報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜

文字の大きさ
6 / 26

太陽のような人

しおりを挟む
 騎士団第三部隊長を務めるルイス・クラベル様。
 
 見上げるほどの長身に、太陽のように輝く金色の髪と曇り無き青い瞳を持つ、麗しの騎士。
 誰に対しても壁のない朗らかなお人柄は、由緒正しきクラベル侯爵家のご令息であるとは思えないほど親しみやすく、身分問わず彼を慕う者は後を絶たない。

 かくいう私も恋焦がれ、失恋した今もなお想い続けるおかただった。
 そんな人が今、目の前に立っている。

(ル、ルイス様……!?)

 第二治癒室のドアを開けて入ってきたのは、ルイス様だった。まさかの人物の登場に、心臓がバクバクと悲鳴をあげている。
 
「……ごめん。アルビレオ、もしかしてお取り込み中だった?」
「何故ですか」
「だってその、手が」
「手?」

 ルイス様に言われて、私とアルビレオ様ははふと顔を見合せた。
 私達の距離はいつも以上に近く、いつの間にか手をきつく握りあっている。

(わっ……近い!)

 そうだった。お互いに失恋中であることで仲間意識が芽生え、私からアルビレオ様の手を握ってしまったのだった。
 自覚はなかったけれど、客観的に見たらを疑われてもおかしくない。我に返った私達は急いで手を離し、互いに距離を取り合った。

「……ルイス隊長、何故ここに? 俺が第二治癒室にいることをご存知だったのですか」
「いや、お前を探していたら『アルビレオはヨランダさんを治癒室へおぶっていった』って聞いたからさ……でも、ヨランダさんはいないな。ということは二人きり? ヨランダさんはどうした?」
「ヨランダさんは腰も治って帰りました。俺はここで昼食をとっていただけです」
「昼食を? ここで?」
「はい」
「治癒師の子と二人きりで? アルビレオが?!」
「そうですよ。何か問題でも?」 

 よっぽど意外だったのだろうか、ルイス様は口をポカンと開けたまま、私とアルビレオ様を見おろしている。

 アルビレオ様、私、アルビレオ様、私――
 ルイス様の視線が交互に突き刺さる。
 どうしよう。現実感の無い状況に、私は動きが取れなくなってしまった。声も出ない。
 
(ルイス様に、見られている……!?) 

 自分が、あのルイス様の視界に入ってしまっている。
 こんなこと、二度とないと思っていた。私は第二治癒室の下っ端治癒師で、ルイス様は名のある騎士隊長様で……こんな距離でお会いすることなんて本来なら有り得ない。

 そもそも、今日の私はルイス様に見られて耐えうる姿をしているのだろうか。
 髪は適当に編み込んだままで、お化粧も必要最低限の日常仕様だ。今日の治癒服なんか繰り返し着ているせいでクタクタで、もしかしたらどこかにシミなんかあったりするかもしれなくて……
 
 今すぐ、この場から消えてしまいたい。せめて、万全の準備をしてからルイス様の前に立ちたかった。今さら、どうしようもないけれど。

「ペルラ? 大丈夫ですか?」 
「は、はい。すみません、少し緊張してしまって」

 あまりの事態に固まっていると、隣に座っていたアルビレオ様が声をかけてくださった。なんて良い人なのだろう……私にはその優しさがありがたい。
 この状況に耐えられない私を察して下さったのか、アルビレオ様はルイス様から私を隠すように、一歩前へと立ちはだかった。その安心感で、私はやっと胸をなでおろす。

「ルイス隊長。このかたはペルラ・アマーブレといって、第二治癒室の優秀な治癒師です。ヨランダさんを送り届けているうち、友人になりました。ルイス隊長もどうかお見知りおきを」
「へえ、友人か。アルビレオから女性を紹介される日が来るとはなあ」
「先程からなんなんですか、一体」
「だってお前、基本は女性と話さないだろう?」

(そうなのね……こんなに話しやすいのに)

 女性であるヨランダさんにもあんなに親切だし、治癒室でもくつろいだ様子で接してくれるのに、女性と話すのはあまり得意ではないのだろうか。
 確かに初対面のアルビレオ様は、固い印象を受けた気がする。あれは、女性と接することが少なかったせいなのかもしれない。

「ペルラさん、初めまして。私は彼の所属する第三部隊、隊長のルイス・クラベルです。休憩中に突然お邪魔して悪かったね」
「い、いえ……ルイス様のことは、存じ上げておりますので」
「嬉しいな。こいつのことよろしくね。ちょっと融通がきかないところもあるけど、アルビレオは良い奴だよ」
「はいっ……とても良くしていただいております」

(ル……ルイス様と、お話ししてしまったわ……!)

