待ての出来ない前世犬令嬢は、今世こそご主人様から愛されたい

小桜

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我が家の味

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 ジルベルトは、メイド服姿のフィオレンティナとリリアンをリビングのソファへ座らせた。

 二人は、なぜ座らされたのか分からないとでもいうように顔を見合わせている。
 しかし、彼女達とは服装について話し合う必要があると思うのだ。このまま、フィオレンティナにメイド服を着せ続けることはできない。

 どう切り出すべきか、ジルベルトが言いあぐねていたちょうどその時。暖炉に置いてあった芋にも火が通ったところで、父がのっそりと立ち上がった。
 芋の番人である父により、皆の前に湯気のたつ芋が配られる。もちろん、フィオレンティナの前にも。

「まあ……ほかほかですわね……」
「こうしてバターで召し上がるともっと美味しいですよ、フィオレンティナ様」

 世話好きなリリアンは、お手本としてフィオレンティナに食べ方を見せるようだ。
 
 フォークで芋を十字に割ってから、その割れ目にたっぷりとバターを落とす。そして仕上げに岩塩を振りかけると、溶けたバターと塩が混ざりあって塩バター芋が出来上がった。

 この屋敷で暮らす者達は、みんなこの芋が大好物だ。
 食べられるのは、ちょうど出来上がるころに居合わせた者だけの特権である。当主であるジルベルトでも口にできないことはザラだった。ということで、今日はラッキーなのだ。

「さあ、熱々ですから、ふーふーしてから食べてくださいね」
「ええ。こうね……」

 フィオレンティナは慣れない様子でふぅふぅと冷ましてから、すくった芋をパクリと食べた。

 エルミーニの薔薇と謳われる侯爵令嬢が、真っ黒なメイド服を着て、我が家の塩バター芋を食べている――あまりにもちぐはぐな光景に、思わず皆で彼女のひと口を見つめた。 

(彼女の口に合えば良いのだが……)

 じっと見守られながら、フィオレンティナはモグモグと小さく口を動かす。そしてゴクリと芋を飲み込み……

  
 突然、ポロポロと涙を流しはじめた。
 
「フィオレンティナ様!?!?」

 一同ギョッとした。
 一斉にガタリと立ち上がる。
 
 眠っていたブラックまでもが起き上がり、フィオレンティナのそばまで走り寄った。犬なりに、異変を察知したらしい。

「ど……どうしました!? 芋が熱かったですか?」
「このような田舎料理は口に合わなかったか……!」
「リリアンや、水……いや、茶を! お客様用の上等なものを!」
「は、はいっ」
 
 エルミーニの薔薇を泣かせてしまった。しかもお気楽に、暖炉で作った塩バター芋なんかで。

 ノヴァリス伯爵家の面々は、罪悪感で落ち着きを失っている。
 やはり、フィオレンティナのような人に我々田舎者の食べているものなど勧めてはならないのだ。皮付きの芋なんて、エルミーニ侯爵家では出てくるはずがないだろう。なのに!

 芋を出した父はオロオロと責任を感じているし、リリアンは特級のお茶を淹れるためリビングを飛び出ていってしまった。 
 頼りになるのは犬であるブラックだけだ。涙を流すフィオレンティナの足元で、ずっと彼女に寄り添っている。
 ブラックは誰よりも落ち着いていた。このジルベルトよりも。

「……すまなかった、無理に食べさせてしまった」

 ブラックを見習ったジルベルトは、気を鎮めるとフィオレンティナにハンカチを差し出した。
 泣いている女の扱いは分からない。今、ジルベルトにはこうすることしかできない。

「まさか泣くほどとは思わなかったんだ。今、リリアンにはうちで一番良い茶を用意させている。すぐ……」
「ま、待ってくださいませ! 申し訳ありません、違うのですわ」

 ハンカチで涙を拭いたフィオレンティナは、僅かに落ち着いたようだった。
 そして恥ずかしげに、ぽつりと呟く。

「美味しくて……」
「は?」
「わたくし、このお芋が食べられるなんて夢のようで……」
 
 彼女のフォークが、再び芋へと突き刺さる。
 美しい仕草で芋を小さく切り分けると、もうひと口パクリと食べた。

「やっぱり、美味しいですわ……美味しい……」

 やはりフィオレンティナは涙を流しながら、美味しい美味しいと芋をぱくぱく食べ続ける。
 これは――もしかして嬉し涙というものだったのだろうか。

 次々と口へ運ぶものだから、あっという間に彼女の小皿は空になる。こぶし大ほどの塩バター芋が、一瞬で無くなってしまった。

「……良かったら俺のも食べるか?」
「そ、そんな、悪いですわ」
「いや、むしろそこまで喜んで貰えるのであれば……」

 彼女が食べているのは、ただの芋だ。
 北国アルベロンドでよく食べられる丸芋を、暖炉の炎で蒸し上げただけの。
 煮ても良し、焼いても良し。だが、こうして暖炉で火が通るのを待ってから、出来たてをみんなで食べるのが一番旨い。

 旨いには違いないが、まさかフィオレンティナにこれほどまで喜ばれるとは思いもしなかった。
 彼女なら、もっと素晴らしいものを食べてきたことだろう。エルミーニ侯爵家ではきっと、一流の料理人が作る一流の料理が出されていたに違いないのに。
 
 ほぼ素材の味だけであるこの素朴さが、都会の人間にとってはかえって新鮮に感じたのだろうか。旅行先で食べる名物料理、のような――

「……明日も食べるか?」
「いいんですの!?」 

 涙を流しながら喜ぶフィオレンティナに、思わず『明日』という言葉を使ってしまった。明日もここにいて良いと言ったようなものだ。
 だって彼女は、自分達が旨いと思うものを泣きながら美味しいと言ってくれたのだ……ジルベルトとしても悪い気はしない。

 フィオレンティナの涙は止み、かわりに花のような笑顔が浮かんでいる。
 足元のブラックも、こころなしか笑っているような気がした。
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