愚者の狂想曲☆

ポニョ

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2章

愚者の狂想曲 58 日本人の吸血鬼

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ヴィトレの大砦。

王都ラーゼンシュルトより程近いその砦は、小高い見晴らしの良い丘の上に建てられた強固な大砦である。

六貴族であるビンダーナーゲル伯爵家のお抱え騎士団、ルーファリアラス櫨染騎士団が常駐し、数万に上る兵士達が日々訓練に励み、王都周辺の守備にあたっている。

要塞とも言えるその大砦の、中規模の町に等しい建物群の中心には、一際大きいレンガ造りの建物があった。

その大砦の本丸と言うべき建物に、その男達は集まっていた。



「…これで全て片が付きましたなジギスヴァルト宰相」

そう言いながらワインの入ったグラスを口元に運ぶ男。



「そうだな、これも全て…レオポルド殿のお蔭といった所かな?」

ジギスヴァルトの言葉を聞いてフフ笑うレオポルド。



「しかし、こうも我々の思惑通りに事が進むとは…話を聞いた時は、正直…半信半疑の所もありましたが…感服致しました」

豪華な鎧に身を包んだ男の言葉を聞いた綺麗な金髪をした超美青年が、その肩に手を置く。



「…この計画が王女一派に感づかれた時点で、こうなる事は全て計算の上でした。一つの秘め事が他者にばれそうな時、人は隠す事や、その邪魔な存在を排除する事に力を入れてしまいがちになります。しかし、その様な事は愚の骨頂と言うもの。秘め事が他者に感ずかれた時点で、すでに秘め事では無くなってしまっているのです。それを隠し続ける事など不可能なのですよ。きっと何処かで無理が出る。なれば、隠す事に力を入れるのでは無く、その秘め事との関係性を、いかにして絶つかに力を入れるべきなのですよ」

「…一見、その秘め事に対して隠し続ける事に力を入れているかの様に見せかけて、実はその関係性を絶つ為に力を入れていた…さしもの王女一派も読めませんでしょうな。流石ですなヒュアキントス殿」

「いえいえ、ルードヴィグ殿が私の話に耳を傾けてくれたからですよ」

そう言って涼やかに微笑むヒュアキントスを見て、フッと軽い笑いを浮かべるルードヴィグ。

そんなヒュアキントスとルードヴィグを見ていたジギスヴァルトはククッと笑う。



「だがこれで、貴重な収入源の一つが消えてしまった事に加え、郊外町に流れ込む流民の間引きも兼ねていたあの計画が無くなってしまった以上、増え続ける郊外町の人口を減らす手だても考えなければならぬ。このまま何の対処もせずに郊外町の人口が増え続ければ、郊外町そのものが大きな力を持つ事になり兼ねない。それは国家を揺るがす事にも繋がる。そうなれば、アウロラ女王が推し進める下級市民制度を、本格的に取り入れなければならなくなってしまうからな」

そのジギスヴァルトの言葉を聞いたルードヴィグが、少し首を傾げる。



「それはどういう事なのでしょうかジギスヴァルト宰相?アウロラ女王が下級市民制度を推し進めるのは、善王と呼ばれるアウロラ女王が、郊外町に住む者に手を差し伸べたいからだけではないのですか?郊外町の人口が増え続ける事と、何か関係があるのでしょうか?」

ルードヴィグの言葉を聞いたジギスヴァルトは、口をつけていたワイングラスをゆっくりと離す。



「…善王アウロラか…。ルードヴィグ殿は少々、アウロラ女王陛下の事を軽んじておられる様だな」

「そ…それは、どう言う意味なのでしょうか?」

ジギスヴァルトの言葉を聞いて戸惑うルードヴィグ。



「…彼女は善王と言うだけでは無いという事ですよルードヴィグ殿」

困惑するルードヴィグを見て、楽しそうに口を開くレオポルド。



「…彼女は賢王なのですよ。それもとびきりの賢王。それがアウロラ女王陛下なのですよ」

ヒュアキントスのその言葉を聞いたジギスヴァルトは、フッと口元を上げる。



「…アウロラ女王が下級市民制度を推し進めるのは、何も郊外町に住む者共を救いたいだけでは無いのだよ。増え続ける郊外町の者共の事は、常に懸念されてきた。だが、具体的な対処の方法が無く、流れ込む流民を止める手だては無かった。だから代わりに郊外町の事は、バルタザールの様な者が仕切る傭兵団に取り仕切らせ、税を取り立たせているのだ」

「ですがソレも限界に近づいてきているのが現状なのですよ。今迄の王達が軽んじてきた結果に加え、それに拍車を掛ける様に、近年、元グランシャリオ皇国領内で多発している、ラコニア南部三国連合の正規軍と反乱軍ドレッティーズノートとの戦いで、膨大な量の流民が流れ込んで来た。このままでは郊外町の許容を超えることは明白。そうなれば、その溢れた者共達は…権利を訴え、この国を食いつぶす事でしょう」

ジギスヴァルトとヒュアキントスの言葉を静かに聞いているルードヴィグ。



「アウロラ女王はそれを予見し、先手を打った。それが下級市民制度なのだよ。全ての者にフィンラルディア王国の国民であると言う権利を与え、税の支払いにより階級を付け、それに応じた特権を与える。今迄何の権利や守護を持たない者達はさぞ喜ぶ事だろう。だが、権利で保障されるという事は、それと同時に義務や責任が生ずる。自己責任と言う名の義務と責任がな。税を多く払える者は、より多くの特権を得られるが、そうでない者は、最低の守護しか受けれない。税を多く払える…つまり、金を多く稼げるかどうかは、その者しだいと言う事になる」

ジギスヴァルトの言葉を、顎に手を当てて考えながら聞いているルードヴィグ。



「アウロラ女王は、将来郊外町から勃発するであろう反乱を未然に防ぎたいのだよ。郊外町に住む者共の心の矛先を、このフィンラルディア王国に向けさせるのではなく、金を稼げなかった自分自身に向けさせる為にな。当然、あのアウロラ女王の事だ、下級市民制度発令と同時に、今迄仕事の無かった者共に、その間口を広げる様な法を発令するだろう。そこまでされて金が稼げぬ者は、間違いなくその矛先を自分自身に向ける。まあ、一部の者は国に恨みを持つであろうが、大半はソレに流される。しかも、反乱が起きてから仕方なく下級市民制度を発令するのではなく、こちら側から先に手を差し伸べるのだ。この違いは解るであろう?郊外町に住む者共は、アウロラ女王に対して反乱を起こす様な事はまず考えぬであろう。善王アウロラと称えはするであろうがな」

ジギスヴァルトの話を聞いていたルードヴィグは、ふと疑問を感じる。

それを理解したジギスヴァルトはニヤッと口元を上げる。



「…どうしたのだルードヴィグ殿?」

「…いえ、ジギスヴァルト宰相の話を聞く限りでは…下級市民制度は良策であると思うのですが…」

そう言いかけて、ハッと口に手を持っていくルードヴィグ。

その気まずそうにしているルードヴィグを見て、楽しそうな表情をするジギスヴァルト。



「…確かに下級市民制度は良策ではある。だが…気に食わんのだよルードヴィグ殿」

「…気に食わない?」

恐る恐ると言った感じに聞き返すルードヴィグを静かに見つめるジギスヴァルト。



「…このフィンラルディア王国は何百年と続く由緒ある王国であり、世界を総べる五大国の内の一つなのだよ。それなのにどこの者とも解らぬ様な流民を、国民として迎え入れるなど…出来るはずはない。このフィンラルディア王国の威光を霞める様な事は、六貴族である私の生きている間はさせぬ。絶対にな!」

