【完結】蘭姫と薬花の国

神谷さや

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勅命

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 二人の傭兵が長剣を構え、一斉に飛び出す。カトレアは剣の柄あたりに狙いを定めようと試みるが、間合いは瞬時に狭まる。

「掴まっていろ!」

 ジャックの一声で、カトレアは弓を握ったまま背中にしがみついた。傭兵が繰り出す長剣をジャックの短剣が巧みに弾き返し、金属が交わる音が絶えず鳴り響く。

 騎馬兵に対し、短剣は相手に届かず戦場で不利となる。ジャックも長剣を携えているのにもかかわらず、一向に持ち替えようとしない。

 二人の傭兵を相手取り、さらに背後にカトレアを乗せたジャックは、思ったように動くことが出来ず手一杯となっている。兵役に服したことのないレイは人間相手に剣を向けるのをためらっているようで、固唾をのんで攻防を目で追っている。

 すると、片方の傭兵の手甲がカトレアに伸びた。斜めに掛けた矢筒のベルトを引っ張られ、胸が締め付けられる。仰け反った拍子に矢が数本地面に散った。

「ぐっ……!」

 ジャックと引き剥がされないようしがみつくが、ベルトがめり込み長くは耐えられそうにない。ジャックが刃を交えていた傭兵に馬ごと体当たりを食らわせると、カトレアにまとわりつく傭兵の腕を柄で思い切り叩いた。ひるんだ隙に間を走り抜け、間合いを取る。

「ぼけっとするな! お前を引きずり下ろせば、奴らは心置きなく俺を殺しにかかる。だから離れるな!」

 ジャックの叱責は真に迫っていた。カトレアはベルトのあたりを押さえながら、出来るだけジャックにしがみついた。傭兵二人も体制を立て直し、砦の前に立ちはだかる。レイが青ざめた顔で傭兵たちに息巻いた。

「お前たち、あくまで標的はあの男のみだ。カトレア様を傷つけるような真似をしたら」
「あんたに指図される覚えはねえよ、新緑の騎士殿」

 眉をひそめるレイに、傭兵の一人がせせら笑った。

「オレたちはイーデン様の命令で、あんたについて来ただけだ。あんたにとっては大事な蘭姫様かもしれねえが、こんな小娘を丁重に扱うような指示は一切されてねえよ」

 もう一人の傭兵も、ジャックに突かれた腕をさすりながら野卑な笑みを覗かせる。

「先代が病に倒れた時から、どのみちコルデホーザはイーデン様の支配下に置かれる運命だったのさ。あの方はグリーシアンでも有力なお方、威勢がいいだけのお姫様とは歴然の差なんだよ!」

 嘲笑が上がり、カトレアは小弓をわなわなと震わせた。

 レイが遮る前に、笑い声は突然止んだ。ジャックが懐から投げた飛刀が、片方の騎馬の足に突き刺さっている。

 荒ぶる馬を抑えきれず、騎乗していた傭兵はたちまち悲鳴を上げ、乾いた地面に身を投げ出された。もう一人が声を荒げると、ジャックは押し殺した声で告げた。

「力のある者が、必ずしも正しい訳じゃない。
 こいつは、この国が失った、イーデンには絶対取り戻せないものを取り戻そうとしている。あの男が決して心を傾けることのない存在を、守ろうとしている……!」

 背中越しに耳にしたジャックの思いは、カトレアの心の一番奥に届いた。

 決して本心を見せることのない男は、誰よりも、カトレアが追い求めるものを理解してくれていたのだ。

 盾となる背から伝わる体温と内に秘めた心に、直に触れたような気がした。

 燃え上がる想いは言葉にならず、カトレアは一心に、ジャックの背に額を押し付けた。

「ほざけ、ヴェルダの犬が! 王女にどう丸め込まれたのか知らねえが、こうなったら両方始末するのが得策だな!」

 騎乗した方の傭兵が怒声を上げ、すぐさま襲いかかってきた。ジャックが飛刀を投げつけるが、長剣ではねのけられる。

「貴様ら……!」

 レイも細剣を抜き、地面に崩れた傭兵の横を抜け立ち向かう。うつ伏せになっていた傭兵が矢を拾うのを見て、カトレアは瞬時に声を上げた。

「危ないっ!」

 傭兵が渾身の力で放った矢が、ジャックの左腕を裂いた。身を縮めたその瞬間、対峙していた傭兵がしめたとばかりにジャックの右脇腹を斬りつける。血しぶきが舞い、カトレアの上半身が赤く染まる。叫ぼうにも声が出なかった。

 直後、傭兵の背後から鬼の形相をしたレイが細剣を振るった。背中を横に斬られた傭兵はわめき声を上げ、平衡感覚を失う。続いて長剣をはらわれると、矢を投げた傭兵の上に馬ごと倒れ込み、もつれ合う形となった。

 茫然とレイの一連の動作を眺めていると、ジャックも左腕をだらりと下げ、うずくまるようにして脇腹を押さえた。みるみるうちに衣服が血まみれとなり、ジャックの手をも侵食していく。

