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秋葉夕雲

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第二章

101 真の、愛

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「料理が食べたいかー!」
「「「「「おー!」」」」」
「美味いものが欲しいか―!」
「「「「「おおおお――――!」」」」」
 はい茶番終了。
 喜んでくれているのは疑ってないけどね。

 今日は珍しく肉無しの料理をしたいと思う。塩があるんだから肉料理でいいじゃんとも思ったけどなんとなくそういう気分だったので精進料理みたいにしてみよう。今日はめでたいこともあるし。
 まず干しキノコを水で戻す。
 本当は冷水で戻した方がいいけど日の当たらない地下で水に浸す。大体三時間くらいかな。もちろん戻し汁はとっておく。
 そして乾燥したキノコをおろし金(石製)ですりおろして粉末にする。……んー、あんまりきれいに粉にならないな。すり鉢の方がよかったかな? まあひとまずこれでやってみよう。
 そして戻し汁に水を加えて沸騰させる。
 その間にジャガオを一口大に切り、鍋に入れる。そして別のジャガオをすりおろす。
 さらに戻してキノコを食べやすい大きさに切る。ジャガオが柔らかくなったら――――遂に。遂に! 手に入れた岩塩を投入!
 長かった。血をスープに入れたりしていた原始生活よさらば。でも塩が潤沢にあるわけじゃないから無駄遣いはしない。
 削った岩塩の粉まで残さず投入。すかさず粉末キノコを投入。隠し味としてすりおろした辛くない辛生姜も入れてみよう。
 前世で行ったことのある和食店で椎茸粉末をスープにしていたという話を聞いたので真似をしてみた。あのスープの味を十分の一でも再現できてればいいけどな。
 程よく煮立ったらキノコを入れる。キノコの愉快な香りが部屋の中に充満しているようだ。
 最後にすりおろしたジャガオでとろみをつける。
 ちょっと茶色くてスープっぽくないけど、ジャガオとキノコのスープ、完成!



「ゆうやーけこやけえのあかとーんーぼー」
 小春の赤とんぼに風子の口笛を合わせて歌を歌う。ちゃんと音楽らしきものにはなっている。
 小春と風子は音楽がとても気に入ったらしい。よく二人でこうやって歌っている。音楽というか芸術分野でこうして興味の対象ができるのは意外だなあ。
「風子ちゃん。そのピューピューってどうやるの?」
「我らの吐息が、風を運んでくる」
「口の形が違うから無理なのかー」
 今ので理解できるの!?
 小春の翻訳能力は明らかにオレを上回ってるよな。しかし頑張っている小春にはご褒美も必要だ。
「小春。口笛を吹けるようにはできないけど、音を出す道具なら作れるぞ」
「ホントー? 欲しい!」
 部下に土をこねこねさせて、んーこれでいいかな。ぽつぽつと穴の開いた笛よりもずんぐりとした楽器の完成だ。
「ほい。オカリナだ」
「おおー。これに息を吹きかければいいの?」
「そう、息を吹きかけつつ側面の穴を指で塞ぐんだ。持ちにくいか?」
 楽器は根本的に人間が演奏するために作られているから蟻だと使いにくいかな?」
「ううん。これでいいよ。これがいい」
 蜘蛛を呼んで糸を作らせて首に掛ける。ドッグタグみたいだな。喜んでもらえて何よりだ。
「お前ホント、歌っていうか、音楽が好きだよな」
「大好き。美味しいものを食べるのも好きだよ」
 団子より音楽か。オレにはわからんけどそんな奴もいるか。
 この二人はお祝いの練習中だ。どこから知ったのか喜ばしいことがあればお祝いし、歌を歌うと学んだらしい。

「小春ちゃんも風子ちゃんもありがとね~~」
 赤とんぼを歌った二人に千尋は感謝の言葉を送る。それからきのこじゃがスープを口にする。
「美味しいよ~~」
 本当に………………めっっっっっちゃくっちゃ美味い。
 今までの料理は鍋の焦げ付きだったんじゃないかと思うくらい美味い。今までとは何が違うかって? 旨味が違うのよ。出汁の差だこれ。
 干しキノコまじで正解だった。しかも塩があるからちゃんと美味しい。上品でほっとする味だ。
 強いて文句を言うなら色味が地味なくらいかな。あと夏だからちょっと熱い。いやでもこれ冷やしてもいけそうな気がする。
 今まで料理を作るたびに文句とまで言わないけど不満があった。けど今回は十分流せる程度の不満だ。
 今まで料理、頑張ってきてよかった。不味い料理を我慢せずに、少しでも美味い料理を模索してよかった。心の底からそう思う。
 ……もちろん地球の高級レストランの方がよっぽどおいしい料理ができるだろうけど、多分これが今のオレの精一杯。
「紫水。おかわりちょうだ~い」
「あいよ。んじゃもうちょっと食っていいぞ」
 千尋は今できるだけ食ってもらわないと困る事情がある。なので多少の大食いには目をつむろう。
「千尋ちゃんもお母さんだねー」
「我らが子に、祝福を」
 ちなみに誠也は欠席。興味がなかったらしい。

