迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
303 / 315
第四章 天命

第四十一話 墓

しおりを挟む
 きっかけは何気ない会話だった。天の牡牛を倒してから塔までの道中である。
「天に伸びる塔ねえ? 神々を迎えるジッグラトに似てるようで逆だよなあ?」
 ターハの益体の無い疑問にもエタは真面目に答えた。
「ジッグラトは神々を迎えるための場所ですからね。あれはむしろ、天につながる橋のように見えます」
「橋? あれがあたしには墓に見えるけど」
 ミミエルがなぜか不機嫌そうに言った。
「そう? 墓なら地下へと向かうものじゃない?」
 シャルラの言葉は一般的なメソポタミアの価値観である。
 死者の領域、すなわち冥界は地下にあるとされるのだ。
「いや、ミミエルの言うことも一理あるんじゃないかな。はるか西方にはジッグラトのような墓もあるらしいし」
 エタがいう墓とはピラミッドのことである。この時代のメソポタミアとエジプトはそれなりに親交があったと知られている。
 もっともピラミッドには礼拝、祭壇などの用途もあるため、純然たる墓というわけでもない。
「墓って言ってもいろいろあるのかよ。そういえばあれだな。アラッタの携帯粘土板があった部屋、あっただろ。あれも墓みたい……エタ?」
 ターハは言葉を切ってエタを覗き込んだ。彼の体からは膨大な汗が沸き上がっていた。
 ターハだけではない。突如として尋常ではない様子になったエタを全員が心配そうに見ていた。
 エタはひざまずき、冷汗をかき、がたがたと震えている。
「ちょっと。どうしたのよ」
「何かあったの?」
 ミミエルとシャルラが膝をつき、エタと視線を合わせる。
 しばらくしてエタはようやく声を絞り出した。かぼそく、絶対に仲間以外には聞こえない声の大きさで。
「ラマトさんが……擬態の魔人かもしれない」
 全員がぎょっとした。
 声をあげなかったのは他の誰にも悟らせないためだ。それは魔人が紛れ込んでいるという疑惑を外に広めないためでもあるが、万が一にも擬態の魔人に知られないためでもある。
 擬態の魔人とは因縁がある。
 擬態の魔人と交戦して敗北し、見逃される形になった。しかも擬態の魔人はもともとエタの姉で、ラバサルの弟子だったイレースなのだ。
 そもそもの話をすればエタがシュメールを立ち上げた目的は擬態の魔人を殺すことでもある。
 その魔人が今まで目の前で会話していたのだから驚くほかない。
「何か確信があるのか?」
 内心は動揺しながらも勤めて冷静にラバサルが尋ねる。
「アラッタの地下……携帯粘土板の中に、ラマトという名前がありました」
「確か……あの中にあった携帯粘土板は全部死んだ人のもののはずよね」
「うん。だからラマトという人間はすでに死んでいるはずなんだ。でも……擬態の魔人ならラマトさんそのものに成りすまして、携帯粘土板を再発行してもらうことが可能かもしれない」
 実際にラマトの携帯粘土板には再発行した証が刻んであった。
「あの戦いはかなり激しかったからな。誰が死んだかどうか、正確にわかるわけねえか」
 ターハが頭をがしがしと、焦りを押し隠すように語る。
「どうするの、エタ」
 ミミエルがオオカミの瞳で問うてくる。
 冬の寒さのように厳しい瞳だといつも思う。でも同時にその厳しさが背中を押すのだとエタ自身もわかっている。
 擬態の魔人を葬るのはエタの私情に過ぎない。あの塔を攻略するほうがよっぽど危急の用件である。
 何を優先するべきかは決まっている。
「絶対に確信があるわけじゃないし、塔の攻略に役立つのなら協力するべきだ。でも……擬態の魔人が敵対する可能性が高くて、なおかつ相手が偽物かどうか試す機会がある場合、合図を送るよ」
「合図?」
「うん。神印について何か尋ねる。ちゃんと持ってる? とか、ひもが緩んでる、とか。何でも。それと擬態の魔人の対策として……」

 あの時点では推測であり、まだ確信はなかった。しかし事情は変わった。
 擬態の魔人はあの塔の攻略を容認できない。
 なぜなら擬態の魔人は冒険者に擬態することを宿命づけられている。魔人の宿痾として自らの掟には逆らえない。
 そしてあの塔を登り、天命の粘土板を破壊すればすべての粘土板は失われる。
 そして冒険者憲章によると、冒険者は必ずギルドへの登録を必須とする。
 つまり、携帯粘土板がなければ自動的に冒険者が絶滅してしまうのだ。
 擬態の魔人は決してそれを容認できないはずだ。
 だからこそ、エタはかまをかけた。実際には裏道の攻略法はすでに多数の人々に話してある。事前準備が欠かせない作戦だからだ。
 命を担保にした嘘。
 普段のミミエルやシャルラなら無理やりにでも止めただろうが、擬態の魔人がいるとなれば黙っているしかなく……擬態の魔人はエタの仕掛けた罠にはまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...