こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
120 / 509
第二章

117 空腹グラフィティ

しおりを挟む
 前回のラーテル戦の反省は何か。巣に固執してしまったことだ。
 さっさと戦わずに逃げればあんなことにはならなかった。もちろん追ってくる可能性を捨てきれなかったから戦ったのも事実だけど、三十六計逃げるに如かずだ。
 でももっといいのはそもそも見つからないこと。そうすれば何もする必要はない。実は作戦はすでに始まっている。さっきの殿たちは巣にまっすぐ帰らせずに見当違いの方向に進ませていた。
 さらに足跡なんかもわけのわからない方向につけて混乱させる。上手くいけば何もない場所を延々と探すだろう。さらに念のためにオレはこんなこともあろうかと作っておいた新しい巣に避難する。テゴ村から収穫した作物、重要な発明、あとオレの妹弟の死体とかその他の重要なものも持っていく。
 これで少なくともオレが死ぬことはない。後は誰が残るかだけど……。

「妾は残るぞ」
「私も残ったほうがいいかなー」
「前へ進むことは決まっている。すでに」
「wwにはwwしない」
 小春はともかく千尋には避難してもらいたかったな。今の蜘蛛には千尋以外に指揮を執れる奴がいない。蟻の幹部候補は何人かいるけど蟻以外の幹部になれる奴は一人しかいない。こんな土壇場になってからそれに気づく当たりやっぱ思考力が足りんな。
「風子は残る。誠也は避難……でいいんだよな?」
「進もうか」
「ww」
 やっぱりこいつらの話し方はよくわからん。ま、いざとなれば全員で逃げればいいか。農作物とか色々あるからなるべく残るつもりだけどな。
「紫水。それはそうと逃げているばかりではいつまでたっても奴らは退かんのではないか?」
 千尋からある意味当然の疑問が投げかけられた。こいつのいい所は疑問に思ったことをちゃんと質問することだな。好奇心と向上心があるということ。きっとそれは素晴らしい素質だ。
 こいつならちゃんと孫さんの兵法の一つ、戦わずして勝つ、が理解できるはずだ。

「いや。ヒトモドキの組織力にもよるけど、長期戦に持ち込めば間違いなくこっちの勝ちだ。何しろあの村には大した食料の備蓄はない」
 テゴ村の占領中に確認したけど、あの村の保存食などはかなり少ない。台風のせいで一部の作物が採れなかったりしたせいで、保存食を食べざるを得なかったのかもしれない。とどめにトカゲだ。ここまでくれば占領中に大体食べつくしてしまったはずだ。
 田んぼの米はまだ収穫できない。渋リンみたいに年中収穫できるんじゃなくて、一度に大量に収穫できる魔物のようだから食料を増やす方法がない。
 そこでせいぜい数日分の食料くらいしか用意していない兵隊がやってくればどうなるか。
「あいつらはそのうち食い物がなくなって自滅する。それまで粘ればいい」
「でも他の場所から食料が運ばれたらどうするの」
 小春の厳しい指摘。補給線を整えるだけの頭と後方人員がいればこの策は水泡に帰す。
「そん時は逃げた方がいいかもな。そのためにも主だった道には見張りをつけておこう。できればオレたちの情報を持っていかれたくないからテゴ村に来る奴は放置してもいいけど、外に出る奴はなるべく殺そう。納得できたか?」
 もちろんできれば全滅させた方がいいけど損害の方が大きければ逃げるのが良い戦術だ。今のところ兵隊の数は向こうの方が多い。相手が弱るまではしばらく嫌がらせに徹する。
「うむ」
「はーい」
 意思統一とホウレンソウができている組織は健全な組織。それが例えワンマンでも命の危機が山もりでも決してブラックではない。

 お? 道を見張ってる蟻から早速連絡がきたぞ?
「紫水。百人くらいのヒトモドキが来たよ。格好は普通の村人みたい」
 まじで? やっぱり他の村から徴兵してたのか。ただの野武士の集団にしか見えないけどアレが騎士団なんだよな。多分村人を傭兵みたいな一兵卒にして聖職者を指揮官に置く方式なんだろう。
 どこぞの雷光がいたカルタゴの軍隊とかはそんな感じの軍隊だったらしい。騎士団のトップが聖職者になるのが宗教国家であるゆえんだな。傭兵や徴発した農民は士気が低いらしいけどその辺はどうしてるのかな。
 にしてももう五百人以上のヒトモドキがいるのか。きっと補給担当は今ごろ頭を抱えているだろうな。これからどんどん頭を悩ませてもらわないとな。



 騎士団の副団長に任命され、食料や物資の管理を一任されたアグルは思わず呻いてた。理由は単純明快。食料があまりにも足りなかったからだ。
「何故この村には食料がこれだけしかない? 蟻どもが奪ったのか?」
「いえ、奴らは神の恩寵より賜りし我らの食物には手をつけなかったようです。神の威光に恐れ慄いたのでしょう」
 アグルと会話しているのは修道士でテゴ村の村長の右腕に当たる女性だった。途中から中身のなくなった返答を聞き流し、そのまま質問を続ける。
「では何故。食料がない?」
 その疑問に、むしろきょとんとした顔をする。
「何を言うのですか? アグル様が買い取ったからではないですか」
「…………」
 アグルは前年壊滅した村を立て直すために冬でも活動できるだけの食料などを近隣の村から買い漁った。
 当然ながらそこにはテゴ村も含まれる。当然と言われれば当然の事実だが失念していた。
「ではその金で食料を買えばよいはずだ」
 アグルが食料を購入する際には明らかに足元を見られた値段だった。事情が事情なので文句は言えなかったが……。
「村長は銀の聖女様とあなたが熊を討伐した資金を使って記念碑や像などを作ろうとしていたようです。我らもそのためなら多少の節制は喜んで行いましょう」
 そう語る女性はむしろ誇らしそうだが、アグルとしては大いに疑問だ。
 実は今年の食料の相場は例年よりも高い。一つはリブスティによって食料が王都に集中したためだ。そしてもう一つは嵐のせいだ。
 不作の見通しが強くなるにつれ、米をはじめとする穀物の値段がさらに跳ね上がっていった。その値段はアグルが買い取った値段よりも高かったかもしれない
 何ということはない。村長は渋ったのだ。
 一度得た大金を手放すのは難しい。しかもそれがかつて売ったものを高値で買い戻すためならば躊躇ってしまうのも無理はないだろう。
 ただそれが許されるのはただの村人だったならば。長たる者なら多少の損をしてでも自分の村民を守るべきだと思うのだが。
(チッ、これでは短期決戦を狙うしかないな。長引けばこちらが不利になる。あの女はそのことを理解して……)
「アグル様!」
「どうした」
 猛烈に感じる嫌な予感を振り払おうとしつつ、問い返す。
「お喜びください! また増援が到着しました! これもティマチ様と騎士団、ひいては教皇様の威光でしょう!」
 どこを喜べというのだ! 危うくそう怒鳴りつけそうになったが必死で自制する。この状況で人数が増えても足かせが増えるだけだが、それを理解している人間がこの場にいるとも思えない。
「そうか。私が会いに行こう」

 早足で歩きながら今後の策を必死で練る。
(くそ、何にせよ食料が足りん。このままでは三日持たん。何とかして食料を確保しなければ。収穫できる時期ではないが米を刈り取るしかない。それでもこのままではただの無駄死――――)
 不意に、アグルの脳裏を途轍もなく冷酷な思考がよぎり、慄然とする。
(まさか、そうなのか?)
 考えついたアグルでさえ寒気がするその思考を否定する根拠はどこにもなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...