 こんなこと、あっていいのだろうか。

 指が震えている。隣でアルビレオ様が見て下さっていなければ、緊張で倒れていたかもしれない。
 もうこれ以上は会話を続けることも難しくて、不躾ではあるけれど思わずアルビレオ様に目配せをした。私の心境を察してくださったのか、アルビレオ様も軽く頷いて合図をくれる。

「融通がきかない、とは心外ですね。それよりルイス隊長、ご要件はなんですか。俺に用があっていらっしゃったのでしょう?」
「ああ、そうだった。午後は備蓄用物資の確認をすることになったから、物資保管庫に集合してもらえるか。量は多いが、皆でやれば早く終わるだろう」
「承知しました。では後ほどまいります」
「頼んだよ。じゃあまたあとで。ペルラさんもまたね。よかったら今度、騎士団にも遊びにおいで」

 ルイス様は去り際に太陽のような笑顔を残して、第二治癒室を後にした。
 
 その瞬間、私には限界が来たらしい。立ち上がってルイス様をお見送りしたものの、扉がパタリとしまったと同時にへなへなと崩れ落ちてしまった。
 
「ペルラ!」
「す、すみません。少し、気が緩んでしまいました……」

 即座に差し出されたアルビレオ様の手に、ありがたく掴まらせていただいた。支えられながらゆっくり立ち上がった私は、アルビレオ様に促されるがまま椅子に座りなおす。

「ルイス隊長が突然すみませんでした。驚いたでしょう」
「はい……私、ほとんど反応出来ませんでした。きっと挙動不審でしたよね……」
「まったく問題ないですよ。あのかたはいつもああいう感じなので。もっと気楽に考えて大丈夫です」
「気楽に……」

 無理では無いだろうか。雲の上の人が突然目の前に現れて、あのように話しかけられたら……気楽でいられるはずがない。

 素敵だった。輝く笑顔も明るい声も、すべて。ルイス様がいただけで、治癒室に光があふれたようだった。
 けれど眩し過ぎて、緊張して、まともに話もできなくて……アルビレオ様と二人きりの時は、こんなことにはならないのに。
 
 先程のルイス様を振り返り、私がそんなことを考えていると、手を取ったままのアルビレオ様が小声で呟く。

「……やっぱり、目の前で見ると妬けますね」
「え?」
「ルイス隊長の前では、こんなに緊張するなんて」

 けれど、声が小さくて聞き取ることができない。

「アルビレオ様? どうかされましたか」
「……いいえ。なんでもありません」

 こころなしか、アルビレオ様の笑顔が堅い気がする。
 お仕事のことを考えているのだろうか、それとも私がなにか粗相をしでかしたのだろうか……その日アルビレオ様は結局元気の無いまま、第二治癒室を去っていったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

聖女の妹、『灰色女』の私

ルーシャオ
恋愛
オールヴァン公爵家令嬢かつ聖女アリシアを妹に持つ『私』は、魔力を持たない『灰色女(グレイッシュ)』として蔑まれていた。醜聞を避けるため仕方なく出席した妹の就任式から早々に帰宅しようとしたところ、道に座り込む老婆を見つける。その老婆は同じ『灰色女』であり、『私』の運命を変える呪文をつぶやいた。 『私』は次第にマナの流れが見えるようになり、知らなかったことをどんどんと知っていく。そして、聖女へ、オールヴァン公爵家へ、この国へ、差別する人々へ——復讐を決意した。 一方で、なぜか縁談の来なかった『私』と結婚したいという王城騎士団副団長アイメルが現れる。拒否できない結婚だと思っていたが、妙にアイメルは親身になってくれる。一体なぜ?

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

処理中です...