40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします

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第51話 偶像の真実と手作りコーラの泡

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 5月最後の日曜日。東京は初夏の眩しい日差しに包まれていた。

 俺は、渋谷のスペイン坂にあるジューススタンドで、極彩色の液体を喉に流し込んでいた。

 注文したのは『ケール&フルーツミックス』。

 青汁の原料であるケールに、リンゴとオレンジをブレンドして飲みやすくした一杯だ。

 昨夜の麻婆ナスの油を洗い流し、これからの「戦場」に向けてビタミンをチャージする。



 今日は、俺が立ち上げたモバイルECサイトのCM撮影日だ。

 昨夜、城戸隼人からの遊びの誘いを「先約がある」と断ったのは、このためだ。

 オーナーとして、そしてプロデューサーとして、現場を見届ける義務がある。



 スタジオに入ると、そこはピリピリとした緊張感に包まれていた。

 セットの中央には、天童くるみが立っている。

 近未来的なシルバーの衣装に身を包み、圧倒的な小顔と、猫のような大きな瞳がライトを浴びて輝いている。

 だが、その表情は硬い。



「カット! ……違う、違うんだよなぁ!」



 メガホンを持った中年男性――CM監督が、苛立ちを隠さずに叫んだ。

 業界ではベテランとして知られる男だが、その感性は昭和で止まっていると言われている。



「天童ちゃんさぁ、もっとこう、アイドルっぽく! ブリっ子で! 『買っちゃお☆』みたいな感じでウインクしてよ! 君、アイドルでしょ!?」

「……でも監督、今回のコンセプトは『新しい時代の……』」

「口答えしない! アイドル風情が演出に口出すな! 君はニコニコ笑ってればいいんだよ!」



 監督の怒声が響く。

 くるみさんが唇を噛み締め、拳を握りしめているのが見えた。

 彼女は「未来を見据える意志」を表現しようとしている。だが、監督が求めているのは「消費される記号としてのアイドル」だ。

 このままでは、凡庸で古臭いCMが出来上がり、サービスのブランドイメージさえ損なわれる。



「……そこまでです」



 俺は静かに、しかしよく通る声で割って入った。

 スタジオの入り口から歩み寄る俺に、スタッフたちの視線が集まる。



「あ? なんだ君は。部外者は立ち入り禁止だぞ」

「オーナーの西園寺です。……撮影を中断してください」



 俺は監督の前に立ち、冷徹に見下ろした。

 15歳の身長だが、纏っている空気の密度が違う。

 監督が「オ、オーナー……?」と狼狽える。



「監督。貴方の演出プランは『古い』」

「なっ……!?」

「我々が売りたいのは、既存のアイドルファンの財布ではありません。携帯電話という新しい武器を手に入れた、全ての若者たちの『自意識』です。……媚びた笑顔など必要ない」