凍り付く様なきついその眼光のジギスヴァルトを見て、喉を鳴らし固唾を飲むルードヴィグ。



「…まあ、アウロラ女王が只の善王では無い事は解ったでしょう?」

固まっていたルードヴィグの肩にそっと手を置くヒュアキントス。

そのヒュアキントスを見て、表情を緩めるルードヴィグ。



「…アウロラ女王は賢し過ぎる。それこそ歴代のフィンラルディア王国の王達の中でも…群を抜いてな。だからこそ我らの王として君臨していられるのだよ。ルチア王女も、外遊から帰って来てからは人が違う様にはなったが…アウロラ女王と比べると雛鳥も同然。確かに頭は切れるが、それだけの事。我ら六貴族を御する事など出来ぬ」

そう言ってワイングラスを傾けるジギスヴァルト。



「…まあ今回の事で鼻の伸びたアウロラ女王も、少しは考えを正す事でしょう」

「…そうあれば良いのだがな」

ヒュアキントスの言葉を聞いて、フンと鼻を鳴らすジギスヴァルトは、ワイングラスをテーブルに置き、豪華なソファーから立ち上がる。



「…そうなれば、これからも増え続ける郊外町の者共の事は、どうなされるおつもりなのですかジギスヴァルト宰相?」

ルードヴィグのその問いに、一切の表情を変える事の無いジギスヴァルトは、ルードヴィグに振り返る。



「…増え続ける害虫など…駆除してしまえば良いだけの事。新たな資金源と共に…レオポルド殿がまた何か案を出してくれるであろう?」

そう言ってニヤッと口元を上げるジギスヴァルトを見て、フフと笑うレオポルド。



「…まあ、近いうちに腹案でも。アウロラ女王の出方次第ですがね」

そのレオポルドの言葉を聞いて満足そうなジギスヴァルトはククッと笑う。



「ルードヴィグ殿には、今回の働きの功績で爵位が与えられるだろう。メネンデス伯爵が今迄治めていた領地が与えられるであろう。…一層の働きに期待しているぞ」

そのジギスヴァルトの言葉を聞いたルードヴィグは、ガバッとソファーから立ち上がる。



「ハ!お任せ下さい!必ずやご期待に応えて見せます!!」

胸に手をかざし、最敬礼をするルードヴィグを見たジギスヴァルトは、フフと笑うと静かに部屋から出ていく。



「…さて、我々にはまだすべき事があります。打ち合わせを開始しましょう」

ヒュアキントスの言葉に頷くルードヴィグ。

夜遅くまで灯されたそのその蝋燭の光は、何かに揺らされる様に、その波打つ光を発し続けていた。











あの女王裁判が終わってもう4日が経った。

ユーダの葬儀も終わり、ユーダの死に悲しみを感じながらも、俺達はいつもの日常を取り戻しつつあった。

皆がお互いに気を使っているのか、一切女王裁判の事を口には出さなかった。

ユーダがした事は皆が知っている。

だけど、ユーダの旦那さんと娘が奴らに攫われて人質にされていた事も、知っている。

そして同時に…きっとユーダの旦那さんと娘はもう…

皆が口には出さないが、そことなく感じているのだろう。

ユーダの裏切りに対して、誰一人として攻める様な事を言う者は、この宿舎にはいなかった。

そんな中、お供のマティアスとマクシミリアンを連れたルチアが宿舎にやってきた。

ステラ、ミーア、シノンが丁寧に応接室に通し、紅茶を振舞っている。

俺達は円卓を囲みながら、紅茶を飲んでいた。

そして、そんな少し鬱屈とした雰囲気を打ち破ったのはルチアであった。



「女王裁判の沙汰通り、メネンデス伯爵家は取り潰しになったわ。一族全て、その罪を負わされた。それぞれが監獄に入れられる事でしょう」

「…そうなのですか。それで、その後の進展はどうなっているのでしょうか?」

リーゼロッテの綺麗な声を聞いたルチアは、少し伏せ目がちに視線を落とす。



「…今、私達ハプスブルグ伯爵家とビンダーナーゲル伯爵家、つまり、ジギスヴァルト宰相達と一緒に、事の詳細を調べてはいるが…彼らから提出された証拠の羊皮紙を見る限り…彼らが関わったと言う証拠は、当然一切見当たらなかったよ。全て…メネンデス伯爵家単独の犯行であるとの物ばかりだよ」

そのマクシミリアンの言葉を聞いたマルガにマルコは顔を見合わせて落胆する。



「で…でも、新しい証拠が見つかれば、ジギスヴァルト宰相の事を罰せられるのですよね?頑張って、その証拠を探すのですよ!そして…皆の仇を打つのですよ!」

そう言ってグッと握り拳を作ったマルガは声高に皆に言うと、かわいい鼻をフンフンとさせていた。

そんなマルガを見て、キュッと唇を噛むルチアが静かに口を開く。



「…それは無理なのよキツネちゃん」

「ど…どうしてですかルチアさん!?新しい証拠が見つかったら、ジギスヴァルト宰相達を、罰せられるのではないのですか!?}

困惑するマルガの頭を優しく撫でるルチアは、儚い表情を浮かべる。



「…通常の裁判であれば、新しい証拠が見つかれば、ソレに基づき再度法廷が開廷される事も可能でしょうが、女王裁判に至ってはソレはありません。前にも言いましたが女王裁判における女王の審判は絶対。何者もその審判から逃れられないのと同時に、その絶対性故に、その審判が覆る事もないのです。女王の威信を賭けた女王裁判で、その審判が間違っていたという事になれば、女王の威信は地に落ちる事になるでしょう。ですから、如何に新しく有力な情報や証拠が見つかったとしても、あの件に関して、ジギスヴァルト宰相が罰を受ける事は無いのですよ」

「そ…そんな…」

マクシミリアンの説明を聞いたマルガは、可愛い瞳を激しく揺らしながら、呟く様に小さな声を出す。

それと同時に、俺は左手に痛みを感じた。

ふとそこに視線を落とすと、ナディアが何やら思いつめた様な表情をして、俺の手をきつく握っていたのだ。



「ナ…ナディア…」

俺のその微かに出た声もナディアには届かなかったのか、キュッと唇を噛みながら、ただただ下を向いて俯いていた。



「…恐らくだけど、私達が女王裁判を申請する事も、きっと予想していたのでしょうね。そして、重要な証言を持っているユーダさんを利用して、自分達が優位になる決定的な証言をさせた。女王裁判の審判の絶対性を…逆手に取ってね」

