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第四章
213 オールナイト高原
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はっはー。そうかそうか弟かあ。
鷲と戦ったのもう二年くらい前だぜ? なんてこった。こんな展開になるとか予想してねえよ。
「ていうか何で死んだってわかったんだ?」
「奴の許嫁が奴を訪ねた時、奴の巣は空になっていた。そしてそれから消息が掴めん。それだけで十分であろう?」
確かにな。便りがないのは良い便りなんて時代でもない。
「あー、もしかして報復とか考えてたりするのか?」
「無論。弟を殺されては黙っていられんよ」
ですよねー。
「具体的にどうすんの? この場で殺し合うのか?」
「そんなことはせんさ。ここはカンガルーの領地だ」
ここで戦えばよくて両成敗、悪ければ鷲が罰せられる。
「まさかティラミスで恨みを晴らそうってか?」
「そうだとも。主らは我らの領地を指名しろ。どれだけ参加料が少なくとも貴様を決闘の相手に選ぼう」
オレたちが領地を持っていればそこに戦いを挑むという選択肢もあったかもしれないけどオレたちは新規参入者。オレたちが決闘を挑むことを待つしかない。
「それ、いいのか?」
マーモットへの問い。
「構いません。決闘の相手に誰を指名するかは自由です。ただしだれも決闘を挑まなかった場合を除けば必ず一つは決闘の相手を指名しなければいけません」
なるほど。ルール的な問題はないわけだ。オレたちとしては願ってもない話だ。ローコストで土地をゲットできるチャンス。これを逃す手はない。
「けどそれってお前たちの種族にとって重要な決断だろ? お前が勝手に決めていいのか?」
「心配せんでいい。誰も文句は言わんさ。何故なら――――」
「なぜなら?」
「私が我らの三大部族の一つ。石の部族の長だからな!」
長? オウ。あーゆーきんぐ?
あいきるきんぐぶらざー?
やっちまったぜ?
いやいやしゃれならんて。なんか知らんうちに族長の弟殺してたとかそんな話ある? それなんて因果応報?
「てかそもそもお前、オレが下手人だって見当をつけてたな……?」
多分オレたちが西から来たことを悟ってそこから自分の弟を殺した犯人を予想したんじゃないだろうか。流石に族長がそんな気軽に動くとも思えない。
「おうともさ」
つまりこの会談はほぼこいつの思う通りに進行していたわけだ。そうとも気付かずにオレはペラペラしゃべっちまったと。
全く持って情けない。いやいやこれは鷲の族長が一枚上手だっただけ。オレも見習わなければ。相手に騙されたのなら悔しがるよりも先にその手練手管を学ばなければいけない。
……ま、今すぐは無理だけどさ。
「大したもんだな。それで? お前が直々に相手をしてくれるのか?」
「そうしたいのはやまやまだがのう。我らの掟で族長はティラミスに参加することができん。が、我が一族の精鋭を貴様と戦わせよう」
その言葉と共に大きく翼を広げ、音もなくはばたき始める。どうやら話したいことは大体終わったらしい。と思ったらいきなりこんなことを聞いてきた。
「我が弟の散り際はどうだった?」
「捕まえようとしたけどしくじった。わざと命を絶ったのかもな」
「そうか――――」
その言葉の意味ははっきりしない。寂しいような、それとも誇らしく思っているような、そんな気がした。
「ならばよし! 石の部族の長ケーロイの名において誓おう! 我らは存分に戦うと!」
少なくともこいつ自身は恨みつらみで復讐しようというつもりはないらしい。
なら何故? そう思わなくもないけれど、まあ色々あるんだろう。
ごう、と風が渦巻くと鷲の巨体を空へと運んでいった。あっという間に砂粒のような点になる。
「なかなか気持ちのよい御仁でしたな」
「まあな」
他の女王蟻から翻訳された会話を聞いていた翼の感想だ。ま、確かにジメジメしたところがないってのはいい。やれ報復だの卑劣だのと叫ぶ連中程自分の行為を省みないもんだからな。
「もしや紫水はあのような御方がお好みで――――」
はい話題転換! これ以上言わせないぞ!
「と、ところで和香。お前なんか口数が少なくないか?