 俺はくるみさんの方へ向き直った。

 彼女は驚いた顔で俺を見ている。



「くるみさん。……笑わなくていい。カメラを、未来の自分だと思って睨みつけてください。『私が時代を作る』という気概で」

「……睨むの?」

「ええ。君の最大の魅力は、愛嬌ではなく、その瞳の奥にある『媚びない強さ』だ。……それを解放してください」



 俺の言葉に、くるみさんの瞳の色が変わった。

 迷いが消え、鋭い光が宿る。



「……分かった。やってみる」



 撮影再開。

 くるみさんは、カメラのレンズを真っ直ぐに見据えた。

 ウインクも、作り笑顔もない。

 ただ、凛としてそこに立ち、未来を予感させる不敵な笑みを、口の端にだけ浮かべた。

 その瞬間、スタジオの空気が変わった。

 圧倒的な存在感。

「アイドル」という枠を超えた、「時代のアイコン」としての輝き。

 モニターを見ていたカメラマンが、震える声で「……いい」と漏らした。

 監督もまた、言葉を失って画面に見入っている。



「……カット! OK! ……素晴らしい!」



 監督の声が裏返った。

 スタジオ中から拍手が巻き起こる。

 くるみさんは緊張を解き、俺の方を見てニカッと笑った。

 八重歯が覗く、いつもの少女の笑顔だ。



「……あんた、凄いわ。なんであたしの良い顔、あんなに分かるのよ」

「くるみさんを誰よりも見ているつもりですから」

「……っ! バカ、聞こえるわよ」



 彼女は顔を赤らめ、タオルで顔を隠した。

 その耳まで染まっている。

 このCMは、間違いなく大ヒットする。

 確信と共に、俺は満足げに頷いた。



 撮影終了後。

「興奮してじっとしてられない!」というくるみさんに付き合い、俺たちは代々木公園へ足を運んだ。

 休日の公園は、ストリートミュージシャンや家族連れで賑わっている。

 くるみさんは変装用の帽子とサングラスをしているが、その足取りは軽い。



「あー、スッキリした! あの監督の顔見た? 鳩が豆鉄砲食らったみたいだったわね!」

「結果が全てです。彼もプロなら、良い画が撮れたことには満足しているでしょう」

「ふふ、レオのおかげよ。……ありがと」



 彼女はベンチに座り、俺にスポーツドリンクを手渡した。

 新緑の木漏れ日が、彼女の横顔に落ちる。



「ねえ、レオ。……あたし、もっと上に行けるかな」

「行けますよ。今日のような表現ができるなら、君はアイドルという枠組みを超えられる。……女優としても、アーティストとしても」

「……そっか。レオが言うなら、信じちゃうな」



 彼女は嬉しそうに笑い、俺の肩に頭を預けてきた。

 変装していても分かる、甘い雰囲気。

 周囲から見れば、ただのカップルにしか見えないだろう。

 束の間の休息。

 30分ほど風に吹かれた後、彼女は次の仕事へ向かうために事務所の車に乗り込んだ。



「またね、レオ! オンエア楽しみにしてて!」



 彼女を見送った後、俺は公園の出口へ向かった。

 原宿方面へ歩いていると、歩道橋の上で風に当たっている女性の姿を見つけた。

 白のTシャツに、色落ちしたデニム。

 シンプル極まりない装いだが、その立ち姿の美しさは群を抜いている。

 ショートカットの黒髪と、透き通るような白い肌。

 早坂涼さんだ。



「……涼さん」

「ん? ……あ、レオ!」



 彼女は俺に気づくと、パッと表情を輝かせた。

 その笑顔には、初夏の空のような一点の曇りもない透明感がある。



「奇遇ですね。散歩ですか?」

「うん。レポートの構成考えてたら煮詰まっちゃってさ。……レオは? なんか、スッキリした顔してるけど」

「ひと仕事終えたところです。……涼さんも、元気そうで何よりです」

「おかげさまでね。……あ、そういえば」



 彼女はバッグから、一枚のチラシを取り出した。



「大学の学祭、来月あるんだけどさ。……良かったら、来ない?」

「学園祭ですか?」

「うん。教育学部の展示とかあるし……あ、別にデートとかじゃないけど! 摩耶も誘うつもりだし!」



 彼女は慌てて手を振った。

 その照れ隠しの仕草が、年上なのに可愛らしい。



「喜んで伺いますよ。……涼さんのキャンパスライフ、興味があります」

「……そ、そう? じゃあ、案内してあげる。……楽しみにしとけよ、ボン!」



 彼女は悪戯っぽく笑い、俺の背中をバンと叩いた。

 痛いが、心地よい痛みだ。

 彼女との距離感も、以前よりずっと近くなっている。



 涼さんと別れた後、俺は渋谷駅前へと戻った。

 スクランブル交差点の人波を抜け、駅前の老舗喫茶店『ルノアール』へ。

 ここは、宮島寅雄が演説の合間に休憩する定位置だ。

 店内に入ると、予想通り、窓際の席で新聞を広げている宮島を見つけた。

 くたびれたスーツだが、その背筋は伸びている。



「……失礼します、先生」

「おお、少年。……また会ったな」



 宮島は新聞を畳み、ニカッと笑った。

 俺は向かいの席に座り、アイスコーヒーを注文した。



「今日はお休みですか?」

「いや、喉を休めているだけだ。……日曜の渋谷は、人が多すぎて声が届かん」

「確かに。……ノイズが多すぎますね」



 俺は先ほどのCM撮影のことを思い出しながら言った。



「先生。……大衆に声を届けるために、最も重要なことは何だと思われますか?」

「ふむ。……それは『共感』ではない。『驚き』だ」

「驚き?」

「そうだ。人は、予定調和な言葉には耳を貸さん。……常識を壊し、彼らの眠っている意識を叩き起こすような『異物』であれ。それが、政治家であれ表現者であれ、大衆を動かす第一歩だ」