ルチアのその言葉を聞いた俺は、女王裁判の法廷で俺を見ていたヒュアキントスの瞳を思い出す。



あのヒュアキントスノアの表情。

どこからヒュアキントスが関わっていたのかは解らないが、奴がこの件に関わっているのは間違いない。

奴の事だ、ルチアの言う通り全てを仕組んでいたのであろう。

俺達がどう行動するかを知った上で…



「…兎に角、この件に関して最後まで調査はしてみるわ。…また来るわ」

そう言って静かに部屋を出ていくルチア、マティアス、マクシミリアンの3人。

俺達も解散して応接室を出た時、その繋いでいた手を離すナディア。



「…ナディア?」

俺の声を聞いたナディアは、ゆっくりと振り向く。

その可愛い瞳には、はち切れんばかりの涙を浮かべていた。

俺はそんなナディアを見て堪らなくなり手を伸ばすが、その俺の手を軽く躱すナディア。



「…ちょっと…疲れた。先に…部屋に帰って休む…」

そう言って涙を必死に堪えながら、精一杯の微笑みを俺に向けてくれるナディアは、勢い良く背中を向けると、テテテと走って階段を上って行った。

そんなナディアの後ろ姿を見送る事しか出来なかった俺は、体中の血が沸き立つのを感じる。



『ドガガガ!!!』

激しい音が宿舎の廊下に響き渡る。

俺は無意識に宿舎の壁を、力一杯殴りつけていた。

陥没している宿舎の壁を叩いた俺の拳から多数の骨が見え、血が溢れ出す。



…何も出来なかった。

コティーやトビ、ヤンを始め、ユーダさんまでも…救えなかった。

その上…奴らの掌の上で踊らされた挙句、その仇も永遠に打つ事は叶わなくなった…

そんな思いが俺の全てを包み込み、全身を有刺鉄線で締め付けられているかの様な見えない痛みが、俺に呪をかけるかの様に襲い掛かる。

そして、再度壁を向かって拳を振り上げた時、俺の振り上げた拳を柔らかく暖かい感触のするものが捕まえた。



「…そんな事に何の意味は有りませんわよ葵さん?」

そのきれいな声に振り向くと、女神と見まごう様な優しい微笑みを向けてくれているリーゼロッテが目に入った。



「…この宿舎の壁は、ある程度魔法で強化された素材を使っています。素手で殴ったりしたら…この様に拳を潰してしまいますわ。すぐに治療します」

そういったリーゼロッテは治癒魔法を俺の拳にかけてくれる。

ひしゃげていた俺の拳は、超回復の効果と相まって、みるみるもとに戻っていく。

それを放心状態で見つめていた俺は、胸に飛び込んできた柔らかく暖かい感触に、何かの感覚が戻ってくるのを感じる。

その感触が心地よくて、ふと胸元に視線を落とすと、心配そうな表情で瞳を潤ませているマルガの顔があった。



「…ご主人様…」

そう言って小さな声を出すマルガを見て、俺はやっと現実に戻される。



「…ごめんマルガ。心配かけちゃったね」

そう言ってマルガの頭を優しく撫でると、ワーフォックス特有の金色の毛並みの良い尻尾を、フリフリしているマルガは



「私は大丈夫なのですよご主人様。ご主人様こそ大丈夫なのですか?」

「…うん、大丈夫。マルガがいてくれるからね。…リーゼロッテもごめんね?」

そう言って苦笑いする俺を見て、クスッと笑うリーゼロッテ。



「…葵さんが謝る事は何もありませんわ。部屋に…戻りましょう」

そう言って俺の手を引いてくれるリーゼロッテ。俺はそれに身を任せ部屋に戻る。

部屋に帰った俺は、マルガをその胸に抱き、いつの間にか眠っていたらしく、目を覚ますと既に夜の帳がおり始めていた。

俺の胸に抱かれて眠っているマルガは、可愛いちっちゃな口をモゴモゴさせている。

きっと何か美味しい者を食べている夢でも見ていると、手に取る様に解るその表情に、思わず口元が緩む。

そんな可愛いマルガに優しくキスをすると、眠気眼をコシコシしながらライトグリーンの透き通る様な可愛く大きな瞳をパチクリさせる。



「…ご主人様…朝食ですか?」

「いや…どちらかと言うと…夕食かな?」

少し笑いをこらえている俺を見て、恥ずかしそうに可愛い舌をペロッとだすマルガ。

俺とマルガはベッドから起き上がり、夕食をとる為に食堂に降りると、丁度ナディアも食堂に入る所であった。

ナディアは俺を見ると一瞬視線を外したが、すぐに俺に振り向くと優しい微笑みを俺に向ける。



「…空も夕食?…ずっと寝てたね?…疲れてた?」

「…ううん大丈夫。ナディアは?」

「…私は昼に外にも出たし…大丈夫」

そう言って優しく微笑むナディア。

そのナディアの優しい微笑みに、俺の心は若干の痛みを感じる。



「空…夕食…食べよう」

そう言って俺の手を引っ張るナディアに身を任せ、俺達は食堂に入っていく。

そして席に座ると、ナディアはステラ達の方に近寄っていく。



「今日から私も…夕食の手伝いする」

そう言ってステラ達の後をついていくナディア。俺はそれを見て少し驚く。

この宿舎に来て、ナディアが何かを積極的に手伝うなんて事はなかったからだ。

何かの心境の変化があったのか…

そんな事を俺が考えている間に夕食の準備は完了し、皆が席に着き夕食を食べ始める。

皆が食事を食べているのを、同じ様に食べながら見つめているナディア。

そして、その直後異変が現れる。



夕食を食べていたレリアやエマが、食べながら眠りについていく。

同時に夕食を口にしたステラ、ミーア、シノンも、同じ様にテーブルに頭を預けて眠ってしまう。

同じ様に俺にもその眠気が襲い掛かる。

程なくして食堂にいた宿舎全員がテーブルに頭を預けて眠ってしまった。

そう…ただ一人を除いて…

その眠らなかった1人は、俺達が眠ってしまったのを確認して、静かに食堂を後にするのであった。











辺りはすっかり暗くなっている。

この世界独特の土星の様にリングの付いた青い月の優しい光が、辺りを包み込んでいた。

そして、暗くなり人通りの無くなった壁際の路地に、ちっちゃな動く影が現れる。

そのちっちゃな影は、小さな穴から顔だけ出して辺りを確認すると誰もいないと感じ、その穴から体を出して立ち上がった。

ギュッと握り拳を握り、強く歩みだして、聞き覚えのあるその声にその足を止める。



「へえ~。グリモワール学院の排水溝がこんな所に繋がってるんだね。俺知らなかったよナディア」

その声を聞いたちっちゃな影は驚きの声を上げる。



「そ…空!?なぜ空がここに…いるの?あの夕食を…」

そう言いかけてちっちゃな手を口に持っていくナディア。



「…あの睡眠薬入りの夕食の事かな?あの夕食に睡眠薬が入っていたのは、俺のスキルで解っていたから、睡眠薬の入っていない部分だけを食べたんだよ」

その言葉を聞いたナディアは、困惑の表情を浮かべる。



「じゃあ…何故眠ったふりを…したの?」

「…それはナディアが何をするのか知りたかったからだよ」

その言葉を聞いたナディアは、キュッと唇を噛む。



「…言いたくない。…空には…関係ない」

そう言ってソッポを向くナディア。



「…コティー達の仇を討ちに、1人で行くつもりだったんでしょ?」

その言葉を聞いたナディアは、みるみるキツイ表情に変わっていく。



「…そう…コティー達の仇を討ちに行く。…絶対に…あいつらを…殺してやる!!!」

世の中の全てを呪うかの様な色に染まっているナディアの瞳。

そのちっちゃな体からは、怒気からかオーガ族特有のものなのか、薄っすらとオーラが発せられていた。



「…ナディアがオーガ族で力が強い事は知ってるけど、相手は戦闘職業についてて、訓練を一杯した手練れの兵士達だよ?…1人でそんな奴らの一杯いる所に乗り込んだら…すぐに殺されちゃうよ?」

「それでも行く!…もう裁判じゃあいつらを罰する事は…出来ない。なら…私が…あいつらを殺してやる!」

そう言い放ったナディアの表情は、優しい月明かりの中で一際歪む。

髪の毛を逆立て、口からは少し尖ったキバがちらりとのぞいていた。

噂に聞いた事のある、オーガ族特有の戦闘状態と言うやつなのであろう。

そのちっちゃな呪われた鬼は、邪魔するなら俺でさえ倒すと言わんばかりの怒気を体中から発していた。

それを見て俺は軽く溜息を吐く。



「…本当に頑固なんだからナディアは。俺が何を言っても辞める気はなさそうだね」

俺はそう言って軽く笑うと、無防備にナディアに近づいていく。

ナディアはそんな俺に警戒して少し後退りするが、結局俺の両手を拒まなかった。



「…なんて顔してるのナディア?そんな顔…ナディアには似合わないよ?」

そう言ってナディアの頬を優しく撫でると、少しそのキツイ表情を和らげるナディア。



「…コティー達の仇は…俺が取ってくるよ」

「嘘だ!もう…裁判じゃ…仇は取れない!」

「…そうだね。だからってこのままナディアが仇を討ちに行っても、殺されて終わりだね」

「それでも…行く!」

頑なにそう言い張るナディア。

その余りにも予想出来ていた返答を聞いて、少し笑いがこみあげてくる。

そんな俺を見て、キッときつい目をするナディア。



「…ナディアじゃコティー達の仇は取れないよ。…だから、俺が仇を…討たせてあげる」

「ど…どうやって?」

少し困惑するナディアは俺を静かに見つめる。



「明日の朝、コティー達のお墓の前で待ってて。…ナディアのその瞳の色…俺が貰っていくね」

そう言った俺はナディアの瞳を見つめる。

ナディアの可愛い瞳には、妖しい光を発する黒い瞳が映り込んでいた。

その直後、ナディアの体はビクンとなり、その動きを止める。



「ナディアさんに魅了を掛けたのですね葵さん?」

その綺麗な声に俺が振り向くと、優しい微笑みを湛えている女神がいた。



「…リーゼロッテもあの夕食を口にしなかったの?」

「…正確には食べたふりをしたが正解ですわ葵さん」

クスッと微笑むリーゼロッテ。



「リーゼロッテ…全て解っていたの?」

「はい、なんとなくは。ナディアさんが私に銀貨50枚貸して欲しいと言った時からですけどね。きっと私から借りたお金で、睡眠薬を買いに行ったのでしょうね。ナディアさんは長く郊外町で生活をして、そういう物を売っている闇商人を知っていたのでしょうね」