というか最初からついてきていたはずのカッコウたちはみんな押し黙ったままだった。具合でも悪いのか?
「コッコー。鷲の方々を見ているとどうも……」
言い淀む和香。鷲に怯えているのかな?
「こう……何かを突き落としたくなるような衝動に駆られます」
…………。
カッコウには托卵という習性がある。
……まあ、うん。
「その衝動だけは押さえておいてくれ……頼むから」
万が一にも鷲の卵にあれやこれやしてしまったら国際問題確定。……なんで味方に不安を感じなきゃいけないんだ?
はいもっかい話題転換。
「カンガルー。鷲たちはいっつもああなのか?」
「ヴェヴェ! あの方はいつもああですな!」
カンガルーは筋肉をさらけ出したまま称賛する。
短いやり取りだったけど鷲の事情はわかったし、魔法の特徴も推測ならできる。あとはカンガルーだ。こいつらの魔法はなんだ?
……なんかもうめんどくさくなってきたな。
うん、やっぱりオレに腹の探り合いとか無理だ。直球で行ってみよう。
というかその前に大事なことを聞いていなかった。
「カンガルー。お前の名前は?」
「ヴェ!」
背中を見せつけるようなポージング! ……まさかとは思うけど……?
「それ、名前か?」
「ヴェ!」
よりいっそう誇らしげだ! うわあいこいつらポーズが名前だよ。こんなもんどうやって記録に残せってんだ!?
あーあれだ、確かボディビルのダブルバイセップスとかいうポーズに似てる。
「あーそれでお前はカンガルーのなんだ? まさかお前も王様か?」
一応初めて見る魔物の相手を任されているからそれなりに大物ではあるはずだ。
「まさか! そのようなことはないですぞ!」
ちゃうんかい。
「ただの戦士長!」
再びのダブルバイセップス! ……もうなんか慣れてきた。
「戦士長って偉いのか……?」
「いえ! 私を含めて五人の戦士長がいますな!」
逆に言えば五人しかいないのか。
この場に集まってるだけでも結構カンガルーはいるぞ?
「お前も部族ごとのグループに分かれたりしているのか?」
「いえ! 我々は鷲の方々のように異なる部族で争うようなことはしません!」
へー、鷲はいろんな部族があるのか。ケーロイも石の部族とか言ってたしな。でもカンガルーは一つにまとまっているのか? ってことは何か? この高原全体で一つのグループとしてまとまっているわけか? その中の五人の一人?
「めっちゃ偉い奴じゃん」
「何をおっしゃいますか。紫水は我がエミシの王ではありませんか」
「フォローはありがたいけどしれっと独り言に反応すんのやめてくれ翼」
普通に聞くだけでもささっと答えてくれるんだな。まあ隠すほどのことでもないのか?
「それでお前たちはどんな風に戦うんだ?」
ど真ん中ストレート連発。流石に答えないか――――
「ヴェ! お見せしましょう!」
……普通にカンガルーボクシング始めやがりましたよ。
さっきの鷲のことがあるから警戒してたけど……どうもこいつらは本当にただの脳筋みたいだ。
しばらくカンガルーの戦いを翼と眺める。
「勢いを受け止め、その勢いを自分の体に乗せる魔法、でしょうか」
「大体そんな感じだろうな」
運動エネルギーを吸収し、そのエネルギーを使って自分の体を加速させる。攻撃と防御の両方に使える魔法だ。
多分だけどこの魔法はヒトモドキの魔法と相性がいい。同じ運動エネルギーを扱う魔法で、優先順位はヒトモドキの魔法よりカンガルーの優先順位の方が高そうだ。
多分、こうやって相性のいい魔法を持った魔物がいたことがヒトモドキの進出を阻んだ理由の一つだろう。
「ところで紫水」
「何だ?」
「これはいつになったら終わるのです……?」
「……そんなことオレに言われてもな」
カンガルーたちのぶつかり合いは一向に終わる気配を見せない。
「ヴェヴェ!」
「ヴェー!」
「ヴェッ!」
結局、カンガルーの戦いが終わったのは夜が明けてからだった。
ちなみに、カンガルーは種類にもよるかもしれないけどどちらかと言うと夜行性だ。翼が訪ねたのは昼。
……せめて夜に訪問させるべきだったな。
