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第二章
第9話 お見送り
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三人とも上品に箸を動かしながら食べる。
「あ、この玄米お父さんが送ったやつ?」
「そ。せっかくだから使わせてもらったわ。佳穂のお父さんはお米の加工とか流通の仕事してるのよ」
「だからあたしもご飯が好きなんだよねー。あ、でもこの千切り大根としめじのお味噌汁もよくご飯にあってるよー」
ありがと、と葵は小さく礼を言った。
「なるほど。このお魚……変わった味ですね。さわやかで……柑橘類ですか? ふっくらと焼けています」
「幽庵焼き。醤油とか日本酒にカボスを加えてから漬け込んで焼く料理よ。江戸時代の茶人が考案した料理だったかしら」
ちなみに上手に焼けているのは新しいオーブンのおかげだ。以前チャレンジした時はつけ汁でべしゃっとなっていた。新型家電万歳。
経費で落としてくれた特別獣害対策委員会ありがとう。
「ほへー。多分食べたことはあったんだけどそういう由来があったんだねー」
「私は名前を聞くのも初めてだと思います」
「あんた外国暮らしだったんでしょう? 知らなくてもしょうがないんじゃない?」
「へー、五月ちゃん外国にいたの?」
「はい。いろんな国を転々としていました。もともと、母型の祖母が北欧出身らしいですね」
きらりと光る碧眼が佳穂と葵の二人を捉えた。たしかに日本人には珍しい色だろう。
「例えば、どこにいたの?」
「一番長く滞在したのはフランスでしょうか。北欧や中東にも滞在したことがあります」
「ほへー。あたし、日本から出たことないから全然想像できないや」
「同感ね。あら? さつま?」
テーブルの下、葵のひざ元からひょっこりとさつまが顔を出した。
「ありゃ。さっきカリカリあげたんだけどねー。まだ食べたいのかな?」
「今朝も食べたから今ごはんあげると確実に食べすぎよね。さつま、あんまり見つめないで!」
一般的に猫は人を見上げたり見つめたりするときには餌をねだっているとされる。その上目遣いの誘惑に耐えきれない飼い主も多いだろう。
「ちょっとさつまちゃん引き離すねー。このままだと葵ちゃんがご飯あげそうだし。はいはい、葵ちゃんも残念そうな顔しない」
(……なんだかお姉さんみたいですね)
葵をたしなめる佳穂を見て、五月はそんな感想を抱いた。
デザートとしてイチゴを食べて全員の腹が膨れたらしい。
のんびりと会話している。
「五月ちゃんはこれでブラッシングはおっけーだね。次はシャワーかな」
「あんた、シャワーの経験は?」
「ペットサロンに任せてます」
「……素人が下手にやるよりましかしら」
「まあねー。でもある程度自分でやっておいた方がいいと思うよ。いざって時に自分でしなきゃいけないこともあるし。あたしも熱帯魚の水槽掃除し終わった後に水入れたんだけど……」
「カルキ抜きをし忘れたとかですか?」
「鋭いねー、五月ちゃん。お魚にとって致命的ってわけじゃないんだけど、塩素が水槽の環境悪くしちゃうんだよねー。お父さんが気づいてくれて何とかなったんだけどねー。葵ちゃんは失敗談みたいなものってある?」
「失敗っていうか……もともとわたし、さつまとアワビに料理作ってあげるためにお母さんに料理教わったのよね」
「え? それって人間の料理ですよね」
「そうよ。普通の料理」
「あー……」
五月と佳穂はどういう経緯をたどり、どんな結末を迎えるのか想像がつき始めた。
「わたしは毎日料理の練習したわ。お母さんに料理が上手くなったらいつか猫に料理を作ってもいいって。でもある日他の猫飼ってた子にこう言われたの」
「「猫は人の料理を食べられない」」
佳穂と五月が全く同じ言葉を同じタイミングで完全にハモらせた。
「そうなのよ! お母さんもお父さんもわたしに料理の勉強をさせるために嘘ついてたのよ! ひどくない!?」
佳穂はくすくすと笑い、五月は紅茶を飲んでごまかした。
「でもそれで葵ちゃんの料理をおいしいって言えるんだもん。あたしは感謝してるよ」
「そうね。悪いことばかりじゃないわよね」