「成程ね。しかし銀貨50枚…結構な金額だよね?」

「ナディアさんが言うには、コティーさん達のお墓に、お供え物をしたいと言われまして」

「それで銀貨50枚をナディアに渡したの?」

少し困惑する俺を見て、楽しそうに笑うリーゼロッテ。



「…私に断られたら、ナディアさんはきっと他の人に頼むでしょう?私の目の届く範囲で何かをするなら対処はできますが、私の目の届かない所で何かをされるなら、困りますからね。ナディアさんの事ですから、きっと諦めないと思いましたから」

「…成程ね。でもさ…俺には一言位、相談してくれても良かったんじゃない?」

少し呆れる俺を見て、再度楽しそうな顔をするリーゼロッテ。



「意外と勘の良い葵さんなら、きっと気づくと思っていましたので」

「…それ、素直に喜んでよいのかな?」

苦笑いする俺を見て、悪戯っぽい微笑みを浮かべるリーゼロッテは俺のそばに近寄り、腕に抱かれて眠っているナディアを俺から受け取る。



「…ジギスヴァルト宰相は、ヴィトレの大砦に滞在している様ですわ葵さん。ヴィトレの大砦の南東に、小さな池があります。…そこで待っていますので、早く帰って来て下さいね?それと…馬のリーズさんの準備は出来ていますわ」

全てを見通すかの様な金色の綺麗な瞳には、一切の迷いは浮かんではいなかった。



「…ありがとねリーゼロッテ。行ってくるよ」

そう言って宿舎のリーズの元に歩き出そうとした時、人の気配を感じた。



「…こんな夜遅くに、どこに行くつもりなの葵?」

少し不機嫌そうなその声に振り向くと、ピンク色の髪をした超美少女が、腕を組みながら仁王立ちしていた。



「…ルチアまだ学院に居たの?もうとっくに帰っちゃったと思ってたよ」

「…ちょっとメーティス先生との話が長引いたのよ」

そう言って腕組みをしているルチアは、流し目で俺を見つめる。



「…で、どこに行くつもりなの葵?今迄見た事も無い様な…そんな顔して。…まるで呪われた鬼よ?」

きつい目をして淡々と言うルチア。



「…俺がどこに行こうと、俺の自由でしょ?…それにこれは…ナディアから瞳の色を貰ったんだ」

そう言ってルチアの横を通り過ぎようと思い、一歩前に足を出した時、お供のマティアスがルチアの一歩前に出て、俺の進路を妨げる。



「…貴方、自分が何をしようとしているのか当然解ってるわよね?相手はこのフィンラルディア王国の六貴族であり、宰相を務める人物なのよ?その人物に手を出すという事は…このフィンラルディア王国に弓を引く事と同意よ?それが…どう言う事になるか…理解出来ない貴方じゃないわよね?」

マティアスの後ろから、きつい目をしながら一切の表情を変えないルチアは淡々と言う。



「…解ってるよ?だから…どいてくれる?」

俺が言ったその短い言葉を聞いて、軽く溜息を吐くルチア



「…確かに、ジギスヴァルト宰相を女王裁判で罰する事は出来なかったわ。ジギスヴァルト宰相のしたことを許す事は出来ない。けど、法廷でその罪が問われないと決定したのであれば、例え全ての根源であったとしても、手を出す事は許されないわ。それが法治国家と言うものよ。ソレを無視して皆が心のままに行動をすれば…国が荒れるわ。だから法律を作り、皆それにしたがって生きているの」

「…そうだね。けど…どいてくれる?」

ルチアの問いに軽く返事をして歩き出す俺。



「…貴方だけじゃない。貴方が命より大切にしてるキツネちゃん達や、エマ達だってただじゃ済まないわよ?きっと…この国を追われる事になるわ。エルフちゃん、貴方もそれで良いの?」

ルチアの怒気のあるその言葉を聞いたリーゼロッテは、静かに目を閉じそして開く。



「…私は葵さんに全てをゆだねていますわ。葵さんがそうしたいと心の底から思うのであれば、それに従うのみです。その後の対処は、私たちが考えればよいのですから。そう…例え…世界を敵に回してもです。それに宿舎の皆さんも、どんな事があろうと…葵さんに付いて行くと思いますわ。…それだけの事ですわ」

そう言って涼やかに微笑むリーゼロッテの言葉を聞いたルチアは、静かに目を閉じる。



「それは…このフィンラルディア王国と敵対してでも…と、理解しても良いのかしらエルフちゃん?」

今迄見た事の無い様な冷たい瞳で俺とリーゼロッテを見つめるルチア。



「…それでも構わない。…どくんだルチア!」

俺の静かな低い声を聞いても、一切俺から視線を外す事なく見つめるルチア。

その次の瞬間、背筋の凍る様な寒気のする視線を感じる。



「…マティアスさん、その剣を引き抜かないで下さい。俺の今の能力は、以前ラフィアスの回廊であのルキフゲ・ロフォカレと戦った時より上がっています。とてもじゃありませんが、マティアスさん1人では勝ち目はありませんよ?…それとも、今ここで…ルチア共々殺されたいのですか?ルチアを守護するのが務めである騎士のする事ではありませんね」