鷲と戦ったのもう二年くらい前だぜ? なんてこった。こんな展開になるとか予想してねえよ。
「ていうか何で死んだってわかったんだ?」
「奴の許嫁が奴を訪ねた時、奴の巣は空になっていた。そしてそれから消息が掴めん。それだけで十分であろう?」
確かにな。便りがないのは良い便りなんて時代でもない。
「あー、もしかして報復とか考えてたりするのか?」
「無論。弟を殺されては黙っていられんよ」
ですよねー。
「具体的にどうすんの? この場で殺し合うのか?」
「そんなことはせんさ。ここはカンガルーの領地だ」
ここで戦えばよくて両成敗、悪ければ鷲が罰せられる。
「まさかティラミスで恨みを晴らそうってか?」
「そうだとも。主らは我らの領地を指名しろ。どれだけ参加料が少なくとも貴様を決闘の相手に選ぼう」
オレたちが領地を持っていればそこに戦いを挑むという選択肢もあったかもしれないけどオレたちは新規参入者。オレたちが決闘を挑むことを待つしかない。
「それ、いいのか?」
マーモットへの問い。
「構いません。決闘の相手に誰を指名するかは自由です。ただしだれも決闘を挑まなかった場合を除けば必ず一つは決闘の相手を指名しなければいけません」
なるほど。ルール的な問題はないわけだ。オレたちとしては願ってもない話だ。ローコストで土地をゲットできるチャンス。これを逃す手はない。
「けどそれってお前たちの種族にとって重要な決断だろ? お前が勝手に決めていいのか?」
「心配せんでいい。誰も文句は言わんさ。何故なら――――」
「なぜなら?」
「私が我らの三大部族の一つ。石の部族の長だからな!」
長? オウ。あーゆーきんぐ?
あいきるきんぐぶらざー?
やっちまったぜ?
いやいやしゃれならんて。なんか知らんうちに族長の弟殺してたとかそんな話ある? それなんて因果応報?
「てかそもそもお前、オレが下手人だって見当をつけてたな……?」
多分オレたちが西から来たことを悟ってそこから自分の弟を殺した犯人を予想したんじゃないだろうか。流石に族長がそんな気軽に動くとも思えない。
「おうともさ」
つまりこの会談はほぼこいつの思う通りに進行していたわけだ。そうとも気付かずにオレはペラペラしゃべっちまったと。
全く持って情けない。いやいやこれは鷲の族長が一枚上手だっただけ。オレも見習わなければ。相手に騙されたのなら悔しがるよりも先にその手練手管を学ばなければいけない。
……ま、今すぐは無理だけどさ。
「大したもんだな。それで? お前が直々に相手をしてくれるのか?」
「そうしたいのはやまやまだがのう。我らの掟で族長はティラミスに参加することができん。が、我が一族の精鋭を貴様と戦わせよう」
その言葉と共に大きく翼を広げ、音もなくはばたき始める。どうやら話したいことは大体終わったらしい。と思ったらいきなりこんなことを聞いてきた。
「我が弟の散り際はどうだった?」
「捕まえようとしたけどしくじった。わざと命を絶ったのかもな」
「そうか――――」
その言葉の意味ははっきりしない。寂しいような、それとも誇らしく思っているような、そんな気がした。
「ならばよし! 石の部族の長ケーロイの名において誓おう! 我らは存分に戦うと!」
少なくともこいつ自身は恨みつらみで復讐しようというつもりはないらしい。
なら何故? そう思わなくもないけれど、まあ色々あるんだろう。
ごう、と風が渦巻くと鷲の巨体を空へと運んでいった。あっという間に砂粒のような点になる。
「なかなか気持ちのよい御仁でしたな」
「まあな」
他の女王蟻から翻訳された会話を聞いていた翼の感想だ。ま、確かにジメジメしたところがないってのはいい。やれ報復だの卑劣だのと叫ぶ連中程自分の行為を省みないもんだからな。
「もしや紫水はあのような御方がお好みで――――」
はい話題転換! これ以上言わせないぞ!
「と、ところで和香。お前なんか口数が少なくないか?
というか最初からついてきていたはずのカッコウたちはみんな押し黙ったままだった。具合でも悪いのか?