葵は少し、寂しそうに、過去を眺めているようだった。
しばし沈黙が流れた後、佳穂が席を立った。
「んー、そろそろ帰らないといけないかなー」
「そう? 今日はありがとね」
「私もいろいろ勉強になりました」
「あははは。忠一ちゃんの様子がおかしかったりしたらすぐに言ってね。もちろん、忠一ちゃん以外の相談もおっけーだよー」
「もしかしたら相談するかもね」
三人が席を立ち、玄関に向かうとアポロとさつまもついてきた。
「お、おおー、す、すごい。アポロちゃんもさつまちゃんも初対面のあたしをお見送りしてくれてるの?」
「アポロちゃんはそうじゃない? さつまは……気まぐれかしら」
猫だからねー、と佳穂も笑いながら同意する。
「じゃあね、葵ちゃん、五月ちゃん、アポロちゃん、さつまちゃん。忠一ちゃんも! 今日は楽しかったよ! 今度は学校で会おうね!」
手を振りながら玄関の扉が閉まる。
それだけで真夜中になったように静かになった。
「……それにしても明るい方でしたね」
「そうね。あんたも付き合いやすいでしょ」
「……もしかしてそういう目的もあったのですか?」
「一応ね」
もろもろの事情で五月は葵の学校に転校することになっている。今回佳穂を招いたのはその顔合わせの意味合いもあった。
「……もしかして献立を変えたのは佳穂さんを気遣ってのことですか?」
「ん。最近ダイエットしてるらしかったから、カロリー抑えめにしてみたの。わたし、ダイエットの経験ないからよくわかんないけど、辛いのよね?」
「……驚きました。あなた、意外と気を遣うんですね」
「失礼ね。まあでも打算もあるわ。もしも私が不慮の事故にあったとき、さつまや忠一ちゃんの面倒を見てくれる人がいるでしょ」
単純な事故という意味だけではない。
今葵が巻き込まれている戦いはオーナー、つまり葵や五月が命を落とす可能性はある。万が一の保険。
それを佳穂にひっそりと託していたのだ。
(本当に……皆本さんにとってはさつまが一番大事なんでしょうね……)
五月はそういう葵の迷いのなさに対して尊敬の念を感じているし、葵が顔を認識できないからこそ何の気もなく話しかけてくれることをありがたく思う。
だが、このいびつな関係がいつまで続くのか。
それに対する不安は消えなかった。
「あ、この玄米お父さんが送ったやつ?」
「そ。せっかくだから使わせてもらったわ。佳穂のお父さんはお米の加工とか流通の仕事してるのよ」
「だからあたしもご飯が好きなんだよねー。あ、でもこの千切り大根としめじのお味噌汁もよくご飯にあってるよー」
ありがと、と葵は小さく礼を言った。
「なるほど。このお魚……変わった味ですね。さわやかで……柑橘類ですか? ふっくらと焼けています」
「幽庵焼き。醤油とか日本酒にカボスを加えてから漬け込んで焼く料理よ。江戸時代の茶人が考案した料理だったかしら」
ちなみに上手に焼けているのは新しいオーブンのおかげだ。以前チャレンジした時はつけ汁でべしゃっとなっていた。新型家電万歳。
経費で落としてくれた特別獣害対策委員会ありがとう。
「ほへー。多分食べたことはあったんだけどそういう由来があったんだねー」
「私は名前を聞くのも初めてだと思います」
「あんた外国暮らしだったんでしょう? 知らなくてもしょうがないんじゃない?」
「へー、五月ちゃん外国にいたの?」
「はい。いろんな国を転々としていました。もともと、母型の祖母が北欧出身らしいですね」
きらりと光る碧眼が佳穂と葵の二人を捉えた。たしかに日本人には珍しい色だろう。
「例えば、どこにいたの?」
「一番長く滞在したのはフランスでしょうか。北欧や中東にも滞在したことがあります」
「ほへー。あたし、日本から出たことないから全然想像できないや」
「同感ね。あら? さつま?」
テーブルの下、葵のひざ元からひょっこりとさつまが顔を出した。
「ありゃ。さっきカリカリあげたんだけどねー。まだ食べたいのかな?」
「今朝も食べたから今ごはんあげると確実に食べすぎよね。さつま、あんまり見つめないで!」
一般的に猫は人を見上げたり見つめたりするときには餌をねだっているとされる。その上目遣いの誘惑に耐えきれない飼い主も多いだろう。
