくマジックナイトを斬りつける。
目にも留まらぬその斬撃に、胸を十字に斬られ鮮血を吹き出し蹲るマジックナイト。
そのマジックナイトを助ける為に魔法の詠唱を始めたアークメイジに気がついたジェラードは、瞬時に身を翻しアークメイジの首を蹴り上げる。
首の骨を折られたアークメイジは地面に倒れ、痙攣を始める。
「この!!!!」
俺は銃剣2丁拳銃のグリムリッパーで魔法弾を撃ち込むが、ソレを最小限の動きで躱したジェラードは距離をとる。
「マルガ!リーゼロッテ!すぐに魔法師団の人を回復させて!」
「ハイ!ご主人様!」
「解りましたわ葵さん」
マルガとリーゼロッテは治癒魔法で魔法師団の2人を治療していく。
ソレを瞳を揺らしながら見ていたマリアネラが叫ぶ。
「もう辞めてジェラード!私の知ってるジェラードはこんな事する奴じゃない!お願いだから…もうやめて!!!!」
瞳に涙を浮かべジェラードに懇願するマリアネラ。
そんなマリアネラを見たジェラードは、優しい微笑みの仮面を少しずらす。
「…ソレは出来ません。葵さん達はヴィンディミア教にとって排除すべき存在であると認められてしまったのです。それが決定した以上…葵さん達には死んで頂きます」
「な…何故排除しなきゃいけない存在なんだい!?葵達は…何も悪い事をした訳じゃないじゃないか!」
マリアネラの必死の叫び声を聞いて、軽く溜め息を吐くジェラード。
「…葵さん達は…フィンラルディア王国にヴィンディミア教を国教として認めさせる為…死んで頂く事になったのですよ」
「ど…どういう事なのさジェラード?」
ジェラードの言葉に困惑した表情で問い返すマリアネラ。
「今私達はヴィンディミア教をフィンラルディア王国の国教にする様に働きかけています。しかし、アウロラ女王と一部の六貴族が反対している事によって、思う様に話が進んでいません。…ですから、これ以上の反対するのであれば…どの様な事になるか理解して貰う為に…葵さん達には死んで頂くのです」
「…つまり、警告の意味で…私達を殺すと言う事なのですね」
「…そうですね。流石は理解力の高いエルフのお嬢さんだ」
優しい微笑みを浮かべながら応えるジェラード。
「でもそんな事をすれば、神聖オデュッセリアとフィンラルディア王国に亀裂が入り、大きな戦争になってしまうかもしれませんわよ?今日私達がジェラードさんと会う事は、暁の大魔導師であるメーティスさんも知っています。私達が殺されたら…ヴィンディミア教と神聖オデュッセリアの関与が決定的になりますが?」
リーゼロッテの言葉を聞いたジェラードは、フフフと笑う。
「心配しなくても、エルフのお嬢さんの言う様な事にはなりませんよ。私は葵さん達を殺した後には姿を消します。この件に関与したと言う決定的な証拠は残さない様にね。よく考えてみて下さい。この場で私に会ったのは貴方達だけです。葵さん達が皆死ねば、私に本当に会ったのかなんて、他の誰かには絶対に解らない事。後でどうとでも取れる話。そのどうとでも取れる話だけで、五大国が戦争になる様な事はありません。決定的な証拠でも無い限りはね。…私が書いた手紙も、どの様にも言い逃れの出来る物。それを承知で貴方達に渡したのですから」
そのジェラードの言葉を聞いて、苦悶の表情をするマルガにマルコ。
「…それに暁の大魔導師に、例の手紙が渡っているなら…尚好都合ですね。少しの情報は残さなければなりませんからね」
「…完全にではありませんが、ヴィンディミア教の関与があるかもしれないと解らせないと…警告の意味をなさないからですからですわね」
「…本当に賢しいエルフのお嬢さんだ。感服します」
そう言って優しい微笑みを浮かべるジェラード。
…流石は大宗教のヴィンディミア教と言う所であろうか。
宗教と言うのは、信者が多いと言うだけでは大きくなれない。それは地球の歴史も証明している。
宗教が世界的規模にまでその版図を広げられるのは…権力と財力、そして武力を持っている宗教のみだ。それを持たない宗教は、世界的な物になり得ない。それは地球の歴史を見れば一目瞭然であろう。