 宮島の眼光が鋭く光った。

 その言葉は、俺が今日、撮影現場で行ったことと奇妙に符合する。

 予定調和なアイドル像を壊し、新しい価値観を提示する。

 やはり、この男は本物だ。



「……勉強になります。やはり先生は、最高の師です」

「ハッハッハ! 買いかぶりすぎだ。……だが、君のその目は嫌いじゃないぞ」



 宮島との短い対話は、俺の思考を整理し、視座を高めてくれる。

 コーヒーを飲み干し、俺は店を出た。



 帰宅前に、東急本店のデパ地下へ。

 今日の夕食のテーマは「大人のジャンクフード」だ。

 昨夜の隼人の誘いを断ってしまった埋め合わせ……というわけではないが、無性にピザが食べたくなった。

 だが、宅配ピザではない。

 最高級の食材を使った、自作のピザだ。



 製菓材料のコーナーで、イタリア産のピザ用強力粉『カプート』を購入。

 鮮魚コーナーでは、大粒のブラックタイガーと、北海道産のホタテ。

 精肉コーナーでは、宮崎県産の銘柄鶏『日南どり』の胸肉をミンチにしてもらう。

 これはチキンナゲット用だ。

 チーズ専門店で、水牛のモッツァレラチーズと、熟成されたパルミジャーノ・レッジャーノを。

 野菜コーナーでは、有機栽培の完熟トマトとバジル。



 そして飲み物。

 酒ではなく、今日は「コーラ」を作る。

 スパイスコーナーで、シナモンスティック、カルダモン、クローブ、バニラビーンズを購入。

 さらに、国産のノーワックスレモンとライム。

 これらを煮出して作る『クラフトコーラ』だ。

 加えて、ワインセラーで特別な一本を購入した。

 フランスのコニャックメーカー『ポール・ジロー』が作る、ノンアルコールのスパークリング・グレープジュース。

 年に一度しか生産されない、ワイン用ブドウをそのまま搾った至高のジュースだ。



 帰宅後、調理開始。

 まずはコーラのシロップ作り。

 スパイスを砕き、水と砂糖、レモンの輪切りと共に鍋で煮込む。

 部屋中にスパイシーで甘い香りが充満する。

 粗熱が取れたら炭酸水で割る。市販のコーラとは次元の違う、複雑で深みのある味わいだ。



 次にピザ生地。

 粉と水、イースト、塩、オリーブオイルを混ぜ、滑らかになるまで捏ねる。

 発酵を待つ間に、トマトソースを煮詰め、ナゲットのタネを作る。

 鶏ひき肉に卵、少量のマヨネーズ、スパイスを混ぜ、一口大に成形して揚げる。

 衣は薄く、カリッと。中はジューシーに。



 ピザ生地を伸ばし、トマトソースを塗り、具材を乗せる。

 オーブンを最高温度に予熱し、一気に焼き上げる。



 ――チーン。



 香ばしい香りと共に、熱々のピザが完成した。

 とろけたモッツァレラと、焦げたバジルの香り。



 ダイニングテーブルに料理を並べる。

『シーフードとマルゲリータのハーフ&ハーフピザ』。

『自家製ハーブチキンナゲット』。

 グラスには、琥珀色に輝くポール・ジローのジュースと、氷を入れたクラフトコーラ。



「いただきます」



 ピザを頬張る。

 カリッ、モチッとした生地の食感。

 トマトの酸味とチーズのコク、そして魚介の旨味が口いっぱいに広がる。

 そこにポール・ジローを流し込む。

 ……濃厚だ。

 まるで上質なシャンパンのような、芳醇なブドウの香り。アルコールがない分、果実の力がダイレクトに伝わってくる。

 ナゲットも絶品だ。市販のものとは違い、肉の味がしっかりと感じられる。

 クラフトコーラのスパイシーさが、揚げ物の油をリセットしてくれる。



 テレビをつけると、深夜の通販番組が流れていた。



「この腹筋マシンで、あなたもナイスバディに!」



 くだらない。だが、その平和な空気が、今の俺には心地よい。

 一人の夕食だが、自分で作った最高級のジャンクフードを食べる時間は、何物にも代えがたい贅沢だ。



 食事を終え、片付けをしていると、携帯電話が鳴った。

 城戸隼人からだ。



『……よぉ、西園寺』

「こんばんは、城戸。どうした?」

『いやさ、今日のことなんだけどよ。……お前が来ねーから、代わりに草野誘って映画行ったんだよ』



 隼人の声は、どこか疲弊していた。



「ほう。草野とデートか。仲が良いな」

『茶化すなよ! ……あいつさ、映画館でずっとブツブツ言ってんの。「このCGのポリゴン数が~」とか「演出意図が~」とか』

「ははは。彼らしいな」

『おかげで全然集中できなかったわ! ……次は絶対お前と行くからな! 覚悟しとけよ!』



 隼人は文句を言いながらも、楽しそうだった。

 彼と草野。意外な組み合わせだが、案外いいコンビなのかもしれない。
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