「ジャック!」

 ようやく出た声はひび割れていた。馬から降り、ジャックの傷口に手を伸ばすが、出血の多さにとっさの判断が出来ない。

 傭兵たちの騎馬が一際高くいななく。見やった先では、馬が走れぬよう、レイが二頭の前足に細剣を突き立てていた。騎馬に罪はないが、彼らを無傷のまま帰す訳にはいかない。

 気づけば、砦の方からも駐屯兵が数名こちらに向かっている。混乱状態になり、ジャックを仰ぎ声をかける。

「ジャック! しっかりしなさいよ……!」

 ジャックの顔はびっしり脂汗にまみれている。レイも自分の馬から舞い降り駆け付けた。

「カトレア様! 荷物の中に止血出来るものは!?」

 言われるがまま、馬に提げている荷袋を探るが、着替え用の衣服しかない。ほとんどジャックが管理しているので、包帯くらいあるのだろうが聞ける状態ではない。

「私が応急処置を施します!」

 レイは男物の衣服を取り出すと、ジャックの胴を覆う大きさに裂き、手早く巻き付けた。

 人の手当てなどする機会のないカトレアは、こういった時ほど自分の無力さを思い知らされる。せめてもと、脇腹に当てていたジャックの手を両手で握る。驚いたように、ジャックは手を震わせカトレアを見た。

「お前、手が、汚れるだろ……」
「だって! 本当はわたしも戦わなければならなかった! なのに」
「戦う? これが、戦だってか?」

 虚を突かれ見上げると、ジャックは薄く笑みを浮かべていた。とんだ戯言だとでも言うように。

「お前が言う戦いは、戦争や殺し合いじゃないだろ? この矢がもしお前に刺さっていたら、お前は散々無能な王女だと罵られたまま死んだだろうな」

 血塗られた手を外套で拭い、ジャックは布で巻かれた傷口に再び手を当てた。

「カトレア。お前には、お前の戦い方があるはずだ。いつまでも、俺に頼れると思うな……」

 傷口のあたりで拳を握り、ジャックは苦しそうにうめく。

 砦の衛兵たちが迫っている。傭兵も、馬の下敷きからがむしゃらに逃れようとしている。

 初めて名を呼ばれた余韻に浸ることなく、カトレアは覚悟を決め、レイに命じた。

「レイ。わたしはジャックを連れて、ラランジャへ向かう。おまえもついて来なさい」

 レイは蒼白な顔色のまま、目を大きく見開いた。

「何故……。元は私の弱さが招いた事態です。今更、貴女に仕える身では」
「だからって、おめおめと王宮に戻ってイーデンに雁首をさらすというの!? おまえが当にわたしの騎士なら、この男を……ジャックを、一緒に守って!」

 涙まじりの叫びは、勅命となった。ジャックの血に染まったカトレアの手を、レイはためらうことなく取った。

「……仰せのままに」

 レイはジャックの馬にまたがると、手短に尋ねた。

「ラランジャで一番近い集落は?」

 ジャックは荒い呼吸を交えながら、虚ろに返す。

「……国境沿いの砦を抜けて、南南西に五時間ほどだ」

 一つうなずくと、レイは厳しい面持ちのままカトレアに告げた。

「カトレア様は、私の馬で先頭を走り鉄門を突破してください。この男は私が連れて行きます」

 砦の衛兵たちが前方を取り囲んだ。その中から紫の頭飾りのついた兜の衛兵が、長槍を手に進み出る。

「一体何事ぞ!」

 一斉に衛兵たちも同じ形状の槍を構える。兜の男はカトレアの容貌を見るなり、目を剥いた。

「その、紅の瞳は……まさか」

 カトレアは答えず、鐙に足をかけるとレイの白馬に騎乗した。

 王宮を追われてから、何日も人前で顔を見せることはなかったが、もうその必要はない。生霊でも目にしたかのように固まる衛兵たちに、カトレアは眼前で閉ざされている鉄門を指してみせた。

「わたしはコルデホーザ王国第一王女、カトレア。元老院長イーデンの謀略により、王宮を追われている。追手によりわたしを護衛していた者が負傷した。治療のためラランジャに向かう、今すぐそこの鉄門を開けなさい」
「しかし、ラランジャは現在ヴェルダの管轄下です。いくら貴女様とはいえ、通す訳には……」

 煮え切らない態度の衛兵に我慢ならず、カトレアは白馬の横腹を蹴り、走り出した。レイも後を追う。

 二頭の騎馬が砦に迫り、残っていた衛兵たちが恐れおののく。カトレアは矢を抜き、弓をひきしぼった。

「門を開けなさい!」

 間髪入れずに矢を次々と足元に突き刺し、門番が慌てて開門する。激突する寸前でカトレアは門をかいくぐり、峡谷の真上に渡された石橋を駆け抜けた。

 真下では、北の大海から続く河川の流れが南へと続いている。誤って転落した暁にはまず命はない。目がくらむような高さだ。

 ふと、レイの父と兄が北の国境で転落事故に見舞われたのを思い出したが、今はそれどころではない。

 ごうごうと風を切り、ラランジャ側の砦に着くと、カトレアは浅黒い肌の衛兵たちに事情を説明した。彼らは難色を示したものの、ジャックの顔を見るなり「ここでこいつを死なせると、族長に皆殺しにされる」と揃って青ざめた。

 今回は急を要する、と通され、カトレアはレイと共に砦を抜けラランジャの地を踏んだ。焦がれていた大地は、土煙と赤土にまみれた、延々と続く荒野の世界だった。

(どうか、死なないで。わたしはまだ、おまえのことをほとんど何も知らない)

 そう唱えながら、カトレアはただ前を見据えて、唯一の従者と共に乾いた大地をひたすら駆けていった。
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