宗教の名の下に数多の戦争を起こし…どれだけの人を殺し奪ってきたかの歴史を見れば…
権力と財力、そして武力を持たない宗教は、何時他の力に潰されるか解らない。
その力に消された宗教など、星の数ほど有るであろう。
「…テトラグラマトンラビリンスの存在も、ヴィンディミア教に手を出せばどうなるかを解らせる為の影の脅威って訳か。その存在を公式には認めないが、その姿は匂わせる…」
俺の言葉を聞いて肯定も否定もせずに、相変わらず優しい微笑みを湛えているジェラード。
「…しかしマリアネラ。私は貴女を助けたい。…さあ、私の元に来るのです。私と一緒に…女神アストライア様の為に一緒に生き…全てを捧げましょう…」
そう言って左手をマリアネラに伸ばすジェラード。
「わ…私がジェラードの元に行けば…葵達を助けてくれるのかい?」
戸惑いながら言うマリアネラの言葉を聞いたジェラードは、軽く首を横に振る。
「…それは出来ません。彼らは女神アストライア様の為に、ここで死ぬ定めなのです。それは…変えれません」
淡々と言ったジェラードの言葉を聞いたマリアネラが、激しく瞳を揺らす。
「何を悩む必要があるのですかマリアネラ?彼らと出会ってまだそんなに経って居ないでしょう?15年も一緒に居る私を選んでもなんら不思議な事ではないですよ?それに…貴女は私の事が好きなのでしょう?」
その言葉を聞いたマリアネラが瞳を大きくする。
「…私も貴女の事が好きですよ。私は貴女となら子をなしても良いとさえ思っています。私や貴女の子供と供に…一緒に生きて行きませんか?」
微笑みの仮面から覗かせる、本当の優しい微笑みをマリアネラに投げかけるジェラード。
それを見たマリアネラは、今迄で一番大きく瞳を揺らす。
そして、暫く顔を俯けたまま考え込んでいたマリアネラが、視線をジェラードに戻す。
「そ…それは出来ないよジェラード。確かに葵達とはまだ少しの時間しか共有していないけど…葵達には命も助けて貰ったし…色々と世話にもなっている。それを…」
弱々しくそう言ったマリアネラの言葉を聞いたジェラードは、その出していた左手を静かに降ろす。
「…やはり、もっと早くにあのノームとワーリザードを殺しておくべきでしたね」
低い声でそう呟いたジェラード。その冷たい瞳を見たマリアネラは困惑の表情を浮かべる。
「そ…それはどういう事なのジェラード?」
「…そのままの意味ですよマリアネラ。私は貴女に冒険者などして欲しくは無かった。初めはすぐに辞めてしまうと思っていたのですがね。あの2人と会ってからは、貴女はどんどんと冒険者として深みにはまってしまった。もっと早くにあのノームとワーリザードを始末していれば…こんな事にはならなかったかもしれませんからね」
「…それはつまり…マリアネラさん達を襲撃し、ヨーランさんを亡き者にしたあの人攫い達に指示を出したのは…ジェラードさんと言う事なのでしょうか?」
リーゼロッテのその言葉を聞いたマリアネラは、激しく狼狽している。
「…そうですよ。まあ正確には、便乗させて貰ったと言うのが正解ですがね。しかし、使えぬ奴らでしたよ。マスタークラスにも関わらず、貴方達如き相手に任務を失敗するのですから」
「そ…そん…な」
軽く溜息を吐きながらそう言ったジェラードの言葉を聞いたマリアネラは、魂が掠れる様な微かな声を出す。
「…まあ、今となってはどうでも良い事。貴方達を殺して…それで終了なのですからね!!!!!」
そう言い放って断罪の黒刃の切っ先を向けたジェラードの姿が、視界から完全に消えうせる。
その直後、聞きなれた者の震える声が聞こえ、体中に悪寒が走る。
「グ…グフウ…」
断罪の黒刃に腹を貫かれ微かな呻き声を上げ、口から大量の血を吐きながら驚きの表情をしているマルコ。
「マルコーーーーー!!!!!」
俺の叫びが辺りに木霊する。
俺は闘気術を全開にして、クリムリッパーでジェラードに斬りかかる。