俺の淡々と言ったその言葉を聞いたマティアスは、剣にかけていたその手を静かに下ろす。



「…賢明な判断ですマティアスさん」

そう言って歩き出した俺が、ルチアの横を通り過ぎ様とすると、甲高い声がかかる。



「待ちなさい葵!」

そのルチアの声に振り向かず立ち止まる俺。



「…もし将来…貴方がその力を使いフィンラルディア王国に仇をなすのであれば…フィンラルディア王国の王女として…私が貴方を討つわ!それを理解しておいて!!!」

一切振り向かずにそう言い放ったルチア。



「…解った。…………後の事…頼むねルチア…」

俺のその小さな声を聞いたルチアは、ギュウウと握り拳を握り、唇を噛みしめる。

そして、立ち去っていく俺を、一切振り向く事無く見送ったルチア。



「…では、私も色々準備をしなければなりませんので、宿舎に戻らせて貰いますわ。それに眠っているナディアさんが、体調でも崩したら大変ですから」

そう言って宿舎に向かって歩き出したリーゼロッテは、その歩みを止めルチアに振り返る。



「…そうそう、言い忘れていましたわ」

ナディアを胸に抱くリーゼロッテは静かにルチアを見つめる。



「…もし将来フィンラルディア王国が、葵さんに仇をなすのであれば……私がこの国…潰しちゃいますよ?」

「…エルフちゃんが言うと…冗談に聞こえないわね…」

金色の妖精の、全てを凍てつかせるかの様な瞳を見たルチアは、一筋の汗を流す。



「…では、失礼しますわ」

そう言って涼やかな微笑みを湛えた金色の妖精は、宿舎に向かって立ち去っていく。

そのリーゼロッテとルチアとのやり取りを黙って見ていたマティアスが、盛大な溜息を吐く。



「…全く、そんな憎まれ役にならなくても宜しいでしょうに。…本当は、葵殿と一緒に行きたかったのでしょうルチア様?」

優しく肩に手を置くマティアスの言葉に、一瞬キュッと唇を噛みしめるルチア。



「…そんな事…出来る訳ないじゃない…。…だって私は…フィンラルディア王国の…王女なんだもの」

そう言って儚く微笑むルチアを見て、優しくその頭を撫でるマティアス。



「…葵は後の事を…私に任せると言ったわ。…マティアス!至急ヴァレンティーノ宮殿に戻るわよ!」

「…はい、ルチア様の仰せのままに」

覇気の出たルチアを見て、軽く微笑むマティアス。

足早に先を歩くルチアの後を付いて行くマティアスは、ルチアのその背中を見て、フフと優しい微笑みを浮かべるのであった。











ここはヴィトレの大砦。

王都ラーゼンシュルトより程近いその砦は、小高い見晴らしの良い丘の上に建てられた強固な大砦である。

その強固な大門の前に、1人の黒髪に黒い瞳の青年が、深々と漆黒のローブを身に纏い立っていた。

深々と頭から漆黒のローブを被り、顔の全く見えない来訪者に、当然門番が詰め寄る。



「…貴様何者だ?ここはフィンラルディア王国の六貴族である、ビンダーナーゲル伯爵家、ルーファリアラス櫨染騎士団が治めるヴィトレの大砦だぞ?…何をしに来た?」

手に持つハルバートを、漆黒のローブを被って顔の見えない青年に突きつける門番の兵士

そんな兵士の言葉を聞いた、黒髪に黒い瞳の青年は、悪魔の様な微笑みを湛える。



「…何をしに来ただって?…そんなの決まってるじゃないか。…それは…この砦を…潰しに来たんだよ!!!!!」

漆黒のローブを被って顔の見えない青年が、そう声高に叫んだ瞬間であった。

その漆黒のローブを被って顔の見えない青年の体の周りから、とてつもない妖力が溢れだし、渦を巻く。

その激しい妖力で、深々と被っていた漆黒のローブが顔から外れる。

そして、その青年の顔を見た門番が、驚愕の表情に染まる。



真紅に発光する髪の毛を揺らし、闇夜の猫が如く真紅に妖しく光を発する瞳、漆黒のローブの裏側の真っ赤な裏地から覗かせる両手には、鋼鉄をも引き裂くかの様な長い爪が見える。

