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メイウェイSide
しおりを挟む部屋を後にベランダに出ると、眼下に広がる街の明かりがずいぶん下にあり、行き交う車が光る蟻のように忙しなく動いている。40階以上の距離が離れているおかげで街の喧騒からは遠く、ここにはただ、夜の静寂が漂っていた。
「ねぇメイウェイ、どうしてそんなにリャオリイさんに固執するわけ?」
姉が訊ねるので、僕は深いため息をついた。そして、少し照れくさいような、苦しいような、怖いような気持ちで言葉を紡いだ。
「あの人は…僕にとって特別なんだ。」
姉はその言葉に驚きを隠せない表情を浮かべる…どころか、『やっぱりな』という顔でおどけて見せて、大袈裟に肩をすくめる。その反応にいちいち何を思うこともなく僕は彼女から目を逸らして続ける。
「でも、それをリャオさん本人に知られたくない。」
真正面から姉を見れないから、視線は目の前の夜景を映したまま。
姉のビンチリンが、前を見つめる僕の視界に無理矢理入って来て首を傾げながら、僕のすぐ目の前で不思議そうな表情をする。僕は言葉に詰まる。自分でさえも自身の心の中が上手く形にならない。というか、形にしてしまったらその瞬間に僕とリャオリイさんとの何かがもう元に戻らないくらい決定的に変わる気がして、形にすることを頭が避けようとする。
それでも、今のように逃げ続けていても、この煮え切らない関係が将来もずっと続く保証なんて全くないのだ。より強固な関係に彼を縛るには、せめて幼い頃から共に育ってきた自身姉くらいにはきちんとした答えを出さなくてはいけない。これは練習だ。例えうまい言葉にまとまらずとも、勇気を出して、なんとか口に出す努力くらいはしなければならない。
左手に持つグラスは、ベランダに出る途中で掴んできた食後のお茶。
リャオリイが数十分前に用意した香り高く深みのあるこの味は、異国情緒な風味で、その程よい温かさが僕の緊張をほぐす。
リャオリイに背を押される錯覚をおぼえながら、いよいよ心を決め、観念して口を開く。
「僕は…あの人が好きなんだ。人間的な意味でも、…その、恋愛的な意味でも。でもそれを彼に知られたくない。だって、僕と彼は雇い主と家政夫で、それ以上でも以下でもないから。」
それを聞いてビンチリンは不思議そうな顔をする。
「メイウェイ、それならなおさら、彼に気持ちを伝えた方がいいんじゃないの?」
苦い笑みを浮かべ、頭を振った。
「だめだよ。あの人との関係が変わっちゃうから。だって、もしそれを伝えたとして、僕は雇い主だからリャオリイさんが気を遣って無理にOKしちゃうかもしれないし、そうでなくても、もしかしたらそういう関係になるのが嫌で辞めちゃうかも。そうなったら僕はもう二度とあの人に会えない。それに、彼には他に好きな人がいるかもしれないし…。」
「最後の心配に関して言うと、それはない。」
「な、なんで姉さんが断言できるんだよ…。」
「だってあの人、人間苦手そうじゃん。」
「ええ…?」
僕は姉の言葉を受け止めながら、どうにもやりきれない表情で彼女を見つめていた。その真意はよく分からないが、姉の勘はなぜか良く当たるので無下にもできない。そうしていると、ガラスを隔てた部屋の中からは微かな笑い声と共に、母や兄の会話に捕まったリャオリイたちの声が聞こえてきた。
「でも、このまま行動なくしてこの関係がずっと続くなんてあんたも思ってないんでしょ?」
二人で外から部屋を見つめつつ、僕はじっと姉の言葉を頭の中で反芻した。そして、静かに頷く。
「うん、思ってない。―…でも、それでもいい。」
「っは。意気地なし。」
姉はフンと鼻を鳴らすが、正直自分自身でも『全くもって仰る通りだ』と思った。
僕は狡い。勇気がない。このままの関係を維持していても僕たちは決して恋人同士にはなれないし、かと言って告白してOKがもらえる保証なんてどこにもない。だったら今の『いつ終わるかも分からない脆い関係』をできる限り長く延命させることしかできない。
僕は自分が一番傷つかない消極的な選択肢しか選べない。
まあ、それはそれとして、リャオリイには今一度“だれが”自分の雇い主なのか、尽くすべき相手なのか、改めて灸を据えておかねばなるまい。
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