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わさん

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幼馴染の弟

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 アンドレアは神殿にいる。
 
 生きているかもしれないと気づいたロルフは、まずアンドレアの家族に接触を図った。弟のテオバルトだ。
 テオバルトもロルフの幼馴染だが、仲は良くなかった。むしろ悪かった。ロルフ自身は特にテオバルトに対して特別好悪を抱いていなかったが、テオバルトはとにかくロルフを見ると喧嘩をふっかけてくる。調子にのるなよと言われたことは数知れない。

『兄様は俺たちの兄様なんだよ! お前の兄じゃねえの!』
『だが残念だったな。アンドレアが好きなのは俺だ! アンドレアは俺のものだ!』
『違うって言ってんだろ馬鹿たれ!』

 そういう喧嘩をよくした。アンドレアはにこにこしながら、ふたりとも仲がいいねと笑っていた。

 アンドレアがいなくなり、ロルフとテオバルトの接点はなくなった。もともとロルフが遊んでいたのはアンドレアだったし、彼が死んだも同然の知らせはロルフを竦ませた。
 数年前、同じ学校に入学して、ようやくまた交流が再開したのだ。相変わらず仲はよくなかった。同じ学校とはいえ、進路は違う。ロルフはとにかく物理一辺倒で、実技でトップをひた走っているが、テオバルトは座学トップの幹部候補だ。ロルフとは違って、上流貴族なのもあるだろう。

「ロルフおまえ、また前線に演習に行くんだって?」
「あ、ああ。よく知ってるな」
「おまえの演習回数が異常なんだよ。死ぬ気か」

 実践を伴う演習は希望制だ。ロルフは座学よりも、そちらに参加することの方が多かった。演習に参加すればするほど成績は上がり、先輩たちとの繋ぎができる。実際ロルフは先輩方の覚えもめでたく、このままいけば実技だけなら首席卒業も夢ではないと言われている。
 だがそれを、テオバルトは顔をあわせるなりぶちぶちと詰るのだった。もっと命を大事にしろ。無茶をするな怪我をするな。と無理ばかりを言う。実戦ならお前より強いし判断力もあるぞ、と反論すると余計に怒られるので、ロルフはテオバルトの説教にはとりあえず逃げるか頷くかしていた。

「死ぬ気はない」
「そうか? 危険区域ばっか乗り込んでるだろ」

 演習とは言っても実戦だ。怪我をする可能性は高く、死んでも文句は言えない。誓約書も遺書も、入学時にしっかり書かされている。

「アンドレアが」
「あ?」
「アンドレアが、かっこいいって言う騎士にならないといけないだろ。俺は」

 ロルフは顔を引き締めた。ロルフにとってはそれが全てだ。ロルフは強いよ。大丈夫。かっこいい。小さい頃、何度も聞いた。

「はああ? 何で急に兄様の話?」
「だから俺は、多少の無茶だろうと、できる手を使って最強を目指す」
「おっま……馬鹿たれ。あのな、兄様は」
「テオバルト、アンドレアは生きているのか?」

 呆れた様子で手をひらひらと振っていたテオバルトがぴたりと動きを止めた。だが顔色は変わらない。ハッとロルフを鼻で嗤う。

「……なんだよ今日は。ずいぶんさっきからくだらないことを言うじゃねえか」
「アンドレアは神様のところに行った。俺はあれを、死んだからだと思ったし、おまえの母上もそう思わせようとしていたようだったが」
「兄様はいない」
「テオバルト」

 いつになく、テオバルトの目は暗く沈んでいた。教えてくれ、とロルフが肩を掴むが、すぐに叩き落とされた。

「兄様はもういないんだよ馬鹿たれ。現実を見ろ」
「俺は現実を見ている。見ているから聞いているんだ」

 テオバルトは首を振った。

「神様のもとに行った子供は帰ってこない。おまえも知っているだろう」
「だが例外があるはずだ」
「二十歳を過ぎたら、神殿から出られない。神殿に入れる外部の人間は功績のある騎士だけ。おまえが騎士になれるのは半年後。兄様が二十歳になるのはそれから間も無くだ」

 神殿のシステムを知っているか。テオバルトの問いかけにロルフは首を振った。教えてくれるのかと思ったが、テオバルトはわずかに考えたのちに首を振っただけだった。

「吐き気がするほど低俗なシステムで回っているんだ、あそこは。それでもあのシステムがこの国には必要になる」
「アンドレアが、それに巻き込まれているのか?」
「巻き込まれているのは、俺もお前も同じだ。そんな神殿に、おまえや俺が、騎士として行って、それで兄様に会って、どうする」

 テオバルトが噛みしめるようにロルフに顔を向けた。組み合わせた指が力を込めすぎたためか、ふるふると震えているのが見えた。

「兄様は、きっとおまえに……俺やおまえに、助けられたいと思っていない」
「だが、テオバルト。生きているなら」
「ロルフ」

 ロルフは納得ができない。生きているなら、会えないことはおかしい。そうだ。これまでの七年間、ずっとおかしかった。テオバルトは首を振る。ロルフ、ともう一度名前を呼んだ。

「俺がおまえをもらってやるから」
「テオバルト」
「だから、だから兄様のことは忘れろ」
「すまないテオバルト」
「……だめか? 俺相手じゃあ、兄様のようには思えないか」
「アンドレアが俺と結婚したいから、俺はアンドレアを嫁にもらうことにしたんだ」

 テオバルトはぎゅう、と一気に顔をしかめた。眉間に手をやり、ゆるく首を振る。

「……いや、それ、おまえ違う…」
「だから俺はアンドレアを……あっ!」
「あ?」
「いまなら俺は兄上を文字通り嫁にもらえるな!」

 アンドレアは長男で、あのままであれば家を継ぐ立場だった。ロルフとしては、それが問題だった。流石に爵位が上の家の長男を娶る手段を、あの頃は思いつかなかった。
 テオバルトは深々と溜息を吐き、また眉間を揉んでいた。

「おまえほんとうに最悪」
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