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第四章 天命
第四十一話 墓
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きっかけは何気ない会話だった。天の牡牛を倒してから塔までの道中である。
「天に伸びる塔ねえ? 神々を迎えるジッグラトに似てるようで逆だよなあ?」
ターハの益体の無い疑問にもエタは真面目に答えた。
「ジッグラトは神々を迎えるための場所ですからね。あれはむしろ、天につながる橋のように見えます」
「橋? あれがあたしには墓に見えるけど」
ミミエルがなぜか不機嫌そうに言った。
「そう? 墓なら地下へと向かうものじゃない?」
シャルラの言葉は一般的なメソポタミアの価値観である。
死者の領域、すなわち冥界は地下にあるとされるのだ。
「いや、ミミエルの言うことも一理あるんじゃないかな。はるか西方にはジッグラトのような墓もあるらしいし」
エタがいう墓とはピラミッドのことである。この時代のメソポタミアとエジプトはそれなりに親交があったと知られている。
もっともピラミッドには礼拝、祭壇などの用途もあるため、純然たる墓というわけでもない。
「墓って言ってもいろいろあるのかよ。そういえばあれだな。アラッタの携帯粘土板があった部屋、あっただろ。あれも墓みたい……エタ?」
ターハは言葉を切ってエタを覗き込んだ。彼の体からは膨大な汗が沸き上がっていた。
ターハだけではない。突如として尋常ではない様子になったエタを全員が心配そうに見ていた。
エタはひざまずき、冷汗をかき、がたがたと震えている。
「ちょっと。どうしたのよ」
「何かあったの?」
ミミエルとシャルラが膝をつき、エタと視線を合わせる。
しばらくしてエタはようやく声を絞り出した。かぼそく、絶対に仲間以外には聞こえない声の大きさで。
「ラマトさんが……擬態の魔人かもしれない」
全員がぎょっとした。
声をあげなかったのは他の誰にも悟らせないためだ。それは魔人が紛れ込んでいるという疑惑を外に広めないためでもあるが、万が一にも擬態の魔人に知られないためでもある。
擬態の魔人とは因縁がある。
擬態の魔人と交戦して敗北し、見逃される形になった。しかも擬態の魔人はもともとエタの姉で、ラバサルの弟子だったイレースなのだ。
そもそもの話をすればエタがシュメールを立ち上げた目的は擬態の魔人を殺すことでもある。
その魔人が今まで目の前で会話していたのだから驚くほかない。
「何か確信があるのか?」
内心は動揺しながらも勤めて冷静にラバサルが尋ねる。
「アラッタの地下……携帯粘土板の中に、ラマトという名前がありました」
「確か……あの中にあった携帯粘土板は全部死んだ人のもののはずよね」
「うん。だからラマトという人間はすでに死んでいるはずなんだ。でも……擬態の魔人ならラマトさんそのものに成りすまして、携帯粘土板を再発行してもらうことが可能かもしれない」
実際にラマトの携帯粘土板には再発行した証が刻んであった。
「あの戦いはかなり激しかったからな。誰が死んだかどうか、正確にわかるわけねえか」
ターハが頭をがしがしと、焦りを押し隠すように語る。
「どうするの、エタ」
ミミエルがオオカミの瞳で問うてくる。
冬の寒さのように厳しい瞳だといつも思う。でも同時にその厳しさが背中を押すのだとエタ自身もわかっている。
擬態の魔人を葬るのはエタの私情に過ぎない。あの塔を攻略するほうがよっぽど危急の用件である。
何を優先するべきかは決まっている。
「絶対に確信があるわけじゃないし、塔の攻略に役立つのなら協力するべきだ。でも……擬態の魔人が敵対する可能性が高くて、なおかつ相手が偽物かどうか試す機会がある場合、合図を送るよ」
「合図?」
「うん。神印について何か尋ねる。ちゃんと持ってる? とか、ひもが緩んでる、とか。何でも。それと擬態の魔人の対策として……」
あの時点では推測であり、まだ確信はなかった。しかし事情は変わった。
擬態の魔人はあの塔の攻略を容認できない。
なぜなら擬態の魔人は冒険者に擬態することを宿命づけられている。魔人の宿痾として自らの掟には逆らえない。
そしてあの塔を登り、天命の粘土板を破壊すればすべての粘土板は失われる。
そして冒険者憲章によると、冒険者は必ずギルドへの登録を必須とする。
つまり、携帯粘土板がなければ自動的に冒険者が絶滅してしまうのだ。
擬態の魔人は決してそれを容認できないはずだ。
だからこそ、エタはかまをかけた。実際には裏道の攻略法はすでに多数の人々に話してある。事前準備が欠かせない作戦だからだ。
命を担保にした嘘。