そんな俺のグリムリッパー切っ先を軽く往なしていくジェラードの全てを見透かす様なその瞳は、狩をして獲物を弄ぶ狩人の様な色をしていた。
「マルガ!リーゼロッテ!急いでマルコを治療してあげて!!!!」
「ハイ!ご主人様!!!!」
俺の少し発狂気味の叫びを聞いたマルガにリーゼロッテがマルコに跳躍し、治癒魔法をかけていく。
少し痙攣をしているマルコは、苦しそうに顔を歪めながらも治癒魔法のかいあってか、命を繋ぎ止めた様に血色を取り戻していく。
「私相手にして余所見とは…随分と余裕ですね葵さん!」
ジェラードのソノ言葉と共に、腹部に激しい痛みを覚える。蹴り飛ばされた俺は地面に激しく転げ回される。
俺がフラフラとして立ち上がったのを見て、フフと笑ったジェラードは、その手に持つ断罪の黒刃で俺を斬りつける。
全く目にも止まらないジェラードの斬撃に、俺は為す術もなく体の至る所を斬られる。
激しい痛みが体中を駆け巡り俺の気勢が弱まり、俺の身体を包み込んでいた薄紅色の輝くオーラはその光を弱める。明らかに超回復の回復値を超えているのであろう。
余りの斬撃に、少し目が霞んで来た所で、綺麗な声が辺りに響き渡る。
「皆さん!目と耳を塞いで下さい!」
その言葉と同時に、辺りを一瞬昼と思わせる様な閃光が包み込み、激しい音が鳴り響く。
それは俺の危機を感じたリーゼロッテが、ローズマリーとブラッディーマリーを使って、例の煙球を投げつけた結果であった。
煙球が見事ジェラードに着弾した手応えのあるリーゼロッテは、ジェラードに追撃を掛ける為にローズマリーとブラッディーマリーに攻撃を仕掛けさせるが、激しい金属音をさせて弾き飛ばされるローズマリーにブラッディーマリー。
そして煙がはれ、俺の胸ぐらをつかみあげて、片手で俺を持っているジェラードはククッと嗤う。
「…無駄ですよエルフの美しいお嬢さん。煙球で私の視界を奪ってダヴィドの魔眼の効果を消そうとしたのでしょうが…私のダヴィドの魔眼は、一度でもその人物をこの瞳に写せば、効果は任意で発動出来るのです。私に視られた後で、私の視界を奪った所で…意味はありませんよ?」
血だらけの俺を片手に持ちながら、優しい微笑みを浮かべるジェラード。
…絶対的だ。
俺達では天と地がひっくり返っても、ジェラードに勝てない。
俺の全ての力が…ジェラードに取っては強化される要因になってしまう。
切り札である種族能力を開放すれば、更にジェラードは強化されてしまう。
魅了でジェラードを操る事も、強化されたジェラードには効かない。
打つ手が全く無い…
その絶望感が俺の身体を包み始めた時、甲高い声が辺りに響く。
「ジェラード!お願いだから…もう辞めて!!!」
瞳から大粒の涙を流しながら、悲鳴に近い声を上げるマリアネラ。
「もうそれ以上…葵達を傷つけないで!こんな事…いつも優しいジェラードがする事じゃないよ!それに、人攫い達が何をしていたのか、ジェラードは知っているのかい!?奴らは人を攫って…その人達を…食料にして…」
「教会で施しとして与えていた…と、言いたいのでしょう?それが…どうかしましたか?」
マリアネラの言葉を遮る様に淡々と言うジェラード。
「し…知ってて…そのままソレを…?」
「当然でしょう?女神アストライア様が祝福した施しなら、例え毒でも食すのが信者の勤めではありませんか。それにその施しのお陰で、どれだけの死にゆく命が救われたか。それこそ女神アストライア様の御慈悲なのです。…女神アストライア様に全てを捧げれば…皆そのご慈悲を受ける事が出来るのです」
そのジェラードの言葉を聞いて絶句しているマリアネラ。マルガや回復してきたマルコが瞳を揺らしている。
「…フフフ」
「…何が可笑しいのですか葵さん?」
掴みあげている俺の微かな笑い声を聞いて、瞳を細めて俺を見つめるジェラード。