「ちょっとさつまちゃん引き離すねー。このままだと葵ちゃんがご飯あげそうだし。はいはい、葵ちゃんも残念そうな顔しない」
(……なんだかお姉さんみたいですね)
葵をたしなめる佳穂を見て、五月はそんな感想を抱いた。
デザートとしてイチゴを食べて全員の腹が膨れたらしい。
のんびりと会話している。
「五月ちゃんはこれでブラッシングはおっけーだね。次はシャワーかな」
「あんた、シャワーの経験は?」
「ペットサロンに任せてます」
「……素人が下手にやるよりましかしら」
「まあねー。でもある程度自分でやっておいた方がいいと思うよ。いざって時に自分でしなきゃいけないこともあるし。あたしも熱帯魚の水槽掃除し終わった後に水入れたんだけど……」
「カルキ抜きをし忘れたとかですか?」
「鋭いねー、五月ちゃん。お魚にとって致命的ってわけじゃないんだけど、塩素が水槽の環境悪くしちゃうんだよねー。お父さんが気づいてくれて何とかなったんだけどねー。葵ちゃんは失敗談みたいなものってある?」
「失敗っていうか……もともとわたし、さつまとアワビに料理作ってあげるためにお母さんに料理教わったのよね」
「え? それって人間の料理ですよね」
「そうよ。普通の料理」
「あー……」
五月と佳穂はどういう経緯をたどり、どんな結末を迎えるのか想像がつき始めた。
「わたしは毎日料理の練習したわ。お母さんに料理が上手くなったらいつか猫に料理を作ってもいいって。でもある日他の猫飼ってた子にこう言われたの」
「「猫は人の料理を食べられない」」
佳穂と五月が全く同じ言葉を同じタイミングで完全にハモらせた。
「そうなのよ! お母さんもお父さんもわたしに料理の勉強をさせるために嘘ついてたのよ! ひどくない!?」
佳穂はくすくすと笑い、五月は紅茶を飲んでごまかした。
「でもそれで葵ちゃんの料理をおいしいって言えるんだもん。あたしは感謝してるよ」
「そうね。悪いことばかりじゃないわよね」
葵は少し、寂しそうに、過去を眺めているようだった。
しばし沈黙が流れた後、佳穂が席を立った。
「んー、そろそろ帰らないといけないかなー」
「そう? 今日はありがとね」
「私もいろいろ勉強になりました」
「あははは。忠一ちゃんの様子がおかしかったりしたらすぐに言ってね。もちろん、忠一ちゃん以外の相談もおっけーだよー」
「もしかしたら相談するかもね」
三人が席を立ち、玄関に向かうとアポロとさつまもついてきた。
「お、おおー、す、すごい。アポロちゃんもさつまちゃんも初対面のあたしをお見送りしてくれてるの?」
「アポロちゃんはそうじゃない? さつまは……気まぐれかしら」
猫だからねー、と佳穂も笑いながら同意する。
「じゃあね、葵ちゃん、五月ちゃん、アポロちゃん、さつまちゃん。忠一ちゃんも! 今日は楽しかったよ! 今度は学校で会おうね!」
手を振りながら玄関の扉が閉まる。
それだけで真夜中になったように静かになった。
「……それにしても明るい方でしたね」
「そうね。あんたも付き合いやすいでしょ」
「……もしかしてそういう目的もあったのですか?」
「一応ね」
もろもろの事情で五月は葵の学校に転校することになっている。今回佳穂を招いたのはその顔合わせの意味合いもあった。
「……もしかして献立を変えたのは佳穂さんを気遣ってのことですか?」
「ん。最近ダイエットしてるらしかったから、カロリー抑えめにしてみたの。わたし、ダイエットの経験ないからよくわかんないけど、辛いのよね?」
「……驚きました。あなた、意外と気を遣うんですね」
「失礼ね。まあでも打算もあるわ。もしも私が不慮の事故にあったとき、さつまや忠一ちゃんの面倒を見てくれる人がいるでしょ」
単純な事故という意味だけではない。
今葵が巻き込まれている戦いはオーナー、つまり葵や五月が命を落とす可能性はある。万が一の保険。
それを佳穂にひっそりと託していたのだ。
(本当に……皆本さんにとってはさつまが一番大事なんでしょうね……)
五月はそういう葵の迷いのなさに対して尊敬の念を感じているし、葵が顔を認識できないからこそ何の気もなく話しかけてくれることをありがたく思う。
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