普段のミミエルやシャルラなら無理やりにでも止めただろうが、擬態の魔人がいるとなれば黙っているしかなく……擬態の魔人はエタの仕掛けた罠にはまった。
「天に伸びる塔ねえ? 神々を迎えるジッグラトに似てるようで逆だよなあ?」
ターハの益体の無い疑問にもエタは真面目に答えた。
「ジッグラトは神々を迎えるための場所ですからね。あれはむしろ、天につながる橋のように見えます」
「橋? あれがあたしには墓に見えるけど」
ミミエルがなぜか不機嫌そうに言った。
「そう? 墓なら地下へと向かうものじゃない?」
シャルラの言葉は一般的なメソポタミアの価値観である。
死者の領域、すなわち冥界は地下にあるとされるのだ。
「いや、ミミエルの言うことも一理あるんじゃないかな。はるか西方にはジッグラトのような墓もあるらしいし」
エタがいう墓とはピラミッドのことである。この時代のメソポタミアとエジプトはそれなりに親交があったと知られている。
もっともピラミッドには礼拝、祭壇などの用途もあるため、純然たる墓というわけでもない。
「墓って言ってもいろいろあるのかよ。そういえばあれだな。アラッタの携帯粘土板があった部屋、あっただろ。あれも墓みたい……エタ?」
ターハは言葉を切ってエタを覗き込んだ。彼の体からは膨大な汗が沸き上がっていた。
ターハだけではない。突如として尋常ではない様子になったエタを全員が心配そうに見ていた。
エタはひざまずき、冷汗をかき、がたがたと震えている。
「ちょっと。どうしたのよ」
「何かあったの?」
ミミエルとシャルラが膝をつき、エタと視線を合わせる。
しばらくしてエタはようやく声を絞り出した。かぼそく、絶対に仲間以外には聞こえない声の大きさで。
「ラマトさんが……擬態の魔人かもしれない」
全員がぎょっとした。
声をあげなかったのは他の誰にも悟らせないためだ。それは魔人が紛れ込んでいるという疑惑を外に広めないためでもあるが、万が一にも擬態の魔人に知られないためでもある。
擬態の魔人とは因縁がある。
擬態の魔人と交戦して敗北し、見逃される形になった。しかも擬態の魔人はもともとエタの姉で、ラバサルの弟子だったイレースなのだ。
そもそもの話をすればエタがシュメールを立ち上げた目的は擬態の魔人を殺すことでもある。
その魔人が今まで目の前で会話していたのだから驚くほかない。
「何か確信があるのか?」
内心は動揺しながらも勤めて冷静にラバサルが尋ねる。
「アラッタの地下……携帯粘土板の中に、ラマトという名前がありました」
「確か……あの中にあった携帯粘土板は全部死んだ人のもののはずよね」
「うん。だからラマトという人間はすでに死んでいるはずなんだ。でも……擬態の魔人ならラマトさんそのものに成りすまして、携帯粘土板を再発行してもらうことが可能かもしれない」
実際にラマトの携帯粘土板には再発行した証が刻んであった。
「あの戦いはかなり激しかったからな。誰が死んだかどうか、正確にわかるわけねえか」
ターハが頭をがしがしと、焦りを押し隠すように語る。
「どうするの、エタ」
ミミエルがオオカミの瞳で問うてくる。
冬の寒さのように厳しい瞳だといつも思う。でも同時にその厳しさが背中を押すのだとエタ自身もわかっている。
擬態の魔人を葬るのはエタの私情に過ぎない。あの塔を攻略するほうがよっぽど危急の用件である。
何を優先するべきかは決まっている。
「絶対に確信があるわけじゃないし、塔の攻略に役立つのなら協力するべきだ。でも……擬態の魔人が敵対する可能性が高くて、なおかつ相手が偽物かどうか試す機会がある場合、合図を送るよ」
「合図?」
「うん。神印について何か尋ねる。ちゃんと持ってる? とか、ひもが緩んでる、とか。何でも。それと擬態の魔人の対策として……」
あの時点では推測であり、まだ確信はなかった。しかし事情は変わった。
擬態の魔人はあの塔の攻略を容認できない。
なぜなら擬態の魔人は冒険者に擬態することを宿命づけられている。魔人の宿痾として自らの掟には逆らえない。
そしてあの塔を登り、天命の粘土板を破壊すればすべての粘土板は失われる。
そして冒険者憲章によると、冒険者は必ずギルドへの登録を必須とする。
つまり、携帯粘土板がなければ自動的に冒険者が絶滅してしまうのだ。
擬態の魔人は決してそれを容認できないはずだ。
だからこそ、エタはかまをかけた。実際には裏道の攻略法はすでに多数の人々に話してある。事前準備が欠かせない作戦だからだ。
命を担保にした嘘。
普段のミミエルやシャルラなら無理やりにでも止めただろうが、擬態の魔人がいるとなれば黙っているしかなく……擬態の魔人はエタの仕掛けた罠にはまった。
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