「いや…随分とご大層な話だと思ってね。沢山の人々の命を奪い、その死の上に成り立っている女神が、慈悲を語ると思うと可笑しくなっただけさ。…貴様らがやっている事は、只の国盗り遊びと同じさ。その宗教と言う力を顕示して、権力や財力を得たいだけだろう?…とんだ女神様もいたものだね」
嘲笑う様に言う俺の言葉を聞いたジェラードの表情が一変する。
「き…貴様如きが…知った風な事を!!!!」
激昂したジェラードは俺を振り上げると、そのまま地面に叩きつける。
その激しさに俺は呻き声を上げる。
「貴様如きが女神アストライア様を語るなど汚らわしいわ!」
そう言って地面に蹲っている俺を、激しく蹴りまくるジェラード。
血だらけの俺が蹴られまくっているのを見て、マルコの応急処置の終わったマルガとリーゼロッテが、俺を助ける為にジェラードに攻撃を加えるが、ソレを難なく躱したジェラードはマルガとリーゼロッテを蹴り飛ばす。蹴られたマルガとリーゼロッテは地面に蹲っていた。
「マルガ!リーゼロッテ!…貴様!!!」
ジェラードに胸を踏みつけられて身動きの取れない俺を、まるで虫でも見る様な瞳で見つめるジェラード。
「世界は強者の為にしか存在しない。それに抗うには…無力な弱者では無理なのですよ」
そう言いながら、見事な刺繍の入った、天使が纏う様な司祭服のボタンを少し外し、その青い司祭服をずらすジェラード。
青い司祭服から覗かせたジェラードの上半身は、胸に大きな十字の火傷があり、体中が何かで斬られた様な傷跡が無数についていた。
「…私はとある貴族の家に生まれました。当時使用人のメイドであった私の母が当主に気に入られ、私を宿しました。貴族が平民に種など与えません。普通なら身籠った母は殺されるか子供を無理やり堕ろされるかするはずなのですが、その様な事にはならずに私はこの世に生を受ける事が出来ました。…何故だか解りますか?」
俺を踏みつけ見下ろしているジェラードは、俺の答えを聞かずに話を続ける。
「その理由は…私を苦しめる為に、私を産ませたのですよ。その貴族の奥様は、夫が平民に手を出し種を与えたのを許せなかった。だからその腹いせに…私を産ませ、永遠にそのウサを晴らす為だけの存在として、私を産ませる事を許可したのです」
そう言ったジェラードの表情がみるみる険しくなる。
「私はね葵さん、物心がつく前から…その奥様のウサを晴らす為だけの玩具として、虐待を受けていたのですよ。毎日毎日ナイフで身体を切られ、焼きごてをあてられて…そうして生きてきたのです。只々恐怖でしたよ毎日が。しかし、私が7歳の時事態は急変します。ある程度言葉を喋れる様になった私は、奥様の虐待に耐え切れず、館から逃げ出しました。ですが、初めて館の外に出た私は、どうして良いか解らずただひたすら走り続けているだけでした。外での事が解らない私は、食べ物の調達も出来ず、すぐに飢えてしまいました。そしてそれから2日経ち、死を覚悟した時でした。私は歩きついた湖の湖畔で出会ったのです。女神アストライア様の御使いに…」
そう言ってその時の事を思い出して居るのか、少し恍惚の表情に浸っているジェラード。
「その御使いは言いました。『女神アストライア様に全てを捧げるのなら…お前の望む力を授けてやろう』とね。私は静かに頷くと、私に手をかざす御使いが光り、激痛と共に私に力を授けられました。そう…このダヴィドの魔眼の力をね。私は力を授けてくれ、食料を与えてくれた御使いに礼を言い、目的を果たす為に…館に戻りました」
そう言ったジェラードの表情が歓喜に染まる。
「館に戻った私は、館の者を皆殺しにしましたよ。館には子供の私より弱い者など居ませんでしたからね。愉快でしたよ…今迄虐待していたはずの弱者であるこの私に、必死に平伏して命乞いをする奥様の姿を見れたのにはね。それから私はヴィンディミア教で教育を受け、テトラグラマトンラビリンスの青の2番になったのですよ」
そう言って悪魔の様な笑みを浮かべるジェラード。そして俺の胸に置いている足に力を入れる。
