その鹿を人間にする方法

はるかわ 美穂

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鹿男との邂逅

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「すみません。鹿せんべいひとつください」

お店の人にそう頼めば、表に出ている透明なケースに入っていた鹿せんべいを渡された。さっそく先ほどまで見つめ合っていた子鹿にあげようと振り向くと――

「わっ」

すでに鹿が数頭集まって来ていて驚く。さすが目ざとい。

時々攻撃的な鹿がいるから噛まれないか心配だったけど、幸いなことにこの周辺にいる鹿たちは穏やかな子だった。

わらわらと群がってくる鹿から後ずさりしながら、なるべく分け隔てなくせんべいをあげる。見つめ合った鹿にはサービスで二枚プレゼントしておいた。

鹿ってやっぱり神様の使いなのかもしれない。じっとこっちを見つめて来るつぶらな瞳も、もぐもぐとせんべいを頬張る口も、癒し力抜群だ。

なんだか人気者になった気分で鹿たちの頭をそっと撫でてみると、せんべいがなくなったことに気づいたのか、彼らはそそくさと解散してしまった。あっそうですか。

なんともわかりやすい神様の使いだ。

少し休んだおかげか鹿で癒されたおかげか、ある程度気力が戻ったので散策を再開する。

人気がある方へずっと歩いていくと、土産屋がずらりと並ぶ通りに出た。

東京にいる知り合いにお土産でも買っていこうか考えた時、茜のことが脳裏を掠めた。思い出したくないことを思い出し、途端にテンションが下がる。

茜とはこれからも仲良くしようといって話が終わっているが、とりあえずこのショックがある程度消えてからコンタクトを取ろう。

くさくさしながら奥へと進むと、緑が多い景色の中でひと際その存在を主張する東大寺の南大門が見えてくる。

ぱっと見の印象は、大きくて屋根が重そう。それくらいに屋根の装飾が凝っていて繊細に作られている。

横幅をめいっぱい使ってそびえ立つその門は、傍で見た時に首が痛くなるくらい見上げないと視界に収まらなくて、横幅も高さも規格外だ。

大して歴史を知らない私でも、先人たちの知恵や技巧がこの建築物に詰まっていることはわかる。

門の入り口は柱によって三つに分断されており、真ん中は神様が通る道だと前にテレビか何かで聞いた気がしたので、私は一番左端を選んで潜った。

大門は幅と高さだけでなく奥行きもあって、その厚みを確かめるように視線を上げると、門の中に立つ巨大な像が目に入った。

「……お……ふ」

目と鼻の先に巨像があることに気づいて間抜けな声が漏れる。優に五メートルは超えているだろう。

でかいって怖いな。

質感が木っぽいので彫刻だとは思うけど、ここまでリアルに人の形を作れる物なのか。

上半身裸でつるつる頭の男性が、険しい顔をして歌舞伎のようなポーズを取っている像を凝視する。

東大寺の方面に来たのはたぶん小学生か中学生の時の課外授業以来だ。門の中に巨大な像があることは何となく覚えていたけど、ここだとは思っていなかった。

……元奈良県民なのに興味なさすぎだったかも。

古都と言われるくらいだから、奈良にはきっと歴史と縁深いものがたくさんあるだろう。

勉強をやらされていると思っていた学生の頃は地元の歴史なんてどうでも良かったけれど、今こうして目の前で先人たちが残してきたものに圧倒されると、少しだけ興味が湧いてくる。

せっかくだから東大寺にお参りしてみようかな。

わずかに軽くなった足取りで先へ進むと、東大寺の前に立つ看板で、中に入るには拝観料が必要なことを知った。

せっかくここまで来たので出し惜しみせずお金を使おう。どうせちゃんと東大寺を見たのは十年以上前の話だし、新鮮な気持ちで見れるはずだ。

入り口でお金を払い廻廊に沿って進むと、東大寺の主要な建築物である大仏殿へまっすぐに延びる参道に出る。

遠巻きに大仏殿を見てまず思ったのは、でかい。

お堂までの距離は百メートル以上あると思うが、さっき見てきた南大門も巨像も霞んでしまうくらいに大きくてビックリする。遠近感が狂う。

精巧な作りのお堂を見ていると、中華系の建造物が出てきた某アニメを思い出すので異世界感があってなお良い。

長い参道を進んで建物の中に入ると、すぐ目の前に巨大な大仏が鎮座していて首が痛くなる。今日はずっと見上げっぱなしだ。

周囲の人が大仏に向かって拝んでいたので、私も合掌して心の中で挨拶をしておく。

大仏殿は大仏の周りを一周できるようになっており、大仏の隣に並ぶ菩薩や東大寺の五十分の一の模型など、その他の展示物を時計回りにゆっくり見て回っていると、過去の記憶と重なる光景が目に入った。

あれ……柱の穴だ。

大仏の右後ろに位置する一本の柱。その根元にはサッカーボール二個分ほどの四角い穴が開いていて、そこを通れば願いが叶うと言われている。

過去の幼い私は、これに挑戦したことがある。

当時は体が小さかったので楽々と進めた記憶があるが、今やるとどうなるのだろう。

ちらりと周囲に視線をやると、時期的なこともあってか人が少ない。

やってみようかと思ったけど、やっぱり人目が気になって挑戦する勇気が湧かなかった。

無難にスルーしようとした時、一人の中年男性がやって来てのそのそと柱の穴に頭を突っ込む。

見たところ近くに彼の付き添いらしき人はいない。

あ、一人でもやる人いるんだ……。

怪しまれない程度におじさんの挑戦を見守っていると、彼は苦しそうにしながらもなんとか穴を潜り抜けた。

思わず拍手してしまいそうだったけど、私はただの傍観者だったことを思い出して手を引っ込める。
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