そして、その悪魔の様な微笑みの口元には、獰猛なキバがちらりと覗く。

そこには、人外の凄まじい妖力を発する1匹の魔物の姿があった。



「おおおおおおああああああああああああ!!!!!!!!」

けたたましい雄叫びが、静まりかえっていたヴィトレの大砦に響き渡る。

それと同時に、その魔物の両手に雷が集まっていく。



「雷光覇!!!!!」

その叫び声が聞こえるや否や、凄まじい雷が渦を巻きながら地面をえぐり、ヴィトレの大砦の大門を易々と打ち砕き、その奥まで破壊してしまった。

大きな地響きと共に、崩れ去ったヴィトレの大砦の大門を見て、口を開けて呆然と眺めている門番の兵士達。



「…そ…そんな…魔法で強化された…Aランクのマジックアイテム並の強度を誇る大門が…こうも易々と?」

そんな言葉を無意識に出した兵士をよそに、1匹の魔物は砦の中に侵入していく。

それを見てやっと我を取り戻した兵士達は、顔を見合わせる。



「ま…魔物だ!!!!魔物の襲撃だ!!!!!!」

そう叫んだ兵士達は、口に笛を咥え吹き鳴らす。それと同時に、けたたましい鐘の音がヴィトレの大砦に響き渡る。

その騒ぎに気が付いた兵士達が、次々と武器を身に着け動き始める。

一匹の魔物は、凄まじい速さで跳躍を繰り返す。その激しい跳躍で、地面が陥没している。

そして、砦の広場に来た所で、数千の兵士に取り囲まれる。



「この悪しき魔物が!!!!滅してくれるわ!!!!」

少し身なりの良い兵士の言葉に、悪魔の微笑みを湛える魔物は、1人の兵士を見えないほどの速さで捕まえる。

そして、その捕まえた女兵士を力ずくで片手で身動きを取れない様にすると、その首に噛みつきキバを突き刺す。



「んっはああああああ!!!!!」

噛みつかれた女兵士は艶めかしい声を上げながら、身を悶えさせ失禁する。

そして、その血を啜って堪能した魔物は、その女兵士を地面に放り投げる。

そんなニヤッと悪魔の微笑みを浮かべる魔物の口元から、女兵士の血が滴り落ちる。



「…きゅ…吸血鬼…ヴァンパイアだ!!!!!!!!!」

兵士の一人がそう声高に叫んだと同時に、吸血鬼が右手を天にかざす。



「天雷召集!!!!!!」

その叫び声の後、辺りに豪雨の様に無数の雷が降り注ぐ。

数千の兵士達は、雷に打たれ地面に蹲り、辺りの建物が焼かれ崩されていく。



「アハハハハハ!!!脆弱な人間どもよ!!!闇の眷属の力思い知るがよい!!!」

そう叫んだ吸血鬼は、高速に跳躍して数千の兵士たちの目の前から姿を消す。

雷の追加効果である電撃による麻痺から回復してきた兵士が叫ぶ。



「さがせ!!!このまま魔物などに好きにやらせる訳にはいかん!!!対魔物戦闘準備!!!追撃せよ!!!」

その叫び声と同時に、兵士たちの声が上がり、砦中の兵士達が吸血鬼を探し出した。

そんな光景を、路地の裏から隠れて見ている吸血鬼。



これで第一段階は良いだろう。

俺の種族能力解放は、確かに以前より力を増している。

今の俺ならば、1人であのルキフゲ・ロフォカレさえ圧倒できるであろう。

だが、それだけでは、このヴィトレの大砦の数万の兵士たちの相手なぞ出来ない。

相手には対魔物要員である、光属性を得意とする兵士も多くいる上に、魔物との戦闘も十分に訓練されているであるからだ。

そんな兵士数万を相手にすれば、如何に力を増したとはいえ、打ち取られるのは必至。

敵の足並みを崩したのであれば、後は闇の眷属特有の、隠密行動で目的地まで…



そんな事を考えながら、俺は目的の建物まで、身を隠しながら跳躍を繰り返す。

俺が纏っているこのローブは、以前ラフィアスの回廊で得た、常闇のローブだ。

この常闇のローブは自分の気配を限りなく消せ、闇属性で強化されているので、四属性魔法にも耐性がある。

能力を解放した俺の隠形と常闇のローブがあれば、この砦のサーヴェイランス如きでは、俺を発見する事は出来ないであろう。

俺はサーヴェイランスの感知スキルを躱しながら、目的の建物にたどり着く。そして、その最上階の扉まで来て、その中に入っていく。

そこには3人の男たちが豪華なソファーに座りながらワインを飲んでいた。

そして、扉から入ってきた俺を見て、その表情を一変させる。



「な!?ま…魔物だと!?魔物がなぜ…この砦にいるのだ!?」

困惑した声を出したジギスヴァルト。

それと同時に立ち上がった2人の男達は、ジギスヴァルトの前に出て腰の剣を抜く。



「ご安心くださいジギスヴァルト宰相。この私と、副団長であればこの様な魔物…敵ではありません!!」

そう言い放ったルードヴィグ。

それを合図に、副団長と言われた男が剣を振りかざし、高速で跳躍してきた。

しかし、吸血鬼の目の前に来た所で、体をビクンとさせて固まって動かなくなった。



「…お前は扉の前で待機し、この部屋に誰も入る事の無い様に、見張りをしろ」

吸血鬼の言葉に頷く副団長と言われた男は、扉から出ていく。



「な!?ま…まさか邪眼か!?あの高LVのジールが操られたというのか!?」

驚愕の声を出すジギスヴァルト。

今の俺の能力があれば、例えマティアスであろうと魅了で操れるだろう。

それだけの実力差…力の差が俺達にはあるのだ。



「…悪しき者が!この私は…ジール殿様には…行かぬぞ!!!!」

そう甲高い声で言い放ったルードヴィグは、高速の突きを吸血鬼に向かって放つ。

そのルードヴィグの白刃は、吸血鬼の心臓を的確に貫く。

吸血鬼から夥しい出血を確認して、その手応えに口元を上げる。

しかし、その薄ら笑いは一瞬で消え去り、顔を蒼白にさせる。



「…正確な突きだね。でも、それだけじゃ…俺は殺せないよ?」

地獄の底から現れたかの様なその悪魔の微笑みを浮かべた吸血鬼は、ルードヴィグの首を掴み上げると、高速の拳を腹にめり込ませる。

魔法で強化された鎧を紙を貫くが如く粉砕されたルードヴィグは昏倒してしまった。

その昏倒したルードヴィグを壁際に投げ捨てた吸血鬼は、ゆっくりとジギスヴァルトの前に歩み寄る。



「…大きな声を出したり、無駄な抵抗はするな。…余計な事をすれば…一瞬でお前の頭を握りつぶす」

低い重みのある声で言った吸血鬼の言葉を聞いたジギスヴァルトは、コクッとゆっくりと頷く。



「…魔物が…このヴィトレの大砦に何の用があるのだ?…何故…私の前に現れた?」

吸血鬼に気圧されながらも、そのプライドからか体勢を立て直すジギスヴァルト。



「…ああ、お前に用があって俺はここに来た。俺が誰だか…解らないか?」

その吸血鬼の言葉を聞いたジギスヴァルトは、畏怖を感じながらも吸血鬼の顔をまじまじと見つめる。

そして暫く吸血鬼の顔を見ていたジギスヴァルトは、ハッと何かに気が付いた。



「ま…まさか…お前は…ルチア様の専任商人の…葵なの…か?」

余りにも予想外の人物であったのか、か細い声を出すジギスヴァルト。



「…正解だ。俺は葵だ」

吸血鬼の短い答えを聞いたジギスヴァルトは、顔を歪ませながらもククッと笑う。



「…成程、あのルチア王女が只の平民の行商人如きを専任商人にするはずはないとは思ってはいたが…こう言うカラクリだったか。…まさか貴様が魔族であるとはな!!」

そう言ってキツイ目を向けるジギスヴァルト。



「…で、お前はここに何をしに来た?…死んだ者の…仇を…討ちに来たのか?」

静かにそう言ったジギスヴァルトの言葉を聞いた吸血鬼は、ククッと笑いその口元を上げる。



「…違う。俺がここに来たのは…別の理由だ」

吸血鬼のその言葉を聞いたジギスヴァルトは、ピクッと眉を動かす。



「別の理由?なんだその理由と言うのは?」

吸血鬼の予想外の言葉に、若干の戸惑いを見せるジギスヴァルト。

それを見た吸血鬼はフフと笑うと、豪華なテーブルの上にドカッと腰を下ろす。



「…素晴らしい手並みだった」

「素晴らしい手並み?」

「そう、お前達が今回行った事全てだ。俺達はまんまとお前たちに踊らされて、そのすべてをお前たちに奪われた。…俺は、感服したんだよ」

そう言ってニヤッと笑う吸血鬼を見て、困惑しているジギスヴァルト。



「まあ、お前が困惑するのは解る。今迄が今迄だからな。…俺がここに来た目的は…お前と手を組む為だ」

その言葉を聞いて、再度眉を動かすジギスヴァルト。



「この私と…手を組む為?」

「そうだ。お前と手を組む為にここに来た。俺は商人だ。常に自分自身の利益を追求したい。…今回のお前たちを見て、利益を追求するなら…お前と一緒の方が有益と判断したんだよ」

吸血鬼はテーブルの上にあったワインのボトルを取ると、一気にそれを喉に流し込む。



「俺はこの通り魔族の血を引いている。このヴィトレの大砦にいる数万の兵士達をかいくぐり、そのこのルードヴィグを一瞬で倒せる実力も持っている。どうだ?俺をお前のそばに置いたら、あのクーフーリンのマティアスや暁の大魔導士でさえ…相手に出来るんだぜ?お前は確かに頭が切れるが、俺の様な強者は傍にいないだろう?俺と手を組めば…色々出来る事が…増えると思うんだがな?」

そう言ってニヤッと笑う吸血鬼を見て、その表情を変えないジギスヴァルト。



「…確かにお前と手を組めば…その問題は解決されるであろう。だが…」

そう言ってその先の言葉を言うのをやめるジギスヴァルト。



「…俺が信じられないか?」

「…そうだな。今迄のお前の行動を見る限りはな」

そう言ってキツイ目をするジギスヴァルト。

そんなジギスヴァルトを見て、声を出して笑う吸血鬼。



「流石に用心深いな。まあ、そうじゃなきゃ手を組んでも仕方ない。だが、お前は重要なことを忘れている。俺は…お前を殺そうと思えば、今この瞬間、すぐに肉片にする事だってできるんだぜ?それを少しは考えてくれよ」

少し呆れながら両手を上げる吸血鬼。



「…本当に仇討ちに来たのでは…ないのだな?」

「…仇討ちで腹が膨れ、上等な女が抱けるのであれば、そうしても構わないが?」

その吸血鬼の言葉を聞いたジギスヴァルトはニヤッと口元を上げると、クククと笑いだした。



「…成程…ルチア王女の専任商人だけでは満足できぬという訳か。…面白い」

「そう言う事だ。それに俺はルチアの専任商人だからな。ルチア側の情報を、お前に流す事もできる。どうだ?」

その吸血鬼の言葉を聞いたジギスヴァルトは、より一層いやらしい微笑みを浮かべる。



「…いいだろう。お前と手を組もう」

「契約成立だな」

そう言って吸血鬼とジギスヴァルトは笑い合う。



「そうだ、ちょっとお前に頼みたい事があるんだが」

「…頼み事だと?」

「そうだ、些細な事なんだが?」

吸血鬼の言葉に、その表情を引き締めるジギスヴァルト。



「…なんだその頼み事と言うのは?」

「な~に簡単な事さ。お前たちがした今回の件についての金の動きの解る物を見せて貰いたい。あるんだろここに?」

その吸血鬼の言葉を聞いたジギスヴァルトは瞳を細める。



「…そんな物を見て…どうするつもりなのだ?」

「只、商人として純粋に興味があるのさ。それだけだ」

吸血鬼の返答に、眉を動かすジギスヴァルト。



「…お前は女王裁判で既に勝利をもぎ取ってるだろう?今更ソレを俺に見せた所で、お前が罪に問われる事はない。流石にそこまで用心深いと呆れるな。俺達はすでに仲間だろう?器量を疑われるぜ?」