「…ヴィンディミア教が沢山の人々の死の上に成り立っている?そんな事は解っているのですよ!それでも沢山の弱者を救おうとすれば、多くの命を散らさなければならないのですよ!世界の強者に弱者が打ち勝つには!!!貴方には解らない事でしょうがね!!!!」
そう言い放ったジェラードは俺を激しく蹴りまくる。その激痛に体を動かせない俺は、ギュッと唇を噛む。
その時、一陣の風がジェラードに襲いかかった。
激しい金属音をさせて火花を散らす、ジェラードの持つ断罪の黒刃。
それはマリアネラが両手に持つ短剣で斬りかかったからであった。
「…ジェラード、もう辞めるんだ」
瞳に涙を浮かべながらも、きつくジェラードを睨みつけるマリアネラ。
「確かにジェラードの言う通りかもしれない。でも…それによって救えない弱者達を殺して良い理由にはならないね。ジェラードがそんな過酷な過去を持つなんて、私は知らなかった。だから…だからこそ」
そう言って両手に持つ短剣に力を入れるマリアネラ。
「だからこそいつもの優しいあんたに戻させる!ジェラードの事が好きだから!!!」
そう言い放って高速の蹴りを放つマリアネラ。
それを難無く躱すジェラードは少し距離をとる。
「…全く、貴女らしいですね。…マリアネラにソレが出来るのですか?」
「やってやるよ!私の全てを…賭けてね!!!!」
そう声高に叫んだマリアネラは、左右にフェイントを織り交ぜながら、高速でジェラードに斬りかかって行く。
ジェラードの拘束から解かれた俺は、フラフラしながら立ち上がろうとして、足に力が入らなくて再度倒れそうになる。
地面に倒れる瞬間、両側から甘い香りのする女神達に両肩を支えられる。
「大丈夫ですか葵さん?」
「ご主人様!すぐに治癒魔法を掛けますので、待ってて下さいね!」
自ら治癒魔法で傷を癒したマルガとリーゼロッテは、俺に治癒魔法を施していく。
「そんな攻撃は私には当たりませんよマリアネラ」
「ハン!これからが本番だよ!」
マリアネラは自らの全てを掛けてジェラードに斬りかかるが、当然ジェラードには擦る事すら出来ないでいた。
そして、数十手打ち合っていたマリアネラとジェラードであったが、綺麗な金属音が辺りに鳴り響き、空中に舞い上がる2本の短剣が、月の光りに照らされ光り、地面に突き刺さる。
「…ダヴィドの魔眼を持つ私にはマリアネラでは勝てませんよ。良く解ったでしょう?」
そう言って断罪の黒刃の切先を、マリアネラの喉元に突きつけるジェラード。
「マリアネラ…最後にもう一度聞きます。私と供に生きて下さい。私は…貴女と一緒に生きて行きたい」
「…嫌だね!今のジェラードとは一緒に居られない!私だって冒険者の端くれ!覚悟は出来ているよ!…さっさと殺せ!!!」
大粒の涙をポロポロと流しながら、きつくジェラードを睨みつけるマリアネラ。
「…全く頑固なのですから。…これで本当にお別れですマリアネラ…」
そう静かに言ったジェラードは断罪の黒刃を振り上げる。
ソレを一切視線を外す事無く、涙を流しながら見据えるマリアネラ。
俺はソレを止めようとして立ち上がろうとした時に、視界に入った小さな影を見て、体中に電撃が走ったかの様な感覚に囚われる。
「さよならマリアネラ。…君の事は忘れないよ」
その言葉を言い終わったジェラードが断罪の黒刃を振り下ろす瞬間、数発の破裂音が鳴り響き、魔法弾がジェラードに飛来する。
ソレを後方に跳躍して躱したジェラードは、瞳を細めてこちらを向く。
「…治癒魔法で回復しましたか。あれだけ私に蹴られれば治癒魔法を掛けて貰ったとはいえ、動けるはずはないのですがね。マリアネラから聞いていた通り、見た目によらず打たれ強いのですね」
そう言って軽く溜め息を吐くジェラード。
「確かにジェラーさんの言う通りなのかもしれない。貴方の言う通り、弱者を救おうとすれば…犠牲が必要な時もあるのかもしれません。ですが俺達も、黙って犠牲になってやる気もありません。俺は商人です。俺は…俺だけの利益を追求させて頂きます。貴方を倒してね!」
そう言ってグリムリッパーを構える俺を見て、フフと嗤うジェラード。
