報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜

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戻ってきた日常

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 アルビレオ様とのわだかまりも解け、私達には以前の日常が戻ってきた。
 
 第二治癒室には久しぶりにアルビレオ様が現れ、その安心感になんだかホッとしている。もう、ここにはアルビレオ様がいて当たり前のような、そんな図々しい気持ちにさえなってしまっていた。
 ヨランダさんはというと、満足げな様子でアルビレオ様に背負われていた。ルイス様の時とは大違いで、なんとも分かりやすい人である。

「黒髪の騎士様が復活してくれて嬉しいよ。ペルラちゃんなんて本当に寂しそうでねえ、会いたい会いたいって駄々こねてねえ」
「そ、そうですか、ペルラが……」
「ウソ言うのはやめてください! ヨランダさん!」

 相変わらず、ヨランダさんのお節介は油断ならない。顔が熱くなってくる。
 アルビレオ様はそんなヨランダさんに嫌な顔をすることなく、お節介に付き合ってくださっている。本当にいいかただ。

「あの金髪の騎士様にも、お詫びを伝えておいておくれ。ちょっとばかり八つ当たりしちゃったもんでね」
「八つ当たり? ルイス隊長はそんなこと言ってませんでしたけど」
「ルイス様らしいですね……」

 ヨランダさんは言いたいことだけ言うと、いつものように「じゃあね」と帰っていった。スタスタと歩く健脚なヨランダさんを、私達も手を振ってお見送りする。
 
(私も、ルイス様にはたくさんご迷惑をおかけしてしまったわ……)

 また改めてルイス様にもお礼をしなければと考えていると、隣に立つアルビレオ様が悩ましげに眉をひそめた。

「……ルイス隊長、最近は本当に大変なんですよ」
「えっ……ルイス様が、どうされたのですか?」
「マルグリットが騎士団の専属治癒師として出入りを始めたでしょう? そのことで――」

 聖女候補としての実績をあげるため、騎士団の治癒に専念することとなったマルグリット様。
 
 隊長の命を救った聖女が、人知れず多くの騎士達を癒し、ひいては国防のために大きく貢献した――と世に知らしめることが狙いなのだけれど、相変わらずアルビレオ様は苦々しく思っている様子だ。

「前にお伝えしたかもしれませんが……マルグリットが仕事をしないのです」
「仕事をしない? でも、騎士団では怪我も多いでしょう?」
「はい。でもマルグリットが治すのは小さな擦り傷や打ち身のみ。それ以外はなんだかんだ理由をつけて、結局第一治癒室へ回されてしまいます」
「な、なるほど……?」

 第一治癒室には、治癒師が数人常駐している。そのため、これまで通り治癒してもらえるだろうけれど……それでは、マルグリット様が専属治癒師になった意味があまり無い。
 
「最初は騎士達もマルグリットを歓迎していました。しかしそんな態度を取られ続けていたら、当然不満が出るでしょう。その矛先が恋人であるルイス隊長に向かってしまって」
「そんな! ルイス様のせいではないのに」
「その対応に苦慮されていて中々お辛いようです。ルイス隊長もマルグリットに気を配って注意もしているようなのですが、彼女にはあまり響かないようなのです」

(どうして? マルグリット様……)

 私は責任を感じずにはいられない。
 まさかこんなことになるとは思わなかったのだ。
 
 あの日がきっかけで、ルイス様とマルグリット様は恋人同士になった。
 アルビレオ様は『ペルラが報われない』と怒って下さったけれど、私は報われたくてやったわけじゃない。ただルイス様を助けたかったからで、マルグリット様に対しても、ルイス様が幸せになるのならそれでいいと思っていた。 
 なにより、本当のことを知られてがっかりされたくなかった。

 でも、あっという間に話は大きくなってしまって。
 あろうことか、国を巻き込む羽目になってしまった。まさか人々の間でこんなにも話題になるとは思わなかったし、それがレフィナード王の耳にまで届いて、マルグリット様が聖女候補にまでなってしまうなんて……

(それとも……マルグリット様は、こうなることを見越していたのかしら。いえ、まさか)

 マルグリット様も、さすがに聖女候補にまでなるとは思わなかっただろう。
 騎士団本部へ向かうマルグリット様の顔はどこかこわばっていたような気がする。聖女候補として実績を積もうとする前向きな人の顔ではなかった。
 もしかして、事態があらぬ方向に進んでいることに、マルグリット様ご本人も困惑しているのでは――

「騎士達の間では、上に嘆願書を送ろうとする動きも出ています」
「嘆願書?」
「マルグリットがどのような振る舞いでいるのか、いかに聖女に相応しくないか、彼らは書面で正式に訴えるつもりでいるのです。マルグリットを聖女候補から降ろしてくれと」 
「訴えるって……王にですか!? そのようなことをしたら、マルグリット様は……」
「大丈夫です、我々の嘆願書なんてあまり効力は持ちませんから。けれど俺も皆の気持ちは分かりますよ。このままマルグリットが聖女になっては、絶対に不幸になります。周りも、おそらく本人も」

 やる気の無いマルグリット様、そんな聖女候補に不満を募らせる騎士様達、そしてマルグリット様の振る舞いに困り果てるルイス様。 
 乗り気なのは、聖女を世に出したいレフィナード王と、マルグリット様の御実家であるフェメニー伯爵家だけだ。

(このままでは、みんなが不幸になってしまう?)

 その通りなのかもしれない。けれど――

「すみません。ペルラにそんな顔をさせたかったわけではないのです。でも、あなたには知っておいて欲しいと思いました。あなたの手柄を奪ったマルグリットと、そんな人を信じてしまったルイス隊長の現状を」

 罪悪感が顔に出てしまっていたのか、アルビレオ様は私を見て申し訳なさそうに笑った。

「今日はこんな話をしに来たはずではなかったのに、俺は駄目ですね」
「え……? 私に何か用事だったのですか?」
「ペルラを誘いに来たのです。また、美味しいものを食べに行きましょうと約束したので」
「あ……! あの時の!」

(本当に誘って下さっていたのね)
 
 たしかにこの間、アルビレオ様は食事に誘って下さった。
 ただ、あの時はパーティーの場だったし……仲を確認するための社交辞令のようなものかと思っていた。
 いつの間にか約束自体が記憶から消え去ろうとしていたのだけれど、アルビレオ様はきちんと覚えていて下さったようだ。本当に律儀なかただ。

「約束、覚えていて下さったのですね。まさかアルビレオ様から本当に誘っていただけるなんて思いませんでした」
「……お誘いしてもいいですか? 迷惑ではありませんか」
「まさか! とても嬉しいです!」
「よかった……俺も嬉しいです」

 アルビレオ様と会うのは、いつも休憩時間などを利用した僅かな時間だけ。こうして会うための時間を作るのは初めてで、嬉しそうにはにかむアルビレオ様を前にすると、本当に『友人』になれたのだと実感する。


 返事を聞いたアルビレオ様の頬が、ほんのりと赤い。
 アルビレオ様との約束に胸を膨らませる私の頬も、もしかしたら赤いのかもしれなかった。
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