 そう、この度千尋さんのこどもが孵化しました。どうも群れの雄蜘蛛と交尾したみたいだな。ついでに言うと蜘蛛も子供を産む役割が特定の個人に与えられる、真社会性生物みたいだ。わー、パチパチパチパチ。これで蜘蛛の人口も増えるね!
 ……んーとな。前に千尋はオレのこと好きなんじゃないかと思ったんだけどさ。「地球」の「多数」の「人間」からすると、それって好きでもない男と同衾したのかってなるじゃん。
 オレはまあ正直蜘蛛に対して性的な視線を送ることは不可能だけど、千尋はその辺をどう思ってるのか? 気になったので婉曲に聞いてオレなりの答えを出してみた。
 これで正しいのかどうかは自信がないし、オレ自身の偏見がないとは断言できない。
 確かなのは、蜘蛛の恋愛感情は人間の尺度では測りづらいってことだけ。

 先に言っておくけどオレは恋愛というものを経験したことがない。中学辺りからはそれどころじゃなかったし、大学でもバイトやらなんやらで忙しかったからな。
 さらにあんまり恋愛に重きを置いていない。これは元親の影響が大きい気がする。
 カルト宗教で家庭崩壊したもんだから家族というものはあっさり壊れるのだと思っている。その影響で結婚というものにも幻想を全く抱いていない。恋愛にも興味くらいはあるけど、必至死なって求めようとは思ってない。
 恋だの愛だのに人生をかけている連中は正直理解できない。
 せいぜい契約の一種くらいかな? 結婚とか恋愛とか。自分が多数派だとは思ってないけどそう珍しくもないだろう? 家庭崩壊なんてよくあることだし、オレと同じように親兄弟を見切った奴なんてどこにでもいるはずだ。そういう奴と気が合えば、付き合うし、もっと気に入れば結婚なりなんなりするかもしれない。まあ、前世ではそんな認識だった。
 この世界でも死と隣り合わせの生活だから、そんなことをしている暇はないし、そもそも人間がいない。小春や千尋は確かに大事だけど恋愛対象にはならない。
 死にそうな状況で恋なんてできるわけない。そりゃ吊り橋効果って奴だ。まあ、生物は死にそうになると性欲が強くなるだとか聞いたことがある。それこそが吊り橋効果の正体なのかな。
 何にせよオレは愛というものを知識でしか知らない。
 そのことを頭においてこれからの話を聞いてほしい。

 では愛情というものの種類について。
 どこかの一神教曰く、
 親、兄弟に対する家族愛。友人知人に対する隣人愛。見返りを求めない人々すべてに与えられる博愛。男と女に関わる、肉体的な部分も含めた性愛。
 他に付け加えるなら自己愛とかかな。仏教だと愛という言葉は欲望に通ずるものだと解釈できるらしい。
 少なくとも地球の愛の定義は人間の感情や生態に沿った定義だ。もっと科学が発展して、ロボットに感情が搭載されたり、人間以外の知的生命体が発見されるなり、作られたりされない限りそれは変わらない。
 では蟻に愛、特に性愛、というものが存在するか?
 少なくとも肉体的には存在しない。何故なら蟻は交尾したとしても快感が発生しないから。
 そもそもなんで生物は交尾すると快感を感じるようになったのか。そりゃもしも交尾に苦痛しか感じないなら、誰も交尾せず生命体完全死滅しかねないからだ。
 どこぞの万物の霊長はやたらと交尾したがるけど、これもボノボなどが示すように交尾がコミュニケーションツールとして優秀だからじゃないかなあ。
 要するにこいつは自分に快感を与えてくれる奴だぞ、と認識させることでお互いを守り合う関係を構築できるということ。ロジカルに考えるとそうなる。
 けど蟻は自分自身で交尾できる、両性具有の生物だ。もしも蟻の交尾が快感をもたらすなら下手すると自分自身に対して恋愛しかねない(乾いた笑い)。なんてこった。ナルシストの極みだ。
 働き蟻に至ってはそもそも交尾不可能なので性愛なんかあるわけがないし、あっても困る。
 では親愛や家族愛、隣人愛は理解できるだろうか? 多分、できる。少なくとも似たような感覚はあるはずだ。
 今まで見てきたとおり、蟻は徹底して女王蟻を生かすために行動する。なぜそうなのか。地球の蟻や蜂と同じくここの蜘蛛も蟻も真社会性を持つ動物だ。
 そして真社会性とは血縁度が高い、つまり遺伝子が極めて相似した集団であることがほとんどだ。
 生物は基本的に自らの遺伝子を残すために行動する。ダーくんが示した論説によるとそうなっている。他人であるはずの女王蟻を働き蟻が必死で守るのは女王蟻が自分に近い、ないしは全く同じ遺伝子を持っているから。
 一般的に真社会性を獲得した理由はこうだ。
 それはこの世界でも変わらないはずだけど……ただ、それを愛情と呼んでいいのかどうかはわからない。肉体的な、あるいは性的な感情ではないとは思うのだけれど。考えようによっては恋愛感情と家族愛、隣人愛を区別する意味がない、ということか? 誰も彼もが自分自身と同じなのだから、自己愛ですらあるわけなのか? ある意味究極の博愛かもしれないけど……人間には理解できないよな。