「この私を倒す!?傭兵団の一個師団を1人で壊滅させた事もあるこの私を貴方がですか?そんな奇跡の様な事はありえませんよ」
「…なら、貴方にその奇跡を見せて上げましょう!貴方が…女神アストライアの御使から、奇跡を受けたと同じ様にね!」
俺はそう言い放って、グリムリッパーの銃口をジェラードに向け、闘気術を全開にする。
俺の体は光り輝く薄紅色のオーラに包まれる。
俺は全力で跳躍してジェラードに斬りかかる。当然俺の攻撃はジェラードには擦りもしない。
「あれだけの大口を叩いて、擦りもしないのですか葵さん?」
俺を見下す様に言うジェラード。
「すぐに解らせて上げますよ!女神アストライアにしがみ付く事しか出来なかった、弱い貴方にね!」
「貴様!また女神アストライア様を愚弄するか!!!!」
俺の言葉に激昂擦るジェラードは俺の視界から姿を消す。
その次の瞬間、目の前に現れたジェラードは、俺の胸に深々と断罪の黒刃を突き立てる。
心臓を一突きにされた俺は口から大量の血を吐く。
「…奇跡は貴方には起きませんでしたね葵さん」
そう言って嘲笑うジェラードは俺の即死を感じて断罪の黒刃を引き抜こうとして、真紅に妖しく光る俺の瞳を見て驚愕する。
「迦楼羅流銃剣術、奥義、雪月花!!!」
超至近距離から放たれた薄紅色に輝く三段の斬撃波がジェラードに襲いかかる。
しかし、あの盗賊団の頭であったギルスでさえ、即死を防ぐのがやっとだった超至近距離からの雪月花の斬撃を、信じられないほどの速さで躱すジェラード。
「…ック!私の断罪の黒刃は確かに心臓を貫いたはず!葵さん…貴方只の人間族ではありませんね!!!」
そう言って初めて顔を歪ませているジェラードに、跳びかかる小さな影があった。
その直後、ジェラードが呻き声を上げる。
「グアアアアア!!!!目…目があああ!!!!」
断末魔の悲鳴に近い声を上げたジェラードは、両手で両方の目を押さえる。ジェラードの瞳から鮮血が流れだす。
それは、マルガの小さな親友、白銀キツネの子供、甘えん坊のルナに、爪で両目を引っかかれた結果であった。
「LV2の貴方でも、白銀キツネの子供、ルナより弱い訳はない!ルナにはダヴィドの魔眼は通用しない!」
「は…白銀キツネの子供!?白銀キツネの子供に何故その様な事が…」
両目から血を流しながらそう言ったジェラードは、何かに気がついた様であった。
「…そうですか、ビーストティマーが居るのですね。獣を自由に操る事が出来る者が!!!」
そう言い放ちギリッと歯ぎしりをするジェラード。
「しかし、抵抗もここまでです。白銀キツネの子供では、私を殺すまでは出来ません!私は両の目が潰されていようとも、ダヴィドの魔眼で強化されている今なら、気配だけで貴方達を始末する事さえ可能です。残念でしたね!」
そう言って嘲笑うジェラードは、俺達に向かって跳躍しようとして、ガクンとバランスを崩しその場で蹲る。そんなジェラードの両足は微かに震えていた。
「な!?何故足が動かないのです!?」
混乱した声を出すジェラードに、綺麗な声を響かせるリーゼロッテ。
「それはルナさんの爪には、私が調合のスキルを使って作った、即効性のしびれ薬が塗ってありましたからね。そのしびれ薬は下半身から自由を奪い、やがて全身にまわり動けなくなります」
「し…しびれ薬ですと!?」
リーゼロッテの言葉に狼狽えているジェラード。
そう俺はマルガとリーゼロッテに指示を出し、ルナの爪に痺れ薬を塗らせた。
俺との戦いでは、絶対にジェラードを倒せないのは解っていた。
なので俺は、俺達の中で唯一ジェラードより弱いであろうルナに全てを託した。
俺との戦闘で死角になった間に準備をさせ、俺の限定不老不死に戸惑い足を止めた瞬間にルナに攻撃させた。当然、マルガのレアスキル、動物の心で意思の疎通が出来るからこその芸当だ。
俺は超回復で塞がった傷を確認して、口から出ていた血を袖口で拭う。