あきれ顔の吸血鬼を見て、フフと笑うジギスヴァルト。



「…確かにお前の言う通りだな。…良いだろう」

そう言ってククと笑うジギスヴァルトは、部屋の隅にある本棚に向かうと、一冊の本を壁に埋め込む。

すると本棚はゴゴゴと音をさせて横に動き、その奥に部屋が現れた。

その中に入って行ったジギスヴァルトは、複数の羊皮紙をその手に持って帰ってきた。

そして、羊皮紙の束を吸血鬼に手渡す。

その羊皮紙の束に目を通す吸血鬼は、悪魔の様な微笑みを浮かべる。



「成程、これを見れば一目瞭然だな」

そう言った吸血鬼は、その羊皮紙の束をテーブルの上に置く。



「…これで、俺の目的は達成された。…後は…お前を始末すれば…全ての目的は達成だ!」

そう言い放った吸血鬼は、ジギスヴァルトの首を掴み上げ、宙にぶら下げる。



「な…何をするのだ!!!!お…お前は…私と手を組みに来たのではないのか!?」

そう言って狼狽するジギスヴァルト。

そのジギスヴァルトの言葉を聞いて、嘲笑う吸血鬼



「はあ?俺がお前と手を組むなんて、天地がひっくり返てもありえないよ?」

そう言ってジギスヴァルトの首を締め上げる吸血鬼。



「き…貴様…謀ったな!!!」

「…お前にだけは言われたくない言葉だね」

凍るような瞳でジギスヴァルトをにらみつける吸血鬼。



「…その羊皮紙が表に出ようと…私達が罪に問われる事は無い!それはお前が言った言葉だぞ!?そんな価値の無い羊皮紙の為に、お前は膨大な利益を捨て去ると言うのか?」

「…この価値の無い羊皮紙の束が、どう価値のあるものに変わるか見せてやれないのが残念だよ」

そう言った吸血鬼が右手を振り上げる。その手には雷が発せられている。



「ま…まて…お前は思い違いをしている!今回の事は…この国を思うが為にやった事なのだ!」

そう言って、今回この計画をするに至った理由を説明し始めるジギスヴァルト。



「…成程、郊外町の人口を間引きし、フィンラルディア王国の威厳を守る為…ね」

「そうだ!その為に害虫を駆除して何が悪い!?そのような弱者を気にした所で、なんの利益も生まぬ!それは商人をしているお前が、良く理解しているのではないのか?」

そう言い放ったジギスヴァルトの言葉を聞いて、フフと笑う吸血鬼。



「…確かに、お前の言う事も一理ある。一理あるが…俺には全く関係の無い事なんだよ」

そう言ってジギスヴァルトを見つめる吸血鬼。



「俺の住んでいた日本って国はさ、平和な国なんだ。まあ正確には、平和に飼いならされた国なんだけどさ。不況だと言っては国や政治家のせいにして、新しい党に票を投じるんだけど、結局何も変わらなければ、また同じ様に誰かのせいにする。少し景気が良くなれば、今迄持ち上げていた党に興味も示さなくなり、それで数字が取れると解れば、マスコミも便乗する始末。どこに本当の意志があるかわからない様な愚民の集まりだと言っても過言ではない。平和ボケしたバカばっかりの、一部の者が得をする、飼いならされた阿保ばかりの国なんだよ。愛国心なんかとても低いしさ」

そう言ってあざけ笑う吸血鬼。



「他国や他人がが苦しもうが、今自分が小さな幸せを感じられるならソレで良い。そんな平和な国なんだ。…俺も同じなんだよ」

そう言って、ジギスヴァルトの首を締め上げる吸血鬼。



「俺もさ、本当はどうでも良いんだよね。人の事なんか…本当はどうでもよいのさ。自分の小さな幸せを守れるのであれば…それで良い…。国がどうなろうが、たくさんの人が死のうが、自分の利益さえ守れるのであれば、全く問題はないんだよ。だからお前が言う様に、このフィンラルディア王国の威厳がどうとか、行く末がどうとか、全く興味はないんだよ!そんなこたぁ~しったこっちゃね~んだよ!!!!」

そう叫んだ吸血鬼の右手が光り始める。それを見たジギスヴァルトの顔が蒼白になる。



「俺はな、そんなクズでバカで飼いならされた、小さな心を持った…普通の日本人なんだよ!ただ…好きな人と笑い合い、小さな幸せを築きたいだけの…只の日本人なんだよ!!!!それをお前は犯した。その復讐だけで…全てを棒に振る…俺は…只の愚者さ!!!!!!」

そう叫んだ呪われた吸血鬼は、その光る掌をジギスヴァルトの頭に当てる。



「グアアアアアアアア!!!!!」

叫び声をあげるジギスヴァルト。

雷を帯たそのヒカル掌を頭に当てられたジギスヴァルトは、断末魔の叫び声を上げる。

そしてその吸血鬼の手のひらの光が無くなると、吸血鬼はジギスヴァルトから手を放す。



「アウ?…アウウウウ?…ウハウウウウウ?」

口から夥しい涎を垂らしながら、失禁と脱糞をしているジギスヴァルトは、床にへたり込みながら、うつろな目をして言葉にならない声を出していた。



「俺の新しい能力スキルである、エナジードレインだ。通常は相手のLVを吸収し、自分の力にするものだけど、今回は極限までお前の経験を吸わせてもらった。今のお前は生まれた子供より知能が低くなっている。もう永遠に回復する事はないだろう。…まあ、もう何を言っているのかさえ理解できないかだろうけどさ。…お前は只では殺さない。死ぬまで他人から辱められて生きていくんだな」

そう吐き捨てるように言った吸血鬼は、テーブルの上にある羊皮紙の束を、ジギスヴァルトの胸に抱かせる様に持たせる。



「これはお前の大切な物なのだろう?しっかりと持っておくんだな」

そう言って嘲笑う吸血鬼は、窓の外に視線を向ける。



「…さて、最後の仕上げだな」

そう小声で言った吸血鬼は、壁際で蹲っているルードヴィグを持ち上げる。

そして、右手に雷の力を集めると、壁に向かって一気に打ち放つ。



『ドガガガガガガガ!!!!!』

凄まじい音をさせながら、雷と共に空中に飛び出した吸血鬼。

当然吸血鬼を探し回っていた多くの兵士達にすぐに発見される。

背中から蝙蝠の様な翼を出して宙で羽ばたく吸血鬼は、掴み上げていたルードヴィグを空中で両側から引っ張り、二つに引きちぎってしまった。



「アハハハハハ!脆弱な人間どもよ!お前らの頭は我が食らった!!!!またいつか遊んでやろう!!!」

そう言って嘲笑った吸血鬼は、真っ二つに引きちぎられたルードヴィグの死体を放り投げ、高速で飛び去っていく。



「ま…待て!!!!魔族!!!!」

そう言いながら、兵士達が魔法を放つが、吸血鬼の姿はもうすでに見えなくなっていた。

兵士達が吸血鬼を追うために、飛龍を準備している時、無残に破壊された大門から、無数の蹄の音が聞こえてきた。

兵士達がソレに振り返ると、光り輝く純銀の鎧を着た騎士が剣を掲げる。



「我らは女王親衛隊、アブソリュート白鳳親衛隊である!!ここに魔族が現れた報告を聞いた!私は副団長である、バルテルミー公爵家、マティアス・オイゲン・ウルメルスバッハ・バルテルミーだ!これよりこのヴィトレ大砦にいる兵は、全てアブソリュート白鳳親衛隊の指揮下に置く事とする!これは女王の勅命である!何人も逆らう事は許されぬゆえ、速やかに支持に従う様に!」

マティアスのその宣誓を聞いた兵士達は、顔を見合わせながらも、その言葉に従っていく。



「君たちは…部屋に帰ってくれないか?」

ヴァレンティーノ宮殿の豪華な部屋で、2人の女性に退出を促す美青年は、服装を整えると表情をきつくして部屋から出る。

そして部屋から出たその美青年に声をかける人物がいた。



「ヴァーユこんな夜遅くにどこに行くつもりなのかしら?」

その声に振り向くヴァーユは、少し驚く。



「ア…アウロラ、何故ここに?…いや…それよりも…」

そう言って、西の方角にある窓の外を見つめるヴァーユ。



「アウロラ、ここより西の方角に、凄まじい妖気を感じる。恐らく魔族だ。ソレも飛び切りの大物クラスだ。あれは、通常の騎士団では抑えられない。僕が行くよ」

そう言って、窓の外に向かって飛び立とうとするヴァーユの手を引き止めるアウロラ。



「ア…アウロラ?」

困惑するヴァーユに静かに語るアウロラ。



「…貴方は行く必要はないわ」

「いや…でも…あれは風の精霊長である僕が行かないと…」

「先ほども言ったでしょう?貴方は行く必要はありません。アブソリュート白鳳親衛隊を向かわせました」

そう威圧感のある声で言うアウロラの言葉を聞いたヴァーユは瞳を細める。



「アブソリュート白鳳親衛隊をかい?それはアノ4人を派遣したという事なのかい?」

「いいえ、4人の内から、マティアスのみが向かっています」

その言葉を聞いたヴァーユはさらに表情を険しくする。



「確かにアブソリュート白鳳親衛隊のアノ4人は、僕でさえ勝てるかどうかわからない者達だけど、4人そろって初めてその力を発揮する。…アウロラ、君は一体何を考えているんだい?」