「コッコー。鷲の方々を見ているとどうも……」
言い淀む和香。鷲に怯えているのかな?
「こう……何かを突き落としたくなるような衝動に駆られます」
…………。
カッコウには托卵という習性がある。
……まあ、うん。
「その衝動だけは押さえておいてくれ……頼むから」
万が一にも鷲の卵にあれやこれやしてしまったら国際問題確定。……なんで味方に不安を感じなきゃいけないんだ?
はいもっかい話題転換。
「カンガルー。鷲たちはいっつもああなのか?」
「ヴェヴェ! あの方はいつもああですな!」
カンガルーは筋肉をさらけ出したまま称賛する。
短いやり取りだったけど鷲の事情はわかったし、魔法の特徴も推測ならできる。あとはカンガルーだ。こいつらの魔法はなんだ?
……なんかもうめんどくさくなってきたな。
うん、やっぱりオレに腹の探り合いとか無理だ。直球で行ってみよう。
というかその前に大事なことを聞いていなかった。
「カンガルー。お前の名前は?」
「ヴェ!」
背中を見せつけるようなポージング! ……まさかとは思うけど……?
「それ、名前か?」
「ヴェ!」
よりいっそう誇らしげだ! うわあいこいつらポーズが名前だよ。こんなもんどうやって記録に残せってんだ!?
あーあれだ、確かボディビルのダブルバイセップスとかいうポーズに似てる。
「あーそれでお前はカンガルーのなんだ? まさかお前も王様か?」
一応初めて見る魔物の相手を任されているからそれなりに大物ではあるはずだ。
「まさか! そのようなことはないですぞ!」
ちゃうんかい。
「ただの戦士長!」
再びのダブルバイセップス! ……もうなんか慣れてきた。
「戦士長って偉いのか……?」
「いえ! 私を含めて五人の戦士長がいますな!」
逆に言えば五人しかいないのか。
この場に集まってるだけでも結構カンガルーはいるぞ?
「お前も部族ごとのグループに分かれたりしているのか?」
「いえ! 我々は鷲の方々のように異なる部族で争うようなことはしません!」
へー、鷲はいろんな部族があるのか。ケーロイも石の部族とか言ってたしな。でもカンガルーは一つにまとまっているのか? ってことは何か? この高原全体で一つのグループとしてまとまっているわけか? その中の五人の一人?
「めっちゃ偉い奴じゃん」
「何をおっしゃいますか。紫水は我がエミシの王ではありませんか」
「フォローはありがたいけどしれっと独り言に反応すんのやめてくれ翼」
普通に聞くだけでもささっと答えてくれるんだな。まあ隠すほどのことでもないのか?
「それでお前たちはどんな風に戦うんだ?」
ど真ん中ストレート連発。流石に答えないか――――
「ヴェ! お見せしましょう!」
……普通にカンガルーボクシング始めやがりましたよ。
さっきの鷲のことがあるから警戒してたけど……どうもこいつらは本当にただの脳筋みたいだ。
しばらくカンガルーの戦いを翼と眺める。
「勢いを受け止め、その勢いを自分の体に乗せる魔法、でしょうか」
「大体そんな感じだろうな」
運動エネルギーを吸収し、そのエネルギーを使って自分の体を加速させる。攻撃と防御の両方に使える魔法だ。
多分だけどこの魔法はヒトモドキの魔法と相性がいい。同じ運動エネルギーを扱う魔法で、優先順位はヒトモドキの魔法よりカンガルーの優先順位の方が高そうだ。
多分、こうやって相性のいい魔法を持った魔物がいたことがヒトモドキの進出を阻んだ理由の一つだろう。
「ところで紫水」
「何だ?」
「これはいつになったら終わるのです……?」
「……そんなことオレに言われてもな」
カンガルーたちのぶつかり合いは一向に終わる気配を見せない。
「ヴェヴェ!」
「ヴェー!」
「ヴェッ!」
結局、カンガルーの戦いが終わったのは夜が明けてからだった。
ちなみに、カンガルーは種類にもよるかもしれないけどどちらかと言うと夜行性だ。翼が訪ねたのは昼。
……せめて夜に訪問させるべきだったな。
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