「…勝負はつきましたジェラードさん。貴方は魔法は使えない。俺達が近づかなければ、その場から動けない貴方は俺達に攻撃は出来ないでしょう?ですから俺達は近づきません。貴方が完全に麻痺してしまうまではね」
その俺の言葉を聞いたジェラードはグウウと唸り声を上げる。
「ジェラード、あんたの負けだよ。もう一度言うよ…いつもの…優しいジェラードに戻って…」
諭す様に言うマリアネラの言葉を聞いたジェラードは、フフと軽く笑う。
「それは出来ません。私は…テトラグラマトンラビリンスの青の2番ですからね」
そう優しくマリアネラに言ったジェラードは、右手に持つ断罪の黒刃で、自らの首を引き裂く。
ジェラードの首から大量の血が吹き出す。ジェラードはその場に蹲る。
「いやあああああ!!!」
悲鳴を上げながらジェラードに跳躍して、抱きかかえるマリアネラ。
「ジェラード死なないで!すぐに治療するから!!!マルガ!リーゼロッテ!お願い!ジェラードを治療して上げて!!お願いだから!!!!」
涙を流しながら、金切り声の様に叫ぶマリアネラ。
そんなマリアネラの言葉を聞いて、口から血を吐きながらフフフと笑うジェラード。
「…全く、貴女には敵いませんね。貴女を殺そうとした私を…まだ助け様とするのですからね」
「そんな事はどうでも良いんだよ!お願い!ジェラードを助けて葵!!!」
必死に懇願するマリアネラを見て、マルガとリーゼロッテが動こうとした時であった。
懐から何かを取り出したジェラードは、右手で断罪の黒刃をマリアネラの首元に突きつける。
「…近寄らないで下さい。近寄ればマリアネラを殺します。それに私が左手に持っているのは、炎の力を封じ込めた魔法球です。私の合図で10m範囲は焦土とかします」
その言葉を聞いたマルガにリーゼロッテはその場で動けなくなる。
ソレを気配で感じたジェラードは、マリアネラの耳元に顔を近づける。
「…マリアネラ、貴女は…貴女の信じる道を…突き進みなさい」
そう言って右手に持っていた断罪の黒刃を、マリアネラに手渡すジェラード。
「貴女を好きだったのは本当です。貴女も私の事を好きだと言ってくれて嬉しかったですよ」
その言葉を聞いたマリアネラがジェラードの顔を見た瞬間、ジェラードはいつもマリアネラに見せていた優しい微笑みを浮かべていた。
それを見たマリアネラがジェラードに抱きつこうとした瞬間、ジェラードによって激しく突き飛ばされ、俺達の足元まで弾き飛ばされた。
「…私は…貴方達の好きにはさせません!私は女神アストライア様の忠実なる下僕、テトラグラマトンラビリンス、青の2番なのですから!」
そう言い放って最後の気力を使って立ち上がるジェラードは、その手に持つ炎の魔法球を胸にし、神に祈るように手を合わせる。
「…ああ、女神アストライア様…今…貴女の御下に…」
そう祈る様に言ったジェラードの体が、激しい炎に包まれる。
揺らめく炎の中、血の涙を流しているかの様な青い天使は、穏やかな顔をしていた。
「いやあああああああああああ!!!ジェラードーーーーーーーーー!!!!!」
両手を顔に当てて、発狂しているマリアネラの目の前で、ジェラードの全ては炎に包まれて、塵も残さずに燃やし尽くしてしまった。
「ジェラード…ジェラードーーーーーーー!!!!!」
地面に蹲りながら嗚咽して、大粒の涙を流しているマリアネラ。
「…葵様、今は敵の気配はしませんが、あの男の死を知って、敵が追撃を掛けて来るかもしれません。一刻も早く宿舎に戻りましょう」
マルガとリーゼロッテに治癒魔法をかけて貰って、何とか動ける様になった魔法師団の男が俺に語りかける。
俺は蹲って嗚咽しているマリアネラを抱きかかえ、皆に客馬車に乗る様に言うと、出発の指示を出す。
そして誰もいなくなった草原には、この世界独特の土星の様にリングの付いた青い月だけが、その優しい光を放ちながら、何事もなかったかの様に全てを見下ろしていた。
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