「…貴女が心配しなくても良い事だと言う事だけ、今は伝えておきます」

何かの確信のある科の様なアウロラの言葉に、力を抜くヴァーユ。



「…君がそこまで言うのであれば、僕は何も言う事は無いよ。…部屋に戻るとするよ」

「…そう、助かるわヴァーユ」

ニコッ微笑むアウロラに、軽く溜息を吐くヴァーユは、再び自分の部屋に帰っていく。

それを確認したアウロラは西の方角を見て、深い溜息を吐く。



「…全く、本当にキャスバルに似ているのですから…」

そう言って少し嬉しそうな表情を浮かべるアウロラは、静かに西の夜空を見つめる。



「…これから少し…忙しくなりそうですわね」

そう小声で言ったアウロラは、表情を引き締めなおすと、自分の部屋に帰っていくのであった。









ヴィトレの大砦の襲撃の翌朝、俺は王都ラーゼンシュルトの外れにある、墓地に足を運んでいた。

種族能力解放の後遺症で、全く体の自由の利かない俺は、両側からリーゼロッテとマルガに肩を支えられながら、おぼつかない足取りで約束の場所にたどり着く。

そして、1つの墓の前で墓標を見つめている、ちっちゃな少女を見つけ、声をかける。



「…ナディア、ちゃんと来てくれたんだね」

俺のその声に、少し気に食わなさそうな表情をするナディア。



「…空と…約束した。…だから…」

そう言って少し俯くナディア。

俺はリーゼロッテとマルガから離れ、フラフラした足取りでナディアの前にたどり着く。

そして膝を折り、ナディアの前にソレを見せる。

ソレは黄色い大きな宝石で出来た、かなり高価な女神アストライアを模した宝石の首飾りであった。

その宝石の女神を見たナディアは、瞳を大きく見開く。



「そ…それは…あのジギスヴァルトって言う悪者が…首からかけていた…首飾り?」

驚きの表情でその女神の首飾りを見るナディア。



「…そうだよ。あいつは…もう二度と羽ばたく事は無い。もう二度とね」

その俺の言葉を聞いたナディアは、みるみる可愛い瞳を潤ませ、大粒の涙をポロポロと流し始める。

俺はそんなナディアを抱き寄せると、ギュウと俺にしがみつき嗚咽するナディア。

そして、俺はナディアを抱きしめながら、アイテムバッグから黒鉄の短剣をを取り出し、ナディアに握らせる。



「…仇の最後は…ナディアが討って。但し、約束して欲しい。今回の件に関して…もうこれ以上、人を恨む事はしない事、復讐に身を焦がさない事。…約束できる?」

俺がそう言いながらナディアの頬を撫でながら言うと、コクコクと涙を流しながら頷くナディア。



「…じゃあ敵を討つんだナディア。コティー達の…仇を!」

その俺の言葉を聞いたナディアは、全ての気持ちをぶつけるかの様に、黒鉄の短剣を振り上げる。



「…コティー達の仇!!!!!」

そう声高に叫んだナディアは、女神の宝石めがけて、一気に黒鉄の短剣を振り下ろす。

勢いよく振り下ろされた黒鉄の短剣は、宝石の女神像の中心を打ち砕き、地面にその刃を打ち付け、折れてしまった。

砕けた女神の宝石の破片は、空中に舞い上がり、朝日を浴びて儚く光り、散らばってしまった。



「ううううああああああああああああああ!!!!!」

大声をあげて涙を流し泣いているナディアは、その手に持っていた折れた黒鉄の短剣を無意識に手放していた。

俺はそんなナディアをきつく抱きしめると、震えながら俺にしがみつく様に抱き付き嗚咽している。

俺とナディアを見ていたリーゼロッテは静かに瞳を閉じ、マルガはその可愛い大きな瞳を潤ませていた。

そして、ナディアが落ち着くまで抱きしめていると、少し辺りがザワザワと騒がしくなる。

その喧騒に振り向くと、豪華なドレスを着て着飾ったルチアが、マティアスを連れて立っていた。

ルチアとマティアスの後ろには、沢山の護衛の兵士と、ルチアの専属次女である、アンリ、ジュネ、ルイーズの姿もあった。

ルチアは1人で俺たちの元まで来ると、その手に持つ花をナディアに見せる。



「…この花は…私が朝早くに、自分自身の手で摘んだ花なの。お墓に捧げても…良い?」

その言葉を聞いたナディアは、泣きはらした赤い目で花の束を見て、何も言わずにプイッとソッポを向く。

あからさまな拒否の言葉のないルチアは、フッと軽く微笑むと、その手に持っていた花束を墓に捧げる。

そして、次にルチアが取った行動を見て、辺りが騒然となる。



ルチアは豪華なドレスが汚れる事も気にせずに膝を折り、地面にその膝を付けている。

そして、胸に両手を合わせるように組み、頭を下げて静かに瞳を閉じて墓に対して祈っていた。

それは王族が歴代の王の墓でのみ、祈りをささげる時に行うとされている、最上級の祈りであった。

それを平民が多く眠る墓で行っているのだ。そのような事は、今迄誰として行った王族はいないであろう。

その光景を見て、上級の守備の兵士がやめさせようとして、マティアスに片手で制される。

静かに首を横に振るマティアスを見て、困惑している兵士達。

暫くそうやって祈りをささげていたルチアは、ドレスに付いた汚れを気にする事も無く、そのままナディアに振り返る。



「…私は必ず…今回の様な事が防げる力を身にけるわ。だから…もう少しだけ…待っててくれる?それとも…やっぱり私たちの事を…恨んでる?」

そう言って寂しそうに微笑むルチアを見たナディアは、気に食わなさそうな顔をしながらルチアをしっかりと見据える。



「…恨んでない。空と…約束したから。誰も…恨まない…って」

そう言ってプイッとソッポを向くナディアを見たルチアは、力一杯ナディアを抱きしめる。



「きっと…きっとそうなって見せる。コティー達に恥じない…王女になって見せるわ」

「…解った。…約束…破ったら…許さない…から」

そう言いながら涙を流し、ルチアを抱き返すナディア。

その胸で嗚咽しているナディアを抱きしめるルチアは、何処かの女神の様に俺の瞳に映った。



「約束する。フィンラルディア王国の王女ルチアの名に賭けて…」

そう言ったルチアはそっとナディアから体を離すと、俺に向き直る。



「…生きて無事に帰ってきた様ね。相変わらず悪知恵と悪運だけは強い様ね」

「…褒め言葉として受け取って良いのかな?」

「…馬鹿」

そう言って俺の胸に顔を埋めるルチア。



「…この私に…貴方を討たせる様な事は…させないでよね?」

「…解ってるよ。ごめんねルチア」

その俺の言葉を聞いたルチアは、気に食わなさそうにフンと鼻を鳴らしソッポを向く。



「明後日、宿舎に行くわ。話さなければいけない事が…沢山出来ると思うから」

そう言ったルチアは、勢い良くマティアス達の元に戻る。

そして、アンリ、ジュネ、ルイーズ達と共に、王家専用の大きな馬車に乗り込む。



「ルチア様、すぐにドレスの汚れを…」

そう言ってアンリがルチアのドレスの汚れを拭おうとして、ルチアが優しく止める。



「いいのよアンリ、ドレスはこのままで…」

「しかし…」

ルチアの言葉に困惑するアンリ



「このドレスは…このまま私の部屋に飾っておくわ。ナディアとの約束を…いつまでも忘れない様に…」

そのルチアの言葉を聞いた3人は、静かに頷く。

そんな3人に微笑むルチアは、その表情を引き締めなおすと、遠くに見える純白の王宮を見て、瞳を細めるのであった。
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