 なら真社会性を持つとはいえ雌雄の区別がある蜘蛛は性愛を持つのか? その疑問はもっともだ。
 しかし。
 決して。
 断言できる。
 蜘蛛には肉体的な性愛が存在しない。むしろ

 何故かって? 蜘蛛は交尾すると必ず雌が雄を食べるからだ。

 事実として千尋はそうしたし、事前に共食いを始める前にこれは殺人じゃないかオレに訪ねてきた。
 何故そうするのかは断言できない。もしかしたら体内のホルモンなどの関係で雄を捕食しないと産卵の準備ができないのかもしれない。あるいは蜘蛛の宗教的な理由かもしれない。
 なお、蜘蛛にとって雄の同族は交尾において食べられる存在であることが確定している。蜘蛛の雄は貧弱で産卵する以外の機能が著しく低い。性的二型というやつだ。
 より正確には矮小雄といい、雄が明らかに雌に比べて小さい状態を示している。……説明しなくても言葉だけでわかるか。

 こんな奴を生かしておいても大した役に立たない。ならさっさと食ってしまった方がいい。だから、オレも食べる許可を出した。つまりこれは殺人ではないと判断せざるを得ない。
 蜘蛛は交尾に際して快感ではなく交尾相手を捕食したいという食欲が発生する。蜘蛛の雌にとって雄の蜘蛛は恋愛対象ではなく、捕食対象でしかない。
 雑な言い方だと蜘蛛は愛がなくても子供を作ることができる。いや、蜘蛛に限らずありとあらゆる命は愛情がなくても生まれてくる。
 異論は認める。子供は愛の結晶だとか、愛がなければ子供は生まれてこないとか、愛があれば乗り越えられるとか、そんな風に思いたい人間もいるのは認めよう。そうであって欲しいという気持ちも無理ないのかもしれない。
 でも、それじゃあ望まずに産まれてしまった子供や、望んでも子供を授からない夫婦の気持ちをないがしろにしていないだろうか。
 ……穿ちすぎではあると思うけど。
 結論として地球で定義するなら、蜘蛛は無性愛者になるのかもしれない。
 無性愛とは他人を愛することができない病気、

 詳しく知らないけど、肉体的や精神的に異性、同性……もしかしたら両性も、ありとあらゆる「性」に惹かれない人間をさすらしい。
 友情も感じるし、かっこいいとか、かわいいとも感じる。感情が無いわけじゃない。ただ恋愛感情が無い。そういう個性を持っているだけ。
 誰かを愛せないことは悪いことじゃない。少なくとも地球の法律なら。
 ただしこれらはあくまでも地球の話。たった一つの生命体が文明を独占している地球の学問。そんなちっぽけな惑星でさえ、性に関わる嗜好と思考は千差万別で学問として成り立たせることさえ難しい。
 文明を持たない人間以外の生物も愛情は様々だ。交尾相手を捕食したり、多種多様な求愛行動を見せる。例えば、ライオンはリーダーを変えると群れの子供を殺すことがあるらしい。残酷に見えるし、愛情が無いとさえ感じるかもしれない。しかし、母ライオンが子供を育てる様子を見てライオンに愛情が無いと感じない人間はいないだろう。
 要するに愛情の概念が人間とは違う。
 ではもしも数々の知的生命体が闊歩する世界なら? 千差万別どころか億差兆別でも足りない。
 小春や千尋がオレに向ける感情の種類は多分父母に向ける愛情に近いんじゃないのか? 少なくとも精神的には人間のオレには理解できないから何とも言えない。多分それは人間が認識できる感情じゃないのだろう。
 何にせよ子供が生まれて千尋は嬉しそうにしているのだからきっと何の問題もない。
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